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「新世界より」 貴志祐介

2009年10月20日 | 本(SF・ファンタジー)
新世界より (講談社ノベルス キJ-) (講談社ノベルズ)
貴志 祐介
講談社

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第29回日本SF大賞受賞作。
貴志祐介といえば、「黒い家」、「青の炎」、「硝子のハンマー」・・・。
私自身、さほど彼のファンという自覚はないのですが、結構読んでいるのでした。
とても読者をその世界に引き込むのがうまい方だと思います。


この物語の「新世界」とは、今から約1000年後。
人類は、『呪力』を手に入れています。
呪力とは、すなわち念動力、サイコキネシスというヤツですね。
このことをテーマとしたSFは多々あります。
でも、この作品で際立っているのは、
多くの人がこの力を手に入れたがゆえに、
世界が壊滅しかけ、
そこから生き延びた人々がどれだけこの怖ろしい力を抑制しつつ
『平和』を保っているのか・・・、
そんな有様が素晴らしい筆力で描かれているところです。


自ら手を出さなくても、念じるだけでモノを動かすことができる。
つまり人を攻撃することもできるのです。
悪意を持ったものが、人並み以上のそんな力を手に入れたとしたら・・・。
とても怖ろしいことですね。
大量虐殺なども簡単にできてしまう。
そんなことで、人類は滅びかけてしまうのです。
かろうじて生き延びた人々は、こんなことがまた起こらないように、
その力を使うのにあたって、
あえてリスクが生じるようなシステムを作り上げる。
それは、ヒトに向かって攻撃するような呪力を発動した場合には、
自分をも傷つけてしまうという仕組み。
これは強力な自己暗示によるものなのですが、
子供が成長し、呪力を使い始める時の儀式として、この暗示を受けるのです。
う~む。なかなか説得力のある仕組みなんですね。
これらは長々と解説があるわけではなくて、
主人公の少女、早季の体験を通じて語られるので、
すんなりと入ってきます。
そうであれば、この時代は、もう理想の世の中になっているのかといえば、
やはりそうではなく、
二度とまたそんな事態が生じないようにと、徹底した管理社会となっている。
呪力が弱いもの、少しでも力を抑制できないものなどが無情にも排除されてゆく。
こんな社会で、力強く成長し生き抜いてゆく早季や、
その幼馴染の覚たちの、わくわくする冒険ストーリーなのです。

さて、この『新世界』の様相はタダモノではありません。
かつて栄えたという「東京」は、
核のために誰も寄り付かない廃墟と成り果てている。
生物相も変わり果て、見たこともない不気味な生き物に満ちています。
この生き物の描写がなかなかリアルで、
まるで図鑑を見ているようでもあります。
また、おかしな生物かと思いきや、それは図書館の情報端末機だったりする。
不可思議で興味深い世界。

そして、重要なのは、人類に奉仕するためのイキモノとして
「バケネズミ」というのがいるのです。
ヒトの子供くらいの大きさで、ネズミが進化したような感じ。
ただし、知能はかなりあって、
普段はバケネズミ同士、わけのわからない会話を交わしているのだけれど、
中には人間と話ができるものもいるのです。
顔は醜く、人が嫌がるような汚れ仕事をしている。
一族でコロニーをつくり、
穴倉の中で女王を中心とした階級社会を築いている・・・。
この「バケネズミ」の存在がストーリーに大きく関わってきますし、
ラストで、また、私たちは言葉を失うような事実を知ることになります。

どうぞこの強烈な「新世界」を、あなたも冒険してみてください。
950ページとういうたっぷりのボリュームなのですが、
全く退屈せず、読み進んでしまいます。
ただし、この厚みは、本を支えページを開いているのも大変なので、
できれば分冊にしてほしかったと思うのですが・・・。

1000年の後、変わり果てた世の中でも、
やはり少年少女の瑞々しい心、生きていく力、こういうものは健在です。
だからこそ、私たちは彼女らを愛さずにいられない。

満足度★★★★★


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