映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

赤い月

2020年01月31日 | 映画(あ行)

恋多く、生きる力に満ちた女

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1934年、夫・勇太郎(香川照之)と子どもたちとともに満州牡丹江に渡った森田波子(常盤貴子)。
雄大な大陸の風景に夢を膨らませます。
その10年後。
陸軍中佐・大杉(布袋寅泰)の庇護の元、勇太郎は森田酒造を成功させ、
波子も豊かな生活をしていました。
そんなとき、波子は商社員(実は関東軍秘密情報機関の諜報員)氷室(伊勢谷友介)と出会い、心ひかれます。
しかし氷室は家庭教師のロシア人エレナと恋仲になってしまいます。
嫉妬した波子は、名を伏せて、エレナはロシアのスパイだという密告状を氷室に届けます。
そしてエレナは氷室の手で処刑されてしまう・・・。
そうこうするうちに、日本が敗戦。
波子は子供らを連れ、身一つで牡丹江を脱出。
なんとしても生き抜こうと決意を固めます。

 

満州で日本人は、戦時中でも比較的暮らし向きも豊かだったようです。
美しき人妻・波子は真っ赤なドレスに身を包み、男たちを翻弄する。
恋多く、生きる力に満ちた女。
スカーレット・オハラのようでもありますね。

牡丹江を出た波子らは新疆にしばらく滞在しますが、そこで氷室と再会します。
氷室は愛する人を自らの手で処刑してしまったことに絶望しており、
生きる気力も失ってアヘンに浸り、廃人同様となっていました。
そんな氷室を引き取り、薬を抜くために手を尽くす波子・・・。
そしてようやく禁断症状が落ちついた頃に二人は体を重ねるのですが・・・。
なんとその様子を子どもたちが見てしまうのです。
「お母さんはふしだらだ!」という子どもたちに波子は言う。
「私たちは生きていかなければならないのよ。
生きることは、人を愛するということなの」

実はこのとき、夫の死亡が確認されてはいるのですが、
それにしてもあらわな姿をバッチリ目撃された波子。
しかし少しも悪びれず、このように言うわけです。
すごい。
なんだかその勢いに、無理矢理納得させられてしまう子どもたち・・・。
確かにこの人は、日本に帰ってもそれなりにきっと成功して豊かな暮らしを手に入れるだろう。
そう確信させられますね。
なかなかドラマチックな物語でした。

 

 


<WOWOW視聴にて>
「赤い月」
2003年/日本/111分
監督:降旗康男
原作:なかにし礼
脚色:井上由美子、降旗康男
出演:常盤貴子、香川照之、伊勢谷友介、布袋寅泰、大杉漣

歴史の中の出来事度★★★★☆
女の強さ度★★★★★
満足度★★★★☆


リチャード・ジュエル

2020年01月30日 | クリント・イーストウッド

怪しいというだけで犯人?

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またまた登場しました、ぴょこぴょこコンビ。
たまたまなんだけど、出番が重なりました。

さて、こちらはクリント・イーストウッド監督作品。
 残念ながらご本人は出演されていません。
1996年、アトランタオリンピックの時にあった実話なんだね。
はい、96年、オリンピック開催中のアトランタ。
 警備員のリチャード・ジュエル(ポール・ウォーター・ハウザー)が、
 公園で行われている音楽イベントで、不審なバッグを発見します。
 彼は付近の人々を避難させましたが、全員退去とまではならず、
 突然爆発したそのパイプ爆弾で、けが人も出てしまいました。
 それでも、多くの人の命を救った彼は英雄視されます。
 ところが、FBIがジュエルを第一容疑者として捜査を始めます。
 そのことを知った現地の新聞記者がスクープとして新聞に掲載。
 メディアは一斉にジュエルを犯人扱いし、非難し始め、
 ジュエルは人格をおとしめられてしまいます。
 そんなところに旧知の弁護士・ブライアント(サム・ロックウェル)が立ち上がり・・・。

そもそも特にジュエルを犯人とする物証もないのに、
 まずジュエルが怪しい、と見られてしまうのだよね。
 恐ろしい・・・。
しかも、FBIはあの手この手で、無理矢理証拠をねつ造しかねない危うさが見えて・・・
 実にハラハラさせられるよね。
 でもジュエルが怪しいと思われるのは、無理もないところがあるわけね。
うん、まあ見たようにでぶっちょで、いい年して結婚もしておらず、母親の家に同居してる。
 職も正規職員ではなくて臨時雇い・・・。
それだけなら近頃たくさんいそうだけど・・・。
彼自身は警官に憧れていて、すごく正義感は強いんだよね。
そう、でもそれが強すぎてあちこちで問題を起こしていた。
 自分は正義を実行する人物という思い込みが強すぎて、
 人と接するのも上から目線で強引。
 大学の警備員をしていたときも、そんな感じで学生ともめ事を起こしてクビになっている。
・・・というところだけを見たら、私だってこの人怪しい、と思ってしまうかも。


弁護士ブライアンは以前からジュエルを知っていて、
 まあ態度はでかいけれど悪いヤツじゃないと知っていたので、
 弁護を引き受ける気になったわけ。
 実際、犯人ではあり得ない確証を得てもいたのだけれど・・・。
そこね、FBIも本当はそれに気づいていたのではないの?
そこが怖いところなんだよ。
 そんなことムシして、あくまでもジュエル犯人説を押し通そうとする・・・。
それにしても、仮に逮捕されて起訴されたとしても、
 裁判で有罪判決が出ない限りはまだ犯罪者ではないんだよね。
 この事件に限らず、逮捕されること=犯人という世間の思い込みが強すぎる気がする。
クリント・イーストウッド監督らしい、「名もなき英雄」の物語。
 そして私たちも冷静に自分で物事を考えなければ・・・ということでもあります。

<シネマフロンティアにて>
「リチャード・ジュエル」
2019年/アメリカ/131分
監督:クリント・イーストウッド
出演:ポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェル、キャシー・ベイツ、ジョン・ハム

権力の持つ恐ろしさ★★★★★
満足度★★★★☆

 


「三の隣は五号室」長嶋有

2020年01月29日 | 映画(さ行)

5号室に住む人々を定点観測

 

 

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傷心のOLがいた。
秘密を抱えた男がいた。
病を得た伴侶が、異国の者が、単身赴任者が、
どら息子が、居候が、苦学生が、ここにいた。
―そして全員が去った。
それぞれの跡形を残して。

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長嶋有さんの谷崎潤一郎賞受賞作。
駅からちょっと離れた、ヘンな間取りの二階建てアパート、その5号室が舞台です。
その新築時から50年、すっかり古びて誰も住まなくなるまでの、
その部屋の住人たちが主人公。


けれどそれが、きちんと年代順に並んでいないのです。
文章は、連想方式といいますか、
例えば冒頭、「変な間取りだ」と思った3代目。
同じく、そう思った幾人かを登場させた後、
そう思わなかった2代目に戻ったりします。


水道の蛇口をネジ式からレバー式に交換した人、
エアコンを取り付けた人、
エアコンの暖房を入れたらブレーカーが落ちて、部屋を真っ暗にした人・・・、
一つのテーマを追いながら、この部屋に住んだ人々を代わる代わる紹介していく感じです。
その一人一人の記述のディティールがリアルで、まるでのぞき見たよう。


麻雀に浸る学生やら、単身赴任者、子どもが生まれた夫婦、
居候が同居するOL、奥さんが重篤な病となった夫婦、外国人・・・、
まさしく千差万別、様々な人々がその時代背景とともに描き出されます。
そんな中に一人、なぜかハードボイルドな人(?)がいるのも面白い。


誰が何代目の人かわからなくなってしまいそうですが、
初代が藤岡一平、四代目が四元志郎、7代目が七瀬奈々・・などと、
非常にわかりやすくなっていますので安心!
時代は1966年(昭和41年)から始まり、
その時々はやりのテレビ番組やらアイドルやらの話が出てくるのも興味深いところです。

この家に住む人を定点観測し、テーマごとにまとめてみました・・・みたいな感じ。
あるいはこの部屋自体がタイムマシンであるかのような。
ちょっと変わった間取りのこの部屋に住むのは、
いってみれば普通にどこにでもいる人たち。
けれど、誰もが皆ちがう。
他の誰でもない、一人一人の人生を切り取った一コマ一コマが愛おしく感じられます。
なんともユニークな切り口、そして、その表現力がまた素晴らしい!!

「三の隣は五号室」長嶋有 中公文庫
満足度★★★★★

 


9月の恋と出会うまで

2020年01月28日 | 映画(か行)

タイム・パラドックス&ラブストーリー

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私、劇場での映画鑑賞は、日本のラブコメ的なものはできるだけ避けています。
確かに見て面白いですが、わざわざ劇場で見るほどのこともない、
あとで「おうち映画」で十分と思うので。
だから作品についてのリサーチもおざなり。
そんなわけで、本作も「おうち映画」だったのですが、ちょっとビックリしました。
だって私の好きなタイムパラドックスものだったのですもの!

とあるマンションに越してきた志織(川口春奈)は、
「1年後の未来から話している」という不思議な声を聞きます。
そして、「理由は今話せないけれども、隣人の平野(高橋一生)を尾行してほしい」というのです。
信じがたく、そして腑に落ちない話しながらも、
お人好しの志織はその依頼を受けることにします。
そして数日後、志織が平野を尾行し終えて帰宅すると、
部屋に何者かが入って荒らされていました。
それは凶悪な強盗犯の仕業で、もしそのとき志織が部屋にいれば、
きっと命を奪われたに違いない。
つまり未来からの声は、そのときに志織が部屋に不在となるように意図されていたのです。
この話をSF好きの小説家志望である平野に話をすると、平野は言います。
志織の命が助かったことによってタイムパラドックスが生じてしまう。
このままだと1年後に志織の存在が消えてしまう・・・。
志織が1年後以降も無事であるためにはどうすればいいか・・・と、そういうストーリーです。



もちろん、この二人の間には愛が芽生えていくのですが、
結構やきもきさせられます。
SF・タイムパラドックス&ラブストーリー。
おいしい一作でした。



高橋一生さんの壮大な寝ぐせがステキ♡
タイムパラドックスはともかくとして、高橋一生さんはたっぷり楽しめます。
川口春奈さんの「帰蝶」さんも楽しみになってきました。

 

 

<WOWOW視聴にて>
「9月の恋と出会うまで」
2019年/日本/105分
監督:山本透
原作:松尾由美
出演:高橋一生、川口春奈、浜野謙太、川栄李奈、古館祐太朗、ミッキー・カーチス
タイムパラドックス度★★★★☆
ラブロマンス度★★★★☆
満足度★★★★☆


風の電話

2020年01月27日 | 西島秀俊

思いを口に出すことが大事

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西島秀俊さん出演作なので、私らが出てきちゃったけど、
場違いな感じがするくらいのピュアな感動作ですよね。
そうだねー。まあたまにはいいでしょう。

※当ブログでは、西島秀俊さん出演作とクリント・イーストウッド出演又は監督作品について、
 カエルさんとヒヨコさんの、ぴょこぴょこコンビの対談形式でお送りしています。
 単なる趣味で、特に深い意味はありません(^_^;)

まず、あらすじとしては、8年前の東日本大震災で家族を失い、
 広島の叔母の元で暮らしていた17歳の少女ハル(モトーラ世理奈)。
 あるとき叔母が突然倒れ、何もかも奪われてしまうことに絶望したハルは
 さまよい歩いた末に、故郷の岩手、大槌町を目指してヒッチハイクを始めます。
 そうして出会った人々との出来事や心のふれあいを描く作品。

始めの方、叔母さんが倒れた後に、広島の水害のあった地で、
 ハルが泣き叫ぶところがあったでしょう、
 「どうして何もかも奪うのっ!」って。
 そこでぎゅっと心をわしづかみにされる気がする。
 私たちは災害の避難場所などで、被災者へのインタビューをよくテレビで見たりするよね。
 皆さん押し黙ってじっと何かに耐えている・・・そんな様子。
 だけど本当はこんな風に、足をジタバタさせるくらいに泣きわめきたかったのではないかな。
 本当の悲しみを私たちはどれだけわかっていたのかな、という気がしました。

確かに。ここでのハルは泣き叫ぶしかできない。
 そんなハルなのだけど、ヒッチハイクでいろいろな人に助けてもらって、
 そして多くの人がそれぞれの悲しみや苦しみを
 彼女と同じように抱えていることを知っていくんだね。
そうそう、そしてこれから生まれてくる命のことも。
帰りたくても帰る場所のない悲しさも知ります。
 それはクルド人たちの話ではあるけれど、
 原発事故で帰れない人々や、津波で変わり果て、人が極端に減ってしまった町の話でもある・・・。

えーと、モトーラ世理奈さんって、何者?って思ったんだけど。
モデル出身なんだけど、NHKドラマ「透明なゆりかご」に出てたって・・・
え~、うそー。
 それは見てたけど全然おぼえてないわ。
 あのときは清原果耶さんばっかり注目してたもんなあ・・・。
この子は、そんなに派手な顔立ちではないのだけれど、
 しかも本作の役はとても寡黙なのだけれど、
 すごい存在感があって、表現力たっぷり。
今後がすごーく楽しみな感じです。


そして本作中、ハルを見守る役として
 三浦友和さん、西島秀俊さん、西田敏行さんが登場するわけなんだけど、
 このベテラン勢が、新人モトーラ世理奈さんをしっかり見守り支えているという構図にもなっていて、
 なんだかジーンと来ます。

さてそして、本作中の一番の見所はハルが最後にたどり着いた「風の電話」のシーンだね!
これは実際に岩手県大槌町にある、電話線につながっていない電話なんだね。
 きれいな電話ボックスが設置してある。
 そこで、天国にいる誰かと話をしたい方はいつでもどうぞ、ということなんだね。
 毎日多くの人が訪れるそうだよ。
ここまでほとんど言葉らしい言葉を発していなかったハルが、一気に自分の思いを話し始めます。
 ここだけに限らず、この作品は台本はあるけど、セリフが入っていなくて、
 役者さんたちのナマの言葉が語られているそうだよ。
だからここも、モトーラ世理奈さん自身の言葉だったのだって。

自分の役柄やストーリーの流れなどをすっかり理解していなければ、
 なかなかこんなことはできないよね。
 今までため込んでいた思いを、口に出すことによって風化させていくような気がする。
これがなければ彼女は家に帰れないだろうと思う。


あ、作品ではまったく触れられていなかったけど、
 広島ではきっと叔母さんが意識を取り戻して、ハルのことをひどく心配しているのではないかと思う・・・。
とりあえずは早く広島に帰って!!

<シネマフロンティアにて>
「風の電話」
2020年/日本/139分
監督:諏訪敦彦
出演:モトーラ世理奈、西島秀俊、西田敏行、三浦友和

悲しみの表出度★★★★★
満足度★★★★☆

 


「田村はまだか」朝倉かすみ

2020年01月25日 | 本(その他)

田村を待つ夜、それぞれの人生

 

 

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深夜のバー。小学校のクラス会三次会。
男女五人が、大雪で列車が遅れてクラス会に間に合わなかった同級生「田村」を待つ。
各人の脳裏に浮かぶのは、過去に触れ合った印象深き人物たちのこと。
それにつけても田村はまだか。
来いよ、田村。
そしてラストには怒涛の感動が待ち受ける。
’09年、第30回吉川英治文学新人賞受賞作。

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朝倉かすみさんらしく、舞台は札幌、すすきのの深夜のバーです。
小学校のクラス会三次会。
男女5人が、遅れてくるという「田村」を待っているのです。
少し話をしては、思い出したように誰かが「田村はまだか」という。
そんな繰り返しの中、刻々と夜は更けていきます。


40歳になる男3人、女2人。
そして似たような年齢のバーのマスター。
ほとんどバーのマスターが聞き役になり、小学校6年当時の「田村」の話になります。
勉強もスポーツも抜群ながら、いつもひっそりと一人でいて、
あまりクラスになじもうとしていなかった彼。
(実は彼の家庭が問題ではあった。)
しかしある出来事で、クラスの皆が湧き上がった。
その出来事のあまりの鮮やかさに、読んでいても興奮してしまいました。
そしてまたその後の彼の人生についても、
なんともいぶし銀のように渋く光る話が続きます。
なるほど、そんなだから、皆が絶対に彼に会いたいと思い、
来るのを心待ちにしているわけなのです。

 

こんな風に「田村」待ちのなか、
ストーリーはここのマスターも含めた6人それぞれの話に移っていきます。
40ともなれば一応仕事は順調ではあるけれど、
離婚があったり、今さらながらの密かな心のときめきがあったり・・・、
それぞれに屈託を抱えているのです。
人生、いろいろ・・・。
さて、それにしても3時を過ぎてもまだ田村は来ない。
それもそのはず、その頃田村は・・・。

 

なかなかショッキングな展開。
それにしてもすごく構成が練られていて、よくできた本だなあ・・・と思う次第。
私は、高校生男子を愛おしく思う千夏さんが好きでした。

図書館蔵書にて(単行本)
「田村はまだか」朝倉かすみ 光文社
満足度★★★★★

 


告白小説 その結末

2020年01月24日 | 映画(か行)

スランプの作家の苦悩

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自殺した母親との生活を綴った私小説がベストセラーとなったデルフィーヌ(エマニュエル・セニエ)。
しかしその後スランプに陥っています。
ある日、熱狂的なファンという女性・エル(エバ・グリーン)が現れ、
デルフィーヌは本音で語り合える彼女に信頼を寄せ、共同生活を始めるまでになります。
ところがエルは、彼女の描くものに辛らつな批評をしたり、
時にはヒステリックに彼女を責めたりし、デルフィーヌは彼女に翻弄されてしまうのです。
しかしそんな中でも、エルは少しずつ彼女の壮絶な身の上を語り始め、
デルフィーヌはその話を小説にしようとしますが・・・。

エルというのは「彼女」という意味で、
変わった名前ねと、始めに出会ったときデルフィーヌは言います。
しかしどうやらこれは本当に三人称の「彼女」で、
実名が出てこないところがミソだったのかと、最後に気づくのです。
わざわざ「その結末」と邦題にあるとおり、
本作は最後の最後に驚くべき結末が用意されているのです。
この二人の女性は、愛憎極まって最後には殺人事件にでもなるのかとずっと思いながら見ていたのですが、
そういうことではなかったのですね。

つまりは、スランプの作家の苦悩と再生。
物語を紡ぐというのは、こんな風な壮絶な体験(脳内体験?)を
経るものなのだということなのかもしれません。
まさに命がけ。
生半可な覚悟で小説なんて書くものではない、と。

 

 

<WOWOW視聴にて>
「告白小説 その結末」
2017年/フランス・ベルギー・ポーランド/100分
監督:ロマン・ポランスキー
原作:デルフィーヌ・ドゥ・ビガン
出演:エマニュエル・セニエ、エバ・グリーン、バンサン・ペレーズ、ドミニク・ピノン
サスペンス度★★★★☆
満足度★★★★☆

 


ラストレター

2020年01月23日 | 映画(ら行)

どこを切り取っても美しく切ない

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岩井俊二監督の出身地、宮城県が舞台です。
姉・未咲の葬儀のため実家に来ていた裕里(松たか子)は、
未咲宛ての同窓会案内状を受け取ります。
姉の死を伝えようと、代わりに同窓会に出席した裕里でしたが、
当時生徒会長で人気のあった未咲と勘違いされ、本当のことを言い出すことができません。
そして、初恋の人、乙坂(福山雅治)と再会。
裕里は姉・未咲のふりをしたまま、乙坂と文通をすることに・・・。

実は、過去の高校時代、裕里は乙坂から姉へのラブレターを預かったことがあるのです。
乙坂に憧れていた裕里はその手紙を姉に渡すことができなかった・・・。
(ただしそのことは、まもなくばれてしまうのですが。)
裕里は自分の住所を乙坂に告げていなかったので、一方的に裕里から乙坂へ向けただけの手紙でした。
それも他愛ないこと、犬を2匹飼うことになった、とか、義母がぎっくり腰になったとか。
ところが乙坂はその返事を裕里の実家へ宛てて出します。
それも、もちろん「未咲」宛で。
実家には未咲の一人娘・鮎美(広瀬すず)と、
夏休み中滞在していた裕里の娘・颯音(森七菜)がいて、
この二人が乙坂からの手紙を読んでしまいます。
そして鮎美もまた未咲に成り代わって乙坂への手紙を書く。
奇妙な3角関係の文通となってしまいます。


このSNSに覆い尽くされた昨今で、なぜ今わざわざ「手紙」なのか。
そんなことも考えながら見るのもいいですね。
まあ、SNSならこのような行き違いも起こらないわけですが・・・。

ともあれ、そんな中で次第に浮かび上がってくる高校時代3人の交差する思い。
そして、キラキラ輝いていた今は亡き未咲の姿・・・。
甘酸っぱく切ない思いが広がります。
なんというか本作、どこを切り取っても美しく切ない気がする。
岩井俊二作品の中でも最もロマンチックかもしれません。
およそ25年前の姉妹と現在の従姉妹同士を同じ配役にしたところが効いています。
いかにもみずみずしさを感じさせるこの二人がまたいい!

そのほかの配役がまた、ステキです。
乙坂に福山雅治さん。売れない小説家。
ちょっと自信なさげでさえない感じがなかなかいい。
私今さら気づいたのですが、私はメガネ男子が好きなのです! 
なので、「マチネの終わりに」より、こちらの福山雅治さんの方が好き。


本作の原点的作品、同じく手紙を扱った「ラブレター」に出演した
中山美穂さん、豊川悦司さんが、思いがけない役で出てくるのも見所です。



松たか子さんのどことなくふんわりした雰囲気が、
本作のシリアスになりがちなところを柔らかく包み込みます。
そしてその夫役が庵野秀明氏、というのがなんとも意表を突くなあ・・・。
ホント、次々出てくる俳優さんを見ているだけでも飽きない。

乙坂の唯一のヒット作品「未咲」の本が作中に登場します。
おそらく乙坂の大学時代の未咲との恋愛を描いたものであるはず。
でも、現実の結果を見てわかるように、それは失恋で終わるわけです。
なぜ乙坂と未咲はうまくいかなかったのか、
そして未咲はなぜ阿藤の方に惹かれてしまったのか・・・
そういうことがきっと書かれているはず。
だから私、この本を読んでみたいなあ・・・と切に思いました。
・・・すると先日、福山雅治さんのラジオ番組に岩井俊二監督が出演されていて、
「未咲」の本はもちろん出版されていないのだけれど、
実際にあって、福山雅治さんは映画撮影に先立って監督からその本を渡されたそう。
そしてその本を読んだことが役作りにすごく役立ったそうなのです。
なるほど~。
そういうことなら、ますます読んでみたいです!!

<シネマフロンティアにて>
「ラストレター」
2020年/日本/121分
監督・脚本:岩井俊二
出演:松たか子、広瀬すず、福山雅治、神木隆之介、
   庵野秀明、森七菜、小室等、豊川悦司、中山美穂

 


「父が子に語る近現代史」小島剛

2020年01月22日 | 本(解説)

一方的な視点にとらわれずに

 

 

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われわれが生きるこの国のいまは、どこから繋がり、どこに向かっていくのだろうか?
鎖国政策、幕末の動乱、大陸政策から現代社会に至るまで、
アジアはもちろん様々な国々と民族からの刺激を受けつつ、
「日本人」たちは自国の歴史を紡いできたが―。
「唯一無二の正解」を捨て、新たな角度で自分の故郷を再度見つめる。
やわらかで温かな日本史ガイド・待望の近現代史篇!

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小島剛氏の日本史ガイド。
「父が子に語る」べき話を、いい年した私が読むのはお恥ずかしい限りではありますが、
昔教科書で習った以上のことをあまり考えてみたこともないので、
初心に返って改めて学習してみましょう、という気になりました。


著者は、古来から「日本」が「日本」のままで今まであり続けたことに、
日本人は「だから日本は特別だ」とか「だから日本はすごいんだ」
というような意識を持っているといいます。
けれど、そうではない。
国の成り立ちはその国それぞれ。
こんな自己満足的な考え方でなく、
「日本の歴史を学ぶことは外国と付き合う場合にこそ大事」だといいます。
確かに、これから海外の国と関係を築いていく若い人こそ、本巻を読むべきだなあ・・・と納得します。
そして頭の堅くなった年寄りも。


本巻には、私たちにははっとさせられることがいろいろ書いてあります。
「吉田松陰・久坂玄瑞・坂本龍馬」そして「井伊直弼・近藤勇・篠田儀三郎」
この人たちの違いがわかるでしょうか? 
前者が靖国神社に祀られている人、後者が祀られていない人。
日本という国を近代化するために犠牲となった人々でありながら、
政治的立場が異なるということで差別されているわけです。
(注・篠田儀三郎は、白虎隊の一員)


それから、著者は司馬遼太郎「坂の上の雲」についても多く触れています。
この本のために、日本人に誤った歴史観が根付いてしまった・・・と。
「坂の上の雲」には朝鮮についての叙述がほとんどない、というのです。
日清・日露戦争は結局のところ日本の朝鮮支配をより確実にするものであったのに、
そのことにほとんど触れられていないのは誤りだ・・・と、なかなか手厳しい。
「耳にしたくない話」を避けてはいけないということです。
私、「坂の上の雲」はまだ全部読んでいないのですが(途中で挫折しかけている)、
確かに朝鮮のことはほとんど書かれていませんでした。
何事も一方的にだけ見るのはダメ、いろいろな視点から考えなければ・・・
という見本のような話です。
そんなわけで、今までとはちがった視点から歴史を考える、良い示唆となった本です。
本巻の前段にあたる「父が子に語る日本史」の方も、是非読んでみたいと思います。

 

ところで皆さん、本巻の題名「父が子に語る」というところで
「子」を男子、つまり「息子」という連想をしなかったでしょうか。
実は私もそうなのですが、著者は自身の「娘」さんを念頭に置いて書いたそうですよ。
でも刊行直後の各種紹介文には「著者が息子に向かって語りかけ」云々と書かれたそうです。
ほとんど無意識のジェンダー偏見。
日頃ジェンダー問題には敏感なはずの私でもそうなのですから、
すごく根深いものがあります・・・。
よほど心しないとこうした偏見はなくなりそうもありません・・・。


「父が子に語る近現代史」小島剛 ちくま文庫
満足度★★★★☆

 


ゴジラ キング・オブ・モンスターズ

2020年01月21日 | 映画(か行)

まともな大人が見るべきものではない

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ま、たまにはこんなのもいいか・・・ということで。
だってこのシリーズの前作2014年「GODZILLA ゴジラ」は見ているのだし。

それで本作は前作から5年後の世界。
次々と復活する怪獣たちを未確認生物特務機関「モトーク」は、
眠らせたまま観察を続けています。
しかし、ある思惑を持ったものたちが、中でも蘇らせてはいけないものを蘇らせてしまい・・・。

私、小学生の頃にウルトラマン(正真正銘、初出のウルトラマンです!)が大好きで、
怪獣図鑑も持っていたという怪獣好きであります。
ではありますが、こんな映画を喜んでみる年齢ではないなあ・・・とつくづく思ってしまいました。
だって本作、つまりはよく夏・冬休み中に子ども向けにやる「怪獣祭り」なんですもの・・・。

「地球の大いなる生態系を守ろうとする古来の怪獣たち(ゴジラ・ラドン・モスラ)」
VS
「宇宙から来た侵略怪獣(キングギドラ)」という構図であります。
怪獣見本市・・・。
私は怪獣の決闘シーンを見てもちーっとも興奮しません。
壮大な時間とお金と労力の無駄遣いとしか思えないので・・・。
お子様向けです。

渡辺謙さんもこんな作品に出演させられてさぞ不本意でありましょう。
犠牲的な死とは言っても、なんだかなあ・・・という気がする。

と、本作に否定的なのは私だけ?と思っていたら、
なんと本作、ラジー賞にノミネートされましたね。
やっぱり・・・

 

 

<J:COMオンデマンドにて>
「ゴジラ キングオブモンスターズ」
2019年/アメリカ/132分
監督:マイケル・ドハティ
出演:カイル・チャンドラー、ベラ・ファーミガ、ミリー・ボビー・ブラウン、ブラッドリー・ウィットフォード、渡辺謙
満足度★★☆☆☆

 


ジョジョ・ラビット

2020年01月19日 | 映画(さ行)

着想にシビれる!!

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第2次大戦下ドイツ。
10歳の少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイビス)は
ヒトラーユーゲントで立派な兵士になることを夢見ています。
彼の脳内にはアドルフが住んでいて、ジョジョを叱咤激励するのです。

あるとき、訓練でウサギを殺すことができなかったジョジョは、
教官から「ジョジョ・ラビット」という不名誉なあだ名を付けられてしまいます。
そんなある日、ジョジョは家の片隅に作られた小部屋に誰かがいることに気づきます。
ジョジョの母親(スカーレット・ヨハンソン)が匿っていた
ユダヤ人の少女エルサ(トーマシン・マッケンジー)でした。
ユダヤ人は人間ではない、というふうに思っていたジョジョは激しく動揺しますが・・・。



本作のオープニング。
なんとビートルズの「抱きしめたい」が流れます。
そして、ヒトラーに心酔し熱狂する群衆の映像。
これがまさに、ビートルズに熱狂する人々とぴったり重なり合う。
私、ここの部分でもう、痺れてしまいました。
この時代のドイツを描くのに、誰がビールズを思いつくでしょう! 
この感覚! 
私、このタイカ・ワイティティ監督に死ぬまでついて行きたい、と思いました。
そしてなんと、本作中のジョジョの脳内アドルフを演じているのもワイティティ監督。
・・・おそれ入りました!!



そもそも本作、主人公をあえて少年としていますが、
当時の大抵の人々の中にも、アドルフが住み着いていたのではないかと思うのです。
そしてほとんどの人がこのアドルフに支配されていた。
まあ言ってみれば当時の日本人の脳内には天皇陛下が住んでいた、
ということにもなるでしょう。
けれど、アドルフとは無縁の人もいた。
作中ではジョジョのお母さんやクレンツェンドルフ大尉(サム・ロックウェル)ですね。
こういう風にこんな時代でも自分を保っていられる大人、
この描き方がまた素晴らしくかっこいいです。
しかしそのために、悲惨な結果になってしまうわけですが・・・。


ジョジョの、まだ幼く、無知で無垢、
そしてまた純粋でもある「少年」の描かれ方もなんとも素晴らしいし、
それを表現し尽くしたローマンくん、天才です!!



そしてまた、彼に対抗するユダヤ人少女、エルサ。
ジョジョの亡くなった姉の友人という設定で、
少女といってもジョジョよりはかなり年上。
すでに大人の思考ができているのです。
だから、ジョジョが芯からユダヤ人を嫌い憎んでいるのではなく、
単にアドルフにかぶれているだけだとわかっています。
そして、自分を匿っていることがわかれば、ジョジョと母親も罪に問われるのだと、
ジョジョを脅すしたたかさをも身につけています。
そんな辛辣なやりとりが幾度かありながら、
次第にジョジョはユダヤ人も頭にツノなんかなくて、自分と同じ人間だとわかってくるのです。



とにかく最初から最後まで、痺れっぱなし。
極上の(?)ナチス時代物語。

<シネマフロンティアにて>
「ジョジョ・ラビット」
2019年/アメリカ/109分
監督:タイカ・ワイティティ
出演:ローマン・グリフィン・デイビス、トーマシン・マッケンジー、
タイカ・ワイティティ、スカーレット・ヨハンソン、
サム・ロックウェル
着想の独自性★★★★★
満足度★★★★★


「謎物語 あるいは物語の謎」北村薫

2020年01月18日 | 本(エッセイ)

ミステリの中に埋もれている謎

 

 

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子どもの頃に読んだ童話や昔ばなしに、
スクリーンに映し出される奔馬の姿に、
『吾輩は猫である』の一文に
―本格ミステリをこよなく愛する著者は、多岐に亘る読書や経験のなかから、
鮮やかな手つきでミステリのきらめきを探りだしては、
私たちだけにそっと教えてくれる。
当代随一の読み巧者が、謎を見つける楽しさ、
そして解き明かす面白さを縦横無尽に綴ったミステリ・エッセイ。
宮部みゆき氏が初刊に寄せた読者へのメッセージに加え、
有栖川有栖氏による新解説を収録した新装版。

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本作、創元推理文庫の新刊なのですが、1996年に中央公論社より刊行されたものです。
それで、作中の北村薫氏の著作がときおり登場するのですが、それがかなり懐かしい。
まあ、そんなお楽しみがあってもいいですね。
北村薫氏があまたに読んだ本、特にミステリについて、
そこに埋まっている「謎」を掘り出していきます。
いや、そもそも「ミステリ」は謎の本なのですが、
ここではそのネタばらしということではなくて、
トリックの先例のことや解釈のこと、含蓄のある考察がたっぷり。

 

ミステリにおけるトリックが他作品との類似を指摘される・・・
などということがたまにあるようなのですが、
それは許されないことなのだろうか・・・?
人の考えることだからどうしても似てしまうこともあるだろうし、
実は以前読んだものですっかり忘れていたのだけれど、
まるで自分のアイデアのように湧き出てきた・・・などと言うこともありそうです。
でも、「ミステリ小説」の面白さはトリックだけにあるわけではありませんね。
登場人物の造形、心理描写、動機、結末、トリックの必然性・・・
ありとあらゆるものが著者の力量となる。
だからまあ、トリックの類似にはあまりこだわらなくてもいいのでは・・・、ということのようです。
確かに。
いっそ全く同じトリックで競演(?)してみては?
なんてね。

 

それとは別に、何か元になる本の中の文章があって、
それに呼応するような文章を誰かが書く。
そしてまたそれを受けて別の誰かが・・・というような
連鎖というかキャッチボールを見つけることが著者にはあるようです。
そのためにはいかにも多くの本を読んでいなければなりません。
少なくても私には無理。
そして著者の「円紫さんと私」のシリーズはそういう筋立てが多いですよね。
小説のネタのため、というわけでなく
普段から物語の謎を見つけるのがお好きなんだなあ・・・、北村氏。

「謎物語 あるいは物語の謎」北村薫 創元推理文庫
満足度★★★.5


クリスマス・カンパニー

2020年01月17日 | 映画(か行)

世間知らずのサンタさんが・・・

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思い切り時期がずれてしまいました。
WOWOW録画してあったもので・・・。
日本未公開のようですが、フランスでは大ヒットだったというので、見てみました。
クリスマス、サンタクロースが登場するファンタジーコメディです。

 

人間界から遠く離れたサンタクロースの世界。
クリスマスの4日前、子どもたちへのプレゼントとなるおもちゃ作りに大忙しのエルフたち。
ところが、9万2000人のエルフたちがいきなり同時に倒れてしまいます。
エルフたちの治療に必要なビタミンCを手に入れるため、
やむなくサンタクロースは人間界へやってきますが・・・。

 

サンタは人間世界のことをほとんど知らず、子どもも静かな寝姿しか知りません。
お金も貨幣経済のことも知らず、いきなり怪しまれて警察署に連れて行かれたりする。
そんなとき彼の味方になってくれるのが、ごく平凡な弁護士とその妻、そして二人の子どもたちです。
子どもがこんなにも騒々しくて言うことを訊かないものだったとは・・・!
と、サンタは始め子どもを嫌いになってしまうのですが、次第に仲良くなっていきます。
そもそも、彼自身がこの人間界では子どもみたいなものなんですよ。
世間知らずで、そして純真なもので。


そして、弁護士夫婦は、もちろんサンタクロースだなんて嘘っぱちだと思いましたが、
その不思議な力を見て、サンタを信じることにします。
そして、ネットで大量のビタミンCの錠剤を発注。
その料金は自分たちで払う覚悟。
いやあ、えらいっ!! 
なんたって、そこが一番の感動だった・・・。
あ、いや、嘘です。
一番なのは、なんと言っても子どもたちの心でした。
結局最大のピンチは子どもたちによって救われるのです。

ハートウォーミングの良い物語でした。

 

パリが舞台なので、サンタがトナカイの空飛ぶソリに乗ってまず降り立つのが
ムーランルージュの屋上だったりする。
なんともしゃれてますなあ・・・。
サンタの国でおもちゃを作る様子もとても楽しいです。
サンタ役が本作の監督・脚本を担っているアラン・シャバ。
そして、その奥さん役がオドレイ・トトゥウです。
ぜひ次のクリスマスに、思い出して見てみてください(^_^;)

<WOWOW視聴にて>
「クリスマス・カンパニー」
2017年/フランス・ベルギー/100分
監督・脚本:アラン・シャバ
出演:アラン・シャバ、ゴルシフテ・ファラハニ、ビオ・マルマイ、オドレイ・トトゥウ

クリスマスの楽しみ度★★★★★
満足度★★★★☆

 


ダウントン・アビー

2020年01月16日 | 映画(た行)

それぞれの人物のそれぞれのドラマ

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私、本作が映画化されると知ったときからうれしくて、待ちわびていました。
大好きです、「ダウントン・アビー」。
とはいえ恥ずかしながら私、リアルタイムでのテレビ放送は見ていませんでした。
友人が凄くいいというのを聞いていて、じゃあ、見てみようかなと思ったのがなんと昨年夏頃。
ちょうどAmazonプライム会員の無料メニューの中にあったのです。
しかし全6シーズン、52話。
すべて見るのにはかなりの日時を要しましたが、すごく面白くてむさぼるように見ました。
それなのでまだ記憶にも新しく、実にタイミングの良い本作公開でした。

ダウントン・アビーは英国ヨークシャーにある貴族の大きなお屋敷です。
テレビドラマの本作の第一回目では、この屋敷の相続権のある男性が
タイタニック号に乗っていて死亡してしまったというところから始まります。
貴族は次第にその財力を失い没落していく・・・そんな時期でもあります。
ここのお屋敷の当主グランサム伯爵には男子がおらず、
3人娘の長女メアリーが相続権のある男子と結婚しなければ、
この屋敷の生活を維持できないという状況になっています。
その第一候補が亡くなってしまった。
さあ、どうする・・・!?



・・・という展開になっていくのですが、このドラマで語られるのはメアリーのことだけではありません。
この屋敷に住む家族のことはもちろんですが、そこで働く使用人一人一人のこともしっかりと描かれます。
愛があり憎しみがあり、第一次世界大戦という大きな苦難の時があり、
また破産の危機や思いがけない家族の死、そして誕生。
ありとあらゆるドラマの要素が多重に重なり合い、そして一人一人の個性もくっきり浮かび上がります。
愛すべきドラマです。

前置きが長すぎますが、つまり本作はそういう流れの中のほんの1シーン。
テレビドラマの最終回から2年後。
英国王夫妻がダウントン・アビーを訪れることとなり、その準備に慌ただしいお屋敷の様子を描きます。
使用人たちは、一世一代とも言うべきこの大きなイベントに大はりきりなのですが、
なんと国王専属の使用人たちが乗り込んできて、
すべて自分たちがやるので、あんたたちは何もするなと言う。
気持ちが収まらない彼らは一計を案じ・・・。
このドタバタ劇が見所の一つ。
そしてもう一つは、またしてもダウントン・アビーの相続問題で一波乱です。
ドラマファンとしては、誠に申し分ない一作でした。

作中私が好きなのは、トム・ブランソン。
元はこの一家の運転手でしたが、3女シビルと愛し合うようになり、
当然周りの大反対に遭うも身分の差を乗り越えて結婚。
ところが、このシビル(自由闊達で、大好きでした!)が長女を産み落として死去・・・。
彼は一時娘を連れてアメリカへ発つも、娘の将来を思い、帰国。
今はグランサム家の大事な家族としてともに暮らしています。
アイルランド出身の庶民。
自身の主義的にも貴族の生活になじむのはかなり抵抗があることだったのですが、
努力の末、頼りにされる一員となっているのです。

そしてもう一人は執事のトーマス。
いえ、始めは大嫌いだったのです。
シニカルで意地悪で何かと言えば騒動のもと。
こんなヤツさっさと屋敷からいなくなればいいのに・・・と、しばらく思っていました。
しかしそんな彼のウイークポイントはゲイであるということ。
今ならまだしも、当時は犯罪でもありました・・・。
そのため、自身でもかなり危ない目にも遭います。
しかし、戦場での彼の決断というのがなかなかすさまじかった・・・。
(戦場から逃げ出すための決断だったのですけれど) 
けれど戦場から戻ってもやはり彼はあまり変わらないのですが・・・、
でも、もしかするとやっと大人になったということかもしれないけれど、
彼の孤独な心も次第に解けていって、落ち着いてきます。
前任の執事長が引退することになり、ようやく彼が執事長に。
ところが本作では国王を迎えるに当たって、トーマスでは経験不足ということになって、
前任者が呼び戻されてしまいます。
これまでのトーマスなら早速嫌がらせを始めそうなところですが、そうはならない。
彼は自分の時間で、ある冒険を体験。
そしてなんと、彼のハッピーエンドなんですよ♡ 
いやあ、良かった良かった・・・。

一人一人見ていけばもっといろいろなドラマがあって、話は尽きないのですが、
こうしたバックボーンを知っていれば本作の楽しさ倍増です。
テレビドラマを見ていない方は、登場人物の関係がわかりにくくて少し戸惑うかもしれません。
だからこそ、やはりテレビドラマを是非オススメします!!

<シネマフロンティアにて>
「ダウントン・アビー」
2019年/イギリス・アメリカ/122分
監督:マイケル・エングラー
脚本:ジュリアン・フェロウズ
出演:ヒュー・ボネビル、ジム・カーター、ミシェル・ドッカリー、エリザベス・マクガバン、マギー・スミス、イメルダ・スウィントン

満足度★★★★★

 


「i」西加奈子

2020年01月15日 | 本(その他)

世界を変えられないとしても

 

 

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アメリカ人の父と日本人の母のもとへ、養子としてやってきたアイ。
内戦、テロ、地震、貧困……世界には悲しいニュースがあふれている。
なのに、自分は恵まれた生活を送っている。
そのことを思うと、アイはなんだか苦しくなるが、どうしたらいいかわからない。
けれど、やがてアイは、親友と出会い、愛する人と家族になり、ひとりの女性として自らの手で扉を開ける――
たとえ理解できなくても、愛することはできる。
世界を変えられないとしても、想うことはできる。
西加奈子の渾身の叫びに、深く心を揺さぶられる長編小説。

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西加奈子さんの物語に登場する女性はいつも強烈な個を持っています。
本作の主人公アイはシリアで生まれ、
物心つく前にアメリカ人の父と日本人の母の元へ養子として引き取られます。
そこそこ裕福な家で、何一つ不足ない生活。
しかも小学校まではアメリカ暮らし。
となればさぞかし自由に育ったことだろうと思うのですが、
なぜか彼女は人より目立とうとか自分の意見をはっきり言うことが苦手なのでした。
その後日本で暮らすようになり、こちらの暮らしの方が彼女には楽そうに思えるのですが、
しかし、彼女の容姿があまりにも際立っていて、なかなかなじめないのです。
そんなとき、何も頓着しないように普通に話しかけてきたのがミナ。
やがて二人は親しくなり、後には生涯を通じる親友となっていきます。

 

養子にもらわれてこなければ、シリアで今頃自分はどうなっていたかわからない。
シリアに限らず世界中のどこかで内乱や戦争はいつも起こっているし、
災害や思いがけない事故・・・、理不尽な死はどこにでもある。
しかるに自分はこんなに恵まれた生活をしていて良いのか。
死ぬのは自分だったかもしれないのに・・・。
彼らと自分はどう違うというのか・・・。
こうした思いに常に囚われるアイ。
両親と血のつながりがないことで、
自分の立場がより一層寄る辺ないものに思えてしまうのでしょう。


すなわちこれはアイのアイデンティティの物語。
普通の中に埋没してしまいたい、目立ちたくない・・・と思い続けたこのアイが、
それでもやはり輝くような個性の持ち主なのです。
多くの理不尽な死のことを私たちも時には思う。
けれどこんな風に突き詰めて自分のことのようにはなかなか思えないです。

 

そしてまたその個性を限りなく慈しみ愛してくれる人たちの存在もいいなあ・・・。
両親はもちろん、ミナとそして夫となるユウ。
アイとユウ、すなわち I と YOU ですね。
とすればミナは ALL か。
つまりアイデンティティは自分だけではなく、
周りの人々とのつながりがなくては成り立たないということなのかもしれません。

このような一人の「個」が、皆で何かを思うとき、もしかしたら世界は変えられるのかもしれない。
いえ、変えられないとしても、思い続けることはやはり大事と思いたい・・・。

「i」西加奈子 ポプラ文庫   (単行本にて)
満足度★★★★★