映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「眩 (くらら)」朝井まかて

2019年01月19日 | 本(その他)

おひとりさまの心意気

眩 (くらら) (新潮文庫)
朝井 まかて
新潮社

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あたしは絵師だ。
筆さえ握れば、どこでだって生きていける―。
北斎の娘・お栄は、偉大な父の背中を追い、絵の道を志す。
好きでもない夫との別れ、病に倒れた父の看病、厄介な甥の尻拭い、
そして兄弟子・善次郎へのままならぬ恋情。
日々に翻弄され、己の才に歯がゆさを覚えながらも、彼女は自分だけの光と影を見出していく。
「江戸のレンブラント」こと葛飾応為、絵に命を燃やした熱き生涯。

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葛飾北斎の娘、お栄については「百日紅(さるすべり)」のアニメで見ました。
それで、こちらは読まなくてもいいかなあ・・・などと思っていたのですが、
文庫本にはやはり手が伸びてしまいました。
「百日紅」は一時期のお栄さんが描かれていますが、
こちらは北斎とともに生きるお栄のほぼ一生が描かれます。


お栄さん、一度は結婚もしたのですが、すぐに別れて戻ってきてしまいました。
というのも、彼女は嫁いでも絵を描くことに一生懸命で、
家事など全くする気がなかったのです。
そんなことに文句をつける夫なんか知るもんか!とばかりに、
さっさと飛び出してきてしまった。
そうして幾人かのお弟子さんたちと共に、
北斎の絵を手伝ったり、自分の絵を描いたり・・・。


というわけで、「百日紅」でも描かれていた、
この時代では珍しい、自分の才覚で生きる独身女性の生き様の物語になります。
今、彼女が注目されるのも、こうした生き方に共感する人が多いからなのでしょう。
北斎は当時でも有名な絵師なのですが、
いつも借金を抱え、ギリギリの生活をしていたようなのです。
というのも、彼の孫、お栄にとっては甥の時太郎というのが
とんでもない悪ガキで、手に負えず、奉公に出してもそこを飛び出してしまって、
悪い仲間と付き合い始めた・・・。
博打などでお金をスッては「北斎」の名を出して借金をする。
その借金取りがいつも北斎のところに押しかけて有り金を持っていってしまう・・・と
そのようなことだったらしいです。
まあそれにしても、とにかく絵を描く環境だけがあれば良くて、
贅沢をしたいなどと全く思わない北斎父娘なのですが。

ずっと独身とは言っても、お栄にも想い人がいないというわけではありません。
会えばつい減らず口を叩いてしまうけれど、
いつもお栄を励まそうとしてくれる善次郎に実は心が動いている・・・。
だけれども彼にはちゃんとした相手がいたりして・・・・。
後には何年も顔を合わせなかったりする人ではありますが、
その人が亡くなったと聞いたときのお栄。
そして、父として、師匠として敬愛する北斎を見送ったお栄・・・。
独り身でこういうときの思いはいかばかりかと、
こちらまで切なくポッカリと胸に穴が空いたような心地がしてしまいました。
・・・だけれども、それでもやはり彼女は筆を執り、絵を描く。
おひとりさまの心意気!!

「眩 (くらら)」朝井まかて 新潮文庫
満足度★★★★☆

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家(うち)へ帰ろう

2019年01月18日 | 映画(あ行)

帰るべき場所

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アルゼンチン。
ホロコーストを生き抜いたユダヤ人、88歳のアブラハムを
娘たちが高齢者用の施設に入れようとしています。
アブラハムは自分が仕立てたある一着のスーツをみて、故国ポーランドへの旅を思い立ちます。
娘たちにも内緒で、大きなスーツケースと一着のスーツを持ち、
痛めた足を引きずりながら、一人で空港へ。
彼は過去に受けた苦しみのために「ポーランド」も「ドイツ」も口に出すのも嫌で、
ましてやドイツには一歩たりとも足を踏み入れたくない。
そんな老人のアルゼンチン~スペイン(マドリード)
~フランス(パリ)~ポーランド(ワルシャワ)
そして故郷の地へのロードムービーです。

いかにも頑固で偏屈な爺さんなんですよ、アブラハム。
そんな彼が歩くだけでも大変そうで、見ていてもハラハラしてしまうのですが、
各地でいろいろと彼に手を差し伸べる人物が現れるのです。
彼自身は人の手なんか借りたくない、というスタンスですが、
どこにでもちょっとだけおせっかいな人もいるもので。
それも決して押し付けがましくなく、いい感じなのです。
70年前、飛び出したきり戻ったことがなかったポーランドに果たして誰が待っているのか。
ラストの感動はお約束します!

本作中ではユダヤ人収容所の悲惨な様子は描写されません。
両親と愛する妹の死のことがアブラハムから語られるだけ。
でもそれだけ十分です。
懐かしいはずの生まれ育った故郷へも一度も帰らなかったという
アブラハムの心の傷は十分に汲み取れるのです。



けれど叔母を頼ってアルゼンチンに渡り、彼はそこで仕事をし結婚して家族ができ、
今は多くの孫たちに囲まれるようになった。
人間って案外強いですよね。
人の生きる力を馬鹿にしてはいけない。
けれど、そろそろ自分の先行きが見えてきたアブラハムは、
長く忌み嫌ってきた故郷の地に帰ろうと思う。
帰りのチケットなしで彼は旅立ちます。
何があっても故郷というのは特別なのだと思います。
70年過ごした地よりもなお、そこが帰るべき家(うち)と思える場所。


私も、こんな雪などない温かいところに移住したいなあ・・・と思うことはあっても、
決して本気にはなれない。
若いうちならともかく、歳を重ねるとそうなります。

素晴らしい感動作。
オススメです!

<シアターキノにて>
「家(うち)に帰ろう」
2017年/スペイン・アルゼンチン/93分
監督:パブロ・ソラリス
出演:ミゲル・アンヘル・ソラ、アンヘラ・モリーナ、オルガ・ボラズ、ユリア・ベアホルト、マルティン・ピロヤンスキー
お助け度★★★★★
満足度★★★★★

コメント (1)

シュガー&スパイス 風味絶佳

2019年01月16日 | 映画(さ行)

男に必要なのは、優しさとタフさ。

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東京、福生市。
高校を出て“とりあえず”ガソリンスタンドで働いている志郎(柳楽優弥)。
新しいバイトとして入ってきた女子大生・乃里子(沢尻エリカ)と出会い、
やがて親しくなっていきます。
乃里子は、元カレ矢野のことを忘れられないでいたのですが、
志郎の優しさに安らぎを覚えるようになっていきます。
志郎は「あなたが19歳になったら一緒に暮らそう」という乃里子の言葉を信じていましたが・・・。

志郎は別に勉強ができないわけでも、学費を出してもらえないほどの貧乏でもありません。
ただ、なんとなく流れに沿って大学へ行く必要性を感じていなかった。
真摯に自分のことを考えるヤツなのですね。
それはおそらく彼の祖母(夏木マリ)の影響でもありましょう。
若い頃、目の青い人と恋をして、そして別れたという過去を今も引きずり、
実は密かに彼がいつか帰ってくるのではないかと思いつつ年令を重ねてしまったという祖母。
彼女の思考は日本人離れしていて自由で奔放です。
今もバーを営んで若い恋人を持ちながら生活している。
そんな彼女は、両親の反対を押して、
進学せず“ガス・ステーション”で働いている志郎に味方してくれているのです。


まだ18歳の志郎にとって、ちょっとだけ年上の乃里子が初恋。
だがしかし・・・。
まあ、初恋はたいてい失恋に終わるものです・・・。
はじめ二人を応援していた祖母も、恋破れた志郎には、こんなふうにいいます。

「試着して服が合わなかったら、買わないでしょう。
あんたは、返品されたんだよ・・・。」

あんまりないいようではありますが、でもこんなことも。

「男に必要なのは、優しさとタフさ。
あんたは優しいだけで、まだタフさがない。」

確かにね・・・。
本当の大人の恋はままごととは違う、と。

2006年作品で、あの「誰も知らない」の柳楽優弥くんの硬質な少年っぽさがまだ残る、柳楽優弥さん。
これもまた一つの通過点で、
よくぞこの時を作品として残してくれました!!といいたくなる、貴重な作品であります。
確かに、このときの柳楽優弥さんは「優しい」イメージ。
そして、今の柳楽優弥さんは、見事にタフさをも身につけているように思えるのですね。
そんなことが感じられる、まさに今見る価値大の作品。


志郎の悪友の一人が濱田岳さん。
ガソリンスタンドの所長が大泉洋さん、
というところもナイス!

シュガー&スパイス 風味絶佳 [DVD]
柳楽優弥,沢尻エリカ,大泉洋,チェン・ボーリン,木村了
フジテレビ




<WOWOW視聴にて>
「シュガー&スパイス 風味絶佳」
2006年/日本/125分
監督:中江功
原作:山田詠美
出演:柳楽優弥、沢尻エリカ、夏木マリ、大泉洋、濱田岳

初恋の切なさ度★★★★☆
初々しさ★★★★★
満足度★★★★☆

 

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「ストリート・キッズ」ドン・ウィンズロウ

2019年01月15日 | 本(ミステリ)

青春探偵物語

ストリート・キッズ (創元推理文庫)
Don Winslow,東江 一紀
東京創元社

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1976年5月。
8月の民主党全国大会で副大統領候補に推されるはずの上院議員が、
行方不明のわが娘を捜し出してほしいと言ってきた。
期限は大会まで。
ニールにとっての、長く切ない夏が始まった…。
プロの探偵に稼業のイロハをたたき込まれた元ストリート・キッドが、
ナイーブな心を減らず口の陰に隠して、胸のすく活躍を展開する。
個性きらめく新鮮な探偵物語、ここに開幕。

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やはりまだドン・ウィンズロウ&東江一紀を読みたくて、この本を手に取りました。
これはなんと、ドン・ウィンズロウのデビュー作。
あの「犬の力」の麻薬カルテルの話からすると、
コミカルで、あれ程の殺伐さもないので楽しく読めました。
ただし、ドキドキハラハラさせられるのは同じです。

「ストリート・キッズ」は言うまでもなく帰る家のない子供たちのことですが、
本作の主人公ニール・ケアリーは、ねぐらになる家がないわけではなく、
心休まる家庭がなかったのです。
父親はおらず、母親は麻薬中毒で何日も戻らないこともあります。
食べ物もお金もない状況で、ニールはスリなどをして稼ぐしかなかった。
そんな少年を拾ったのが探偵のジョー・グレアム。
ニールを放って置けないと思った彼は、
ニールにしっかりとした生活習慣とプロの探偵としての技術を叩き込みます。
この辺のことも詳しく描かれていて、なかなか面白いのです。
そして成長し、大学院で英文学を学びつつ探偵業をしているニールのもとに飛び込んできた依頼。
上院議員のあばずれ娘が行方不明のため、
彼女を探し出して、連れ帰ってほしいというのです。
どうやらロンドンにいるらしいということくらいしかわからない。
ニールは不本意ながらロンドンへ・・・。

そこで出会うのも、気のいいやつやら危ないやつやら、
いろいろそれぞれでなんとも楽しい。
いえ、一番楽しいのはニールとグレアムの会話なんですけどね。
お互いに減らず口の応酬。
しかしそれは互いを親しく思い信頼しあっているからこそ、というのはすぐに分かります。


ケンカもメカにもからきし弱いニールですが、
その頭脳と勇気で難関を切り抜けていく。
誠に胸のすく冒険物語。
このシリーズは他にも4冊出ていまして、ボチボチと読んでいこうかと思います。


「ストリート・キッズ」ドン・ウィンズロウ 東江一紀訳 創元推理文庫
★★★★☆

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喜望峰の風に乗せて

2019年01月14日 | 映画(か行)

海の男の感動ドラマではありません。念のため。

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「実話に基づく海洋冒険ドラマ」と何かの紹介文にあったのですが、ウソウソ。
これを「冒険ドラマ」といってしまうのは違うと思うのです。
少なくとも海の男の感動ドラマでは、ない。

1968年イギリス。
ヨットによる単独無寄港世界一周を競う、ゴールデン・グローブレースが開催されることになりました。
華々しい経歴を持つセーラーたちが参加する中、
航海計器の会社を経営するビジネスマン、
ドナルド・クロウハースト(コリン・ファース)が、名乗りを上げます。
彼は自身の設計したヨットで航海に乗り出しますが・・・。



クロウハーストは、会社の経営状況が悪く、賞金を稼ぎたい思いがあったのです。
成功すれば会社の宣伝にもなります。
ところが彼はこれまで趣味で近海を航海したことはあっても
外洋に乗り出した経験はなかったのです。
船を作る資金はスポンサーを見つけてどうにか工面できました。
しかし、もしこのレースをやり遂げられず途中棄権などした場合には
彼の会社もその他の資産もすべて投げ出すという契約・・・。



レースは一斉に出発するのではなく、参加者各々のタイミングで出発し、
世界一周して戻ってくるまでの期間の長さで成績を決めるのです。
資金もそこそこ、準備期間もほとんどない状態で、クロウハーストの出発は遅れに遅れるのですが、
スポンサーからせっつかれて、やめるわけにも行きません。
ついに出発の日。
しかしそこには旅立ちの高揚感は全く見られないのです。
結局船は欠陥だらけのポンコツ。
不安ばかりがクロウハーストの胸を占める・・・。



海洋冒険ドラマかと思っていた私は、すっかり予想を裏切られた展開になってしまいましたが、
この暗澹たる心の迷路をゆくドラマにはそれなりに引き寄せられました。
1968年という時代性がミソの話でもありますね。
今ならGPSで、船の位置など自分より先に当局の人が知ることすらできる・・・。

つまりは人間の強さではなく、弱さを描くドラマでした。
実話を基にしているというところが妙に納得させられます。


<ディノスシネマズにて>
「喜望峰の風に乗せて」
2017年/イギリス/101分
監督:ジェームズ・マーシュー
出演:コリン・ファース、レイチェル・ワイズ、デビッド・シューリス、ケン・ストット
迷走度★★★★☆
満足度★★★☆☆

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