映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「幸福論」 須藤元気

2007年10月31日 | 本(エッセイ)

「幸福論」 須藤元気 ランダムハウス講談社

著者は格闘家として活躍していましたが、2006年12月に突如引退を表明したという。
当方、格闘技など、まったく興味もない「おばさん」ゆえ、この方の名前すら知らなかったというのが実のところです。
店頭で、表紙のお遍路さん姿の彼の写真をみて興味を持ちました。
まだ、お若いのにお遍路さん、そして「幸福論」とは。
以前から、四国のお遍路さんには興味があって、そこを行く若い男性、しかも、お遍路さんとは縁がなさそうな格闘家???
とにかく読んでみなくては・・・です。

そこには気取りがなく自然体の彼がいました。

彼が敬愛するのは空海であり、坂本竜馬だったりするのですが、
それを述べるにもまったく構えず、
コミックやアニメの人物が、たとえでポコポコ出てきたりする。
実は難しく、深いことも、このように自分の言葉で語る彼に、好感を覚えました。

私はそもそも、お遍路さんは全行程「歩く」ものだと思っていました。
でも、これは88箇所のお札を集めることに意義があるのであって、別に手段は問わないようです。
車だろうがチャリだろうが、山はロープーウェイでも。
そうだったのか・・・。
(須藤さんは、無論ほとんどを歩いています。自転車も有り。念のため。)
とにかくひたすら歩く。
そうしていると、まったく何も考えない[無」の時があるという。
そんな風に心を真っ白にして、田舎道を歩いてみたいと思います。
いつか私もたどってみたい道です。
時間制限無しでね。・・・
退職後の話だなあ・・・。

彼は「ありがとう、ありがとう・・・」と唱えながら歩いたといいます。
”ことば”はいつか、形になる。
「幸福だから楽しいのではなく、楽しんでいるから幸福なのだ。」
そう、まずなにごとも、ポジティブに楽しみましょう。

満足度★★★★


追憶

2007年10月28日 | 映画(た行)

(DVD)

個人的に、なつかしのロバート・レッドフォードシリーズになってますねえ。
この作品も、かつて若かりし頃に見に行ったものの、途中で寝ていて、しっかりストーリーを把握していなかった、というしろもの。
考えてみたら私はまともにロバート・レッドフォード作品を見たことがないのではないかという気がします。
でも、いまだからこそ余計に、まぶしいくらいの彼の魅力がよくわかるのですよねえ。あの頃は、それほどだとは実際、思っていなかった。
改めてみれば、いやはや、軍服姿の彼がまた一段とステキでした・・・。

時代は二次大戦前後。
同じ大学で出会った、ケイティとハベル。
ケイティはあまり裕福ではなく、政治活動に一生懸命。
バイトをし、ビラをくばり、集会の演説をする。
ハベルは、いかにも育ちのよさそうな貴公子といった感じ。
スポーツ万能で、学園のヒーロー。
そしてまた、小説を書く才能にも恵まれている。
ハベルはいつも友人たちにかこまれていて、ケイティは近寄りがたく感じている。
しかし、ケイティーの視線の先にはいつもハベルがいる。
あまりにもあからさまで、見ていて恥ずかしくなってしまうくらいに、ケイティはいつも彼の姿を目で追っているのです。
大学時代はこんな風で、ほんの少し会話を交わした程度で終わってしまうのですが、数年後、二人は再会します。
にぎやかなバーで居眠りをしているハベル。
そっとその前髪をかき上げるケイティ。
このしぐさはこの後も何度か出てきます。
ケイティーのハベルへの温かい思いを表現するシーン。
このときはハベルは軍人であり、ケイティはラジオ局に勤める傍ら、相変わらず政治活動を続けている。
ハベルから見るとこのケイティの目標へ向けたまっしぐらな気持ちとか、強い意思がとても新鮮で好ましく、また、反面危なっかしくも感じ、ささえてあげたい、そんな感覚。
ケイティの想いが報われ、二人は親しくなっていきます。
ところが、ケイティの思想はあまりにも妥協を許さない。
少しでも、場の雰囲気に合わせて自分を抑えるということがない。
いつも人の輪の中心にいるハベルのありようとはあまりにもかけはなれています。
はじめから、無理があって危なっかしいようにみえます。
どうなのかなあ、若い頃、私がきちんと目を開けてこの映画を見ていたら、やはりそのように思ったでしょうか。
ただ二人の恋愛を当然のなりゆきとして美しいものと見たかもしれない・・・。
残念ですね、今となっては確かめようもない。
一度は壊れそうになった二人ですが、逆にそれがきっかけでよりを戻し、結婚にこぎつけた二人。
ハベルは映画の脚本を書くことになり、二人はハリウッドへ。
最高に幸せな二人の時代です。
でもやはり、無理なのでした。
所詮砂上の楼閣。
今度はケイティーもこれ以上は無理と感じ、子供がお腹にいるにもかかわらず別れることになるのです。
そしてまた数年後、二人が始めてあってから20年ほど経っているのではないでしょうか。
街角でまた二人は再会。
お互いに、もう再婚しています。
ケイティはやはり何かの署名活動をしていたところ。
本当に、信念の人ですね・・・。
見つめあう二人。
ただ懐かしく、そしてまた、心の底に愛情はもったまま、また、別れ行く二人。
バーブラ・ストライサンド自身が歌う、あの有名な曲、THE WAY WE WEREがまた余計にムードを盛り上げます。

甘く切なく、余韻の残る作品ですね。往年の名作であることは間違いありません。

ところで、このバーブラ・ストライサンドが、なんだか田中真紀子氏に似ていると思ってしまう私でした。役柄のせいもありましょうか・・・。

1973年/アメリカ/118分

監督:シドニー・ポラック
出演:ロバート・レッドフォード、バーブラ・ストライサンド、ブラッドフォード・ディルマン


「最後の願い」 光原百合

2007年10月27日 | 本(ミステリ)

「最後の願い」光原百合 光文社文庫

劇団立ち上げのため、準備を進めている度会(わたらい)恭平。
役者、舞台美術、マネージャー、いろいろな役割の人材を集めなければならない。

さらりと伸ばした髪、
切れ長の目にすっきりととがったあご、
そこそこ好感の持てる顔立ち。
人懐っこく笑うと、いきなり顔がくしゃくしゃになってひどく三枚目めく。
この度会、しかし、実は恐ろしいほど洞察力に優れていて、
そんな時はぎょっとしてすくみあがってしまうほどに鋭いまなざしを見せる。

この洞察力・推理力のおかげで、いろいろな事件、なぞを解決し、
そのつど一人、また一人と劇団のメンバーが集まっていくという趣向です。

連作短篇の一話ごとに、メンバーが増えていくので、
それぞれの人柄、個性もたっぷり紹介され、
みんなが少しずつ顔なじみになっていくところが楽しい。

一作目、「花をちぎれない程・・・」で、冒頭から登場する西根響子は、
お金持ちのお嬢様の婚約パーティーに招かれ、一人毒づく。
こんなご大層なパーティーは、性に合わない・・・と。
このようなさっぱりサバサバした女性は好きです。
彼女は、劇作家としてスカウトされる。

次の「彼女の求めるものは・・・」では、二人の人材登場。
一人は吉井志朗。
几帳面で、マメな性格。
いたって人並みの感覚。
この点が買われて、劇団のマネージャーの役割に。
もう一人は、風見爽馬。
丸いサングラス。浅黒い肌。
癖のある髪は襟足まで伸びている。
季節感を無視したトレンチコートの肩から斜めに大きな黒いショルダーバッグをぶら下げ、
ジーンズのひざは抜け、足にはこれまた季節感無視の頑丈そうなブーツ。
ぬーぼーとした雰囲気ながら、そのサングラスをはずすと、
意外にも果てしない荒野のかなたを見つめるのにふさわしい深いまなざし。(!)

実に個性的で、好きですねえ。こういうの。
この人物は頭がいいんだか悪いんだか、
度会のことは「ドカイ」と呼ぶし、
劇団φ(ファイ)も、彼にかかれば劇団%(パーセント)。
いつも金欠で、
お店に入るのが惜しくて、自販機で買った缶ビールを公園で飲む。
実にユニークながら、彼もまた、常人にない鋭い洞察力を見せるのです。
彼の役割は俳優。


こんな風に、一人また一人、仲間が集まって来るのですが、
ある時は提示された謎が、その後の宿題のように、いくつか後の短編で解決を見たり、
・・・小説はこのように書くべき、というお手本のような作品です。

自分のデザイン事務所を持つ、著名なデザイナーである橘修伍。
その彼がなぜか破格の報酬で、舞台美術を引き受けることになってしまう顛末も、なかなか楽しいです。
ぼやきながら、大工仕事まで手伝っている彼。
つい、引き込まれてしまう、そんな魅力いっぱいの劇団φの皆さんです。

満足度★★★★★


インベージョン

2007年10月24日 | 映画(あ行)
古典SF「盗まれた街」(ジャック・フィニィ著)の4度目の映画化、ということです。
筋立ては、宇宙から来たウィルスが人に感染し、その肉体はそのままだけれども、精神は、「人間」でない何者かになってしまう。
ある朝起きてみたら、夫が夫でなくなっていた・・・というように。
その感染力はすさまじく、瞬く間に、地球上のほとんどが「宇宙人」に成り代わってしまう、というもの。
前3作はきちんと見た記憶があるような、ないような・・・、というところですが、割と有名な話なので、それほど、目新しい感じではないですね。
何で今また、リメイクなんだか・・・と思わなくもないです。

ちょっと新しい趣向としては、このウィルスがDNAに影響を与えるのは、本人がレム睡眠中に限る、ということ。
だから、感染しても、眠らなければとりあえずは人間のままでいられる、
ということで、ニコール・キッドマン演じる精神科医キャロルの悪戦苦闘が始まるというわけです。
彼女は元夫からウィルスを感染させられるのですが、愛する息子オリバーを宇宙人の手から守るため、正気を保たなければならない。
眠いのを耐えるのはほんとにつらいですもんねー。
幸いこの映画は眠くならなかったですが・・・。
最後にやっと出会えた友人(恋人?)のベンがすでに、別人になっていたというのも、予想の範囲内だし、もう一ひねりほしかったなあ、というところです。

ただ、この宇宙人、人を仲間に取り入れるところは、妙に強引で、不気味なんですが、その後仲間同士では実に穏やか。
感情をあらわに出さず、無表情、ではありますが、彼らは武器を持たない。
全体が一つの共同体で、個々はそのほんの一つの細胞と心得ているようだ。
映画の中で、時折出てくるニュースでは、世界各地の紛争がたちどころに平静化。
彼ら内部同士では、争いはないのです。
地球上の全人類が彼らに感染したとしたら、それはそれで悪くはないのじゃないか・・・という気もしてきます。

私はよく、吸血鬼モノを見たり読んだりすると思うのです。
すべての人が吸血鬼になれば、皆さん不老長寿。
何も怖くない。めでたしめでたしなのではないかと・・・。
吸血鬼を「悪」とするのは、単にキリスト教から見た「異端」意識なんじゃないかなあ。宇宙人でも、同じようなものかも。

そうして、宇宙ウィルスがすっかり地球を支配したとする。
そうすると、彼らは、今の社会にある「格差」をどう解決するのでしょうか。
同じ国では個人ごとの。
また、明らかにある、国ごとの格差。
経済発展が目標でないのなら、完璧な共産主義的社会になるのかもしれない。
また、明らかに、人類が食いつぶし、破壊している自然。
彼らなら、人間の生活と自然のバランスを保つために、あっさりと個体数の調整さえするかも知れない。
私は、むしろこのまま宇宙ウィルスが支配する地球の1年後の世界を見てみたいです。

2007年/アメリカ/99分

監督:オリバー・ヒルシュビーゲル
出演:ニコール・キッドマン、ダニエル・クレイグ、ジェレミー・ノーサム、ジャクソン・ボンド

「インベージョン」公式サイト

「螢坂」 北森 鴻

2007年10月22日 | 本(ミステリ)

「螢坂」 北森 鴻 講談社文庫

 ビア・バー「香菜里屋」シリーズ、第3弾です。

「ほろ苦くて美味しい、だからこそせつないミステリー」とは、この本の帯の言葉。
さすがプロですねえ。
ほろ苦くて美味しい、まさにビールのような味わいのシリーズ。
連作の短編集になっています。

最も印象に残るのはやはり表題の「螢坂」。
16年ぶりに、懐かしい三軒茶屋近辺を訪れた有坂。
たまたまふらりと入った、ビア・バーで思いがけず、美味しいビールと料理の歓迎を受ける。
16年前、カメラマンを目指し、中東へ行った彼だったが夢破れ、帰国。
その時別れた恋人は、別の人と結婚し、さらにはすでに亡くなってしまっている。
彼は失意のまま、これまで一人で生きてきた。
その彼が、このたび訪れたのはその彼女と最後に会った場所。
ちょうど蛍が飛び交っていて、ここは「螢坂」というのだと彼女に教えられたその場所。
ところがその話に、マスター工藤は何かひっかかりを覚える。あの場所は、「螢坂」などという名前ではない。
それに第一、水辺でもないし、こんな住宅街の中で、16年前とはいっても蛍などいるはずもない。
では、あの時確かに有坂が見た蛍はなんだったのか。
螢坂の真相は・・・?
今はもういない一人の女性の「思い」が工藤により再現されます。
まさにほろ苦いストーリー。

 さて、この本の中で、工藤の友人香月がつぶやく気になるセリフ。
「あいつ(工藤)も待っているんですよ。ずっと昔から。」
まだ語られていない工藤の過去。
いつか明かされるのでしょうか。
この先も見逃せません。


では、今回の香菜里屋メニュー。

★夏野菜、根菜を千切りにして、油が多目のベーコン細切りとともに炒め、スープストックで仕上げたもの。

★白身とサーモンの山菜おこわ包み

★春たまねぎに蟹のすり身を詰めた揚げ物

★アサリとシメジの潮汁

★カマンベールチーズを丸ごと白ワインで煮込み、仕上げに醤油をたらして浅葱を散らした、チーズフォンデュ。軽くローストしたフランスパンにつけて。

 ★赤ワイン、醤油、香草を一緒に煮詰め、焦がしネギにショウガを少々、隠し味に蜂蜜。このたれに漬け込んだ手羽のつけ焼き。

★自家製レーズンバター。(レーズンは3日ほどラム酒につけて。)

★サーモンのソテー。きのことジンジャーのソースで。

★合鴨の焼き物。長ネギ添え。

★白身のしんじょをレンコンに詰め賽の目にして揚げたもの。赤唐辛子とナンプラーのソースで。

★殻付き牡蠣のワイン蒸し。ピーナツオイルをかけて。

★ローストビーフにホースラディッシュ仕立てのソース。

★トロをあぶり焼きにし、生ライスペーパーで巻いたもの。

★牛テールのスープで、京野菜とそばがきのポトフ。

 ★賽の目切りしたトマトと素揚げえびとイカを実山椒のソースで和えたもの。

★魚醤のパスタ。

★温泉卵に焙ったおくらをそえて。焦がしネギを漬け込んだタレで。

 ★フィッシュ&チップス。生ハムで包んで。

巻を追うごとに料理が凝ってくるようです。こんなお店がご近所にあったら、ほんとにいいですよね・・・。

満足度 ★★★★


「桜宵」 北森 鴻

2007年10月21日 | 本(ミステリ)

「桜宵」 北森 鴻 講談社文庫

ビア・バー「香菜里屋」シリーズ。第2弾。
お店の紹介は「花の下にて春死なむ」をご覧ください・・・。
今回も冴える工藤の推理。

これも表題の「桜宵」から。
亡き妻の手紙に導かれて、香菜里屋にやってきた刑事の神崎。
そこで供されたメニューは、「桜飯」。
ただし、本当はほんのりピンク色のはずのそのご飯は、なぜかうす緑色をしている。
工藤は生前の神崎の妻に「もし夫が来ることがあったら、このご飯を出してほしい」と頼まれていた。
このうす緑のご飯の謎。
神崎はこの薄緑の桜飯を見て、「御衣黄(ぎょいこう)」を連想する。
御衣黄とは、薄緑色の花をつける、珍しい桜の品種名。
神崎は以前、この花の咲く公園で、変わった光景を見たことを思い出すのです。
一人の中年女性が、黄緑のワンピースを着て何時間も公園のベンチに座っている。
誰かを待つようでもない。
そしてまた、一年後、同じ花が咲く時期に、再び、全く同じ光景を目にする。
彼女は何のためにそこにいて、毎年同じことを繰り返しているのか。
また、その女性とはまったく無関係の妻が、なぜ、それを暗示する薄緑の桜飯を夫に食べさせようとしたのか。
この謎を解くには、人の気持ちを読み取る洞察力が必要です。
香菜里屋マスターのお手並み拝見。


さて、この本では、工藤の友人、香月圭吾が登場します。
こちらは、プロフェッショナル・バー香月のマスター。
カクテルの腕はピカイチ。
「縦にも横にもがっちりと広い、それでいて弛んだところのない強靭な肉のかたまり」ときた。
この二人は、いつからのどんな友人なのやら。
興味は深まります。

今回の香菜里屋メニュー。

★エソのすり身を白菜の葉で巻き込んでロールキャベツ風に和風仕立てに煮込んだもの。合鴨の切り身のつけ焼きを添え、とろみをつけただし汁をひたひたにかけて。

★別々に蒸し上げた白身魚と蕪に黄身酢をかけ回したもの。

★小鯛を昆布で締め柚をあしらった小皿

★かたく水切りをした豆腐を四つ割りにし、さらにそれぞれ二枚にスライス。中に四種類の具(洋辛子と焼き海苔、明太子の生クリームあえ、生うに、生ハムとホースラディッシュ)を別々にはさんで揚げる。コンソメのスープをつゆに仕立てて。

★春キャベツとアンチョビーのパスタ。

★山独活を炭火で焼き皮を剥く。抹茶で色を加えたヨーグルトソースをかける。

★ザワークラウトに千切りの鶏皮をかりかりに揚げたものをそえて。

★鶏の砂肝を薄くスライスし、白髪ネギとともに炒めたもの。

★生のほうれん草とゆで蟹をパルメザンチーズを聞かせたソースで和えたシーザーズサラダ風。

★賽の目にしたレンコンと新銀杏のかき揚げ風。濃い目のコンソメスープで。

★松茸の土瓶蒸し。(正統。)

★手羽先と大根、ごぼう、にんじん、たまねぎを塩と日本酒でじっくり煮込んだスープ。
★牡蠣のグラタン

★河豚皮のにこごり

う~ん、お腹が空いてきた・・・。

満足度 ★★★★


「花の下にて春死なむ」 北森 鴻

2007年10月20日 | 本(ミステリ)

「花の下にて春死なむ」 北森 鴻 講談社文庫


ビアバー『香菜里屋』(かなりや)シリーズの一冊目です。
連作短篇推理小説。
新玉川線三軒茶屋駅から、表のアーケード街を道一本はずし、裏通りを歩くと、夜の暗さの中に、白くぽってりと膨らんだ光の筒。
その白い腹に気持ちのよい文字で「香菜里屋」とある。
焼き杉造りのドアを開けると、そこが、工藤哲也の店。
彼はいつもヨークシャーテリアの刺繍が中央についたワインレッドのエプロンを着用。
店にはアルコール度の違うビールが4種類用意されていて、一番度の強いものは、ロックスタイルで出される。
そこで出される料理がまた、絶品。
季節に応じ、臨機応変に出されるその一品は、お客をとりこにする。
店はせいぜい10人程度が座れるL字型のカウンターと二人がけのテーブルが二つ。
常連さんも多いけれど、通りがかりの人がふと入ってきても、自然に溶け込めてしまう。
・・・と、マスターの名推理はなしにしても、ぜひ行っててみたいお店ではあります。

そう、このマスターはまた、お客が持ってくる不思議な話を、話を聞くだけでするするとといてしまう。
いわゆる安楽椅子探偵。
それも、ただ単にパズルを解くような無機質のものではなく、
人の心の機微、そういうものも読み取って推理をするので、
作品全体にも、人生の哀歓漂う味わい深いものに仕上がっているのです。


この本で、印象深いのはやはり、表題作、「花の下にて春死なむ」。
年老いた歌人、片岡草魚が自室でひっそりと死んでいた。
しかし、彼のその名は本名でなく、家族もなく、戸籍すらもないことがわかる。
同じ句会のグループで片岡と親しくしていた七緒は、
以前草魚がほんの一言語っていた故郷の話を手がかりに、彼の過去を探る旅に出るのです。
しかし、次第に浮き出てくるのは、
何かしらの事件のため、彼は故郷にいることができなくなり、各地を転々と渡り歩く旅を続けていたのだ、ということ。
あの西行法師のように。
あの人柄温厚な彼が、いったいどのような事件に関係したというのか???

さて、一方、この草魚が亡くなった部屋の窓辺に時期はずれに咲いた桜。
春とはいえ、ずっと薄寒い日が続いており、火の気のないこの部屋で桜が咲くのはおかしい。
その事実から、工藤は全く別の事件の真相をかぎつける。
ここのくだりには、驚かせられます。
心がしんみりする作品でした。

この、片岡草魚は、この本の最後の短篇「魚の交わり」にも登場。
店の常連も時折登場し、短編集でありながら、一つの大きなストーリーをたどっているという構成も、なかなか楽しいものになっています。

この店で出される、料理をちょいとご紹介しましょう。

★冬瓜をひき肉と煮て、くずでとろみを出したもの。コンソメ味。

★大きなホタテを殻ごと火にかけたもの。味は酒としょうゆのみ。バターを仕上げに少々。

★地蛸のスモーク。マリネ仕立て。

★鯖の棒鮨のリメイク。酢飯を蒸して、細ぎりにしたネタをのせる。他に、紅しょうが、柚子の細切、金糸卵を盛り付ける。

★自家製、鱒の燻製

★牛肉のカルパッチョ

冷えたビールにこの料理・・たまりませんねえ・・・。

満足度 ★★★★


ナイトミュージアム

2007年10月18日 | 映画(な行)

(DVD)
ラリーはただいま失業中。
彼には別れた妻との間に息子ニッキーがいて、ニッキーにだけは尊敬される父親でありたいと思っている。
息子に嫌われたくないばっかりに、えり好みする暇もなく、自然史博物館の夜警の仕事に就きます。
ところがなんと、夜になると、展示物が生命を持ち動き出す。

ティラノザウルスの骨格標本に襲われそうになったり、
フン族の王アッティラにつかまり八つ裂きにされそうになったり。
サルに鍵は奪われる。
ジオラマの西部の開拓民やローマ兵の争いに巻き込まれたり、
ライオンに追いかけられたり・・・さんざん。
混乱の一夜が過ぎ、こんな仕事はやっていられない!と、やめようとするのですが、
息子の期待にを裏切るわけにも行かず、やむなく踏みとどまることに。

この博物館の不思議は、どうやらエジプトの黄金の石板の威力であるらしい。
夜ごと繰り広げられる大混乱を何とか収めようと、
ラリーは必死で歴史の勉強につとめて・・・と、そんなお話です。

CGを駆使し、おもちゃ箱のような楽しさがあります。
犬みたいに、骨をなげてもらって遊びたがるティラノザウルス。
フーセンガムを膨らますモアイ像。
棺から出せともがくミイラ・・・。
私は思うのですが、この博物館は、さびれてきたと嘆くよりも、
夜オープンすればいいのにね・・・。
そのほうが絶対おもしろいです!

それから、父親が、何とか息子に信頼されたい、尊敬されたい、と、もがく姿。
こういうパターンの映画はとても多いです。
先日見たジム・キャリーの「ライアー・ライアー」なんか、まさしく同じ。
父親は、子供にとっての正義と力の見本でなければならない。
ほとんど強迫観念のようです。
アメリカにおける父と子の確執。
開拓史の頃から、土地や家族を守るために、
父親は強くなければならなかった。
そんな歴史が影響しているのでしょうか。
日本だと、何にもしなくてもとにかく父親は偉いのだ、と、
小さい頃から教えこまれる。
(現代は別みたいですが・・・)
アメリカだと、それを行動で示さなければならない、というところがつらそうです。

2006年/アメリカ/108分
監督:ショーン・レヴィー
出演:ベン・スティラー、ロビン・ウィリアムズ


「女王国の城」 有栖川有栖

2007年10月16日 | 本(ミステリ)

「女王国の城」 有栖川有栖 東京創元社

うわー、有栖川有栖の新作で、江神シリーズですよ!
こればっかりは、高いとか何とかいっていられない。
単行本でもまよわずゲット。
著者後書きにもありますが、1989年デビュー作が「月光ゲーム」。
それから「孤島パズル」。
「双頭の悪魔」。
江神シリーズはここまで、まあトントンと進んだのですが、以後、ぱったりと途絶えていました。
・・というか、私はもう終わったのだと思っていた。
それがなんと、15年7ヶ月ぶりの新作!
ううう・・・。何か感慨深いものがあるではありませんか。
ない?・・・そりゃーね、新本格ミステリに興味も何もない方なら、そうですよね。

この前3作あたりは、私が新本格にはまったエポック的作品群の大きな一部です。
まあ、一番は島田荘司。
その後綾辻行人とこの有栖川有栖に続く。
何かあのころ、新本格ミステリの熱気が確かにありました。
その後ミステリは新進の作家が次々登場し、
そこからいろいろな方向へ広がりはみせたものの、
小粒になってしまったことは否めなく、
そしてまた、なんだか読者層をうんと若く設定しているようなところが目に付き始めた。
(私がいやなのは、あの新書判ミステリのコミック調のイラスト・・・。)
正直、近頃はミステリに向ける私の情熱も相当さめていました。
そこで、この本が出たのは、非常にうれしい!
十数年ぶりに親友とばったり出会った気分です。

さて、前置きばかり長くなりました。
登場するのは、これまでとおなじみの英都大学推理小説研究会の江神部長。
彼が抜群の推理力の持ち主でメインの探偵役。
また、いわばワトソンの役割なのが、作家志望のアリス。
そして、漫才コンビみたいな望月と織田。
最後に紅一点のマリア。
今回は江神部長が神倉という土地へいったまま帰ってこないことを心配し、皆で彼を探しに行くところから話が始まります。
そこは、最近急成長の宗教団体「人類協会」の聖地。
この宗教が祭っているのはなんとUFO。
教祖は、この神倉で宇宙人と遭遇し、宇宙人はまたの邂逅を約束して帰っていった。
「私たちは行いを正しくして、宇宙人の来訪を待ちましょう・・・」
と言うのが教義。
ところが、その聖地の「城」へ入ったのはいいけれど、お決まりで、発生する殺人事件。
なぜか教団は警察を呼ぶことを拒み、彼らはほとんど軟禁状態で、事件の謎を解く羽目になる。

この物語が学生である彼らを主人公とする都合上、この舞台は現在ではなく、前3作の少しあと。
具体的年代は出ていませんが、バブル経済の終焉。
日本経済の下り坂のはじめあたり、というところのようです。
ちょっと懐かしい時代の雰囲気もあったりして、それもまた、郷愁をかきたてる。
・・・別に回顧主義ではありません。
過去を舞台とするからには、それなりの雰囲気も出しましょう、という作者のサービスのようにも思います。

雪の山荘、嵐の孤島的、他所から隔絶された状況。
密室殺人。
アリバイ偽装。
洞窟。
宗教のこと・UFOのことなどの薀蓄。
時折さしはさまれる人生観。
そして、あらゆる手がかりを示した後の「読者への挑戦。」
さらには、まさかの真犯人。
すべてが「新本格ミステリ」の定石通りでありながら、決して使い古しでないアイデア。
そして、今回はちょっぴりアクションで奮闘するみなさん。
堪能しました。

満足度★★★★★

なんとなんと、このシリーズは5巻完結の予定なのだそうで・・・。
ということはもう一冊出る。
願わくば、また15年も先でないといいなあ・・・。


「一度も植民地になったことがない日本」 デュラン・れい子

2007年10月15日 | 本(エッセイ)

「一度も植民地になったことがない日本」 デュラン・れい子 講談社+α新書

著者は英国国際版画ビエンナーレで銅賞受賞のアーティスト。
スウェーデン人と結婚し、スウェーデン・オランダ・ブラジルと移り住み、そして今は南仏プロヴァンス在住。
完璧な国際人。
彼女が見聞きした、ごく一般的なヨーロッパ人の日本観を紹介した本です。

まず、この表題、「一度も植民地になったことがない日本」。
日本人はあまりこんなことを意識することはありませんが、
ヨーロッパの人々は「日本はアジアの国々の中で数少ない、一度も植民地にならなかった国」、
という認識が一般的だというのです。
・・・確かに、それは誇るべきことかもしれません。
でもまあ、同じアジアの他の国を食い物にしちゃったので、あまり威張れない、ということでもあるかな。

著者は、30年に渡るヨーロッパ暮らしで、
日本の文化・習慣について、周りの人に伝えたり誤解を解こうとしたり、かなり孤軍奮闘しているように見受けられます。
ご苦労様です。
1942年生まれといいますから、それなりのお年。
もちろん時々日本にも帰国されているようですが、彼女自身の日本観も、やや古風なところもあるかな?と思いました。


さて、ヨーロッパで日本について自慢できることがいくつかあげられているので、ご紹介しましょう。

★多彩なお弁当とお箸の文化。
ヨーロッパは駅弁などなくて、どこも同じサンドイッチだというのです。お箸を使うからこそ、こういうことができるのでは?と著者は言う。

★日本のマンガはフランスでもすっかり浸透。
本にアニメに、若者がとりこになっている。

★宅配業者のきめ細やかなサービス。
ヨーロッパでは宅配はほとんど企業などで利用するくらいで、個人の家へ時間指定までして配達など、考えられないとのこと。

★フランス人は親子の絆が希薄。
親子でさえも個人主義。
日本の子が親の老後の面倒を見る風習は捨てがたい。
・・・今、日本でもそれは崩れている気がするのですけれど・・・。

一方、あまり威張れない話ももちろんあります。

★日本人は子供に甘すぎ、しつけがぜんぜんなっていない。
子供は動物と同じ。
社会全体でしっかりしつけるべし!
・・・そうそう、厳しくしつけることと、虐待することはまったく別物です。

★日本人は性善説?人を見る目が甘い。
・・そこがよいところでもあるのだろうけれど・・・。
自分を守るため、たやすく相手もいい人と思い込むのは危険、ということか・・・。

★日本はお金ですべてを解決する国?
・・・残念ながら、そう思っている人は多いようですね。

よく外国の映画を見て思うのは、どこの国の人も、結局、心のありようはみな同じ、ということなのです。
でも、言葉・文化・風習、そうした違いで、うまく意思が伝わらなかったり、誤解されたりすることはある。
日本人ももっとフランクに外国の人と語り合わなくては、と思います。


この本の冒頭に書いてあったことですが、
「英語を学べば国際人になれる」わけではないというのです。
まったく、そのとおりと思いました。
英語を話すことが大事なのではなくて何を話すかが大事。
だから、小学校から英語の授業をするのが本当に必要だとはどうも思えないのです。
自分の考えをきちんと相手に伝えること。
自分の主張を大事にすること。
こういうことこそ、「生きる力」とかいって、めざしていたのではなかったのか。
教育再生とか言って、いったい何を再生しようとしているのかさっぱりわからない。
学力だけ再生したいなら、学校なんか辞めてみんなで塾に行ったほうがいいよ。

あ~、大幅に軌道が外れてきたので、今日はここまで。

満足度 ★★★★


さらばベルリン

2007年10月14日 | 映画(さ行)

こんちわー。
あれ、これはおちゃらけ映画じゃなかったのでは?
いやいや、みごとに寝ましたからね。
とてもまともには書けません。
エー、解説によればこの映画は、1940年代の「カサブランカ」や「第三の男」のようなフィルム・ノワールを意識的にまねて作られていて、全編モノクロ。
カメラレンズもその頃のものを使用。
オールドスタイルの音楽。
演技も、内面を表現するなんてものじゃなくて、ものすごーくわかりやすいオーバーアクション。
ほうほう。ちょっと興味をそそられる作りではありますね。
そう、この話の舞台というのが1945年、二次大戦、ドイツ降伏後の戦後処理、ポツダム会談の行われるベルリンが舞台。
だから、その頃の時代色と映画手法をマッチングさせて、リアリティを出そうという、まあ、そんな意図だったんだろうと思う・・・。
ふむふむ。
主人公は新聞記者のジェイク(ジョージ・クルーニー)。
彼を案内する運転手役がタリー(トビー・マグワイヤ)。
タリーは一見、明るいまじめそうな米軍の青年なんだけど、実は軍の品物を横流しして儲けているというとんでもないやつ。
その恋人レーナ(ケイト・ブランシェット)は、実は以前のジェイクの恋人って、この設定からして、わざとらしすぎだよねー。
いえ、それは原作もあることだし、映画の責任ではないんじゃないの?
このレーナが謎の焦点でね、多分意志が強く、頭のいい人なんだと思うけど、娼婦みたいになってて・・・まあ、最後のほう寝てたので、結局正体がわかんないまま。
なんじゃそりゃ?
トビー・マグワイヤなんて出てきてまもなく何者かに殺害されてご退場。
まあ、いったい誰が、何のために?というのが謎解きなんだけどね。
スリルもちゃんとあるじゃない。
でも、とにかく、つまんなくて寝ちゃったですよ!
なんだか、その死がちーとっも悲しくないし、胸にも迫らないし、必死になって背景を探す気になんかなりませんよ。
何が謎で、何のためにそれを解き明かさなければならないのか、そういうところにぜんぜん切迫感がないんだもの。
おぼろげながら、わかったのは、レーナの夫というのが、優秀な人材のドイツ人で、この戦後のどさくさにまぎれて、優秀な頭脳を盗み出してしまおうという各国の陰謀が渦巻いていた・・・と、そんなところかな?
なんだかねえ。まあ、途中で寝て、そこまで把握してるのは、ある意味凄い。でも、それ、間違ってるかも知れないのね?
はい、申し訳ないです・・・。
そもそも、なんで今40年代の映画なの?
ノスタルジーといったって、私ですらせいぜい懐かしいのはロバート・レッドフォードの若い頃くらい。
この映画を懐かしく思えるのはせいぜいもう一世代上。
うちの父母くらいの年代だよね。
単なる自己満足で、実験的試みとするなら、完全に失敗だと思う。
やっぱり、映画には何かしら感動がないとね。
なんだか、ジェイクはやたらぼこぼこ殴られてばっかりだったよ・・・。
その割りに元気・・・。
ベルリンは、当時アメリカ・イギリス・フランス・ソビエトの4カ国に分割統治されていたんだね。
ドイツの人は、敗戦に打ちひしがれ、またナチスを台頭させたことを恥じてもいた。
この時点では、まだ、日本だけが抵抗を続けていた・・・と。
凄く、興味のある時代なんだけどねえ。
誰かこの映画を、きちんと現代手法でリメイクしていただきたい。
寝ないで見られるものにしてほしいです!
もう一度、見直そうという気力はゼロですか・・・。


2006年/アメリカ/105分
監督:スティーブン・ソダーバーグ
出演:ジョージ・クルーニー、トビー・マグワイヤ、ケイト・ブランシェット

「さらばベルリン」公式サイト


幸せになるための恋の手紙

2007年10月13日 | 映画(さ行)

(DVD)

アン・ハサウェイ出演ということで、勝手にロマンチックコメディと思ったのですが、それは間違いでした。
この邦題も、誤解を招く元です。
もう少し、何とかならなかったのでしょうか・・・。
原題は THE OTHER SIDE OF HEAVEN。
やはり、この方がいいですね。

まず、これは実在した人物の物語です。
主人公ジョンは、南太平洋のど真ん中、トンガのさらに本島から離れた孤島に、宣教師として赴任します。
大学を出たばかりで、初めての仕事。
小さく貧しいその島で、はじめは言葉も通じず、まともに話を聞いてくれる人もいなくて、途方にくれるのですが、
次第に真摯なその態度に村の人も心を開き、尊敬を集めるようになっていきます。
美しい自然ではありますが、ひとたび天候が荒れれば手のつけようがなく、
一夜の嵐で、村が壊滅状態にも・・・。

心の慰めは、学生時代から付き合っていたジーンとの手紙のやりとり。
遠く離れ離れでも、見上げる月は一緒だね・・・と。
究極の遠距離恋愛ですよね・・・。
いつも、孤島の彼を気遣い、心のこもった手紙を返すジーンにどれだけなぐさめられたことでしょう。
はじめから定められた任期が2年半。
彼はすっかり島の人と打ち解け、この島をこの世の楽園のように思い、任期の延長を申し出るのですが、認められず、島を去る日が訪れます。
まるで、自分の故郷を去るような気がするジョン。
美しい物語でした。
実在のジョン氏は、その後帰国してジーンと結婚し、
また南太平洋の島々で夫婦で布教活動に努めたのだとか。


でも、こんな南太平洋の孤島にまで、布教活動をする、その宗教エネルギーというのが、すごいです・・・。
考えてみたら、時々我が家のベルを鳴らす布教活動も同じことなんで・・・
何もそのような異国の宗教を、こんなアジアの一都市の家まで伝えにこなくても・・・と、思ったりもするのです。
その人が絶対にいいものだと、信じているのはいいのですが、
私はそれを押し付けられるのはイヤ。
それを思うと、手放しによかったよかった・・・とも、言いがたい話でもあるのかと・・・。

2001年/アメリカ/110分
監督:ミッチ・デイヴィス
出演:クリストファー・ゴーラム、アン・ハサウェイ


「りかさん」 梨木香歩

2007年10月11日 | 本(SF・ファンタジー)

「りかさん」 梨木香歩 新潮文庫

この本を手にした時に、思わず順番を間違えた!と思ったのです。
先日読んだ「からくりからくさ」とつながりのある本。
ところが、それは「からくりからくさ」より、以前、蓉子がまだ子供の頃、初めておばあちゃんからお人形の「りかさん」を貰い受けた頃のことが書かれた本なのです。
だから、これは、先にこちらを読んだほうがよかったのかな?と、思ったわけです。

でも、作品の発表年代を見ると、「からくりからくさ」が平成11年5月。
「りかさん」は平成11年12月。
そして、この「りかさん」の文庫に収録してあるもう一篇、「ミケルの庭」はこの文庫のための書き下ろしで平成平成15年。
だからやはり、順番としてはこれでOK。
「からくりからくさ」を堪能してから、「ようこ」と「おばあちゃん」と「りかさん」の世界を改めてみてみましょう・・・ということです。

人形には人の想いが宿っていく・・・と、だから古い市松人形とか、フランス人形など、ちょっと怖い気がしたりするものですね。
私も幼い頃の思い出のお人形があって、それはまだ「リカちゃん」人形も発売になっていない(!)ころ、寝かせると目をとじる着せ替え人形でした。
「リカちゃん」ほどスマートでなく頭でっかち、ずんぐりむっくりの幼児体型。
でも、金髪に夢見る瞳。
そうだ、白いウェディングドレスを持っていたのではなかったっけ? 
それから青いギンガムチェックのワンピースも。
母が毛糸で服を編んでくれたりもした。
今ほど、おもちゃが有り余っているというわけでもなかったので、結構長い間私のお友達だったはず。
・・それがいつから手元になくなってしまったのか、記憶にもありません。
この本を読んでいまさらながら胸が痛んでしまいました。
・・・そういえばうちの娘たちの「リカちゃん」だか「バービー」だかが納戸の奥にしまいこんであるはず。
おひな祭りにでも出してあげなければねえ・・・。
変にしみじみしてしまいました。

さて、この物語の圧巻は、アメリカから親善大使として日本に贈られた「青い目のお人形」の話です。
よく語り継がれている話ではありますが、太平洋戦争が始まると、
「敵国から送られた人形など焼き捨ててしまえ」、ということでほとんどの人形が焼かれてしまったという。
ようこは「りかさん」の力を借りて、人形たちの「記憶」をまるでスクリーンに映し出したように見ることができるのです。
焼けただれ、無残な姿で残っていた人形の残骸から、その記憶が呼び出されるのです。
・・・泣けます。
というか、それがまた、たまたま地下鉄の中でそのシーンにさしかかってしまいまして。
(われながらいろんなシチュエーションで本を読んでるなあ・・・と、思うのですが。)
おっと、こんなところで、涙を流してたら、いくらなんでもやばい!!と思い、あわてて本を閉じたしだい。
いくらなんでも、人形に八つ当たり、あまりにも大人気なく心が貧しい行為ですよね。
そこまで追い詰められた、そういう時代だったのだと・・・思うことにしましょう。
でも、難を逃れてちゃんと生き残った人形もいるのが救いです。

それから、もう一つの短篇「ミケルの庭」は、「からくりからくさ」を読んだ人には思わぬボーナスのような作品。
「からくりからくさ」のその後の話で、例の四人の新居に、マーガレットの娘「ミケル」もいる。
なんと、当のマーガレットは一人で中国に留学中で、残りの三人が赤ちゃんの面倒を見ている。
ここでは、まだ自己と周りの世界の認識がないミケルが、次第に外の世界を認識していく、そんな幼児の視点を描いた部分があります。
なるほど、「ぐるりのこと」を描く、梨木さんらしいストーリーだなあ・・・と思いました。

満足度(「からくりからくさ」を読んだ上で、ということで・・・)★★★★★


幸せのレシピ

2007年10月09日 | 映画(さ行)

ほんわかとおいしい人生を楽しむためには、「完璧」ばかりではダメ。
ケイトがみつけた、幸せのレシピとは・・・?

              * * * * * * * *

ケイトは、ニューヨークの高級レストランの料理長。
この料理長の座に着けたのは、相当な努力の賜物。
彼女はこの仕事、この職場が人生のすべてと思っています。
常に完璧を目指す彼女は、妥協を許さない。
お客が生焼けだというフォアグラも、これはこの焼き方で完璧!!と一歩も譲らない。
客商売ですからねえ・・・。それではまずいでしょう、と私でも思います。
レストランのオーナーは彼女の腕はみとめているものの、このあんまりな頑固さに、彼女にセラピーを受けるようにと勧めます。

さて、そんなある日、彼女の姉が事故で亡くなり、その娘、つまり姪のゾーイを引き取ることになりました。
母を亡くし、新たな環境にもなれず、ふさぎこむゾーイ。
子供との接し方もわからず、戸惑うケイト。

一方レストランに新しく新進気鋭の料理人がやってきます。
陽気で人懐っこいニック。
たちまち厨房の雰囲気を明るくし、みんなになじんでしまう。
そのニックを、警戒するケイト。
夜、ゾーイを家に一人にしておけないと思ったケイトは、レストランの厨房にゾーイをつれてくるのですが、ゾーイはすぐにニックと仲良くなり、笑顔を見せる。
感謝しつつ複雑な心境のケイト。
まあ、そんなこんなで、次第に、ケイトとニックの間に愛情が芽生えていく・・・と。

この映画がただのコメディーでなく、もう少し、ホネがある感じに仕上がったのは、ゾーイ役のアビゲイル・ブレスリンのおかげのような気がします。
母親を亡くした子の悲しみが、ひしひしと伝わってきました。
そのリアルな演技が、コメディーの枠を超えている気がするのです。
さすが、今ピカイチといわれる子役。
「リトル・ミス・サンシャイン」の頃より、少し大きくなって(当然かも知れませんが)、この先も楽しみです。
ポスト、ダコタ・ファニングになりましたね。
子役の世界はその性格上入れ替わりが早いのでキビシイ!

それから、合間合間に登場し、なかなかいいアドバイスを授けてくれるセラピストも、いい味出ていました。
料理の試食までさせられて。

この映画はドイツ映画「マーサの幸せレシピ」のリメイクということです。
外国映画のリメイクが得意なハリウッドですが、なんでわざわざ、リメイクなの?と思うこともありますね。
まあ、元の映画を見ないとなんともいえないかな。

あんな、威張って頑固なシェフのいるレストランはちょっと、恐ろしくて近寄りたくない気がしますが・・・まあ、最期のビストロなら、行ってもいいかなあ・・・。
そういえば、「レミーのおいしいレストラン」も、最後はレストランでなくビストロを開くのですよね。
最高、至高を目指すレストランでなく、もう少し力を抜いたビストロ。
そんなにがんばらなくてもいいんだよ。もう少し、楽に、ゆっくり楽しんで行こうよ。
というのが近頃のスタイルでしょうか。アメリカも、日本も。

近頃ハリウッド映画見て思いますが、中華とか日本食が本当にアメリカでもなじんでいますよねえ。必ずといっていいくらい、お箸を使っているシーンもあるような気がする。
ちょっと嬉しくなってしまいます。

2007年/アメリカ/104分
監督:スコット・ヒックス
出演:キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、アーロン・エッカート、アビゲイル・ブレスリン、ボブ・バラバン
「幸せのレシピ」公式サイト


「グイン・サーガ116 闘鬼」 栗本薫

2007年10月08日 | グイン・サーガ

「グイン・サーガ116 闘鬼」 栗本薫 ハヤカワ文庫

久しぶりの対談形式ですね~。
あんまり、おちゃらけるような作品を見てなかったんだよね。
テンプレートもいつのまにか変わってるし。
これ、時々出てくるドーナツの数が変わるんですよ・・・。
自分でも驚いてたりして。
ふた皿出てくるのは参っちゃうね。太っちゃうじゃない。
時々、ドーナツ1個のこともあるから、いいんじゃない?


さて、いよいよ闘技大会のクライマックスですね。
しかし、前巻から、ずっとお祭りですよね~。
テンション上がりすぎ・・・。
いささか、げんなりなんですが。
グインとガンダルの戦いの前にですね、
グインは3人と戦わなくちゃならないのだけれど、
そんなの、勝つに決まってるんだし、
逐一全戦書かなくてもいいじゃないの、と私は思ってしまった。
まあまあ・・・。それでムードを盛り上げようということなんだから。
あのね、だけど、こんな国でも、
やっぱりそれなりの戦闘家は、やっぱり気持ちよくきちんとした人たちだ・・・
ということもよく分かったじゃない。
そうだねえ・・・。変だったのは、あのイノシシ女のホンファくらいか・・・。
リギアって、あんなに強かったんだねえ。
美人で、スタイルがよくて、超強いって、できすぎじゃん。
ひがまない、ひがまない。グインの周りはそんな人ばっかりなんだよ。だからこその、「サーガ」なんだから。
しかし、さすがに、この大観衆すごいね。雑多な人ごみとその高まる緊張感。
だからさ、ここまでしつこく「祭り」を書き続けた成果なんだってば。
札幌ドームの日ハム優勝をかけた試合、って、雰囲気だね。
ドーム満員が4万人だから、おんなじくらいだよ。
そこまで、大きなスタジアムとも思えないし
、多分、ものすごい密集度だよね。
危険だ。・・・近寄りたくない。でも、テレビ中継はないしなあ・・・。
何言ってんだか・・・。

それで、待ちに待ったグイン対ガンダルの試合。
あの怪物めいたガンダルの正体は、意外にも・・・。
意外にも・・・、でしたね。
まあ、満足いくものでしたね。グインにとってもね。
私は今回栗本氏の良識を見ました。
なになに?
グインとガンダルの戦闘真っ只中、さあ、どうなる!?、
というところで、「つづく」にならないで、
一応ちゃんと決着がついて終わったところが、ですよ。
それは言えるかも、ですね。
時々そういうことありますもんねえ。

ただし、今回でもまだタイス脱出ならず、いよいよ、この次ですね。
かなりの痛手を負ってしまったグインです。
いったいどうやって、脱出を図るのか。
栗本氏のお手並み拝見。
次巻が二ヵ月後でなく、一ヵ月後に出るようなので、それも嬉しい!。

満足度 ★★★★