映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「武士の娘」杉本鉞子

2022年07月31日 | 本(その他)

大正時代、日本人女性の本が米でベストセラー

 

 

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本書は、1925年(大正15年)に全米でベストセラーとなった
旧長岡藩筆頭家老の娘・杉本鉞子による自伝的小説の完全新訳版。

明治6年に生まれた著者・杉本鉞子は、伝統的な武家の娘としての教育を受けた後、
貿易商を営む日本人男性と結婚して渡米、
習慣や人々の気質の違いに戸惑いながらも米国の地で娘にも恵まれ幸せな家庭生活を送っていた。
しかし、38歳の若さで夫が急逝。
いったんは帰国するが、再度2人の娘を連れて米国で生きることを決意。
生活のためにはじめた雑誌「アジア」への連載が1冊にまとまったものが
「A DAUGHTER OF THE SAMURAI」であった。
原書は全米でグレイトギャツビーと並ぶベストセラーとなり、
日本を含む8カ国語に翻訳される。
本書はこれまでの翻訳版では削除さていた24章を含む初の完全版である。

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この本は、先に読んだ梨木香歩さん「ここに物語が」で触れられていたので、興味を持ちました。

 

著者、杉本鉞子(えつこ)さんは、旧長岡藩筆頭家老の娘で明治6年生まれ。
長岡藩といえば先日見た「最後のサムライ」。
何やら親近感を感じます。
鉞子さんは明治6年生まれということですから、
すでに父親は「家老」の職ではなかったことになりますが、
やはり戊辰戦争後は捉えられ、処刑寸前のようなことがあったようです。

 

さてこの頃、東京ではなく越後ということで、
明治の世とはいえ、生活は江戸時代そのまま。

彼女はしっかりと旧態依然とした武家の娘としてのしつけを受けたのです。
そして、家督を継ぐべき彼女の兄が親の決めた結婚を嫌がって出奔してしまったため、
父親は彼女に後を継がせようと思ったのや否や、
通常女子にはさせない論語などの勉強もさせたのだとか。

さて、家を出て勘当された兄は、なんとアメリカに渡り商売を始めようとしていた!!
ところがいい話は詐欺で、彼はアメリカでお金もなく困り果てていたところを、
日系人に救われた。
で、そのアメリカに住む日本人と鉞子さんが結婚することに。
(お兄さんはお父さんが亡くなってから、家に戻ることができのです・・・)

 

鉞子さんは兄が勝手に決めて、一度も会ったこともないその相手と
結婚することになったわけですね。
でも、その準備として東京のミッションスクールでしっかり英語も身に付けてから、
というのには納得。

いよいよアメリカに渡った鉞子さんは予定通りそこで初めて会った相手と結婚し、
2女をもうけます。
しかし、夫は38歳という若さで急逝。

彼女は2人の娘を連れて帰国。

娘たちは日本語が話せませんし、日本の風習に馴染むのに大変だったようです。
帰国子女の走りですね。

鉞子さんが娘の学校に一緒に通うなどの助力もあって、
どうにか娘たちも日本の暮らしに馴染むことができたのですが、
それでも鉞子さんは、娘たちのためにはアメリカの生活の方が良いのではないか
と思うようになり、再びアメリカへ渡ります。

 

・・・と、大まかなこんな話が自叙伝的に書かれているのがこの本なのです。

それで、描かれているのはここまでなのですが、
この再渡米時に鉞子さんはこの本を書いたということになります。
そしてなんとそれは1925年(大正15年)全米ベストセラーとなる。
もちろん英語で書かれているわけなので、本著は、翻訳版ということになります。

その後彼女はコロンビア大学で初の日本人女性講師も務めています。
なんと波瀾万丈で“特別”な人生!!
今まで知らなかったとは!! 
大河ドラマになりそうな話なのに。

 

本作には明治初期の日本人の生活が細かく描かれています。
それは、アメリカ人にとってもちろん、エキゾチックで魅力的に思えたことでしょうけれど、
いま、私たちが読んでも、まるで「異国」を見るような思いがします。
かつて当たり前だった「日本」。
今は失われたもの。

女性の立場の日本とアメリカの違い。
当時と今との違い。
大きく変わっているところもあるけれど、いまだに変わっていないようなところもあり、
色々と考えさせられることも多いのです。

それから、鉞子さんの唯一のコンプレックスは、髪がちぢれていること。
黒くまっすぐな髪は女性の美点の一つとされたのです。
そのコンプレックスが、アメリカに行って解消された、と言うのは良かったですねー。
今ならパーマの必要がなくていいじゃん、と思うけれども・・・。
整くんもサラツヤ髪には憧れていますしね・・・。

 

なんにしても、興味深い本でした。

図書館蔵書にて

「武士の娘」杉本鉞子 小坂恵理訳 PHP研究所

満足度★★★★★

 


とんび

2022年07月30日 | 映画(た行)

父と息子の熱い物語

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重松清さん原作の本作、原作は読んでいるし、テレビドラマも見たはず・・・
と言うことで、見なくてもいいかと思っていたのですが、
北村匠海さんなので、やっぱり見よう、と・・・。

昭和37年、備後市。
運送業に従事するヤス(阿部寛)。
愛妻の妊娠にうれしさを隠しきれません。
やがて息子アキラが誕生。
周囲は「とんびがタカを生んだ」と騒ぎ立てます。

しかし、アキラがまだ幼い頃に、妻が事故で他界。
父子2人の生活が始まります。
ヤスの友人たちに支えられながら、不器用に息子を愛し育て続けるヤス。
やがてアキラ(北村匠海)も成長していきます。
そして、母の死の真相について、ヤスはアキラに嘘を伝えますが・・・。

まだ幼くして母を亡くすアキラなど、要所要所にほろりとさせられてしまいます。
こういうところがテレビドラマや映画に引っ張りだこの要因なのでしょう。

愛が余って途方に暮れたり暴走したりの熱い父親。
反抗期のアキラには全く付き合いにくい父親で、
東京の大学に進んだアキラは「もう二度と戻らない」などと言ったりもするのです。
でもヤスは、自分が憎まれても、母親の死の真相についてはついに明かさない。
ニクいねえ・・・。
物語についての少しまともな感想はこちらをどうぞ。

「とんび」重松清

さて、本作のテレビドラマ化されたものは、実は二つあります。

NHKドラマ(2012年)では、ヤス・堤真一、アキラ・池松壮亮、

日曜劇場(2013年)では、ヤス・内野聖陽、アキラ・佐藤健、

でした。

私が見ていたのはNHKの方で、
日曜劇場の方は見ていなかったということに今さら気づきました。
(なんで? 佐藤健さんなのに!!)

まあそれはともかく、父親役が確かにウザいくらいに暑苦しい感じ、
どなたもはまり役ですね。

<Amazon prime videoにて>

「とんび」

2022年/日本/139分

監督:瀬々敬久

出演:阿部寛、北村匠海、薬師丸ひろ子、杏、安田顕、大島優子、濱田岳

 

暑苦しい父親度★★★★★

親子愛度★★★★☆

満足度★★★.5


1秒先の彼女

2022年07月28日 | 映画(あ行)

人よりワンテンポ早い女と、遅い男

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台湾発、ファンタジック・ラブストーリー。

郵便局で働くシャオチー(リー・ペイユー)。
仕事も恋もさえない日々。
そんな彼女が、街で会ったハンサムなダンス講師と「七夕バレンタイン」にデートの約束をします。

しかしその日、彼女がふと目を覚ますと、すでにバレンタインの翌日になっていたのです。
彼女はなくした大切な一日の記憶を取り戻そうとしますが・・・。

さて、こんな出来事とは別に、
一人の青年・グアタイ(リウ・グァンテン)が登場します。
グアタイは、シャオチーの勤務する郵便局に毎日1通ずつ手紙を出しにやって来ます。
シャオチーは、切手をまとめて買ってポストに入れればいいのに・・・、
変な人、といつも思う。

本作前半は、こんなシャオチーの日常と、なくなってしまった大切な一日のことが語られます。

そして後半、その解答編とでも言いますか、
なぜシャオチーにこんなことが起こったのかという話になるのですが、
実はこちらはグアタイが主役。

そこでは、彼の周辺の人々が皆動きを止めてしまう、というミラクルな出来事が起こります。
あれ、これは先日見た「私は最悪。」と同じじゃありませんか!!
でも「私は最悪。」の方は、あくまでも「気持ち」を表現したもの。
本作は、そういう不可解な出来事が実際に起こってしまった、というファンタジーなのです。

 

シャオチーは行動がいつもワンテンポ人より早い。
逆に、グアタイは、行動がいつも人よりワンテンポ遅い。
このことが根底となっていて、巻き起こる不思議なのでした。

グアタイの涙ぐましい恋心にほろりとさせられてしまいます。
そして家を出て行方不明のシャオチーの父親が
意外なところで登場するのも、ナイスです。

なんてオシャレで楽しい作品。
チェン・ユーシュン監督、すっかりファンになりました。
本作、日本でリメイクが決まったそうなのですが、このままで十分面白いのですけどねえ・・・。

<WOWOW視聴にて>

「1秒先の彼女」

2020年/台湾/119分

監督・脚本:チェン・ユーシュン

出演:リウ・グァンテン、リー・ペイユー、ダンカン・チョウ、ヘイ・ジャアジャア、リン・メイシュウ

 

ミラクル度★★★★★

ラブストーリー度★★★★☆

コミカル度★★★★☆

満足度★★★★★


君を想い、バスに乗る

2022年07月27日 | 映画(か行)

ランズエンドにあるもの

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愛する妻、メアリー(フィリス・ローガン)を亡くしたばかりのトム(ティモシー・スポール)。
かつてメアリーと出会った場所を訪れるため、
ローカルバスのフリーパスを利用してイギリス縦断の旅に出ることを決意します。
50年暮らしたスコットランド最北端の村、ジョン・オ・グローツから
イギリス最南端の岬、ランズエンドを目指します。
道中、様々な人に出会い、トラブルに巻き込まれたり助けられたりしながら旅は続く・・・。

歩くのもヨタヨタで大変そうに見える老人の一人旅。
路線バスを乗り継ぐのもなかなか大変です。
彼の荷物は小さなカバン一つですが、何か大事なものが入っているらしく、
なくしたりしないよう特に注意を怠りません。

そんなバスの旅を描きながら、若き日のトムとメアリーの映像が差し入れられます。
少しずつ明らかになる過去の出来事。

どうやら彼らは、50年前にスコットランドの北の村にやって来て住み着いたようです。
その道のりを今、トムは逆向きにたどっているらしい。
その時の出発点が、ランズエンド。
いったい何があって、彼らはランズエンドを後にしたのか・・・。
真相が分かるにつれ、切なくて、涙、涙でした・・・。

さて、バスで旅をするトムのことがSNSで「謎の老人」として伝えられ、
イギリス中の人々が盛り上がっていたのです。

でも、スマホも持たないトム本人には全くあずかり知らないこと。
ついにゴールとなる地にたどり着いたとき、多くの人が迎えに出ていたのですが、
トムは何でこんなに人が集まっているのか、分かっていません。
そして人々も、トムがなんの目的でこの地を目指していたのかを知らないのです。

でも余計なお節介はせずに、じっと見守ろうと暗黙の了解をしていたようではある。
この奥ゆかしい感じが実にイイ!!

確かにひどい人もいるけれど、世の中なかなか捨てたものじゃないよね、
という気がしてきます。

そして、この二人の夫婦愛が最後にまた身にしみます。
いいものを見たなあ・・・。

<シアターキノにて>

「君を想い、バスに乗る」

2021年/イギリス/86分

監督:ギリーズ・マッキノン

出演:ティモシー・スポール、フィリス・ローガン

 

ロードムービーを楽しむ度★★★★☆

夫婦愛度★★★★★

満足度★★★★★


「ここに物語が」梨木香歩

2022年07月26日 | 映画(あ行)

本を巡るエッセイ

 

 

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何を、どんなふうに考えながら生きてきたか。
物語を発見する日常を辿る。
創る者も読む者も、人は人生のそのときどき、
大小様々な物語に付き添われ、支えられしながら一生をまっとうする
――どんな本をどんなふうに読んできたか。
繰り返し出会い続け、何度もめぐりあう本は、自分を観察する記録でもある。
思索と現実、日常にいつも共にある、本と物語をめぐるエッセイ集。

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梨木香歩さんの、本の紹介、解説文・・・というか、
本を巡るエッセイというべきかもしれません。
いつもながら、自然や身の回りのことについての梨木香歩さんの鋭い視線と考察力、
それは本についても同様です。

 

前半では、短文ですが様々な本の紹介があり、
いくつか気になる作品もあったので、後に読んでみようと思います。
終盤、いよいよ常の梨木香歩さん調の考察が山盛り。

 

和田稔「海神のこえ消えることなく」(角川文庫)
学徒出陣で回天特攻隊員となり、訓練中に不慮の事故で亡くなった和田稔の日記・手記です。
どんな思いで特攻隊員としてに訓練に臨んでいたのか・・・。
著者はこの本を再読したときに、
「戦争の引き起こす悲劇の痛ましさ」とは別の何かを感じたといいます。
「今ここで自分が死ぬよりも、生きて学んだほうが
将来社会に対して大きな貢献ができるのではないか」
・・・彼の奥底にはそんな思いがあって、
でも自分の中で形になった思いというほどではなく、実際口に出すこともできない。
そんな自分を納得させるための手記なのでは・・・と著者は考えるのです。

人に見られることを意識したというよりは、自分を納得させるために、
という方が確かに納得できる気がします。

私は、こうした悲痛な出来事に思い詰めすぎて、
自分のメンタルがやばくなりそうな気がするので、
本作は、あえて読もうとは思いませんけれど・・・。

 

「犯しがたさ」と「里山脳」の章は、本から離れての考察。
日本の里山は人々の住む里と人の立ち入らない奥深い山との中間、緩衝地帯。
人も入るし、山の獣たちもやってくる場所。
そういう認識は確かにありますね。
つまり、奥深い山は、人が立ち入るべきではない場所。
神の領分。
そんな思想が日本人の中にあるということ。

しかるに、欧米ではそういう思想はないようだというのです。
どんなに深くても高くても、行けるところまでいって支配する、
という単純明快なのが欧米の思想。

欧米は「神があって、その下に人間がいて、それ以外は皆すべて下位」
という話を以前聞いたことがあって、その話と通じることなのだろうと思います。
少なくとも日本はそういうピラミッド構造ではないですよね。

今は日本でも、山にどんどん人が入り込み、
まるでそれならば、とでもいうように
里に動物たちが降りてきてしまっているのです。
山も、里も、区別がなくなっているというのが昨今の状況なのかも。

そんなこともあって、興味深い章でした。


<図書館蔵書にて>

「ここに物語が」梨木香歩 新潮社

満足度★★★.5


ブータン 山の教室

2022年07月25日 | 映画(は行)

学ぶことの価値が光る

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ブータン首都・ティンプーに暮らすミュージシャンを夢見る若い教師ウゲン(シェラップ・ドルジ)。
そんな彼が、ブータンで最も僻地と言われるルナナ村の学校へ赴任するよう言い渡されます。

ヒマラヤ山脈、標高4800メートルにある人口56人の実在する村、ルナナ。
その地にたどり着くまでは、バスで一番近くの町まで1日。
そこからは徒歩でさらに一週間かかるのです・・・。
ヘトヘトになりながらたどり着いたウゲンを、村人は総出で出迎えます。

電気も通じておらずケータイの電波も届かないこの場所。
もうすっかり、こんなところで教師なんてできないと思うウゲンでしたが、
先生の到着を心待ちにし、勉強したいと思う子どもたちの圧倒的な熱意に負けて授業を開始。
そしてウゲンは、村人や子どもたちと過ごすうちに、自分の居場所を見出していくのです。

ウゲンの顔つきが次第にイキイキしたように変わっていく様がみごとでした。

ブータンといえば、国民の幸福度が世界一高いといわれています。
とはいえ、都会に住むウゲンは、この国を出てオーストラリアに移住し、
ミュージシャンとして生きていきたいと思っていたのです。
ブータンとはいっても、いかにも今時の若者という有り様は、
もはや欧米や日本となんの違いもないわけですね。

けれど彼はルナナ村で、これまで想像したこともない世界を見ます。

貧しい村の学校は、かろうじて建物はあるけれど、
黒板も教材もなくて紙すらも不足。
そんな中で、子どもたちは目をキラキラとさせて意欲的に学ぼうとします。
村人たちも教育こそが将来のこの村を変えるかも知れない、と望みを抱いているのです。
だから教師にも精一杯の敬意を表して、大事にもてなします。
まさに教育の原点ですね。

標高4800メートルといったら富士山より高い。
そんなところで一生を過ごすのだなあ・・・。
風景はあきれるほどに雄大で美しい。

いいものを見ました。
けど私はエンドロールの後に、ほんの一コマでいいので、
次の春にウゲンがこの村に戻ってくるシーンが欲しかった・・・。
そうはならないのですか・・・、やはり・・・。

 

<WOWOW視聴にて>

「ブータン 山の教室」

2019年/ブータン/110分

監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ

出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・ヘンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム

 

山奥度★★★★★

満足度★★★★.5

 


東京リベンジャーズ

2022年07月24日 | 映画(た行)

過去と現在を行き来しながら

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和久井健さんによるコミック「東京卍リベンジャーズ」の実写映画化作品です。

本作は興味がある方なら公開時にすぐ見たでしょうし、
そうでない方なら永遠に見ないであろうという作品と思われるのですが、
どっちつかずの私は今頃見る、ということになりますね・・・。
実は、アニメは見ているのです。
だからストーリーは知っていてあえて見なくてもいいか、と思ってはいたのですが。
でも、若手出演陣のあまりにもの豪華さに目がくらんで、やはり見てみようかと・・・。

 

そもそも、ヤンキーものというのが苦手なのです。
でも本作は単にヤンキーの抗争劇ではなくて、
タイムリープというSF的要素が加わることで、特異性と魅力が増しているのです。

完璧に人生負け組、さえないフリーターのタケミチ(北村匠海)。
10年前、ヤンキー時代に付き合っていた人生唯一の彼女・ヒナタ(今田美桜)と
その弟・ナオト(杉野遥亮)が、
関東最凶の組織「東京卍會」に殺されたことをニュースで知ります。
その翌日、タケミチは駅のホームで何者かに背中を押されて線路に転落。
死を覚悟しましたが・・・。

その瞬間、タケミチは10年前にタイムスリップ。
過去の世界でタケミチがナオトに「10年後、ヒナタは殺される」と伝えたことで未来は変化。
現代に戻ったタケミチは死の運命から逃れて刑事になったナオトから
「10年前に戻って東京卍會を潰せばヒナタを助けられる。力を貸して欲しい」
と言われ・・・。

10年前のタケミチは、ただの粋がったチンピラ。
東京卍會と言えば、泣く子も黙るような大きな半グレ集団。
そこのトップと会おうだなんて、無謀としか思えないことなのですが。
これまで必死に頑張ったことなどないタケミチが、
ヒナタのために命がけで使命を果たそうとすることで、道が開けていきます。

意外にもトップのマイキー(吉沢亮)とドラケン(山田裕貴)は、
話の分かる気持ちのいい奴で、
この組織がどうして10年後にあのような凶暴なものに変わっているのかが分からない。
タケミチは現在と10年前を行き来することで、
そんな“トウマン”とそれに関わる人々の運命を変えていくのです。

いやいや、やはりストーリーが面白い(若干整合性に疑問を感じなくもないけれど)ことと、
惜しみなくつぎ込まれた若手俳優の登場、
そしてそのヤンキーぶりがお見事で、結局ずいぶん楽しんでしまいました。

ストーリーは本当はまだまだ続くのですが、
映画という都合上、唐突に終わってしまったのはやはり残念です。

<WOWOW視聴にて>

「東京リベンジャーズ」

2021年/日本/120分

監督:英勉

原作:和久井健

出演:北村匠海、山田裕貴、吉沢亮、杉野遥亮、今田美桜、
   鈴木伸之、清水尋也、磯村勇斗、間宮祥太朗、眞栄田郷敦

 

タケミチの頑張り度★★★★★

満足度★★★★☆

 


神は見返りを求める

2022年07月22日 | 映画(か行)

やっぱり見返りは欲しい

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イベント会社で働く田母神(ミロツヨシ)は、
ユーチューバーのゆりちゃん(岸井ゆきの)と、合コンで出会います。
自分のチャンネル再生回数が全く上がらないことに悩むゆりに、
田母神は「見返り」を求めず、製作を手伝うようになります。

それで少しだけ再生回数アップはしたものの、
もともと若くはないしセンスも良くない田母神なので、
一定以上の効果は現れません。
それでもゆりは楽しく、見返りも求めようとしない田母神を“神”と思います。

しかしある時から、ゆりは人気ユーチューバーの助力を得たり、
実力のあるアドバイザーがついて、急激に人気上昇。
すると急に田母神の“ダサさ”が目につくようになり、ジャマに思えてきます。

そのことに気づいた田母神は突如豹変して“見返り”を求め始める。
するとゆりの振る舞いも別人のようになって、恩を仇で返しはじめます。
2人はYouTube上で、醜い公開バトルを繰り広げるように・・・。

 

田母神は始め本当に、単に親切心でゆりちゃんの手伝いを始めたのでしょう。
見返り、すなわち金銭も、体も求めない。
いえ、ゆりちゃんの笑顔、自分への感謝の気持ち、
が見返りだったというべきかもしれません。
そのことで田母神は自己有用感を持つことができた。

ところが、いきなり不要と言うよりむしろ邪魔者にされて、彼は怒るわけですね。
冗談じゃない、今までの親切の見返りを返せ!と。
そういう気持ちの変化は、まさしく自然。
彼の気持ちもよ~く分かりますとも。
でも結局彼はゆりちゃんのことを思うよりも、
ゆりちゃんに親切にする自分が好きだったのでしょう。
そういうことが露呈してくるから、面白い。

この2人が互いを罵倒し会うシーンは、なかなか壮絶です。
しかしこれはほとんど、長年連れ添った夫婦の夫婦喧嘩。
一時期にせよ気持ちが寄り添ったことがあるからこそ、
その裏切りを許せなく感じるのかも知れません。
でも、そんないい時期のことを思い出せば・・・。
ね。

 

若葉竜也さんの、いかにも親しげにあなたの味方ですとアピールするために、
別の人の悪口を言うというや~な感じの男の役、ナイスでした。

 

<サツゲキにて>

「神は見返りを求める」

2022年/日本/105分

監督・脚本:吉田恵輔

出演:ムロツヨシ、岸井ゆきの、若葉竜也、吉村界人、柳俊太郎

 

態度豹変度★★★★★

満足度★★★★☆

 


「丹生都比売」梨木香歩

2022年07月21日 | 本(その他)

母に押しつぶされていく息子

 

 

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胸奥の深い森へと還って行く。
見失っていた自分に立ち返るために……。
蘇りの水と水銀を司る神霊に守られて吉野の地に生きる草壁皇子の物語
――歴史に材をとった中篇「丹生都比売」と、
「月と潮騒」「トウネンの耳」「カコの話」「本棚にならぶ」
「旅行鞄のなかから」「コート」「夏の朝」「ハクガン異聞」、
1994年から2011年の8篇の作品を収録する、初めての作品集。
しずかに澄みわたる、梨木香歩の小説世界。

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梨木香歩さんの長編やエッセイはよく読みますが、
そういえば短編集というのはあまりなかったかもしれません。
本巻は2014年刊行のものですが、
表題の「丹生都比売(におつひめ)」に興味があって、手に取りました。

草壁皇子の物語です。
この皇子の祖父であり伯父である天智天皇と、
父である天武天皇の兄弟間の確執に端を発します。

草壁皇子の父・大海人皇子(後の天武天皇)は、
兄・天智天皇が自分の息子である大友皇子に位を譲りたいと考えていることを知り、
謀反の疑いをかけられないように一族郎党を引き連れて吉野の山奥へ隠遁します。
草壁皇子も母とともに吉野で暮らすことになりますが、
その時まだ10歳にも満たない位です。

物語はこの頃のこと。
決して体も大きくなく力もなく勇壮ではない自分に対して、引け目を感じている草壁皇子。
しかし、思慮深く、優しい。
そして何か特別の力を秘めているようでもありますが・・・。

問題なのはこの皇子の母なのです。
この母は、後の持統天皇ということになりますが、
とにかく自分の一族の繁栄のためならどんなこともするという女傑。
女傑というといさぎよい感じがしてしまうけれど、
腕力があるわけではないので、もっとほの暗い野望を秘めた感じです。
いってみれば「グレートマザー」そのものかも知れません。

草壁皇子は、その母の「グレートマザー」的側面を知りつつも、その意に沿おうとする・・・。
求めても求めても得られぬ愛・・・。
なんとも切ないですね。

まあ、本作はフィクションではありますが、
後書きによると実際に持統天皇が息子を抹殺したという説はあるそうです・・・。

 

「他者の事情をなんとなく察して、
それと意識せぬまま受難の道を選び取って行く子どもたち」

まさに、今もさらに拡大しつつある問題なのでした。



他に収録されている短編もそれぞれに、ちょっと不思議で味わい深い深い物語です。

百合の花から生まれた、親指姫“春ちゃん”と、
常に共にいるようになる夏ちゃんの物語「夏の朝」も
ファンタジックでありながら、夏とお母さんの感情が行き違うシビアな側面を持つストーリー。

興味深い一冊です。

「丹生都比売」梨木香歩 新潮社

 

満足度★★★★☆

 


「インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー」皆川博子

2022年07月20日 | 本(ミステリ)

思えば遠くへ来たもんだ・・・

 

 

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18世紀、独立戦争中のアメリカ。
記者ロディは投獄された英国兵エドワード・ターナーを訪ねた。
なぜ植民地開拓者(コロニスト)と先住民族(モホーク)の息子アシュリーを殺したのか訊くために。
残されたアシュリーの手記の異変に気づいた囚人エドは、
追及される立場から一転、驚くべき推理を始める。
それは部隊で続く不審死やスパイの存在、さらには国家の陰謀にかかわるものだった……
『開かせていただき光栄です』シリーズ最終作。

* * * * * * * * * * * *

皆川博子さんの『開かせていただき光栄です』シリーズ最終作。

前作の最後のシーンで、アメリカへ渡るとされたエドとクラレンスの話になります。
しかし、本作の主人公はこの二人ではなくて、
本作で初めて登場する、アシュリー・アーデンというべきでしょう。

アシュリーは植民地開拓者(コロニスト)の大地主である父・グレゴリー・アーデンと
先住民族(モホーク)の母との間に生まれたハーフ。
父には白人の正妻やその息子たちがいます。

白人でありつつ先住民でもあるということで、
周囲からは父の威光から丁寧に扱われたり、
インディアンとして見下されたり、その時々で色々。
自身も、父の屋敷で白人と同じ教養を身につけ、
片や、母の属するモホークの村で大自然と共に生きるモホークの風習を学んだりもする、
なかなか複雑なおいたちを体験しています。
そのため、自分自身のアイデンティティがどちらにあるのか、混乱しているのです。

 

さて、時代は英国とそこから独立を図ろうとする人々の争いが繰り広げられる独立戦争のさなか。
この大陸に暮らす人々は、国王派と独立派、真っ二つになっています。
そこで有力商人たちは、どちらに汲みするか命がけの決断を迫られたりします。
うまく立ち回り、どちらが勝っても味方したような体裁を作っておく者も・・・。
エドとクラレンスはこんな混乱の中、国王軍兵士としてこの地にやって来たわけです。

 

ところが、冒頭で驚かされてしまう。

エドはなんと獄中にあって、そこへある人物が訪ねてきて問うのです。
「なぜ、アシュリー・アーデンを殺したのか?」と。

なんですと!?
エドが殺人なんかするはずがない・・・。
そしてまた、クラレンスはどうしたのか?
本巻の主人公となるべきアシュリー・アーデンは死んでしまったと言うこと???

渦巻く疑問。
そんな謎を解いて行く物語です。

独立戦争時のアメリカなんて、あまり良く知らなかったのでここも興味深いところです。
国王軍や独立軍、どちらが勝ったとしても
虐げられ搾取される一方の先住民の立場も描かれていて、これが切ない。

 

また、同じくコロニスト名家であるウィルソン家の三男でありながら、
口唇裂がある故に、一家からはのけ者扱いされているモーリスが、とても魅力的。
人前では口元を隠す仮面をつけていたりしますが、実は聡明で意志が強い。
彼がおのれの道を見つけていく様もまた、いいんだなあ・・・。

 

英国を出て、遠く紛争のアメリカの地へやって来たエドとクラレンス。
この二人のさらなる遍歴もまた、お楽しみに・・・。

第一作目とは全く違う物語になっていますが・・・。
思えば遠くへ来たもんだ・・・という感じです。

 

図書館蔵書にて

「インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー」皆川博子 早川書房

満足度★★★★☆


少年の君

2022年07月19日 | 映画(さ行)

緊張感を感じるほどの信頼

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先日感服した「ソウルメイト 七月(チーユエ)と安生(アンシェン)」のデレク・ツアン監督作品。

進学校の高校3年チェン・ニェン(チョウ・ドンユイ)。
校内は大学入試を控え、殺伐とした雰囲気が漂っています。
そんな中で、チェンは息を潜めるようにしてひたすら勉学に励んでいます。

ある日、同級生がいじめを苦に自殺。
そして、チェンが新たないじめの標的になってしまいます。
またある日、チェンは下校途中、集団暴行を受けている少年・シャオベイを目撃し、
とっさに救いの手を差し伸べます。
優等生と不良という対極の存在でありながら、
孤独を抱える2人は次第に心を通わせるようになって行きますが・・・

本作冒頭では「いじめの撲滅に向けて」というメッセージがあります。
実際、どこの国でも同様のいじめがあるものなんですね。
これが、人が社会生活を送る上で、必ずあるつきもののようなもの・・・
だなんて思いたくはないけれど、でも、実際にある。

チェンの母は借金を抱えており、
インチキな化粧品セールスをして人から責められてもいると言う状況。
チェンの大学受験、そして合格だけがこのどん底の貧乏生活から抜け出す道なのです。
チェンはいじめを受けようがなんだろうが、ひたすら耐えて勉学に励むしかない。
周囲の子も似たような状況。
いじめをする側の子は資産家の娘で、親からの重圧が大きくてストレスをため込んでいる。
まあ、これで平穏な学校生活が営まれる方がおかしいのかも知れません・・・。

ということで本作、もちろん「いじめ撲滅」がテーマの一つではありますが、
それよりも、二つの無垢な魂の強く美しい結びつきについて、
そのことが非常に強く胸を打つのであります。

チェンは、シャオベイに「私を守って」といい、
下校時にはシャオベイが少し離れたところからチェンの後を歩き、
彼女に危害を加える者がないように見守りを続けます。

しかし他の用事でどうしてもそれができないときに、
チェンはいよいよ悪辣ないじめにあってしまうのです。

髪をぐちゃぐちゃに切られてしまったチェンは、
いっそ、ということで自ら丸坊主にしてしまいます。
心は決して暴力に屈しないチェン。
その強いまなざしを、ますます守りたいと思うシャオベイ。

ヒリヒリした緊張感すら感じるくらいの互いの信頼感。
シビれます。

シャオベイ役のイー・ヤンチェンシーは、中国のアイドルグループ「TFBOYS」のメンバーだそうで。
なるほど~。
私は、なんかEXILEにでもいそうな感じのイケメンのにーちゃんだなあ・・・
と思いながら見ていました。
当たらずとも遠からず。

 

<WOWOW視聴にて>

「少年の君」

2019年/中国・香港/135分

監督:デレク・ツアン

出演:チョウ・ドンユイ、イー・ヤンチェンシー、イン・ファン、ホアン・ジュエ

 

いじめ度★★★★★

純愛度★★★★★

満足度★★★★★


エリザベス 女王陛下の微笑み

2022年07月18日 | 映画(あ行)

在位70周年のエリザベス女王

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2022年で、96歳、在位70周年となる、
英国エリザベス女王の長編ドキュメンタリー。

2020年、ロジャー・ミッシェル監督が、
こんなコロナ禍の時代だからこそ作れる作品があるのではないか
と考えたのがきっかけだそうです。

1930年代~2020年代のアーカイブ映像からエリザベス2世の足跡をたどり、
これまであまり見られなかった女王の素顔にも迫ります。

ところが、当監督が21年9月に急逝。
そう考えると、96歳でまだまだお元気なエリザベス女王の
生命力に感嘆してしまいます・・・。

エリザベス女王が即位したのは1952年2月6日。
通常のドキュメンタリーならそのあたりを起点として、
年代順に女王の姿を追っていくのでしょうけれど、本作、時系列はバラバラです。
様々なテーマに沿った映像が、
年代は無視して組み込まれています。
直接的には関係ないのだけれど、有名人が写っていたりもするので、
それもちょっと楽しめます。

それでも主な出来事を拾ってみると、

1981年、パレードで襲撃未遂事件。
(一個人がパレード中の女王めがけて銃撃するも空砲で大事に至らず
・・・どこでもこういうことは起こりうるのですね)
同年、チャールズ皇子とダイアナ妃結婚。

1992年、ウィンザー城火事。アン王女離婚。

1997年、ダイアナ元妃死去。

2012年、ロンドン五輪開会式にて、
007(ダニエル・クレイグ)のエスコートで飛行機より会場へ着地(?!)

 

王族といっても幸福なことばかりではなく、
家庭の不幸には庶民と変わりなく見舞われるものですね。
ロンドン五輪開会式のことは、私の中でも印象深く残っています。
ナイスな登場でしたねえ。

結局この作品、女王を敬愛する視点ばかりではなくて、
ちょっぴり揶揄するような視点も含まれています。
在位70年ともなれば英国国民は、女王陛下が大好きで、
だけれどちょっと親しみのあまり皮肉ってみたくもなる、
そんな複雑な心境なのかも知れません。
ほとんど「お母さん」という感じなのかも。

それにしても若き日の女王陛下、美人でステキです。
乗馬姿もカッコイイ。

今、この作品をつくっておいたことには意義があるかもしれません。

 

<シアターキノにて>

「エリザベス 女王陛下の微笑み」

2021年/イギリス/90分

監督:ロジャー・ミッシェル

出演:ダニエル・クレイグ、オードリー・ヘプバーン、ジョン・レノン

 

エリザベス女王の魅力度★★★★☆

満足度★★★☆☆

 


「ライフ・アフター・ライフ」ケイト・アトキンソン

2022年07月16日 | 本(ミステリ)

何度も何度も生まれ直す女

 

 

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1910年の大雪の晩、アーシュラ・ベレスフォード・トッドは生まれた。
が、臍の緒が巻きついて息がなかった。
医師は大雪のため到着が遅れ、間に合わなかった。
しかし、アーシュラは、同じ晩に再び生まれなおす。
今度は医師が間に合い、無事生を受ける。
同様に、アーシュラは以後も、スペイン風邪で、海で溺れて、
フューラーと呼ばれる男の暗殺を企てて、ロンドン大空襲で……、
何度も何度も生まれては死亡する、やりなおしの繰り返し。
かすかなデジャヴュをどこかで感じながら、
幾度もの人生を生きるひとりの女性の物語。
ウィットと慈しみに満ち、圧倒的な独創性に驚かされる比類なき傑作。
コスタ賞受賞作。

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主に第一次世界大戦~二次大戦の時代、
英国に生きる一人の女性・アーシュラの物語です。

ところが、彼女は、何度も何度も死んではまた生まれ変わる。

一番始めは1910年の大雪の夜、
アーシュラはまもなく生まれ落ちようとしているのですが、
へその緒が首に巻き付き、医師の到着も遅れたために、命を落としてしまうのです。
しかし、そこをやり直すように、彼女はまた誕生する。

「もしもぼくたち人間に、人生を何度もやりなおすチャンスがあたえられるとしたらどうかな? 
正しく生きられるようになるまで何度も繰りかえせるんだぜ。
そうなったら素敵だと思わない?」

・・・というのは、後の彼女の弟のセリフですが、
まさしく、アーシュラは、そのように人生を何度もやり直しているのです。

 

ところが、彼女は前の人生の出来事をすべてはっきり記憶しているわけではありません。
やり直すべき所ではちょっとした予感や既視感を得ながら、
別の道をたどっていくのです。

海で溺れたり、病にかかったり、そうして命を落とすこともありますが、
なんと言っても生き延びるのが大変なのが、戦争が始まってから。
空襲を受け瓦礫の散乱するロンドンでは、
彼女ばかりではなく周囲の人々も生死の境を生きているのです。

そしてまた驚くべきことに、ある時のアーシュラはドイツに渡り、
エヴァという女性と知り合います。
なんとこの人はあのヒトラーの愛人ではありませんか!! 
アーシュラはヒトラーの別荘でエヴァと共に過ごす日々があって、
ヒトラーと対面もするのです。

ところがドイツにいたとして戦争被害と無縁ではありません。
終戦直前のベルリンはやはり空襲で瓦礫の街と化していて、
やがてソ連兵が襲撃してくる。
そんななか病の子どもを抱え、薬も食べ物も住まいも無く、
ひっそりと息を引き取っていくアーシュラ・・・
というのは作中最も悲痛なシーンでありました。

 

数々の苦難はやはりこの戦争が引き起こしている。
あのドイツの独裁者の男さえいなければ・・・。
そんな記憶が多分アーシュラの無意識下に刻み込まれてしまったのでしょう。
ある時アーシュラは、ヒトラーに拳銃を突きつけて・・・。

 

実はそのシーンが本作の冒頭にあるのです。
ビックリですよね。
しかし、その後のことについては神のみぞ知る。

次に生まれ変わったアーシュラは、その後の世界を見ることができるのでしょうか?
けれどこの企みが成功したとして、
アーシュラはすぐにヒトラーの取り巻きたちに銃殺されてしまう。
となれば、そこでまたアーシュラの意識は途切れ、生まれ直すことになる。
何度繰り返したとしても、永遠のループとなるばかりなのかも・・・。

 

実に不思議でのめり込んでしまう物語でした。

 

図書館蔵書にて

「ライフ・アフター・ライフ」 ケイト・アトキンソン 東京創元社

満足度★★★★★

 


ヤクザと家族 The Family

2022年07月15日 | 映画(や行)

行き場をなくしたヤクザ

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1999年。
父親を覚醒剤で失った賢治(綾野剛)。
特にやりたいこともなく、単なる町のチンピラとして過ごしていました。
ある時、柴咲組組長(舘ひろし)の危機を救ったことから、
組に入ることになり、柴咲と父子の契りを結びます。

2005年。
すっかりヤクザぶりも身について、組の仲間からの信頼も得ている賢治。
この組こそが自分の家族と思っています。
そんな中、他の組とのもめ事が起こり、賢治はある決断をして・・・。

2019年。
14年の刑期を終えて出所した賢治。
しかし暴対法の影響で、ヤクザの世界は一変していた・・・。
柴咲組はかつての隆盛のカゲもなく・・・。

鮮やかな入れ墨を施し、肩で風を切って歩く男。
自信に満ちた賢治。
う~ん、綾野剛さん、カッコイイ!! 
シビれます。

ところが本作、メインはその後、彼が14年の刑期を終えて出所してきたところからなのです。
組はすっかり落ちぶれて、かつての幹部が密漁などして細々と稼いでいる。
オヤジ(組長)は病で弱っている。
前科者の賢治はまともな職には就けない・・・。

しかしようやくかつての恋人を捜し当て、共に暮らすようになったのもつかの間・・・。
かつての“ヤクザ”の情報はSNSで広まり、
賢治自身だけでなくその家族にまで影響が及んでしまう。
全くヤクザとして生きることができない世の中に変わり果てているのです。

綾野剛さんはヤクザの格好良さも、
うらぶれた行き場のない男も文句なくこなしますねえ。

特にヤクザさんに思い入れはないのですが、
それにしても、こういうのはあまりにも理不尽というか気の毒というか、
すっかり感情移入してしまいます。

一方、かっこいいヤクザに憧れていた少年・ツバサは、
その後半グレ(磯村勇斗)となっており、
これがまたヘラヘラしているようで、ある種の覚悟もあるという、まさに、新世代。
ヤクザは消えても、時代に応じたはみ出し者の居場所はできあがっているということか・・・。

とにかくシビれてしまう作品。
ラストはショッキングではあるけれど、賢治の表情は
ホッとしていた感じだったのが印象的。

 

<WOWOW視聴にて>

「ヤクザと家族 The Family」

2021年/日本/136分

監督・脚本:藤井道人

出演:綾野剛、舘ひろし、尾野真千子、北村有起哉、市原隼人、磯村勇斗、寺島しのぶ

 

時代の変遷度★★★★☆

綾野剛の魅力度★★★★★

満足度★★★★.5

 


僕と彼女とラリーと

2022年07月14日 | 映画(は行)

父子の確執を乗り越えて

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愛知県豊田市。
大学入学を機に上京し、役者を目指している大河(森崎ウィン)ですが、
父(西村まさ彦)の訃報を聞き、故郷のこの町に帰ってきます。
父はかつてラリーで数々の栄誉に輝いたメカニックでした。
そして今は豊田市の外れで車のメンテを行う「北村ワークス」を営んでいたのです。

幼い頃母を亡くした大河は、ほとんど家にいなくて家庭を顧みなかった父を嫌い、
帰省もせず、連絡もしないというような状況でした。



地元で行われるカーラリーに出場しようとしていた父。
北村ワークスの従業員からは絶大な信頼を得ていた父。
そんな父を今まで全く知ろうとしなかったことを、大河は後悔します。
そして、銀行員の兄の言葉に逆らい、
会社の再起をかけてラリー大会に出場することに。
幼なじみの美帆(深川麻衣)の協力も得て、ラリー大会への準備を進めますが・・・。

調度この作品を見た日、
53年間ずっと同じトヨタカローラに乗り続けていると言う方の話をテレビで見ました。
そしてこの車がこの度、トヨタの博物館入りすることが決まったとのこと。
車のメンテはご本人が行っていて、
交換部品は旧日本車の多いタイから逆輸入をしたりもするという・・・。
車のことはほとんど分からない私ではありますが、
53年間乗り続けた車、と言うのにはさすがに驚かされました。

図らずも、クルマ愛を見せつけるような話のシンクロ。
何やら感慨深いです。

レースは競技場をぐるぐる回る。
ラリーは一般道を走る。
そんな違いも私はよく分かっていなかったのですが、
このたび、その大変さや面白みがよく分かりました。

父と子、兄弟間の確執、そして恋。
初めてのことへのチャレンジ。
従業員のチームワーク。
様々なテーマが心地よく絡まり合うのですが、
しかしどうにも絶望的な出来事にも見舞われるのです。

こじんまりしてはいるのですが、すごく気持ちのいい物語です。
好きです。

<WOWOW視聴にて>

「僕と彼女とラリーと」

2021年/日本/105分

監督・脚本:塚本連平

出演:森崎ウィン、深川麻衣、西村まさ彦、佐藤隆太、竹内力

 

父子確執度★★★★★

再生度★★★★☆

満足度★★★★☆