映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「四度目の氷河期」 荻原浩

2009年10月31日 | 本(その他)
四度目の氷河期 (新潮文庫)
荻原 浩
新潮社

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ワタルには重大な秘密がある。
それは、彼の父親がクロマニヨン人だということ。
ワタルのお母さんは、ロシアで研究をしていたこともあるという遺伝子研究者。
約一万年前の第四氷河期を生きていたクロマニヨン人の遺体。
ワタルはそれが自分の父親だと信じている。

さて、このように書くと、これは医学の最先端のストーリー?
と思ってしまいますが、
いえいえ、これは1人の男の子の、アイデンティティ確立の物語。

前述の確信をしたのは、彼が小学校5年の時。
なぜかといえば、彼はあまりにも周りの子供と違っていたからなのです。
色白で、髪が茶色。顔のホリが深い。
体も大きいし、変なところに毛も生えてきた・・・。
田舎町で、父親のいない母子に周囲は冷たい視線。
いつも一人ぽっちの彼は、自分が人とは違う理由がほしかったのかもしれません。


本当に、彼はクロマニヨン人のDANを受け継いだ子供なのか?
そのことを根底に置きながら語られるこの物語は、
実はどの子もたどる成長の物語なのでした。
小学生から、中学、高校にかけて、
成長期の男の子の思いは、初々しく、くすぐったい。
ただ1人幼馴染で一緒に遊んだ少女サチとの交友も、さわやかに描かれます。
何のこだわりもなく、転げまわった小学生の頃・・・。
そして、なんとなくお互いを意識し始める中学時代・・・。
初めての二人だけの夜・・・。
オバサンは、つい、にんまりしてしまいますねえ。

しかし、彼のクロマニヨン人の思い込みは、
微妙に彼のやりたいことに影響していきます。
小学生の頃には、原始人のように川原の石でやじりを作り、
木の枝に結んで槍を作って投げてみたりしました。
父はこうしてマンモスを倒したのだろうと、夢を見ながら。
そのことがあって、陸上競技の槍投げに興味を持つ。
でも、それも簡単に出た答えではなくて、
あっちをうろうろ、こっちへフラフラするうちにたどり着くのです。
そういう意味ではとてもリアルな青春小説。
そして、何よりワタルの語りには、力があります。
さすがクロマニヨン人。
単なる男子の成長物語なら良くあるけれど、
このSFまがいの切り口の斬新さ。
けれども、実は内容はオーソドックスな、父を希求する息子の物語。

すがすがしい感動。
満足の一冊でした。


満足度 ★★★★★

ダイアナの選択

2009年10月30日 | 映画(た行)
ダイアナの選択 [DVD]

NIKKATSU CORPORATION(NK)(D)

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その「刹那」に思うこと・・・

             * * * * * * * *

ダイアナは17歳の時、高校で起こった銃乱射事件に巻き込まれました。
親友のモーリーンと二人でいたところへ現れた犯人。
彼は二人に銃を突きつけて、
「どちらかを殺す。どっちにする?」と迫る。

その15年後・・・。
ダイアナは夫と娘が1人。
幸せな結婚生活を送っています。
しかし、15年前の彼女の選択の記憶に、いつまでも彼女はさいなまれている。
ストーリーは高校での事件前のこと、
15年後のこと、
そして、その選択の瞬間が、交互に描写されてゆきます。

ダイアナは、窮屈な学校生活に馴染めず、
素行が悪く、教師にも目をつけられるような少女。
モーリーンは正反対で、まじめできちんと教会にも通う落ち着いた少女。
ですが、なぜか二人は気が合って仲がいい。
そんな二人の交友を細かに思い出します。
また、今の生活では、娘のことが気になっている。
小学生の娘は学校に馴染めず、まるで素行が悪かった自分を見るようでつらい。
自分のようになってほしくない。
そんな気持ちが良くわかります。
そしてたびたび繰り返される、銃を突きつけられ、選択を迫られるシーン。

・・・次第にどこまでが真実なのか幻想なのか、あやしくなり、
ダイアナの精神状態さえ危うく思われてくるのですが。
しかし作品途中には、選択の最後、ダイアナが答えたシーンが出てきません。


そして、ラストシーン。
衝撃の結末が待っています。
一瞬、意味がよくわからないのですけれど、
ああ、そういうことなのか・・・と、しんみり驚かされます。
でも、これは、「シックス・センス」のように
そのラストのどんでん返しをウリにする作品、
というわけではないのだろうと思います。
それまでの過程で、さんざんに自分の良心を責め続けるダイアナが、
鬼気迫る様子で描かれているから・・・。
いつもいつも15年前の自分と向き合っている。
愛、忠誠、良心・・・そんなことについて考えさせられる作品なのです。

さて、この作品は花や鳥など、控えめな色調の美しい映像にいろどられています。
まるで墓標に供えられた花のように・・・。
その意味を私たちは最後に知ることができるでしょう。

高校生のダイアナをエヴァン・レイチェルウッド、
15年後のダイアナをユマ・サーマンが演じています。
ほんの“刹那”に、人は何を考えることができるのでしょう。
生物の先生は言っていましたね。
人の筋肉で一番強いのは心臓の筋肉。
人の脳には、この宇宙全ての星よりたくさんの脳細胞がある。

2007年/アメリカ/90分
監督:ヴァディム・パールマン
出演:ユマ・サーマン、エヴァン・レイチェルウッド、エヴァ・アムーリ、ブレッド・カレン





ハウエルズ家のちょっとおかしなお葬式

2009年10月29日 | 映画(は行)
“ちょっと”どころではなく・・・

             * * * * * * * *

“ちょっと”おかしな? 
お葬式というのに不謹慎ですが、
これは“ちょっとどころでなく”おかしな騒動のお葬式の物語。


父の葬儀の日。
長男ダニエルは、弔辞を読むことになっているのが気にかかっています。
作家として成功しニューヨークに住む、
弟ロバートが読むべきではないかと思っているのです。
しかしまた、家を出て好き勝手に暮らしている弟に忌々しさも感じている。
そんな家に、続々と親族が集まってきました。
いとこのマーサは恋人サイモンを連れてきました。
ところがその弟トロイが持っていたドラッグを、
サイモンが間違って飲んでしまい、葬儀の最中に幻覚症状が現れて大騒ぎ。
かと思えば、見知らぬ1人の男。
なんと彼は、亡くなった父の重大な秘密を握っていて、口止めのお金を要求。
さあ、どうする!


実はもっといろいろな登場人物がそれぞれに動き回って、
盛りだくさんの面白さ。
誰もがまともなつもりなのに、
それぞれが絡み合いもつれ合って生み出すハーモニー・・・、
ではなく、これは不協和音か。
そこが妙なおかしみを醸し出します。

最後には、犯罪まがいに話は進行し、
ついには父の秘密がばれてしまい・・・。
一体どのように収束するのか心配になってくるのですが・・・

ほんわりと温かに着地します。
見事です。
別にどんでん返しではありません。
問題は私たちの心の中にあった、ということなんでしょうね。
おかしくって、やがてしんみり。
やっぱり、家族っていいですね。
いい作品だなあ・・・。
個性豊かな出演陣は、これだけの登場人物がいても、
誰が誰やらわからなくなる、ということは全くなく、
(実は私はこういうことがけっこう多い)
楽しめました。

~オズの魔法がかけられた
思いっきり笑えて心温まるハートフルコメディ~
これまた、うまいキャッチコピーだなあ・・・


2007年/アメリカ/90分
監督:フランク・オズ
出演:マシュー・マクファディン、アラン・テュディック、ユエン・ブレムナー、ピーター・ディンクレイジ





ハウエルズ家のちょっとおかしなお葬式(2007)予告編 DEATH AT A FUNERAL Trailer



「ジョゼと虎と魚たち」 田辺聖子

2009年10月27日 | 本(恋愛)
ジョゼと虎と魚たち (角川文庫)
田辺 聖子
角川書店

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先日この映画「ジョゼと虎と魚たち」のブログ記事で、
原作本のほうのオススメをいただきましたので、さっそく読んでみました。
短編集なんですね。
これが確かに、私にはツボにハマりまくりの話ばかりで、
お勧めいただいたIHURUさんに感謝です。

なんというのでしょう、この田辺聖子さんの描くストーリーは、
「愛」とか「恋」とかで表現すべきものではないような気がします。
そういう観念的なものではなくて、
もっと体も心も一体となった「男女の情愛」。
生活観があって、ずしんときます。

描かれる女性はそれぞれなんですよ。


例えば、「うすうす知っていた」の28歳独身の梢。
結婚を夢見ているのだけれど、
出会いの機会もないし、チャンスを作るために踏み出す勇気もない。
結婚なんかしないと宣言していた妹が、
いきなり結婚すると言い出して、心が揺れる。
しかし、ぬくぬくと夢を見ながら実家に暮らし続けるのもありかと思う・・・。


「恋の棺」の宇禰(うね)。
彼女は離婚経験のあるキャリアウーマン。
学生である甥の有二を好ましく思う。
彼はいかにも若々しく、彼女を好きなことが丸見え。
それを知りつつ知らないフリをして、
彼の気持ちを手のひらで転がしてもてあそぶような・・・。
そんな少々残酷な部分も垣間見える。


「雪の降るまで」は、最高にねっとり来ます。
一見目立たなく、さえない女性事務員以和子。
時折ある男性と逢瀬を重ねます。
何度合っても、初めてのように恥ずかしく、そして燃える。
彼には奥さんがいるけれど、
結婚など考えたこともない彼女には気にならない。
実は一生1人で生きるための生活設計はもうできていて、
この様に充実したときが時折もてればよい、
この人とはこれが最後でもかまわない、と思っている。


こんな風で、全く違う女性を描きながら、どの女性にも共感がもててしまう。
つまり、「女」の中には多かれ少なかれ、
こういう部分があるんだろうなあ、と思います。
それぞれの断片を、見事に拾い上げている。
やはり、さすがベテランです。
文中に出てくる「遭難救助のような」とか
「何かがうまくはまってぴったり」というような交わり・・・、
う~む、感じたことないですが、
感じてみたいという気になってしまいますねえ・・・。


さて、肝心の「ジョゼと虎と魚たち」。
これは映画をみて思ったよりも短い短篇です。
大筋は同じながら、少し違うところも。
映画監督犬童一心が、どこをどう表現したかったのか、
そんなことを考えながら読むのも一興かと思います。
一番違うのは、海の底のシーンでしょうか。

映画では、ジョゼが深海で息を潜めてじっとしているシーンは、
彼女の孤独の表現だったように思うのです。
原作では、ジョゼは恒夫と共に深海にいて、
「アタイたちは死んだんや」と思う。
ここで「死」は悲劇を意味しません。
世間と関わらず、ひそかに二人だけの世界に埋没。
そういう閉じられた世界をあらわしていて、
そういう幸せもありかと思わされます。
どちらも納得します。
ただ、映画としては、二人だけで閉じてゆく、
という風に終わることができなかったのかもしれません。

両方、観て読んで、考えることの多い作品となりました。

満足度★★★★★

レインマン

2009年10月26日 | 映画(ら行)



幼い頃のともだち、レインマンとは・・・

           * * * * * * * *

あまりにも有名作品ですが、恥ずかしながら今回はじめて見まして、
感動を噛み締めさせていただきました・・・。


高級外車のディーラーである、チャーリー(トム・クルーズ)。
しかし、今資金繰りにたいへん困っています。
そんな時、絶縁状態にあった父の訃報が届く。
父の葬儀に赴いたものの、
その遺言状には遺産300万ドルが自分には残されないことになっていると聞き、
唖然とするチャーリー。
その遺産の行く先は、なんと、今まで存在すら知らなかった兄。
兄レイモンド(ダスティン・ホフマン)は自閉症で、施設に入っていました。
チャーリーは、相続遺産目当てに、兄を施設から連れ出します。


さてそこからが、ちぐはぐな二人のロード・ムービーの始まり。
レイモンドが飛行機に絶対乗らないというのです。
また、高速道路もダメ。
そのため、やむなく、一般道を何日もかけてロサンゼルスまでの旅となります。
きちんと話が通じないし、
毎日の行動習慣に非常にこだわるレイモンドに、
チャーリーは次第にいらだっていきます。
でもそんなある日、
チャーリーは子供の頃心安らぐ『レイマン』という友達がいた記憶があったのですが、
それはレイモンドだったことに気づくのです。
レイモンド・・・口が回らない小さい子が発音して、
レインマン、だったんですね。
彼がうんと小さい頃には共に暮らしていたのです。
その兄がなぜ施設に入ったのか、それがわかるのです。
二人の距離が少しずつ縮まっていきます。


さて、このレイモンドの症状は、
高機能自閉症、アスペルガー症候群というものですね。
この映画の公開当時には、まだそういう言い方はなかったかもしれません。
知能が劣っているわけではないのですが、
脳の働きに偏りがあって、
感情表現や人との意思疎通に難がある場合が多い。
また、特に、一部の能力が非常に発達していることがあって、
それはまた、サヴァン症候群といわれています。

このチャーリーは特に数字につよくて、
床に落ちた爪楊枝の数を一瞬で数えたりします。
この並外れた計算力・記憶力を利用して、
二人はカジノで大もうけしたりする。
まさに痛快なシーンですね。

若いトム・クルーズも素敵ですが、
ダスティン・ホフマンの演技も素晴らしいです。
全くわざとらしさを感じさせず、障害についての説得力があります。
二人の気持ちが接近していくところも、
じっくりゆっくり描かれていて無理がありません。
レイモンドはただ、そのままレイモンドなんですよね。
けれども、チャーリーの方はレイモンドと実に密接した何日かを過ごすうちに、
次第にこれまでの自分勝手な自分に気づきはじめる。
素晴らしい旅でした。
アカデミー賞受賞もなるほど、納得の作品です。

1988年/アメリカ/134分
監督:バリー・レビンソン
出演:ダスティン・ホフマン、トム・クルーズ、ジェラルド・R・モーレン、ルシンダ・ジェニー


「四十日と四十夜のメルヘン」  青木淳悟

2009年10月25日 | 本(その他)
四十日と四十夜のメルヘン (新潮文庫)
青木 淳悟
新潮社

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ううむ・・・。
思わずうなってしまいます。
野間文芸新人賞受賞作というこの本。
すごい傑作か駄作かどちらかだと思います・・・。
私にはよくわかりません・・・。


この本には「四十日と四十夜のメルヘン」と
「クレーターのほとりで」の二編が納められています。


まず、「四十日と四十夜のメルヘン」。
日記風のようでもある。
日付がついている。
7月6日。
7月7日。
7月4日(あれ?)。
7月5日。
日にちの順番はめちゃくちゃだし、同じ日付が何回もくりかえし出てくる。
スーパー・メーキューとOKマートの話。
腐った梨の話。
フランス語講座の話。
チラシのポスティング。
チラシの裏に書きなぐられる小説。

・・・これはもしかして、あれでしょうかね。
ジグソーパズルのように、
いろいろなディティールがバラバラに配置されていて、
最後のピースがハマれば全貌が見えてくるという・・・。
しかし、期待もむなしく、
最後までいってなお、よくわからない全貌。

例えば私なら、のんびりと犬と散歩中の時などに、
とりとめもなくいろいろなことを考えてしまいます。
いいお天気。
雨の心配はなさそう。
そういえばこの間とうとう新しい傘を買ったんだった。
水玉模様の傘。
水玉といえば、子供のときにジョーゼットのふんわりワンピースを買ってもらって、お気に入りだったな。
それが白地に水色の水玉で。
あの頃、アパートのお隣に同い年の男の子がいて・・・・
こんな風に、つぎつぎと連想ゲーム風に思考が流れてゆく。
この本はまるでそういう思いを、
一つ一つ丁寧に書きとめたみたいな感じがします。


この本の解説で保坂和志氏が冒頭で言っています。
『私はこの文庫解説を、「おもしろくなかった」「意味がわからなかった」
と思っている人を想定して書こうと思う。』
・・つまり、かなり意味がわからないという人がいることを
想定しているようですね。
それで私も少し安心したりして・・・。
そもそも、この話、単行本と文庫本がかなり違うそうなんです。
それで、この解説の締めくくりがこう。
『冒頭に書いた「おもしろくなかった」「意味がわからなかった」人たちは、
いよいよ「?」「?」「?」になってしまったのではないかと思う・・・・・』
それはないじゃないですか。
・・・というわけで私など、最後までわからなかった一人。
結局書き手は誰? 
ずっと1人暮らしに思えていた「語り手」が、
ラストでいきなり男と同棲していたりするし。
これは1人の視点で描いたものではなかったのか?
7月に腐った梨? 季節さえも虚ろだ・・・。
捨てるのだったら、なぜ買うんだ。
チラシにうずまった部屋は誰の部屋???

あえてこういう困惑を生み出すためのストーリーなのでしょうか。
老化現象でしょうか。
柔軟な思考力のないオバサンの、これも限界なのかも・・・。


もう一篇、「クレーターのほとりで」も、かなり幻惑されてしまいますよ。
壮大?な人類創生譚です。
なんとも取り留めのない物語を、あなたもお楽しみください・・・・。

満足度★★☆☆☆

あなたは私の婿になる

2009年10月24日 | 映画(あ行)

怖い上司との結婚か、クビか

           * * * * * * * *

時々無性に、こういう他愛のない、ハッピーエンドが約束されている
ロマンチック・コメディが見たくなります。


ニューヨークの出版社で編集長を務める
マーガレット(サンドラ・ブロック)40歳。
彼女はカナダ国籍なのですが、ビザの申請を忘れていて、
国外退去命令を受けてしまう。
手っ取り早くこの危機を乗り切る方法は、アメリカ人と結婚すること。
そこで彼女の部下、アシスタントのアンドリュー(ライアン・レイノルズ)に
私と結婚しなさい、との業務命令。
怖い上司との結婚か、クビか・・・。
やむなく結婚を選ぶアンドリュー、28歳。
しかし、意外と移民管理局の審査は厳しく、
偽装結婚でないことを確かめるため、
お互いのことをどれだけ知っているかをテストするという。
こんなところにまで出てくる、移民管理局。
恐るべし。
(「扉をたたく人」を参照ください・・・)
やむなく二人はお互いを理解するため、週末を共に過ごすことに。
おばあさんの誕生日のため帰省するというアンドリューと共に、
マーガレットが向かった先はなんとアラスカ!
アンドリューの家族にも結婚すると伝え、騙しとおさなければならない。
果たして、この守備やいかに。

これまで3年も一緒に仕事をしてきたのに、
お互い個人的なことは何も知らないでいたんですね。
二人はお互いを知り、心が接近してゆく。


なぜわざわざアラスカなのか。
いいんです。
美しい自然。白夜。
それだけで、許しちゃう。
こういうところで育った彼は、いかにも気持ちがおおらかそうじゃないですか。
あったかくておちゃめなお婆ちゃんも、とてもいい。
あの、むくむくのちょっとおバカそうな白い犬も、むちゃくちゃかわいいし。


アラフォー、婚活、草食系男子・・・、
映画の宣伝には、こんないまどき話題の言葉がちりばめられていますが、
私はそれは余計なことのように思えました。
ことさらそんな単語を並べてあおるほど
今に限ったテーマというわけではありません。
とはいえ、シチュエーションはかなり今風ですが。
でも結局、これは王子様の登場を待つ女の子のストーリーなんだろうなあ・・・。

久し振りにこういう系を見たせいか、妙にハマって楽しめてしまいました。
散々映画を見た挙句、「空気人形」よりこっちの方が好きって
どうなのよ・・・と思わなくもないですが・・・・・・

女にはロマンスが必要なのです。
時々。
いくつになっても。

お気に入りのシーンは、二人が家族にはやし立てられて、
しぶしぶキスをするところ。
ほんのちょっと口を触れ合わせれば、
“もっとまじめにやれ”とのまわりの野次。
やけくそで交わしたキス。
その後の、二人の腑に落ちないような表情がいい。
「あれ、なんか意外といい感じ・・・」
表情が物語っています。

アンドリューは、本当は資産家の息子だけれど、
編集の仕事をしたいという夢を持ってニューヨークで働いている。
そんなことで、家業をついでほしいと思っている父親とそりが合わない。
・・・と、ほんのちょっぴり苦味を聞かせているところが、心憎いのです。
このライアン・レイノルズっていうのが、ちょっと甘みのあるマスク。
いい感じじゃないですか。
・・・他の出演作。X-メン? 
みてないな~。
また今度、お目にかかりたいものです。

2009年/アメリカ/108分
監督:アン・フレッチャー
出演:サンドラ・ブロック、ライアン・レイノルズ、マリン・アッカーマン、クレイグ・T・ネルソン





ヴィヨンの妻 / 桜桃とタンポポ

2009年10月22日 | 映画(あ行)
強くしなやか、誠実で美しい・・・タンポポのような人

           * * * * * * * *

今年は太宰治生誕100年だそうで、
またいろいろ話題になっているようですね。
この作品も、太宰同名作品の映画化。
ヴィヨンというのは、フランソワ・ヴィヨン、
中世末期の近代詩の先駆者といわれる詩人。
無頼・放蕩を尽くした人だそうで、
そのような人物、大谷をたとえています。
つまり、太宰本人のことでもありますね。
題名の通り、主人公はその大谷ではなくて、その妻の方。
小説の方では妻本人が語る形で書かれています。


大谷は、作家として世間に注目されているけれども、
生きることに苦しみ、酒や女に溺れる毎日。
家にはお金を入れず、何日も帰ってこなかったりする。
妻、佐知は夫が踏み倒したツケをはらうために、
その小料理屋で働き始めます。


夫は自分勝手で家庭を省みず、お金があれば全て飲んでしまう。
よその女と遊び放題。
めったに帰ってこない・・・。
その妻、とくれば普通はもっとどんより沈んでいるか、
怒りくるっているかではないでしょうか。
ところがこの佐知は違う。
貧乏のどん底にありながら、全てありのままに受け入れ、
なんだかあっけらかんとしている。
絶望せず、しなやかで強い。
また決して夫を憎んでもいない。
それが、自然体なのがすごいと思うんですよね。
松たか子のやや天然っぽいところが、
そのイメージとまた素晴らしくマッチしているのです。
店で酔っ払い客の相手もさらりとこなし、チップをもらって稼ぎもできる。
こんな生活を彼女はちっとも惨めだと思っていないし、
自ら「もっと早くこうすればよかった」などという。

一方大谷は、
「男には不幸だけがあるのです。
いつも恐怖と戦ってばかりいるのです」
などとうそぶき、相変わらず生活が破綻している。
佐知はそんな夫を、まるでできの悪い子のようにそのまま受け入れる。
・・・なかなかこんな風にはできませんよね。
今なら即離婚か。
とはいえ、最後の方で
すれ違う二人の女。
佐知と大谷の愛人、秋子。
火花が散りましたね。

昭和20年代はじめ。
まだまだ女性の権利など不確かですが、
だからこそ、こんな風に強くしなやかな女性が
今よりもっとたくさんいたのだろうな・・・と思えてしまいます。

華やかではないけれど、強く誠実・・・、
そんなイメージで佐知を“たんぽぽ”にたとえていますね。
おっと、なんだか、私がたんぽぽを自称するのが恥ずかしくなってしまうな。
ま、私は咲き終わった綿毛のたんぽぽのほうです・・・。


さて、この大谷を演じる浅野忠信ですが、これがまたイメージ近いですね。
言うことはキザで破滅的。
全く、どうにもならない酒飲みで、女たらし。
しかし、なぜか憎めない。
普段の語りはよほど静かで言葉使いもていねい。
いかにも育ちがよさそうなんだけど・・・。
戦後まもなく、まだどこもかしこも貧しかったであろう日本。
そんな光景がしっかりと刻み込まれていました。
出演陣も豪華。
雰囲気のある作品です。
太宰治ファンでも、そうでなくても、ぜんぜん大丈夫。

2009年/日本/114分
監督:根岸吉太郎
出演:松たか子、浅野忠信、室井滋、伊武雅刀、広末涼子、妻夫木聡、堤真一



ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~(予告) 松たか子 浅野忠信 妻夫木聡



ダーティファイター

2009年10月21日 | クリント・イーストウッド
ダーティファイター [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ

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ストリートファイト&ロードムービーコメディ

          * * * * * * * *

これはクリント・イーストウッドにはちょっと珍しく、コミカルなトラック野郎の物語です。
クリント・イーストウッドは、ドラック野郎にして、ストリートファイターですか。
この邦題も、ダーティーハリーにあやかろうという魂胆ミエミエですね。
原題は、”Every Which Way but Loose”
腕自慢のファイロは実は恋にはうぶで、
バーで知り合ったリンに一目ぼれ。
彼女を追ってロサンゼルスからコロラドへのロードムービーとなります。
相棒は隣家の友人オービルとオランウータン(!)のクライド。
このお猿さんが素晴らしい演技をしますね。
ファイロが檻に入れられたクライドをかわいそうに思って、
ファイトで賭けをして奪い取ったもの、ということになっています。
乱暴モノだけれど、気持ちは優しい・・・と。
そうなんだよね。
とにかくすぐにボコボコ殴りあいになっちゃうので・・・。
それが相手かまわずだもんね。
暴走族の一団とか、ロス市警の警官とか・・・。
だから彼らから追われながらのロードムービーになるんだけれど・・・。
おかしいことに、ファイロのほうは全然追われているという意識がない。
追っ手のほうは、何とか仕返しをしてやろうと必死なのに。
このギャップもおかしいですよね。


ファイロが一目ぼれしたリンって、この間から言っている人だよね。
このあたりの時期で、妙にイーストウッドとの共演が多いソンドラ・ロック。
イメージとしては、ユマ・サーマンに似てない?
そうかなあ・・・?
それで調べたら、二人の出会いはイーストウッドが監督もしている「アウトロー」が始めですね。
で、二人はそれで仲良くなって、12年間一緒に暮らしたんだって。
wikipediaって、こういう下世話な話がちゃんと載っているところが非常にいいんですよね・・・。
こういうネタは、知っているのと知らないのとでは、興味の持ち方が違ってくるもんねえ。
どおりで、この後、彼女との共演が異常に多い。
この話の続編にも出ているし、ダーティハリーの4にも出てる。
ふーん。でも、今は聞かないですね。
別れた後は、ぱっとしなかったみたいです。
個性的で私は好きだけどな。

それで、この作品に戻るけれど、
結局ありきたりなハッピーエンドにならないところがまた、なかなかいい。
実際、ありきたりなコメディですが、
まあ、ご愛嬌というところでしょう。
でも、人気あったんでしょうかね。続編まである。
そうなんです。もうめんどくさいからすっ飛ばしたいところですが、やっぱり見てみることにしましょう。
クリント・イーストウッド出演作って多いですが、
こんな作品までちゃんとDVDになっていて、
レンタルできてしまうというのもすごいなあ・・・と感心してしまいます。

1978/アメリカ/115分
監督:ジェームズ・ファーゴ
出演:クリント・イーストウッド、ソンドラ・ロック、ルース・ゴードン、ジョフリー・ルイス


「新世界より」 貴志祐介

2009年10月20日 | 本(SF・ファンタジー)
新世界より (講談社ノベルス キJ-) (講談社ノベルズ)
貴志 祐介
講談社

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第29回日本SF大賞受賞作。
貴志祐介といえば、「黒い家」、「青の炎」、「硝子のハンマー」・・・。
私自身、さほど彼のファンという自覚はないのですが、結構読んでいるのでした。
とても読者をその世界に引き込むのがうまい方だと思います。


この物語の「新世界」とは、今から約1000年後。
人類は、『呪力』を手に入れています。
呪力とは、すなわち念動力、サイコキネシスというヤツですね。
このことをテーマとしたSFは多々あります。
でも、この作品で際立っているのは、
多くの人がこの力を手に入れたがゆえに、
世界が壊滅しかけ、
そこから生き延びた人々がどれだけこの怖ろしい力を抑制しつつ
『平和』を保っているのか・・・、
そんな有様が素晴らしい筆力で描かれているところです。


自ら手を出さなくても、念じるだけでモノを動かすことができる。
つまり人を攻撃することもできるのです。
悪意を持ったものが、人並み以上のそんな力を手に入れたとしたら・・・。
とても怖ろしいことですね。
大量虐殺なども簡単にできてしまう。
そんなことで、人類は滅びかけてしまうのです。
かろうじて生き延びた人々は、こんなことがまた起こらないように、
その力を使うのにあたって、
あえてリスクが生じるようなシステムを作り上げる。
それは、ヒトに向かって攻撃するような呪力を発動した場合には、
自分をも傷つけてしまうという仕組み。
これは強力な自己暗示によるものなのですが、
子供が成長し、呪力を使い始める時の儀式として、この暗示を受けるのです。
う~む。なかなか説得力のある仕組みなんですね。
これらは長々と解説があるわけではなくて、
主人公の少女、早季の体験を通じて語られるので、
すんなりと入ってきます。
そうであれば、この時代は、もう理想の世の中になっているのかといえば、
やはりそうではなく、
二度とまたそんな事態が生じないようにと、徹底した管理社会となっている。
呪力が弱いもの、少しでも力を抑制できないものなどが無情にも排除されてゆく。
こんな社会で、力強く成長し生き抜いてゆく早季や、
その幼馴染の覚たちの、わくわくする冒険ストーリーなのです。

さて、この『新世界』の様相はタダモノではありません。
かつて栄えたという「東京」は、
核のために誰も寄り付かない廃墟と成り果てている。
生物相も変わり果て、見たこともない不気味な生き物に満ちています。
この生き物の描写がなかなかリアルで、
まるで図鑑を見ているようでもあります。
また、おかしな生物かと思いきや、それは図書館の情報端末機だったりする。
不可思議で興味深い世界。

そして、重要なのは、人類に奉仕するためのイキモノとして
「バケネズミ」というのがいるのです。
ヒトの子供くらいの大きさで、ネズミが進化したような感じ。
ただし、知能はかなりあって、
普段はバケネズミ同士、わけのわからない会話を交わしているのだけれど、
中には人間と話ができるものもいるのです。
顔は醜く、人が嫌がるような汚れ仕事をしている。
一族でコロニーをつくり、
穴倉の中で女王を中心とした階級社会を築いている・・・。
この「バケネズミ」の存在がストーリーに大きく関わってきますし、
ラストで、また、私たちは言葉を失うような事実を知ることになります。

どうぞこの強烈な「新世界」を、あなたも冒険してみてください。
950ページとういうたっぷりのボリュームなのですが、
全く退屈せず、読み進んでしまいます。
ただし、この厚みは、本を支えページを開いているのも大変なので、
できれば分冊にしてほしかったと思うのですが・・・。

1000年の後、変わり果てた世の中でも、
やはり少年少女の瑞々しい心、生きていく力、こういうものは健在です。
だからこそ、私たちは彼女らを愛さずにいられない。

満足度★★★★★

私の中のあなた

2009年10月19日 | 映画(わ行)
アナが訴訟をおこした本当の理由

           * * * * * * * *

白血病に苦しむ姉ケイト。
姉のためのドナーとなるべく、遺伝子操作で生まれてきた妹アナ。
11歳のアナは、自分の体のことは自分で決める、として、
臓器提供を強いる両親を相手に訴訟を起します。

このようなストーリー紹介をみると、社会派の作品かと思うのですが、
これはやはり家族の絆の物語です。


本当は私は病気の女の子の映画が嫌いなのです。
あまりにもミエミエのお涙頂戴劇に食傷気味。
にもかかわらず、この作品を見る気になったのは、
両親を相手に訴訟というこれまでにない切り口と、
アビゲイル・ブレスリンのファンなので・・・。


実際、これは単なるお涙頂戴劇ではないのです。
まず、アナの出生自体がすごいですよね。
姉のドナーのために生まれてきた・・・。
もう、これは本人もわかっていることだろうと思うのですが、
これって自己のアイデンティティのためには非常につらいです。
倫理的にも、そんなのあり?と思いますね。
映画では、そういうために生まれてきたクローン人間を題材とした
SFもあったりします。
でも、この作品ではそこのところはわりとさらっと過ごしています。

むしろ、これまで姉の治療のために
骨髄移植などで何度も体に体にキズを付けられ、
入院を余儀なくされてきたことを問題にしています。
幼い子供では拒否することもできません。
親が子供のために、臓器を提供する。
こういう話はよくききますし、これは本人納得の上なのでいいんですよね。
けれど、こういうのはどうなのかって、やはり考えてしまいます。


始めはケイトのために一致団結、みんなで支えあう温かな家族・・・、
そのように見えたのですが、
アナの訴訟によって、次第に家族に亀裂が入ってきます。
特に母親はケイトしか目に入っていなくて、
ケイトを生かすためならどんなこともいとわない。
ほとんど狂的といってもいいほどに・・・。
これではただでさえ、他の兄妹たちはめげるかもしれない。

そんな中で、なぜかこの二人の姉妹は屈託がないのですよ。
不思議に思っていると、最後に明かされる秘密。
なぜ、アナがこんな訴訟を起したのか。
この真相は、じんわりと心に染み入ってきまして、泣けます。
・・・はい、結局泣けるのですけれどね。

運命は時として残酷ではあるけれど、
それを受け入れることも大事なのかなあ・・・。
ふたたび取り戻された絆の中で、
家族みなそれぞれが、成長したのでした。


抗がん剤のためにくりくり坊主となったケイトが、
同じ病の少年と恋をする。
そんなところも素敵でした。

ところで、キャメロン・ディアスとアビゲイル・ブレスリンって、
なんだか似ている気がするのですが・・・。
目元のあたりが。
ホンモノの母娘のようです。

また、アビゲイル・ブレスリン。
この子は、とってもかわいいというタイプではないのですが、
この作品ではところどころ、ドキリとするくらい大人びて見える。
特に憂いを含んだ表情などで。
・・・すごくいい女優になりそうな予感。
先がたのしみです。

2009年/アメリカ/110分
監督:ニック・カサベテス
出演:キャメロン・ディアス、アビゲイル・ブレスリン、アレック・ボールドウィン、ソフィア・バジリーバ、トーマス・デッガー、ジェイソン・パトリック




「偏愛マップ」 齋藤 孝

2009年10月17日 | 本(解説)
偏愛マップ―ビックリするくらい人間関係がうまくいく本 (新潮文庫)
齋藤 孝
新潮社

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「ビックリするくらい人間関係がうまくいく本」というウリです。
秘訣は超簡単。
「偏愛マップ」を作って活用しなさい、ということ。


では、その「偏愛マップ」とは。

自分の偏愛するもの、
つまり、非常に好き、愛してやまないものを、
一枚の紙に書き出すというものです。
・・・といっても、ピンとこないでしょうか。
実例を見るのが一番なんですけれど・・・。
例えば、この著者齋藤孝氏のマップには、こんなことが書いてありますよ。

身体系
 肩甲骨ぐるぐる回し  丹田呼吸法  マッサージ・指圧
 テニス(中学から)  武道・ヨガ  すもう  スポーツ観戦全般

尊敬する人物
 バカボンのパパ  エジソン  渋沢栄一  孔子  司馬遷

映画
 アキ・カリウスマキ  小栗康平  アンゲロプロス  クストリッツァ 


 あっさり系・・・そば  刺身  隣の豆腐屋さんの豆乳 根菜  
 和菓子  但馬屋のカレービーンズ

音楽
 カラオケ「傷だらけのローラ」  暗めの曲  美輪明宏  
 井上陽水   松田聖子

・・・・

ほんの一部ですが。
とにかくこのように、好きなものを書き上げていく。
特に様式はありません。
系統型、箇条書き型、ビジュアル型、気の向くまま型・・・お好きなように。


さて、それができたらどうするか。
初めて合う人と、お互いにこのマップを見せ合います。
一見何のつながりのなさそうな人でも、
このようなマップの中には、共通項が必ずあるものだというのです。
そこから、初対面の人とでもどんどん会話が広がってゆく。
場合によっては、初めてあった人とほんの数分ばかり話しただけで、
十年以上のお付き合いのように、
意気投合してしまう場合もあるというのです。

タブーはひとつだけ。
人の「偏愛」をけなさないこと。

これをビジネス・会議の前・歓迎会・送別会・部署異動時・合コン
などに活用すれば、
史上最強のコミュニケーションの場になる、と。


なるほど、特に年の離れた人などとは、
何を話題にしていいのか困ることもありますが、
この方法だと、会話が弾みそうです。

まず、作ってみましょうか・・・。
自分の偏愛マップ。
まあ考えてみたら、自分のブログというのも、
すごくひろ~い偏愛マップみたいなもんですね。
今度出来たらのせてみることにしましょうか・・・。

満足度★★★☆☆

「グイン・サーガ 129/運命の子」 栗本薫

2009年10月16日 | グイン・サーガ
運命の子 (ハヤカワ文庫 JA ク 1-129 グイン・サーガ 129)
栗本 薫
早川書房

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もう2ヶ月たっちゃったんですねえ。
グインの2ヶ月って、ほんとに早いです。

さて、この本では、ミロク教の本拠地、ヤガの怖ろしい姿が浮かび上がってきますね。
これはもう、心悪しき教祖に狂信的な信者が集まって、なんていう生易しいものじゃない。
完璧、"魔"が取り付いています。
これはキタイの触手なんですね?
そのようです。もう人間にはどうにもできません。
この巻を読んで心許ないのは、グインがいないっていうことだよね。
そうなんですよ~。
スカールは確かに心強いのだけれど、こういう相手には歯が立たない。
グインがいれば、こんな相手でも安心なんだけれど・・・。
お国許、ケイロニアで大変なことになっているみたいだし・・・。
ヨナに、フロリーに、スーティ・・・、守るべきものは多いのに、なんてこちらは無力なんでしょう!
そこにようやく現れたのが、ブランでした。
そうそう、これで一応ヤガを目指していたメンバーは全て終結したのかな。
そのようです。しかし、一度追っ手を逃れたかに見えたヨナはつかまってしまうし、
フロリーもスーティと離れ離れになって敵の本拠地に・・・。
絶体絶命・・・最悪の状況ですね。
う~む、この状況をどうのりきるのか。
グイン無しで・・・。
まあ、最後の頼みの綱が現れたので大丈夫だとは思うのですが・・・。

スーティーはますます、頼もしい子になって行きます。
あ~、しかし、私たちは永遠にこの子の成長した姿を知ることができない、ということですよね・・・。
そ、そうですね。なんとも残念・・・。
成長したこの子が誰と結婚することになるのか・・・なんていうのが、楽しみでもあったんだけど。
それを言ったら成り行きを知りたい話はいくらでもあるよ。
グインの子供ってどんなのかとか。
マリウスはいつまでもさすらいの吟遊詩人なのか、とか。
いつか、ゴーラとケイロニアは戦火を交えるのだろうか。
リンダは誰かと結婚するのか。
そもそも、グインってナニモノ???

あと一巻残っていますが、何も語られることなく終わってしまうのでしょうね。
はやく130巻を見たいような、見たくないような・・・。


満足度★★★☆☆

ガントレット

2009年10月15日 | クリント・イーストウッド
ガントレット [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ

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数千発の弾丸が飛び交う中を、バスは行く

* * * * * * * *

夜明けの街の風景から始まるこの作品。
すっかり明るくなって、ある建物の前で車を止め、出てきたのは、
明らかに夜通し飲んだ様子の男。
ここは警察署で、そこに勤務する警官、ショックリー(クリント・イーストウッド)でした。
昇進もせずしょぼくれた警官、という役どころ。
ダーティハリー3の後の作品ですから、
またハリーとは一味違う警官を演じてみたかったのでしょうか。
そんな彼が、ラスベガスからある証人をこのフェニックスまで護送するという任務を受けるんだね。
その証人である売春婦マリーは、
「出かけると殺される」と異様におびえた様子。
マリーとショックリーが無事にフェニックスにたどり着けるかどうか、
賭けにされているというのです。
そして空港に向かう車がさっそく、何者かに襲撃される。


この任務自体が、警察上官の汚職がばれないようにするための罠だったんですね。
しかし、男の意地を見せるショックリー。
彼は逃げ出したりはせず、果敢にフェニックスに戻ろうとします。
車やバイクや列車を乗り継ぎながら、過激なロードムービーとなっていく。


とにかく、銃撃が派手。
いくらなんでも、それはないでしょ・・・と思っちゃいます。
警官が数十人寄ってたかって、一軒家や車を蜂の巣に。
しかし、それでもやり通そうとする。
これはもう、正義のため、というよりは男の意地なんだよね。
やられた上官に一矢報いてやるという。
この男の心意気。
これぞ、クリント・イーストウッドだなあ・・・。


マリーとショックリーは、始め反目しあっていますが、
次第に気持ちが通じ合っていきますね。
マリーも、なかなか勇ましいのです。
しかしベッドシーンはなし。こんなところもいい。
二人は最後にバスジャックをするのですが、
この乗客たちがなんとものどかで、
「こんな経験は初めてだわ・・・」などといいながら、二人に協力したりする。
こんな、ちょっとしたユーモアもいいよねえ。
結構楽しめた作品でした!
で、ソンドラ・ロックについては、また次にします・・・。
引き伸ばし策なの・・・・?

1977年/アメリカ/111分
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ソンドラ・ロック、パット・ヒングル、ウィリアム・プリンス






空気人形

2009年10月14日 | 映画(か行)
オバサンの限界を感じてしまい・・・

           * * * * * * * *

代用品。
安物のダッチドール、空気人形の“のぞみ”。
あるとき彼女に「こころ」が芽生え、街へ出ます。
いろいろな人とすれ違い、出会い、
そして、レンタルビデオ店で働く青年純一にひそかに思いを寄せます。

「心を持つことは、切ないことでした。」

そうつぶやく彼女の心に、いつしか私たちも同調して行きます。
中身がなく空っぽな自分。
けれども、都会の人々はやはり彼女と同じく空っぽな心をかかえたまま、
孤独の底に沈みつつ人とのつながりを切望している。


ふわふわして、透明感があり・・・
題材がエロチックな割りには、
ファンタジーめいた不思議な雰囲気が漂います。
どうにもならない思いを抱え、彼女が帰ったところは、
生みの親の人形師のところ。
このオダギリジョーのみが、唯一「生きた」感じがしていましたね。
さすが生みの親・・・、
というよりは、神ですね。
結局救いにはならないところが・・・。


さてと、こんな感じで、プロの評論家などは、
ほぼ絶賛の作品のようですが・・・。
どうも私はダメでした。
空気人形の心に同調してしまうと、耐えられなくなっちゃうんですよ。
生理的に・・・。
いまさらそんな純情を持ち合わせているつもりもないんですが、
心を持ちながら、
文字どおり「男のオモチャ」である“のぞみ”の存在に耐えられない。
ここら辺が、オバサンとしての限界だなあ・・・と思う次第。

以前見た「ラースとその彼女」を思い出すのですが、
あれには結局そういう濃密なシーンは出てこないんですよね。
だから耐えられたんだなあ・・・と、いまさら気づきました。
残念ですが、この作品については私は多くは語れません・・・。

2009年/日本/116分
監督・脚本:是枝裕和
出演:ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路、高橋昌也、オダギリジョー



空気人形 予告編