映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「クローバーナイト」辻村深月

2019年12月31日 | 本(ミステリ)

現代の子育て事情は苦しすぎ・・・

 

 

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小さな会計事務所で働く鶴峯裕は同い年の妻・志保と共働き。
四歳の長女・莉枝未ともうすぐ二歳になる長男・琉大を保育園に預け、
バタバタの日々を過ごしている。
そんな鶴峯家に、ママ友、パパ友から子育てにまつわる難題と謎が押し寄せる!
そして事件はとうとう鶴峯家にも―。
裕は数々の謎を解き、育児の問題も解決して、家族の幸せを守れるのか!?
家族を守る新米騎士が育児と謎解きに悪戦苦闘!
現代を代表する家族小説×ミステリー!

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辻村深月さんの、子育てミステリ(?) 
ミステリというよりも、現代の子育てにまつわる問題てんこ盛り。
そこに日常の謎的ミステリがスパイスを効かせます。


裕は、4歳の長女とまもなく2歳の長男を保育園に預けながら、妻・志保と共働きをしています。
クローバーナイトとは、4人家族を四つ葉のクローバーにたとえ、
この家族を守る騎士(ナイト)が裕であるとしているのです。
つまり、裕はイクメンなのであります。
保育園の送り迎えはもちろん、普段の子どもの世話だって当たり前にこなします。
いまは、こういう男性も多いのでしょうけれど、
私のような世代では実にウラヤマシイ!!

 

さてしかし、私は本作を読んで、つらくなってしまいました。
保育園に入所するまでの過酷な“ホカツ”、
幼稚園や小学校のお受験、
お誕生会、ママ友のお付き合い・・・
読むだけでも胃が痛くなってきそうです。
こんなものを読んだら若い人はますます子どもを持ちたいと思わなくなり、
少子化が加速しそうです・・・。
私の子育て期はこんなでなくてよかった、
そして東京でなくてよかった・・・と、しみじみ思ってしまいました。
子どもにも、その親にも、もっと優しい世の中であればいいのに。

 

けれど、本作は夫婦の協力体制でしっかり子どもたちを守り育てている、
そんな姿はやっぱりいいな、と思いました。
そこが救いの物語。
この家族の周りの人々の悩み中心に話が進むのですが、
いよいよ最後にはこの家族自体に難題が降りかかります。
もしや妻の浮気?と思えたことが、実はそうではなく・・・。
母と娘の相克。
いってみればこれも「グレートマザー」のことか。
そうしたテーマに潜り込んでいくところがさすが辻村深月さんですね!

「クローバーナイト」辻村深月 光文社文庫
満足度★★★.5

 


しゃぼん玉

2019年12月30日 | 映画(さ行)

自分の存在を受け止めてもらえれば・・・

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女性や老人ばかり狙った通り魔や強盗傷害を繰り返していた青年・伊豆見(林遣都)。
逃亡の末、宮崎県の山奥の村にたどり着きます。
たまたま道ばたでけがをして倒れていた老婆・スマ(市原悦子)を助けたことで、
彼女の家に世話になることに。
伊豆見はすぐにお金を盗んで逃げ出すつもりだったのですが、
スマの温かさに触れ、その機会を逸してしまいます。
そしてまた、スマや村の人々に囲まれるうちに、次第に失われた人間性を取り戻していくのです。
ある日、10年ぶりに村に帰ってきたという若い女性・美和と知り合い・・・。

家族の愛をほとんど知らずに育ってきた伊豆見。
その彼がスマを本当の家族のように思うようになるわけです。
「おまえは優しくていい子だ」・・・実の孫のように、伊豆見に語りかけるスマ。
彼は今まで自分にそんな言葉を語りかけてもらったことがないのです。
もうすっかり「大人」というべき年齢でありながらも、やはりそう言われればうれしい。



しかし彼はスマの家でただ毎日ゴロゴロしていたのですが、
あるとき近所のシゲ爺に連れられて山に入ります。
そこで自分で採った山菜やきのこを村のお祭りの時に売った分のお金をくれるというのです。
険しい山道でヘトヘトになってしまう伊豆見ですが、
日に日にやりがいを感じ出します。
結局、自分の存在をなんの偏見もなくすんなり受け止めてくれる人がいれば、
人は生きがいを見いだせるのだ、と、そういうことなのかもしれません。
しゃぼん玉のように、帰るところもなくふらふら漂っていく伊豆見が、自分の居場所を見つけたのです。
けれど、ここにいるために、彼にはすべきことがある。

よい物語でした。
市原悦子さんの遺作です。
もちろん林遣都さんもgood!



結局、スマさんは伊豆見のことを「都会にいられなくなったはみ出しもの」と見抜いていたように思えます。
けれど、自分を助けてくれたのは本当だし、
そして自分の家には盗むようなものもない、と高をくくったのかもしれませんね。
確かに純朴ではあるけれど、一枚上手でもあると思う。

 

 

<WOWOW視聴にて>
「しゃぼん玉」
2016年/日本/108分
監督:東伸児
原作:乃南アサ
出演:林遣都、市原悦子、藤井美菜、綿引勝彦
人生のやり直し度★★★★★
満足度★★★★☆


男はつらいよ お帰り寅さん

2019年12月29日 | 映画(あ行)

寅さん、お久しぶりです!!

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「男はつらいよ」シリーズ50周年にして第50作目。
97年「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花特別編」から22年ぶりの新作です。



私、毎年お正月には寅さんの映画を見に行くのを楽しみして・・・なーんてことは全然なくて(!)、
劇場で見たことは一度もないと思います。
時々テレビでやっていたのを見たくらい。
にもかかわらず、すごく寅さんを身近に感じるのは、
やはり寅さんは日本人誰もに愛された存在だったのでしょう。
そもそも、22年ぶりの新作って、もうそんなに経っているの?って驚いてしまいます。
ついこの間までやっていたような気がする。

さて、本作、当然今現在の寅さんは出てきません。
寅さんの甥っ子に当たる満男(吉岡秀隆)の身辺を中心に話が進み、
合間に、寅さんの思い出のシーンがたっぷりと入ります。
柴又の帝釈天参道にあった団子屋「くるまや」は今はカフェになっています。
満男はサラリーマンから小説家に転身。
書店で行われたサイン会で、初恋の人、イズミ(後藤久美子)と再会しますが・・・。



回想シーンの過去の映像に出てくる皆様のなんと若いこと!!
倍賞千恵子さん、前田吟さん・・・! 
50周年ですものねえ。
実際の時の流れが重いです。
吉岡秀隆さんの少年時代は、「満男くん」というよりも
「純くん」と言いたくなってしまいますが。



ストーリーはともかくとして(?)、
ノスタルジーを味わい、時の流れをしみじみと思うだけでも意義がある感じです。
歴代マドンナ役の方々の、若き日の美しい姿も拝めます。
過去作品、少し見てみたくなりました。
(全部見たいとまでは思わないけど)
この次は、もしかして、AI寅さんの51作目ができたりして・・・。

そういえば少し前にやっていたNHKのドラマ「少年寅次郎」も凄くよかったです。
いわば寅さんシリーズのエピソード・ゼロ、でした。

<シネマフロンティアにて>

「男はつらいよ お帰り寅さん」
2019年/日本/116分
監督・脚本:山田洋次
出演:渥美清、倍賞千恵子、吉岡秀隆、後藤久美子、前田吟、夏木マリ、浅丘ルリ子、池脇千鶴
ノスタルジー度★★★★★
満足度★★★★☆

 

 


「ヒトはなぜ、ゴキブリを嫌うのか?~脳化社会の生き方~」養老孟司

2019年12月28日 | 本(解説)

「ああすれば、こうなる」脳化社会で

 

 

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身近な疑問から見えてくる知識社会の限界。

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ヒトはなぜ、ゴキブリを嫌うのか? 
この問いかけに興味を持ち読んでみました。
とはいえ、この本の主題はゴキブリではなく、
サブテーマとされている「脳化社会」についてです。


脳化社会。
聞き慣れない言葉です。
著者は私たちを取り巻いている現代の社会をそのように呼びます。
人間がいわゆる人間としてやっていることは、じつは全部脳の機能、脳の働きであるから。
私たちが現実と考えているのは、私たちの脳が決めたある一つの世界。
その中は「ああすれば、こうなる」という計算ずくの世界です。
けれど、例えば人の「生まれて年をとって、病気になって、死ぬ」ということは
計算ではいきません。
地震や台風などの天災も「ああすれば、こうなる」という計算はできません。
つまり自然は「ああすれば、こうなる」という脳の考えが成り立たない世界・・・。
著者は人間の脳の中が理想になっているのが「都市」だと言います。
だから、都市に自然はない。
あってはならない。

 

けれど天災はあるのです。
人には病気もあり、死もある。
私たちは今、あまりにもこの「脳化」社会に囚われすぎている。
もう少し自然のあり方に寄り添うべきなのかもしれませんね。


そこで私がこの頃こだわっている、在宅介護や在宅死についても少し触れられていました。
昔はみな家で死ぬのが当たり前だったけれども、
今はほとんどの人が病院で死を迎えます。
「死」は全く当たり前のことなのに、脳化された社会では
「死」は「ああすれば、こうなる」という計算が成り立たたず、
理解できないから嫌われるのです。
だから家から追い払われてしまった・・・。
在宅死がやはり自然のあり方のようです・・・。

 

そこで、本巻の題名に戻るのです。
つまり人は「ああすれば、こうなる」という、脳で考えられるものが好きで、
そうでない「自然」なものが嫌いなワケですね・・・。

「ヒトはなぜ、ゴキブリを嫌うのか?~脳化社会の生き方~」養老孟司 扶桑社新書
満足度★★★☆☆

 


ブレス しあわせの呼吸

2019年12月26日 | 映画(は行)

人の可能性

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1950年代、ポリオによる全身麻痺という重篤な状態で余命宣告を受けた方の、
実話に基づく作品です。

運命の出会いがあり、祝福されて結婚したロビン(アンドリュー・ガーフィールド)とダイアナ(クレア・フォイ)。
1959年、出張先のナイロビでロビンがポリオに感染。
首から下が動かなくなり、人工呼吸器がなければ生きていられない体となってしまいました。
なんとかイギリスに戻り、病院に入りますが、一日中身動きできず絶望の毎日。
そんな中、息子が生まれますがロビンは少しも喜べず、「死にたい」と思うのです。
こんなロビンを見かねたダイアナは、医師が止めるのも聞かず、
ロビンを自宅で看病することを決意。
自宅で生活し、時には人工呼吸器付きの車椅子で外出すらもするロビンは、
生きる喜びを取り戻していきます。



ポリオはかつては小児麻痺といわれ、私のような年代では、
子どもの頃、足に装具をつけている子を時々見かけたものです。
今はワクチンのおかげであまり聞きませんね。
子どもがかかる病気かと思えば、大人もかかることがあり、
そして大人がかかる方が、本作のように重篤な症状が出ることがある、ということのようです。



今でこそ人工呼吸器をつけながら自宅で過ごす方は多いと思いますが、
この当時は、それは常識外れ。
家に戻れば数日で死んでしまうと医師は断言するのですが、
電気があるのだから問題ないと、ダイアナは勇気を持って実行に移すわけです。



何よりも、病院では世話を受けるだけのただの病人。
退院の見込みもなく、そこで生きる意欲がわくはずもありません。
自宅にいれば家族がいて、時には友人も訪ねてくる。
いろいろな楽しい話もできる。
そして、人工呼吸器を車椅子に乗せるというアイデアを実行に移せる技術者の存在もラッキーでした。
さらには、そのまま自動車に乗り込んで、ドライブまでも!!


何よりも妻ダイアナとご本人ロビンがポジティブなのがいいですよね。
家に閉じこもらず、できるだけ普通の生活をしようとする。
そしてやってみればできる!
この方々の実績は後世への功績も大きいのでした。
そしてまたつい、「在宅介護」は大事と、言いたくなってしまう私(^_^;)

また驚いたのは、本作、映画プロデューサー、ジョナサン・カベンディッシュ自身の両親の実話なのですって!! 
それを自らの制作の元で映画化したということ。
人の可能性って素晴らしい!!

 

 

<WOWOW視聴にて>
「ブレス しあわせの呼吸」
2017年/118分/イギリス
監督:アンディ・サーキス
出演:アンドリュー・ガーフィールド、クレア・フォイ、トム・ホランダー、スティーブン・マンガン、ヒュー・ボネビル

家族愛度★★★★★
ポジティブ度★★★★☆
満足度★★★★☆

 


エセルとアーネスト ふたりの物語

2019年12月25日 | 映画(あ行)

誰の身にもある、人生の物語

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イギリスの絵本作家レイモンド・ブリッグズが、自身の両親をモデルにしたグラフィックノベル
「エセルとアーネスト」をアニメ映画化したものです。
「さむがりやのサンタ」や「風が吹くとき」など、以前から好きな絵本作家です。

1928年ロンドン。
牛乳配達人のアーネストとメイドのエセルが出会い、
結婚をし、ウィンブルドンに小さな家を構えます。



その後息子レイモンドが誕生、両親に愛されてすくすくと成長します。
そして第二次世界大戦が始まり、ドイツ機の空襲が町を破壊します。
その間、レイモンドは田舎に疎開しています・・・。
さらに時が過ぎ、やがてレイモンドは家を出て、ふたりには老いが忍び寄ります。

イギリス版「この世界の片隅に」と言えるかもしれません。
誰の身の上にもある、人生の物語。
結婚があって、誕生があって、戦争がある。


息子・若きレイモンドは芸術家っぽく、ピッピーみたいになっている
というのがいかにも時代性を感じさせられます。
両親はもはや若者の考えにはついて行けない・・・。
大きな事件などはなく、ごくごく普通であることが宝物の庶民の物語。
あまりにも普通なので少し眠気さえさしてしまった・・・。

私、本作の内容で鉄拳さんのパラパラ漫画を思い出してしまいました。
ごくごく普通の人生の物語であるなら、
あのパラパラ漫画のほうがよほどコンパクトかつシンプルでエモーショナルかも・・・、なんて。
いえ、もちろん本作の優しい絵柄は素晴らしいです!

 

<シアターキノにて>
「エセルとアーネスト ふたりの物語」
2016年/イギリス・ルクセンブルグ/94分
監督:ロジャー・メインウッド
出演(声):ブレンダ・ブレシン、ジム・ブロードベント、ルーク・トレッダウェイ

家族の歴史度 ★★★★☆
満足度★★★☆☆

 


「少しだけ、おともだち」朝倉かすみ

2019年12月24日 | 本(その他)

少しヘンでイタい人たち

 

 

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ご近所さん、同級生、バイト仲間や同僚―。
夢とか恋バナとか将来を語ることもあるけど、
ほんとうに大切なことはそんなに話してないかもしれない。
女同士ってちょっとむずかしい。
でもたった一人は寂しいからやっぱり「おともだち」は必要だ。
仲良しとは違う微妙な距離感を描いた短編集。
書き下ろし「最後の店子」「百人力」を加えた10作品を収録。

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朝倉かすみさんは、北海道出身の作家さんであるにもかかわらず、
私あまり読んでいなかったのです。
というのも、かなり以前だったと思うのですが、
たった一作読んだものがあまり好きになれなかったというだけ。
たまたまそういうものだったのかもしれないし、食わず嫌いはやめましょう、
ということで、信頼感のあるちくま文庫の一作を手に取ってみました。


「少しだけおともだち」。
短編集ですが、本巻の中に、こういう題名の一作があるわけではありません。
主に女同士の友人関係をテーマとして描かれているのです。


冒頭の「たからばこ」は、小学生のうてなが主人公。
彼女が友人の家へ遊びに行き、夕暮れ時に一人で家へ帰る道すがらの描写に、
ドキドキさせられました。
母親から暗くなる前に帰るようにと言われていたのに、刻一刻とあたりは暮れていく。
さほどの距離ではないけれど、黒々とした木立のある公園を通り抜けていかなければならない。
こういうときの子どもながらの心細さが、
まるで自分も子どもになったみたいに、恐ろしく感じられたのです。
・・・しかしそう感じるのも無理はない、実際事件は起きてしまうわけで・・・。
なんとも突き放すかのように苦い結末。
あれ、こういうストーリーを書く方だったっけ?と、やや意外だったのですが、
しかしこの一作で覚悟が決まりました。
この本は、甘ったるい明るい物語の本ではないのだ、という心構えが。

 

ここに出てくる女性たちは、誰もが少しイタい感じがします。
悪い人ではないのだけれど・・・。
けれど読み進むうちに結局私たちと同じなのかな、と思えてくる。
誰もが少しヘンでイタい。
けれど一人でいるのはさみしいから、なんとなく寄り添ってみたりする。
でもやっぱり少しヘン。
すっかり同調して大親友に、なんてことにはならない。
でも実は相手から見ても「少しヘンでイタい」と思われているのだろうなあ。
でもまあいいか。
そういうところが愛すべきとところでもあるのだから・・・。
というような「少しだけ、おともだち」なのだと思います。

なかなか興味深い。
もう少し他のものも読んでみようと思います。

「少しだけ、おともだち」朝倉かすみ ちくま文庫
満足度★★★☆☆

 


かぞくいろ RAILWAYS わたしたちの出発

2019年12月23日 | 映画(か行)

「不在」の存在が切ない

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RAILWAYSのシリーズ第3作。
といっても始めの二つは2010年、2011年と、トントンと出たのですが、
本作は2018年。
しかしその年月の開きも納得。
本作は女性の電車運転士ということで、
そのことに強い違和感を抱かなくなるだけの時の流れがあったということかもしれません。

 

夫(青木崇高)を突然亡くした奥薗晶(有村架純)は、
残された夫の連れ子・駿也とともに夫の故郷、鹿児島県に住む
義父・節夫(国村隼人)の元を訪れます。
鉄道の運転士である節夫は妻に先立たれて一人暮らし。
疎遠だった息子の死と、その妻、孫の突然の訪問に当惑します。
しかし、行く当てがないというこの二人をやむなく受け入れ、3人の生活がスタート。
仕事を探していた晶は、節夫と同じ肥薩おれんじ鉄道の運転士になろうと決意しますが・・・。

始めいかにも仲よさげな母・晶と息子・駿也に見えていたのですが、
そもそも血がつながっていません。
駿也を生んだ実の母は、彼を産み落として亡くなったのです。
晶は25歳、駿也は10歳くらいなので、
親子というよりはほとんど姉弟といったほうがいいくらいです。
そこで次第に見えてくるのは、二人をつなぎ止めていた夫であり父である修平の存在の大きさ。
そして必死に駿也の母親であろうと務める晶自身も未熟で、
頼りになる夫の突然の死からの心細さを払拭できていない。
また、晶の前ではしっかり者のように振る舞う駿也も、
実の両親を亡くしているということのさみしさを拭うことができないのです。



晶が運転士の研修のため長期間家を空けることになるのですが、
そのときに駿也は「また帰ってくるよね?」と晶に念を押すのです。
もしかしたら自分を捨ててどこかへ行ってしまうのではないか、
そんな思いが彼にはあったのですね。
確かに25歳の若さなら、孫を祖父に預ければあとは自由の身。
いくらでもやり直しは効きますね。
けれどここまでの晶を見ていたら、彼女にそんな選択肢がないことは私たちには一目瞭然。
だからこそ、駿也の不安がここで際立ちます。


そして、ストーリーの要所要所で、この二人と過去の修平とのエピソードが挿入されます。
何気なく幸せだった頃・・・。
そのことがまた、今現在の修平の不在を際立てるのです。
この「不在」の存在がなんとも切なく、つい涙させられること多々。
晶は駿也の母としての自分に自信を喪失し、
そしてまた運転士としての独り立ちにも壁に突き当たります。
全く、人生はお気楽なことばかりではありませんね・・・。



この二人を、見守るのが父・節夫。
言葉少なながら、確かに。
温かみあふれる作品です。

 

 

<WOWOW視聴にて>
「かぞくいろ RAILWAYS わたしたちの出発」
2018年/日本/120分
監督:吉田康弘
出演:有村架純、国村隼人、青木崇高、桜庭ななみ、歸山竜成

家族度★★★★☆
不在の存在度★★★★★
満足度★★★★☆

 


家族を想うとき

2019年12月22日 | 映画(か行)

救いはどこにあるのか

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イギリス、ニューカッスルに住むターナー家。
フランチャイズの宅配ドライバーとして独立したリッキーは、
いつかマイホームの夢を果たすため、長時間の過酷な労働に挑みます。
一方妻アビーはパートタイムの介護士として、
一日にいくつもの訪問介護をこなさなければなりません。
けれども、夫・リッキーのトラック購入のため、自分の車は売らなければならず、
バスでの移動を余儀なくされてしまいます。
また、両親が仕事で不在がちのために、
高校生の兄セブと、小学生の妹ライザ・ジェーンは、さみしさを隠せません。
セブは学校をサボるようになり、素行が悪く警察にやっかいになり・・・。

リッキーもアビーもこんなにも長時間、真摯に仕事に当たっているのに、
暮らしはちっともよくならない。
まさにワーキングプアの状態。
しかもこの宅配の仕事というのが実にいやらしいシステムなのです。
一応「自営業」とうたってはいるものの、
会社員なら休暇制度などもっとしっかりしているはずが、それがない。
急病や、やむを得ない家族の事情があっても休むのは「自己責任」とされて、
罰金まで取られてしまいます。
今や宅配業はほとんどライフラインともいえる業界ではありますが、
人手不足ということもあって、実に過酷な仕事となってしまっているようです。
これは日本でも同様ですね・・・。
「効率」がすべての世の中・・・実に嫌な感じです。
こんな中でもなんとか家族の絆を保とうとするアビーがいじましい。
しかも彼女は仕事に対してもとても心がこもっています。
夜中に困っている利用者から助けを求められれば、なんとか駆けつけようとします。

こんな涙ぐましいリッキーとアビーの奮闘が、いつかきっと報われるはず、
そうでなければあまりにも救いがない・・・と思えたのですが。



ケン・ローチ監督は、今のワーキングプアや格差社会の問題は、
安直なハッピーエンドなどでごまかせないとでも言うかのように、
ほのぼのしたエンディングを拒否したように思えます。
全く、一体どこに解決法があるのか。
家族愛だけではどうにもならない厳しい現実を突きつけられるようでした。

ライザ・ジェーンが父親の宅配トラックに同行したり、
家族みんなでトラックに乗りアビーの利用者宅にかけつけるシーンには
ようやく心が和んだのですが、これすらもフランチャイズの規定に反しそうですよね・・・。

悲しい・・・。

<シアターキノにて>
「家族を想うとき」
2019年/イギリス・フランス・ベルギー/100分
監督:ケン・ローチ
出演:クリス・ヒッチェン、デビー・ハニーウッド、リス・ストーン、ケイティ・プロクター
家族愛度★★★★☆
ワーキングプア度★★★★★
問題提起度★★★★★
満足度★★★.5


「不穏な眠り」若竹七海

2019年12月20日 | 本(ミステリ)

不運だけれど悪運は強い

 

 

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葉村の働く書店で“鉄道ミステリフェア”の目玉として借りた
弾痕のあるABC時刻表が盗難にあう。
行方を追ううちに思わぬ展開に(「逃げだした時刻表」)。
相続で引き継いだ家にいつのまにか居座り、
死んだ女の知人を捜してほしいという依頼を受ける(「不穏な眠り」)。
満身創痍のタフで不運な女探偵・葉村晶シリーズ。

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若竹七海さんの葉村晶シリーズ、最新刊。
短編集となっています。
「満身創痍のタフで不運」な女探偵。
この文庫に挟み込んである「葉村晶シリーズガイド」の中で、
著者が「最近では作者もストーリーを考える前に、
今回はどんな不運にしようかと思い巡らせるようになってしまった」と言っています・・・。
というわけで、今回も不運のてんこ盛り。

 

「水沫隠れ(みなわがくれ)の日々」では、ドロドロに濁った池に倒れ込む。
「新春のラビリンス」では廃墟のビルの警備のために凍えそうに寒い一夜を過ごすことに。
「逃げ出した時刻表」ではなんと冒頭から、
昏倒した彼女が意識を取り戻すというところから始まります。
そして「不穏な眠り」では、大雨が続いたあと地盤の悪い土地に造成されたニュータウンで・・・。


しかしですよ、「新春のラビリンス」では、
重症のインフルエンザ患者とおぼしき人物何人かと接触を持ったにもかかわらず、
彼女は罹患していない。「
不穏な眠り」でも、最悪の事態からは逃れている。
彼女は不運であることには間違いないのですが、実は悪運が強い。
だからこそ、これまでの幾多の危難も乗り越え、今もちゃんと生きながらえている。
しかしそれでも、新年を迎えて
「今年こそ病院に担ぎ込まれませんように、調査料を踏み倒れませんように、
依頼人が死にませんように・・・」
などと祈ってしまうわけです。
こちらこそ、これからも「お元気で」の活躍を祈っております。

 

さて、この葉村晶シリーズがついにTVドラマ化されるのですね。
晶役はシシド・カフカ。
なるほど~、他にどんな女優さんが・・・等と考えてみても
あまりイメージがわかないのですが、彼女ならなんとなく納得できます。
来年1月から。
楽しみです~。


「不穏な眠り」若竹七海 文春文庫
満足度★★★★☆

 


誰も守ってくれない

2019年12月19日 | 映画(た行)

あまりにも過剰な誹謗中傷

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15歳沙織(志田未来)は父母・兄との4人暮らし。
ある日突然家に警察が乗り込んできて、兄が殺人犯として逮捕されてしまいます。
大変なのはそれから。
家の周りにはマスコミが押しかけ怒号が飛び交う等の騒ぎに。
とても外へ出られる状況ではありません。
そんなところへ被疑者家族の保護を命じられた刑事・勝浦(佐藤浩市)が来て、
沙織を密かに連れ出します。


その間、母親は自殺・・・。
しかしその後も勝浦と沙織への探索・追跡は続き、
ネットでもこの事件と家族の逃走のことで大炎上。
こんな過剰なバッシングの中、孤立し追い詰められていく沙織・・・。

 

15歳の少女にとってはあまりにも過酷な状況でした。
でも本作はかなり現実に近い物語なのでしょう。

はじめの方で、いきなり家に乗り込んできた警察は、
これから犯人が実名報道されるので、すぐにあなたたちの名前を変更してもらいます。
といって離婚届を差し出し、強引に署名捺印を迫ります。
一度離婚してから、妻の旧姓で新たに結婚するという手はず。
そうでもしなければどこへ行っても「殺人犯の家族」という世間の目から逃れられないというのです。
警察の親切心とはいえ、あまりに悲しい現実・・・。

 

一方勝浦にも、捜査上のミスで一人の子どもを死なせてしまったという苦い過去があり、
その思いを今も引きずっています。
そして多忙な毎日の中、自らの妻と娘との関係も崩壊しかけている・・・。

 

八方塞がりの中、数日間を沙織と勝浦は「世間」から逃げ惑うことに。
突然の出来事に呆然として麻痺したような少女を志田未来さんが素晴らしく演じています。
しかしこの少女が最後にまたひどい裏切りを受けてしまう、
というのも、実に残酷。
けれどこの数日で彼女は確実に成長しますね。

 

それにしても、被疑者家族への過剰な誹謗中傷については、憤りを感じるばかり・・・。

 

WOWOW視聴にて>
「誰も守ってくれない」

2008/日本/118

監督:君塚良一

出演:佐藤浩市、志田未来、松田龍平、石田ゆり子、佐々木蔵之介

 

被疑者家族への誹謗中傷度★★★★★

満足度★★★★☆


「46番目の密室」有栖川有栖

2019年12月18日 | 本(ミステリ)

第一作にして、シリーズ色満載

新装版 46番目の密室 (講談社文庫)
有栖川 有栖
講談社

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日本のディクスン・カーと称され、45に及ぶ密室トリックを発表してきた推理小説の大家、真壁聖一。
クリスマス、北軽井沢にある彼の別荘に招待された客たちは、作家の無残な姿を目の当たりにする。
彼は自らの46番目のトリックで殺されたのか
有栖川作品の中核を成す傑作「火村シリーズ」第一作を新装化。

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大好きな有栖川有栖さんの「火村シリーズ」第一作。
読んだことがあるはず・・・と思いつつさっぱり記憶にとどまっていなかったので、
このたび改めて読んでみました。

 

先に読んだ「カナダ金貨の謎」の作中に有栖と火村の初めての出会いのシーンがあって、
そのことはこの「46番目の密室」にもある、ということだったので、
気になってしまっていたのです。

大学の階段教室、講義中の出会い。いいですよね。

 

さて本作、雪の山荘というほどではないけれど、
夜に降った雪が別荘に出入りする人の足跡がないことを証明しているので、
隔絶されたこの別荘内の人物が犯人という前提があって、本格ミステリのまさに王道。
しかも密室殺人が1階と地下室で2件。
殺害されたのは、どこの誰ともわからない謎の侵入者と、
この家の主にして推理小説界の大家。
一体何がどうしてこうなったのやら、面食らうばかり。
火村シリーズ第一作としては申し分ありません。
しかも、彼が「人を殺そうと思ったことがある」ということについて、
その心中をかなり詳しく延べるシーンがあるのがうれしい。
具体的なことには触れられていないけれども・・・。

そんなわけで、今改めて読み直すのにも、なかなかおいしい作品だと思います。

 

作中でおや、と思ったのですが、有栖と火村は「皇太子」と学年が同じという文章がありまして・・・、
当時のことですから、今の天皇のことです。
実は有栖と火村はそんなご高齢?! 
これは文庫の後書きに説明があったのですが、
当初はそういう設定だったのだけれど、その後この二人は永遠の34歳になったのだとか。
なるほど~。
本作の初刊は1992年。
有栖と火村は永遠の34歳としてミステリの海を泳ぎ続けるわけですね・・・・。
本来なら有栖はとっくにミステリ界の大御所になっていて、
火村も教授になっていたのかも。

そういう二人を見たい気もしますが、
窪田正孝さんと斎藤工さんで演じられるあたりがやっぱりいいか。

46番目の密室」有栖川有栖 講談社文庫

満足度★★★★☆

 


RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ

2019年12月17日 | 映画(ら行)

熟年離婚と在宅死

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RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」に続くシリーズ第二作。

富山地方鉄道で運転士として42年勤め、
1ヶ月後に定年退職する予定になっている徹(三浦友和)。
そんなある日、妻・佐和子(余貴美子)が緩和ケアサービスの看護師の仕事に就きたいと言い出します。
よく話も聞かずに一蹴する徹に反発し、佐和子は家を出てしまうのです。
仕事一筋だった男の人生にとって、妻とはどういう存在だったのか。

定年を迎えるとき、人生をも見つめ直すことになる男の物語・・・。

 

私、前作で「自宅で死にたい」と言っていた老女が
病院でしか死を迎えられなかったことに対して愚痴を言ってしまったのですが、
それが聞こえたかのような本作の展開に、いささか驚いてしまいました。
本来「鉄道」のストーリーなのですが、サイドストーリーに反応してしまって申し訳ないですが、
また、触れさせてもらいます・・・。

 

佐和子はもともと看護師の資格は持っていたのですが、
結婚してから子育てや親の介護に明け暮れ、
いつか仕事に戻りたいと思っていたのが、ついにこれまでかなわなかったのです。

それでこのたび緩和ケアの看護師の仕事を見つけて是非やりたいと思う。

緩和ケア、すなわちガンなどで死に向かう人のケア、
しかもここでは訪問看護、自宅で死にたいと願う人々をケアする仕事なのです。

尽くした結果が治癒して終わりではないので、心理的にハードルの高い仕事ではありますが、
佐和子は多分自らの介護経験から、意味のある仕事だと思ったのでしょう。

作中に登場するのは、在宅死を望む女性(吉行和子)。
おひとりさまではなく、娘、孫と住んでいます。
あるときいよいよ不調で病院に運ばれますが、本人のたっての希望でまた自宅へ戻ります。
このときのハードルは医師なんですね。
医師は帰すのは無理と主張しますが、佐和子はご本人の気持ちを汲んで、医師を説得します。

 

先に読んだ上野千鶴子さんの本の中でも、
「在宅看護・介護のシステムの中では医師の関わりは極力少なくていい、
看護師こそがイニシアチブをとるべき」
とありましたが、そのことを思い出させるシーンでした。

 

さて、余談ばかりですみません。
映画本題に戻れば、ひたすら夫に従い、内助の功的存在に徹してきた佐和子が、
夫の退職を間近にして自分の人生を顧みたのでしょう。
自分のやりたいことは何もしてこなかった・・・。

そんないろいろな気持ちを素直に夫に話せばよかったのでしょうけれど、
そもそも夫は全く妻の言葉を真剣に受け取ろうともしないし、
妻の人格なんて考えてみたこともない。
まあ、古いタイプといえばそれまでですが、これでは愛想を尽かされても仕方ないです・・・。
まともに話す気力もなくなります。

しかしドラマはいろいろ紆余曲折があり、
最後にやっと徹は妻の気持ちを理解します。

そして彼のとった行動は、妻から預かっていた離婚届を役所に提出すること。
なんだか意外だったのです、これが。
なんだかんだと言っても、実は佐和子は夫を待っていたように見受けられたのですが・・・。
すると、ラストには思いがけない展開が!!

それがナイスでした。
この年代の男性にしてはなんともしゃれています。
さすが三浦友和!!(そういう問題じゃないけど)

 

自分が似たような年代だからこそかもしれませんが、とても興味深かった。

まさに、愛を伝えられない大人たちの物語。

RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ(豪華版 2枚組)数量限定生産 [DVD]
三浦友和,余貴美子,小池栄子,中尾明慶,吉行和子
松竹

WOWOW視聴にて>

RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」

2011/日本/123

監督:蔵方政俊

出演:三浦友和、余貴美子、小池栄子、中尾明慶、吉行和子、塚本高史、西村雅彦

夫婦の意思疎通度★★☆☆☆

在宅死を考える度★★★☆☆

満足度★★★★☆

 


カツベン!

2019年12月16日 | 映画(か行)

映画の萌芽期を楽しむ

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時は大正期・・・、ざっと今から100年ほど前の物語。
子どもながらに活動写真の弁士になることを夢見る俊太郎と、
女優になることを夢見る梅子は仲良くなりましたが、やがて別れの時が来ます。
それから10年後、俊太郎(成田凌)はニセ弁士として泥棒一味の片割れになってしまっていましたが、
嫌になって逃げ出します。
そしてある田舎町の寂れた映画館・青木館の雑用係の職を得ます。
また、女優となった梅子(今では松子)(黒島結菜)と再会。

そんなとき、俊太郎はピンチヒッターで務めたカツベンが人気を博し、
いよいよカツベンの仕事にのめり込んでいきますが・・・。

俊太郎を追う昔の泥棒仲間(音尾琢真)、
その泥棒を追う警察(竹野内豊)等が入り乱れて大騒動に。

 

 

サイレント映画に楽士の音楽とともに独特の語りで内容を説明する弁士、
というのは日本独特のものなんですね。
その美声で女性客を虜にしたりもする。

しかしやがて登場するトーキーによって、
弁士たちは用なしとなり消えていくわけです。
そんな伝統の語り手たちへのオマージュが本作であります。

 

この無声映画の撮影シーンが面白い。
どうせセリフは入らないのだけれど、何かしゃべっている風に俳優は口を動かさなければなりません。
そこで「イロハニホヘトチリヌルヲ・・・」なんてしゃべったりしています。

そして、作中で上映されるサイレント映画は、
本物の古いフィルムを使っているものとばかり思って見ていましたが、
よく見ればなんとシャーロット・ケイト・フォックスさんだったり
上白石萌音さんだったりするじゃありませんか!! 
だまされるところでした。

 

今時、よほどのご老体でなければサイレント映画が懐かしい等という人はいないでしょうけれど、
映画ファンとしてはその萌芽期を彷彿とさせるこんな作品も面白いなあ・・・。

 

キャストそれぞれの持ち味全開、楽しめました!

 

「カツベン!」

2019/日本/127

監督:周防正行

出演:成田凌、黒島結菜、永瀬正敏、高良健吾、音尾琢真

 

映画の歴史発掘度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


「おひとりさまの最期」上野千鶴子

2019年12月14日 | 本(解説)

在宅ひとり死への道

おひとりさまの最期 (朝日文庫)
上野 千鶴子
朝日新聞出版

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同世代の友人の死を経験した著者が
「いよいよ次は自分の番だ」という当事者感覚をもって、
医療・看護・介護の現場を取材して20年。
孤独死ではない、人に支えられた「在宅ひとり死」は可能なのか。
取材の成果を惜しみなく大公開。
超高齢社会の必読書。

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先に「おひとりさまの老後」で話題となった上野千鶴子さんの本、その続編です。
実は続編としてはこの前に「男おひとりさま道」というのがあるのですが、まあ、それはパス。

いよいよ、おひとりさまでどのように死を迎えるのかという核心を突きます。

つまり、「在宅ひとり死」は可能か。

いやいや、在宅ひとり死ってつまり、孤独死のこと? 
それ、社会問題じゃん、というあなたは
「おひとりさまの老後」から読み直しましょう・・・。

しかしまあ、それも無理はない。
今の常識では人は病院で死ぬのがアタリマエですものね。
けれど私は先に父母を看取りながら思っていました。
長く住んだちゃんとした自分の家があるのに、
最期はこんな病院のベッド周り一坪分くらいだけが自分の居場所で、
死ななければならないのか・・・と。
そして無理な延命措置は、本人にとってちっとも幸せそうではないということも・・・。

だから上野氏のいう、食べられなくなったら、胃ろうも点滴も不要。
人は次第に衰弱し、最期は脳からエンドルフィンが出るので苦しくない、
静かに息を引き取ることができる、
・・・ということには心ひかれるのです。

とりあえず、在宅死の要件としては

・本人の強い意志

・介護力のある同居家族の存在

・利用可能な地域医療・看護・介助資源

・あとちょっとのおカネ

 

あらら、これではやはり「ひとり死」は無理ということになってしまいますが、上野氏はさらに続けます。

・24時間対応の巡回訪問看護

・24時間対応の訪問介護

・24時間対応の訪問医療

この看護・介護・医療の多職種連携3点セットがあれば、在宅ひとり死が可能になる、と。

 

現在、地域によってはこのような実践がなされているところがあるといいますが、まだほんの少数。
けれど、これからはこのような考え方が広まっていき、
利用しやすいシステムもできあがっていくのだろうと思います。
・・・どうか、私の最期の時には私の居住地でもこんなシステムが利用できるようになっていますように・・・。

 

現在多くの高齢者施設は、最期の看取りまではしてくれなくて、
いよいよ最期の時は病院に送られてしまいます。
病院は本来救命の場所なので、延命措置を施そうとするのです。
下手をするとそこで寝たきりのままになり、あげくに病院を追い出されることに・・・。
せっかく立派な高額の施設に入ったとしても、これでは意味がない。
それなら一人でも最期まで自宅に住み続けて、
様々な看護・介護サービスを受けながら頑張った方がいいかな、と思えてきました。
自分のなじんだ家具や本や様々なものたちに囲まれながら、
その瞬間は一人であったとしても、静かに息を引き取れたらいいな、と。
(完全に夫が先に亡くなることを想定していますな(^_^;)

 

「おひとりさまの最期」上野千鶴子 朝日文庫

満足度★★★★★