
『不思議の国のアリス』にこんな話がある。
アリス:すみません、私はどちらの道へ行ったらよいか教えていただけませんか?
チェシャ猫:そりゃ、おまえがどこへ行きたいと思っているかによるね。
アリス:どこでも構いません。
チェシャ猫:それなら、どっちの道でも構わないよ。
アリス:どこかに着きさえすれば・・・。
チェシャ猫:そりゃ、きっと着くさ。着くまで歩けばの話だけど。
非常によくできた話である。
一般的に、このアリスとチェシャ猫とのやりとりは「目的」の重要性について語る時に使われるものだ。
「目的地もないのに道を選べるはずがない。」という思考は実に論理的である。
それゆえ、人は目的地を求めてやまない。
自己同一性を保つために、自分の立ち位置の論理的な基礎づけが欲しくなるからだ。
逆説的に言えば、目的地ゆえに道を選ぶのではなく、道を選びたいがゆえに目的地を求めると言えるのではないか。
そのような考え方には、大きな危険性がはらんでいる。
そもそも、世の中には、この考え方だけではまかりならぬ時が多々あるものだ。
例えば、「イノベーション」がそれである。
多くのイノベーション過程は、「探索」や「探求」と呼ばれる実に不確実なものである。
それはイノベーションがもたらす利益が今ここに存在しない「新しい価値」であるために、
探しているうちは、それが何かを知らない状態であるからだ。
野中郁次郎さんは「製品開発とは知識創造のプロセスである」と言った。
これは日本の製造業(とりわけトヨタをはじめとする自動車産業)の組織を研究して得た知見である。
考えてみれば当たり前のことである。
世にない新しい商品を出すということは、世にない新しい価値を作るということであり、
その開発以前には、存在しない価値なのであるから、その商品そのものの意味も、その商品を作るプロセスも、あらゆる作業も、
それらの価値は最後まで確定しない状況にある。
そして、動機がなんにせよ、辿り着く場所は想定したものと異なることが多い。
辿り着いたものと、目的地は異なる場合が多いということだ。
このことを、よく理解している人物が少なくとも2人いた。
第2次世界大戦中、ヨーロッパ戦線の連合国最高司令官をつとめ、後の第34代アメリカ大統領となるドワイト・D・アイゼンハワーと、世界に冠たるTPS(トヨタ生産方式)の生みの親、大野耐一である。
アイゼンハワーはこう言った。
戦いに備えるにあたり、計画が役に立たないということは常にわかっていた。
しかし、計画を立てるというプロセスは不可欠なのである。
また、大野耐一はこう言う。
計画というものは非常に変わりやすい。
世の中はなかなか計画通りにはいかないもので、情勢によって、計画の中身はどんどん変えて行かざるを得ない。
いっぺん計画を立てたらこれを変えれない、という考え方では企業の存続すらおぼつかなくなる。
ちょうど人間の体の背骨は、しっかりした背骨ほどよくしない曲がる、と言われている。
この弾力性が大事なのであって、どこか故障が起きてギブスをはめるようでは肝心の背骨も硬直して働きを止めてしまう。
いっぺん立てた計画はなにがなんでもやるというのは、ちょうどギブスをはめた人間みたいで健康体ではない。
ここまで述べれば、もはや多くを語る必要もないのだが、ふと気づくはずだ。
これは製品開発だけに当てはまることではなく、
「生きる」ということ自体が知識創造のプロセスであるということを。
人生は知識創造のプロセスである。
生きることはわからなくて当たり前であり、わからないものをわかるようになるために、わかりたいがために、今日を明日を生きるのだ。
人生が知識創造のプロセスであれば、今日と明日は必ず違ったものになる。
それは、昨日の自分と今日の自分が異なるように、今日の自分と明日の自分は必ず異なったものになるからだ。
明日自分が理解するであろうことを、今日わかるわけがない。
学ぶ前に、学んだ後のことがわかるわけがないという単純な理屈である。
人生を理解し得ると思って生きてはならない。
人生の可能性を狭めるからだ。
人生は進化し得るものである。
「努力が報われるかどうか」などということを議論していると、チェシャ猫に笑われるだけだ。
アントニオ猪木と、魯迅の名言で本エントリをしめることにしよう。
この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
踏み出せばその一足が道となり その一足が道となる
迷わず行けよ 行けばわかるさ
(アントニオ猪木が1998年の引退挨拶に使われた言葉、出典は一休宗純とも清沢哲夫とも言われている)
希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えぬ。
それは地上の道のようなものである。
地上にはもともと道はない。
歩く人が多くなれば、それが道となるのだ。
(魯迅)
ちなみに、上記の認識に基づいて当Blogでは過去にこんな提案をしている。
AKB48第2章はリーン・スタートアップで
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/658a3ded9e7797b628f17c244da952b9
「リーン(Lean)」とは、TPS(トヨタ生産方式)を研究して作られた開発思考のことである。
MITで開発された「リーン生産方式」が有名である。