映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

マンハッタン無宿

2009年06月30日 | クリント・イーストウッド
マンハッタン無宿 [DVD]

ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン

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マカロニウエスタンとダーティハリーの中間点

          * * * * * * * *

こんにちはー。
あれ、こんなところに出てくるんですか?
はあ、なぜか突然、往年の名作・スターシリーズは私たちが登場することにしたようです・・・。
で、当分クリント・イーストウッドなんですね?
そういうことで・・・。


さて、そろそろ、西部劇はもういいから、
普通のドラマのイーストウッドが見たい、と思ったんですよね。
はい、そこでこれがおあつらえ向きです!
これね・・・。
イーストウッドは、アリゾナ州の保安官補のクーガン。
時代は現代。
といっても、60年代だけどね。
これがやっぱり、「夕陽のガンマン」の後をモロに引きずって、
カウボーイハットにウエスタンブーツ。
この彼が鉄砲玉みたいな性格で、上司の言うことなんか全然無視。
その彼が、ニューヨークで逮捕された凶悪犯を
アリゾナに護送する仕事をすることになるんですね。
アリゾナのド田舎から、
初めて大都会ニューヨークに出てきた・・・、という設定のわけです。
カウボーイハットの彼を見て、
ニューヨーカーはみな、テキサスから来たのか?と言う。
そう、誰もがみな口をそろえたように。
何度も出てくるこのセリフがおかしいんだよね。
クーガンも、ムキになっていちいちアリゾナだ、という。
で、まあ、ニューヨークでもやっぱり、
お偉いさんのいうことなんか聞かない。
強引に連れ帰ろうとした凶悪犯に逃げられて、
再度捕まえなければならない・・・と、そういう顛末ですね。

ストーリーはどうってことないんだけれど、
これってつまり、イーストウッドの、
マカロニウエスタンからダーティ・ハリーに向かう、ど真ん中、
中間地点の作品、というところに意味があるんだな。
あ、そうか、この監督、ドン・シーゲルが、
ダーティ・ハリーの監督なんだね。
だけど、ここに出てくるイーストウッドは・・・。
なんだかね。
やっぱり、マカロニウエスタンの方がカッコイイと思ってしまった。
ニューヨークよりも、荒野の方が似合う。
オートバイよりは馬だ・・・。
そんな印象が残ってしまうなあ。
これまでの印象を守ろうとしすぎたことが、逆に失敗なんだな。
イーストウッドはもっと年をとったほうが渋みが出ていい感じ。
若ければいいというものでもないわけね・・・。

しかし、この邦題はいいねえ。
「マンハッタン無宿」。
原題はCoogan’s Bluff
いってみれば、「クーガンのハッタリ」・・・というところかな?
やっぱり、邦題の方がいいね。
なにやら西部劇のイメージを残しつつ、
マンハッタンだから舞台は都会・・・、
そういう内容をうまくいい得ている。
原題よりいいってのはすごい


1968年/アメリカ/93分
監督:ドン・シーゲル
出演:クリント・イーストウッド、リー・J・コッブ、スーザン・フラーク、ドン・ストロード

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センター・オブ・ジ・アース 

2009年06月29日 | 映画(さ行)
時には無邪気にアドベンチャー

         * * * * * * * *

実は3D映画であるこの作品、DVDで普通に観たのはちょっと残念。
公開時、興味はあったのですが、
すべて日本語吹き替え版というのが、いかにも子供向けという感じで、
観損ねてしまっていました。


これは、いうまでもなく
ジュール・ヴェルヌの「地底旅行」を下敷きにしています。
地質学者トレバー(ブレンダン・フレイザー)は
兄の意志をついで地質学を研究していました。
あるとき、甥っ子のショーン(ジョシュ・ハーッチャーソン)を連れて
アイスランドへ調査に行くことに。
山岳ガイドにハンナがつき、この3人の驚くべき冒険が始まります。

彼らは、世間では単に空想物語と思われている
ヴェルヌの地底旅行をなぞることになるのですね。
地底の世界へ通じる竪穴に落ち、どこまでも下へ下へと降下してゆく。
地底世界の描写がなんとファンタスティックであることか。
この映画は、ストーリーがどうこうというよりも、
テーマパークのアトラクションを楽しむ感覚で観ればよいのです。
・・・となると、やはり3Dでないのは返す返すも残念。

まず遭遇するのが、うす青く発光する小鳥の群れ。
巨大なキノコの森。
地底に広がる広大な海。
奇妙で獰猛な魚たち。
その魚を追う首長竜。
不気味な巨大食虫植物。
極め付きに出てくる獰猛なティラノザウルス。

わくわくしますね。
このわくわく感は、子どもだけのものにしておくのはもったいないです。
時にはこんな作品もいいものです。

「ハムナプトラ」でおなじみの、ブレンダン・フレイザーもいいですし、
このショーン少年は、絶対どこかで見た!とおもったら、
「テラビシアにかける橋」の少年でした。
うん、いい感じ。

勇気ある少年。
美人で賢くたくましい女。
たくましくはあるけれど、やや弱気の男。
(こういう設定がやはり現代的!)
まあ、ともあれ、アドベンチャー物語の王道ですね。

センター・オブ・ジ・アース [DVD]
ブレンダン・フレイザー,ジョシュ・ハッチャーソン,アニタ・ブリエム,セス・マイヤーズ,ジャン=ミシャル パレー
ジェネオン エンタテインメント


「センター・オブ・ジ・アース」
2008年/アメリカ/92分
監督:エリック・グレヴィグ
出演:ブレンダン・フレイザー、ジョシュ・ハッチャーソン、アニタ・ブリエム

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「モノレールねこ」 加納朋子

2009年06月28日 | 本(その他)
モノレールねこ (文春文庫)
加納 朋子
文藝春秋

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加納朋子さんが続いていますが、
これはこの間の「駒子シリーズ」とは別の短篇集です。

この本はもうミステリではありません。
帯に曰く
「ふとしたときに気づかされる大切な人との絆。
 日常のありふれた風景に、心動かされる珠玉の8篇。」


表題の「モノレールねこ」
小学生サトルは、ねこの首輪に挟んだ手紙で、「タカキ」と文通をします。
モノレールねこというのは、
野良ねこのくせに、妙にみっともなく太ったねこ。
塀の上に座って、両脇から垂れた脂肪でがっちり塀をつかんでいる姿は、
まさに「モノレール」。
このねこは律儀にサトルの家とタカキの家を交互に訪れているらしい。
文通で友情を育んでいく二人なのですが、
ある日、モノレールねこは交通事故にあって死んでしまいます。
相手のフルネームもわからないまま、突然終わってしまった二人の文通。
さて、それから十数年の後・・・。
サトルとタカキの文通が楽しいのです。
テンポよく話が進んで、意外なネコの死。
・・・そうして成長した彼らの意外な出会い。
切なくて、そしてまた、うれしい物語でした。


この文庫の解説で、吉田伸子氏が言っています。
この本に収められた8編には
「物語に登場する人物たちが"誰か"を、あるいは"何か"を喪失する」
という共通点がある・・・と。
だからどの作品もちょっぴり切ないのです。

ある日突然父母祖父母を亡くしてしまった「マイ・フーリッシュ・アンクル」。
5歳の娘を亡くした「セイムタイム・ネクストイヤー」。
これなどはもう、ほとんどカジシンかという雰囲気です。


そして、ラスト「バルタン最後の日」には驚かされますよ。
なんと、語り手はザリガニ。
池から釣り上げられて、
ある一家に飼われることになったザリガニがその家族を観察。
一見平和な一家なのですが、実はちょっと困った問題が・・・。
でも、お母さんが何とか乗り越えようと奮闘しています。
ほのぼのしていた話が、次第にザリガニの愛と勇気のお話になるんですよ。
泣けます。
・・・変だけど、泣けます。


なにやらほんのりとユーモアが漂い、
切ない題材ながらも、心が温まる感じがする。
素敵な作品群です。

加納さんはミステリでないほうが持ち味を発揮できるのではないでしょうか。

満足度★★★★★
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劔岳 点の記

2009年06月27日 | 映画(た行)
命をかけた苦難の果てにあるもの

             * * * * * *

明治40年。
陸軍の陸地測量部、柴崎が、
日本地図最後の空白地点を埋めるため、
富山県立山連峰、劔岳の頂点を目指す物語です。
劔岳は霊峰であり、付近の村では登山はタブーとされていたのですね。
その険しさももちろんですが、
そういう理由もあって、それまで前人未踏となっていた山なのです。

ところがその測量隊が登山計画を始めたのと時を同じくして、
創立間もない日本山岳会でも、登頂を目指すことになった。

柴崎は、仕事として頂上を目指すだけなのに、
陸軍のトップからは、
民間の遊び半分の山岳会なんかに絶対遅れをとってはならない、との厳命が下る。
このあたりが実に、時代色を感じるところです。
全く、そんなことで見栄を張ってどうする・・・、といいたくなりますが。
ただ、それまでは登山には宗教的な意味はあったかも知れませんが、
『スポーツ』的な意味はなかったというわけですね。
欧米からようやくスポーツ・冒険という意味での登山の捉え方が入ってきた、
そういう時代なのです。


見渡す限り、山また山・・・。
大自然の中で、人間はゴマ粒のようにちっぽけです。
一体何のために山に登るのだろう・・・、
柴崎は一時そのような疑問にとらわれるのですが、
まさに、私たちもそう感じてしまうでしょう。
答えは多分一人ひとりの胸のうちにある。
人は何かの目的に向かって、歩み続けずにはいられないものなのかもしれません。
山の頂上というのは、誰もが認める目に見える到達点ですものね。
努力と苦労の果ての幸福感、充実感。
この一瞬を人は目指す。
こうした思いは結局測量隊であっても、山岳会であっても、同じ。
だから共感できちゃうのでしょう。


ため息が漏れるほどに、峻烈で美しい山の風景。
眼下に広がる雲海。
時にはまばゆい雪に覆われ、時には木々の紅葉にそまる・・・。
すばらしいホンモノの映像でした。

それと同時に、
キャストやスタッフのこの撮影のご苦労も身にしみて察せられます。
よくぞ、あの大荷物を背負ってあの険しい道を登りましたこと・・・。
また、今なら登山の装備も軽くて暖かく、相当進歩していますが、
当時は大変ですね・・・。
とくに、香川照之は、あの壮大な荷物、見ていて同情してしまいましたが・・・。
(中身は空だった・・・なんてわけでもなさそうですし・・・。)
浅野忠信の力の入り過ぎない飄々とした演技もいい。
けれど、その奥底の情熱がだんだん見えてくるんですよ。
プロの仕事の美しさ、そういうものも感じました。

私は立山黒部アルペンルートは10年ほども前に、観光で行きました。
今ではある程度のところまでなら、乗り物で簡単に行けてしまう。
こういうのも、そういう先人たちの苦労のおかげというわけなのですね。

この日は、「愛を読むひと」との二本ハシゴ。
どちらも、極上品。
幸せな一日でした。

2009年/日本/139分
監督・撮影:木村大作
原作:新田次郎
出演:浅野忠信、香川照之、松田龍平、中村トオル、宮崎あおい


[trailer] Mt Tsurugidake


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続・夕陽のガンマン

2009年06月26日 | クリント・イーストウッド
続・夕陽のガンマン [DVD]

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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三つ巴のだまし合い

            * * * * * * * *

「夕陽のガンマン」の続編。
・・・とはいっても、監督や出演者がかなり重なりますが、
全く別物の話です。
私は、前作の設定そのまま、
マンゴと大佐が別の賞金稼ぎをする話だと思っていました・・・。

この作品の原題は”The Good The Bad and the Ugly”
(本当の原題はイタリア語ですが)
言ってみれば、「善玉、悪玉、卑劣漢」というところ。
つまり、善玉ジョー(クリント・イーストウッド)、
悪玉テュコ(イーライ・ウォラック)、
卑劣漢セテンサ(リー・ヴァン・クリーフ)、
この三人の三つ巴の騙し合いが繰り広げられるのです。

この中ではテュコがやや三枚目役となっていて、私たちを楽しませてくれます。
でも、銃の腕は確かですよ。

この三人は同じお宝、ある墓場に隠された20万ドルを捜し求めているのです。
それぞれ、時と場合により協力し合ったり、騙しあったり。
それも命がけ。
最終的にはその墓地で3人の決闘が始まります。


この作品で特徴的なのは、南北戦争が舞台となっているところ。
ジョーとテュコは、思想的にどちらかに属していたりはしません。
おかまいなく南軍に化けたり、北軍に紛れ込んだりします。
しかし、あまりにも無意味に大勢の兵士が死んでいくのを見て、
一計を案じるのです。
まあ、この二人も相当むやみに人を撃ち殺していますから、
あんたたちに言われたくない・・・と、思わなくもないですが、
ちょっぴり戦争に対しての皮肉を交えているあたりが、ミソといえばミソ。
いいシーンではありますが、
このために、作品がやけに冗長になってしまい、
西部劇としての締まりにかけてしまった感もあります。


さて、最後に20万ドルを手にするのは誰なのか。
まあ、ほとんど答えは出ておりますが。
ここでは、ジョーが「善玉」ということになっているのですけれど、
果たしてそうなのか?
最後にテュコが叫ぶ言葉のほうが、真実のようです。

ところで、この邦題に戻りますと、
なんで「夕陽のガンマン」なんでしょうね・・・?
内容とも、原題とも離れていて、ただのフィーリング。
しかも2作。
それなのに、立派に通用させてしまいましたねえ。
恐るべし、このネーミング。

1966年/イタリア/155分
監督:セルジオ・レオーネ
出演:クリント・イーストウッド、イーライ・ウォラック、リー・ヴァン・クリーフ

The Good, The Bad & The Ugly - Theatrical Trailer


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「短篇ベストコレクション/現代の小説2009」 日本文藝家協会編

2009年06月25日 | 本(その他)
短篇ベストコレクション―現代の小説〈2009〉 (徳間文庫)

徳間書店

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アンソロジーは実は苦手感があります。
1人の作家の短篇集ならばよいのですが、
アンソロジーはいろいろな作家の短篇集。
それぞれ確かに面白い作品ばかりなのですが、それだけに個性たっぷり。
それぞれの作家の紡ぎだす世界に入り込むまでに、
結構エネルギーがいるんです。
それを何度も繰り返すのが、つらくなってしまうことがあります。
それだから特に、ミステリのアンソロジーは、あまり読まなくなりました。

ところがこの本のラインナップ。
私に馴染みのある作家だけでも、

伊集院静、高村薫、森絵都、角田光代、伊坂幸太郎、
恩田陸、石田衣良、江國香織、あさのあつこ、
大沢在昌、鈴木光司、高橋克彦・・・

まあ、なんと豪華なのでしょう。
これに目がくらんで、買ってしまいました。
しかし、さすがです。
前述のわずらわしさはあまり感じることなく、
大変楽しくするすると読み終わりました。
どれもそれぞれにいいのですが・・・。


高村薫「明るい農村」

不思議な印象の残る話です。
実に寂れた農村なのですが、
村おこしのため「気球の里」というキャンペーンを起したことがあった。
それは実のところ「気球」ではなくて、
「巨大な風船」というべきもので、
ヘリウムをつめたその風船が山から田んぼの方へ
浮き沈みしながらゆっくりと転がってくる。
そんな光景を売り物にした時期があったけれど、
すぐに飽きられて、終わり。
村の老人たちが、そんな思い出話をしているのです。
しかし、このイベントを進めた変わり者の男、
その双子の息子たちのその後・・・、
その山へ入ったきり帰らない人々・・・。
謎が謎のまま終わり、なにやら幻想めいた伝説のよう。
きちんと答えの出ない、ミステリ。
こういうのもなんだかいいですね。


新野哲也「嫁はきたとね?」

私にははじめての作家だったのですが、
実はこの本の中ではこれが一番気に入りました。
夏彦は、読み書き障害(ディスレクシア)なのです。
決して知能が遅れているわけではない。
文字が意味のない模様にしか見えない。
でも記憶力や手先の器用さは人並み以上。
そんな彼は
「ハイキングにきた小学生のようなのんきな顔をしている。」
でも、この障害のために、まともな職にはつけないでいるのです。
兄晴彦は端正で思慮深いエンジニア。
それで、夏彦は山奥に電柱を立てる兄の仕事を手伝っていたのですが・・・。
あるとき、電柱を立てる仕事はこれで終わりだから、お前はこの山に残れ、
と兄は言うのです。
意地悪ではないんですよ。弟の性格を良くわかっている兄は、
弟は都会に戻っても不幸だと感じたのです。

ここには老夫婦がいて、蕎麦畑を作っていたのですが、
もう作業をすることもつらくなっているので、夏彦が手伝うことに。
農作業は大変なことばかりですが、
あたり一面の蕎麦の白い花。
飛び交うミツバチたち。
こんな雄大な風景の中で生きていく幸せがのびやかに描かれています。
無理をしない等身大の幸せの形。
素晴らしい読後感です。
ただ単に田舎のエコライフを推奨しているのとは違うんですね。
しっかりと骨太の、生活観がある。
しかも、泥臭くない。
こういうところに筆力を感じました。
この、弟をしっかり理解しているお兄さんもいい感じ。


こんな風に、普段馴染みのない作家と出会えるのも、
アンソロジーのよさですね。
ちょっと、認識が変わりました。
他にも、いろいろな趣向で楽しめる作品満載。
この本は毎年出ているんですね。
バックナンバーを読むところまではどうかと思いますが、
今後は毎年買うことになりそうです。

満足度★★★★☆
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愛を読むひと

2009年06月23日 | 映画(あ行)
孤高なハンナの生き様に心が揺り動かされる

          * * * * * * * *

ベルンハルト・シュリンクの原作、「朗読者」は、
ベストセラーとして話題になっていた頃に読みました。
だから、この映画の一番のミソの、ハンナの秘密は知っていました。
でも、そんなことはさしたる問題ではなく、引き込まれて観ました。
それはここに登場するハンナの鮮烈な生き様に圧倒されるから・・・。
見終わった後、ややボーっとしてしまうくらいに上質な作品です。
「泣ける」というのとはちょっと違うのですが、魂が揺り動かされる気がします。


1958年ドイツ。
15歳マイケルが21歳年上のハンナという女性と初めての情事を持ちます。
意志の強そうな大人の女性ハンナは、
マイケルを「坊や」とよび、本の朗読を課します。
初恋に燃え上がるマイケル。
朗読と情事にくれる一夏。
しかしそんなある日、彼女は忽然と姿を消してしまいます。

その後、1966年。
マイケルは大学で法律を学んでいます。
なんと法廷の被告席にいるハンナを見つけるのです。
それは、ナチスに加担したものに対する裁判。
しかし、そのこととは別に、
マイケルはハンナが必死に隠し通してきた彼女の秘密に気づくのです。

美しい青春の愛と挫折。
始まりはそんな風です。
ここの情事は結構濃密でありながら、ちょっと切なくキレイですね。
しかし、ふたたび会うことがなければ、
単に美しい思い出として終わったかもしれません。
でも、幸か不幸か、二人の人生はまた交差してしまう。
そして、それはマイケルのその後の人生にずっと暗い影を落とし続ける。

ユダヤ人収容所の看守として務めたハンナですが、
それは与えられた職務だった。
そうした中での責任をどこまで問うことができるのか・・・。
こうしたホロコーストにまつわる部分も
この映画の大きなテーマではあるのです。
でも、もっと大きなテーマは、
このハンナの、凛とした孤高の生き方にあると思います。
何者にも寄りかからず、誇り高い精神。
マイケルは結局彼女のために「朗読者」であることしかできなかった。
でも、それは実は彼女の欠けたところを補う、
とても大切なピースではあったのですね。

なぜマイケルは彼女の秘密を明かすことをしなかったのか。
いろいろなことが考えられます。
ここをはっきり言わずに、見るものにゆだねたところがいいですね。
彼が届けるテープは、つぐないなのか、慰めなのか。
余韻が残ります。

ベッドで本を読む男女。
ずっと忘れられないシーンになりそうです。


さて、ケイト・ウィンスレットは実に見事に「ハンナ」でした。
彼女が持つ強さと弱さをきちんと表現している。
アカデミー賞最優秀主演女優賞。大いに納得です!

<追記>2009/6/27
この映画は、記事にした後もいろいろ考えてしまったのですが、
時間を置くともう少しきちんと見えてきました。
上記文中に『マイケルは「朗読者」であることしかできなかった。』
とあるのですが、
これは、マイケルがあえてそういう選択をしたのですね。
正義感の強いマイケルは、
ユダヤ人を見殺しにしたハンナを許すことができない。
でも、彼にとっては大切な人。
だから、彼はただ単に「朗読者」に徹することにしたのでしょう。
「朗読者」以上でも、以下でもない。
だから、手紙の返事も出さなかった。
しかし、ハンナの出所におよんで、
そこで初めて「朗読者」以上のものにならなければならなくなる。
これでは今までの彼の決意がくずれてしまうので、マイケルは気が進まない。
ハンナはそんなマイケルの心情が読めてしまったのでしょう。

ただ単純に好きで好きで・・・
二人で過ごした美しい時間。
青春の時。
その刹那の貴重さが、改めて胸に迫りますね。


2008年/アメリカ・ドイツ/124分
監督:スティーヴン・ダルドリー
出演:ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス、レナ・オリン


『愛を読むひと/朗読者』日本版予告編 The Reader Movie Trailer


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「レオくん」 萩尾望都

2009年06月22日 | コミックス
「レオくん」 萩尾望都 小学館フラワーコミックス

今年2009年は萩尾望都デビュー40周年だそうで。
ほとんどそのデビュー当時からの彼女のファンの私も、
まあ、年をとるはずですね。
それで、書店でこの本を見かけて、即購入したわけですが、
この本はこれまでの彼女に多い作品傾向とは、やや異なっています。
ネコが主人公のコミカルなお話。


主人公「レオくん」はネコ。
はい、著者が飼っている、シマシマの焦茶の雄ネコ。

第一話「レオくんの小学1年生」では、
なんとレオくんが特別に認められて小学校に入学します。
レオくんは自分が人間だと思い込んでいるわけではないので、
人間の姿をしていたりはしません。
ちゃんとネコです。
しかし、言葉が話せて人と会話ができる。
このあたりは犬やネコを買っている方なら、
案外すんなり受け入れられるのではないでしょうか。
まあ、実際に言葉を話すわけではありませんが、
意外と意志の疎通が図れるものですよね。
まあ、だからファンタジーではありますが、これがなかなか奥が深い。
・・・と、私は勝手に思うのであります。


レオくんはランドセルを背負って、立って歩いて一年生の教室に行きます。
実は、勉強がしたいのではなくて、給食が食べたいだけなのですが・・・。

一時間目はこくご。
レオくんは本を読みたいのではなくて、ボール遊びがしたい。
先生はやさしく言います。
「レオくん 今はこくごだからボールはあとでね」
「レオくん 教室では授業中はちゃんとイスに座ってね」
たちまちたいくつするレオくんに
「レオくん 教室であくびをしてはいけません」
「教室でおかおを洗ってはいけません」
「教室でおしっぽをバタンバタンしてはいけません」

とても素直なレオくんは、いちいち言われたとおりにしようと必死。
やっと休み時間にボールで遊べても、あっという間におしまい。

次の時間はさんすう。
青いお魚のおはじきを4つ並べましょう。
「レオくんそれは赤いお魚ね。青いお魚を並べてね」
「まちがえちゃいけませんよ」
間違えてはいけないといわれ、すっかり緊張してしまい、
おはじきの箱をひっくり返してしまいます。

おしっこがしたいといえば、休み時間に行くものよとたしなめられ、
庭でおしっこをすればしかられ、
教室でお尻をなめてはまた怒られる。
周りの子供たちも、
「おしりなめちゃいけないんだよー。
お庭でおしっこもいけないんだよー。
レオくんていけないんだー」
とはやし立てる。

何をやっても怒られるので泣き出してしまうレオくん。
それでも給食の時間まで我慢我慢・・・。

結局レオくんの学校生活はたったの一日でおわりました。
最後の"お母さん"のセリフ。
「お勉強、向いていなかったのね。ま いいか。ネコだものね」


この物語で、私はちょっとギクリとしてしまったのです。
レオくんと、いま学校で多くなっているといわれている、
ADHDやアスペルガー症候群、
そういう子供たちの姿が重なってしまったのです。
ネコのレオくんに、学校のきまり、
つまり集団生活に都合のいい習慣を押し付けることが
ナンセンスなのと同じように、
特別支援を必要とする子ども達を一つの型に押し込めようとすることは
ナンセンスなんですね。

ネコにはネコの特性がある。
ヒトにもそれぞれいろいろな特性があるのだから、
それに応じた対応をしなくては、お互いの不幸なのではないかと・・・。
著者がそこまで言いたかったかどうかはわかりませんが、
考えさせられる冒頭の一作でした。
それで、すっかりこのレオくんワールドに引き込まれてしまいました。

この、レオくんが一生懸命になればなるほど失敗ばかりのパターンは
「レオくんのお見合い」や「レオくんのアシスタント」にもありまして、
笑ってしまいます。
特にネコは好きではないという方も、きっと楽しめます。

満足度★★★★★


レオくん (フラワーコミックスアルファ)
萩尾 望都
小学館

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永遠のこどもたち

2009年06月21日 | 映画(あ行)
“ネバーランド”に迷い込んで・・・

* * * * * * * *

ホラー作品なのですが、映像がとても美しい。
それもそのはず、
これはあの「パンズ・ラビリンス」監督のギレルモ・デル・トロ製作作品でした。


主人公ラウラは、子ども時代をすごした海辺の孤児院に
30年ぶりに戻ってきます。
なんとも言えず美しい海辺の風景と、古い大きな屋敷の映像に
まずため息が漏れます。
彼女は、売りに出ていたこの屋敷を、
障害を持つ子供たちのホームにしようとしています。
医師の夫と、7歳の息子シモンがいます。
シモンはよく空想の友達と遊んでいるのですが・・・。
このホームの開園パーティの日、
シモンは忽然と姿を消してしまうのです。
悲嘆にくれるラウラは、
しかし、屋敷にいる何者かの気配を感じ、
息子は彼らに囚われていると確信するのです。

屋敷にいる何者かの正体とは・・・?
そして、彼女は無事息子を取り戻すことができるのでしょうか・・・?


悲劇の原点は、彼女が孤児院を去ったすぐ後、
およそ30年前にあるのです。
霊能者が、30年前の屋敷を探索するシーンは、
緊張感にあふれていて、ほんとにドキドキ・ビクビクさせられました。
誰もいるはずのない海辺の洞窟で、
シモンが誰かと話をしているところとか・・・。
シモンが道しるべとして撒いてきた貝殻が、
戸口に重ねられておいてあったりとか・・・。
じわじわと怖いですね。

しかし、ラウラが30年前の孤児院を再現しようと、
昔のベッドを引っ張り出して並べたり、
古ぼけた孤児院職員の制服を着込んだり
・・・そうした鬼気迫るサマもなかなか怖いものがあるのです。


冒頭に子どもの遊ぶ情景があるんですね。
それは日本で言う「だるまさんがころんだ」の遊びとそっくり。
どこの国にもこうした遊びがあるというのも驚きですが、
考えてみるとこの遊びはちょっと怖い。
「オニ」が後ろを向いている隙に、
ナニモノかが刻一刻と迫ってくるわけですから。
この映画では、後ろを向いて「だるまさんがころんだ」という方は
「オニ」ではなくて、
近づいてくるほうが「魔」なんです。
非情に怖いですよ・・・。

そしてまた、このラストで、驚かされます。
たとえてみれば、
ラウラは子どもが永遠に大人になることのない“ネバーランド”の
ティンカーベルとなるのです。
このことの真の意味とは・・・。

実はシモンはラウラの実子ではなく、養子なのです。
しかも、難病を抱えている。
このことは、血はつながっていなくても、非情に深い愛を感じさせるだけでなく、
実はこのエンディングのための意味があったのですね。
シモンだけでなく、永遠の子どもたちの
永遠のティンカーベルとなるための意味が。
最後の逆転構造が、「シックス・センス」以来、
といわれる所以。
私はそこまでの衝撃とは思えなかったのですが、
衝撃、というよりはむしろやはり虚をつかれた、というような感じ。
これはハッピーエンドなのか、そうではないのか・・・。
いずれにしても胸に残るエンディングです。

2007年/スペイン・メキシコ/108分
監督:J・A・バヨナ
制作:ギレルモ・デル・トロ
出演:ベレン・ルエダ、フェルナンド・カヨ、ロジャー・プリンセブ、マベル・リベラ


『永遠のこどもたち』予告編


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「グイン・サーガ127/遠いうねり」

2009年06月20日 | グイン・サーガ
遠いうねり―グイン・サーガ〈127〉 (ハヤカワ文庫JA)
栗本 薫
早川書房

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・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・

2ヶ月前の126巻の時には、まさかこんなことになっているとは思いませんでした。
敬愛する栗本薫さんのご逝去にあたり、謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。
とうとう未完となってしまったこの「グイン・サーガ」。
でも、最後の最後まで楽しみたいと思います。
それがせめてものご供養ですね。


さて、この巻ですが。
ヴァレリウスとイシュトヴァーンの会話が多いのですが、これがなんとも面白い。
この二人は、完璧に陰と陽なんですね。
ヴァレリススは、ナリスさまの災難のもとを作ったイシュトが大嫌い。無学で乱暴なイシュトをちょっとバカにしていたのです。
でも、イシュトは確かに無学だけれど、バカではないのですよね。
そして怖ろしくカンがいい。
そうそう、そうでなければやはりここまで登りつめることはできないですよ。
それで、ヴァレリウスとしては、イシュトヴァーンには気づいて欲しくないことを、イシュトはズバズバ突いてくる。
それで、表面上は常に冷静のヴァレリウスも、内心目をシロクロ・・・、とこういう情景ですね。
だから、この二人の取り合わせは面白いんですよね~。


で、結局、ヴァレリウスが隠したかったフロリー母子の行方、ヨナの行方をすっかり気づかれてしまった、というわけなのです。
それで、また、意外な展開なんだけれど。どうもイシュトはリンダのことは後回しで、ヤガへ行くつもりみたいなんですね。
さすがのイシュトも恋人より、わが子なのか・・・?
本気でむちゃくちゃにリンダが好きというわけでもなさそうですよね。

まあ、それはさておき、物語のすべてがヤガへヤガへと方向を指し示している。
ミロク教の秘密。
これがこれからの大きなテーマとなるのは必至。
そしてまず、ヨナとスカールがヤガへ一番乗りするんですね。
この都市には大きな陰謀が潜んでいそう。
ここへイシュトが乗り込んでくるとなればまた、とんでもない流血騒ぎが起きそうだ・・・。
また大きく歴史の流れが変わることになりそうですね。
これまでは、こういうところに必ずグインが関わっていたのですが・・・。
ケイロニアではまた大変なことになっているし・・・。

う~ん、あと、8月10月12月の発刊分まで原稿はあるそうなんですが、このミロク教篇にきちんとケリがつくのかどうか・・・。
ちょっと不安になってきました。

前巻までの後書きでは、体調が悪いながらも、栗本さんは気丈に頑張っていらっしゃいましたが、
この巻ではさすがに体力が消耗し疲れを感じていたようです。
そこへ来てまたご主人のガンの手術という・・・。
天は、栗本さんに物書きの才能を与えた代わりに、命の炎を削ってしまったかのようです。

この先ヤガでは、きっと主要人物たちが集結しますね。
また2ヶ月、じっくり待つことにしましょう!

満足度★★★★☆
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「強運の持ち主」 瀬尾まいこ 

2009年06月19日 | 本(その他)
強運の持ち主 (文春文庫)
瀬尾 まいこ
文藝春秋

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私にははじめての作家です。
この本の主人公は、元OLの占い師、ルイーズ吉田。
・・・なんて聞くとちょっと引きませんか?
でも、怪しげなオカルト本では全然ありません。

彼女は、OL時代に営業で鍛えた話術を生かそうと思い、
この仕事についたのです。
実際はわずかな講習を受けただけ。
彼女自身には霊感も何もありません。
そんなのインチキじゃないか、と思いますか?

こんな文章があります。

「いくら正しいことでも、先のことを教えられるのは幸せじゃないよ。
占いにしたって、事実を伝えるのがすべてじゃない。
その人がさ、よりよくなれるように、
踏みとどまっている足を進められるように、
ちょっと背中を押すだけ。」

確かに、占いのお客というのはそういうことを求めているのだと思います。
だから彼女は占いというよりは
ほとんど人生相談のような立場なのです・・・。
ルイーズ吉田・・・?の始めの印象とは裏腹に、
これはとてもじんわりと優しく温かい、
"ほっこりとした"気持ちになる物語です。


もともとミステリ好きの私には、
この本はなんだか「日常の謎」を解くミステリに近いと感じてしまいました。
というのも、彼女が占いをする時には相手を観察して、
どんな人なのか推理するんですね。
少し話してみれば、大体その人の性格は見当がつくようです。


冒頭の「ニベア」では、なんと小学生の男の子が占いのお客。
彼は、何度かどうでもいいようなことを占ってもらいに来たあとで、
「お父さんとお母さん、どっちにすればいいと思う?」と聞くのです。
これは、離婚するお父さんとお母さんの
どっちについていくべきかという話なのかな?
・・・そのように、思うわけですが、
実は・・・。

意外な展開が待っていまして、
始め、ちょっと小生意気そうに見えたこの子が、
実に思いやりにあふれた聡明な子・・・という実像が見えてくる。
いいストーリーでした。


さて、この本の表題、「強運の持ち主」というのは、
実はこのルイーズさんの同居のカレ、通彦のこと。
通彦には、これまで彼女が占った相手の中で一番の強運の相があったので、
ほとんど強引にカレシにしてしまったのです。
しかし、通彦はごく普通の公務員で、
今のところ特に、ずば抜けた才能も見せないし、大金をつかみそうにもない。
でも、いつもなんだかゆったりしていて、やさしく包んでくれるような感じ。
晩御飯も作ってくれるんですよ。
(ただし、作るものはヘンテコ!)
せっかくの休日、どこかに行こうと思っても、
通彦はひたすら寝ているばかり。
やっと起きたと思ったら、ダイエーへ行こうと・・・。
がっかりするルイーズですが、
実際出かけてみれば、一緒に生活用品などを選ぶのは結構楽しい。
ダイエーなら、おしゃれも必要ないし、
フードコートでクレープなんか食べちゃうのも、ほんのちょっぴり幸せ気分。
家のすぐ近所のスーパーよりは気持ちが弾む。

うん、こういう生活観あふれる、小さな幸せ・・・。
なんだかいいですね。
こういうことが似合う男の人というのもいいもんだなあ・・・と、
しみじみしちゃいます。
また1人、好きな作家が増えちゃいました・・・。

満足度★★★★☆
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レスラー

2009年06月18日 | 映画(ら行)
中年男の後姿がものを言う

          * * * * * * * *

私にとって、プロレスというのはほとんど興味対象の外なので、
この映画は、アカデミー賞がらみでなければ見なかったかもしれません。
でも、別にプロレスファンでなくても、十分見ごたえのある作品で、
イヤではなかったです。


かつて、人気の絶頂にあったレスラー”ザ・ラム”ことランディ。
でも、今や中年、人気も体力も落ち目。
ステロイド剤を注射して筋骨隆々の肉体を捏造。
ドサ周りの巡業だけでは食べていけず、スーパーのバイト。
それでも、トレーラーハウスの家賃すら滞る有様。
でも、彼はそれでも、仕事に対しては真剣なんです。
プロレスは、"リング“をステージとしたショーなのですね。
きちんと試合展開の打ち合わせがあって、
リングでは憎憎しげににらみ合っているけれど、
内部ではみなそこそこの常識人。
先輩と後輩の礼儀もあり・・・。
ショーのためには、自ら隠し持った刃物で血を流すことまでする・・・と。
プロ意識とはこういうものですよね。
落ち目の生活かもしれないけれど、
これだけ打ち込むものがあるというのは幸せなことかも。

ところが、あるとき、ランディは心臓発作で倒れ、手術。
これ以上試合を続けると命に関わると医師に忠告され、
引退を決意するのですが・・・。

彼からレスリングを取ると何も残らないのです。
レスリング一筋でここまで来たので、ほかには何もできない。
妻とは別れ、娘とも長く連絡も取っていない。
ちょっぴり思いを寄せる彼女も、連れない。
どうする、ランディ。
これから何を支えに生きていく?


この映画は、ランディの後姿の映像がとても多いのです。
ミッキー・ロークは見事に背中でものを言っていましたねえ。
孤独な中年男の悲哀が見事に後姿に漂っている。
そして、そこにブルース・スプリングスティーンの歌!!
これがなんてマッチするのでしょう。
この半分枯れたような歌。
結局自分で選び取った道だから、やはりそこを行くしかない・・・と。

いやいや背中のみならず、
病院の着衣の結び目からちらりとのぞく
ミッキー・ロークのお尻もチャーミングでした!

2008年/アメリカ・フランス/109分
監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ミッキー・ローク、マリサ・トメイ、エヴァン・レイチェル・ウッド、マーク・マーゴリス


『レスラー』日本版予告編 The Wrestler Movie Trailer Japanese


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「スペース」 加納朋子

2009年06月16日 | 本(ミステリ)
スペース (創元推理文庫)
加納 朋子
東京創元社

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さてと、ようやく文庫のリアルタイム発行に追いつきました。
駒子シリーズの第3作。
前作、クリスマスイブの活躍のおかげ(?)で、
風邪を引き、寝込んで、その後の大晦日。
駒子はある手紙を瀬尾さんに託します。

それは"はるか"という人へ宛てた手紙。
一見、駒子がいつもの調子で、
友人の”はるか”へあてて書いたように思えるのですが・・・。
読んでいくうちに若干の違和感。
さて、これは本当は誰が書いたものなのか。
瀬尾さんがこれをどう読み解くかが見所です。

さて、前2作は、著者が駒子を主人公に据えて書いた物語でした。
だからまあ、当然といえば当然ですが、
駒子についてはずいぶん好感が持てる書き方をしていますね。
やや、おっとりしていて、しかし、
彼女なりのしっかりした価値観をもちつつ、
子どもから大人への変身の渦中。
その悩みどころには共感も覚え・・・。

ところが、今回のストーリーのこの手紙は、駒子が書いたものではない。
すると、手紙の書き手から第三者へあてた文中に登場する駒子の描写が、
なかなかシビアだったりするのです。
そうなのか。
見る人の目が違えば駒子はこんな風・・・。
それは必ずしも、いいところ尽くしではないんですね。
ちょっと著者の冷淡な視線を感じたりもして、なんだか意外です。

スペースは宇宙であり、また、空白でもある。
瀬尾さんは言う。
「僕らの間にはまだたくさんのスペースがある。
でも、こんな風に一緒にいてたくさん話をすれば、
だんだん埋まっていくんじゃないかな。
・・・きっと、近いうちに。」
うむ。
なかなかの殺し文句です。
今時ありえないほどに清いお付き合いですが、
まあ、こういうのも良いでしょう。
それと、この巻で、初めて瀬尾さんのフルネームがわかるんですよ。
そして、彼の落ち込んでいる切ない過去も。
そんな点では貴重な一冊ですが・・・。
やや、構成に懲りすぎという気がしなくもない。
シンプルに楽しめた前作の方が、
おススメかもしてません。

満足度★★★☆☆

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「魔法飛行」加納朋子

2009年06月15日 | 本(ミステリ)
魔法飛行 (創元推理文庫)
加納 朋子
東京創元社

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加納朋子さんの、駒子シリーズ第2弾。
「ななつのこ」の続きで、
駒子が書いた文を瀬尾さんが読んで、
その感想を手紙で返す、という形式。
このシリーズは「手紙形式」というのも一つのミソなのです。
ここには4つのストーリーが並んでいるのですが、
そこに、誰が書いたのか不明な、なにやら怪しい手紙が挿入されています。
それについては、伏線となっていて、4話目に種明かしがあるという、
この辺の凝った趣向も、加納さんらしいですね。


表題になっている「魔法飛行」は、駒子の学園祭でのストーリーです。
駒子は友人の野枝と二人で受付をすることになったのですね。
テントで案内をしたり、パンフレットを配ったり。
子どもには風船を渡したりもする。
元気な5人組の小学生も来ました。
双子も混じっています。
野枝の幼馴染という卓見もやってきました。
彼はUFOオタク。
野枝はいたって現実主義で、UFOなどハナから馬鹿にして信じない。
卓見はどうやら野枝のことが好きのようなのですが、
UFOについてはバカにされるだけで、ちょっと寂しい。
そこで、卓見は、先ほどの双子の協力を得て、
テレパシーの実験をするというのです。
構内にある塔の上と下の地面に双子を配置し、
下の子に告げた言葉が塔の上の子に伝われば成功。
・・・・さて、その守備は?

不思議不思議、見事テレパシーは成功するのですが。
さて、これはオカルトの話でしたっけ?
いえいえ、この辺も、後ほど瀬尾さんがきちんと秘密を教えてくれます。
でも、時にはこんな風に、
不思議なことに対して夢を持つのもいいものです。
魔法飛行。
子どもの頃の無邪気な憧れが思い起こされます。


ラストのストーリー、「ハロー・エンデバー」では、
手紙の中の瀬尾さんではなく、
行動する生きた瀬尾さんがようやく登場。
しかし、このとき駒子は、自殺するかも知れない人を探し出すのに必死。
そこに瀬尾さんの手助けが加わって、なかなかスリリングな展開となります。
子どもじゃない。
でも大人でもない。
そんな狭間にある駒子の日々。
語り口はソフトながら、
そこにはなかなか厳しい現実も横たわっているのです。

瀬尾さんのニュージーランド土産、大きな羊のぬいぐるみを抱えつつ、
クリスマス・イブの夜は更け行く。

満足度★★★★☆

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「ななつのこ」加納朋子

2009年06月14日 | 本(ミステリ)
ななつのこ (創元推理文庫)
加納 朋子
東京創元社

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え~、先ごろ加納朋子さんの「スペース」という文庫新刊を読みました。
ところがこれは、
「ななつのこ」、「魔法飛行」に続くシリーズだったのですね。
いや、それは確か読んだはずなんだけど・・・、
記憶にないなあ・・・、
とふと本棚に目をやれば、そこにちゃんとある。
「ななつのこ」の文庫はなんと1999年に出たものでした。
10年も前では、覚えてなくても仕方ない、と思ってください・・・。
私にとって、物置ではなくて、部屋の本棚にちゃんとある、というのは、
かなりのお気に入り作品という意味なのです。
(忘れてるようでは意味がないですけどね・・・。)
で、先に「スペース」は読んだのですが、
この際、始めの「ななつのこ」からもう一度読んでみることにしました。


連作短編集です。
主人公は女子短大生、入江駒子。
彼女は<ななつのこ>という童話集がとても気に入り、
その作者である佐伯綾乃に向けてファンレターを書き綴ります。
ところがそれは、ファンレターというよりも、
彼女の身の回りのことを書いたとても長い手紙。
駒子は、身辺でおこったちょっと不思議なことをつい、
こまごまと書いてしまうのです。
・・・そうすると、その手紙の返事に、
その不思議な出来事への解答が書かれてくる、という趣向です。


このストーリーは一応ミステリなのですが、
殺人事件は一つもない。
「日常の謎」を解く、ミステリです。

この本の面白いところは、この謎解きが二重構造になっているところ。
駒子の愛読書<ななつのこ>は、
はやてという少年が
身の回りの不思議なできことを
サナトリウムで療養中の"あやめさん"に相談に行き、
"あやめさん"が、するするとその謎を解いてしまう、
そういう七つのお話の載った本なのです。

この「ななつのこ」の本も短篇が七つ。
この一篇一篇に<ななつのこ>のストーリーが
一つずつ紹介されているということで、
説くべき謎は全部で14! 
惜しげもなくネタを使った大変贅沢な一冊と言えます。

しかし、私が気に入ったのは、更に、
ここに登場する"瀬尾さん"。
さわやか系の好青年です。
彼の登場で、このストーリーが一気に活気付いてくる。
(・・・と、思うのは私だけか?)
彼も、駒子の謎解きに一役買うことになるのですが・・・。

デパート屋上にあったビニールの巨大恐竜が、
翌朝30キロ離れた保育園で発見された・・・という話があります。
私は、ここで、しっかり記憶がよみがえりました。
すごく印象深い話だったのですね。
"瀬尾さん"はこのデパート屋上のプラネタリウムで
解説のアルバイトをしていたのです。
この『一万二千年後のヴェガ』は、
悠久の時を感じるロマンチックな一篇でした。

そうして、この本全体に仕掛けられた謎もあるんですよ。
最後にはすっかりこの謎に振り回されたことが心地よくなっており、
読後感の素晴らしくよい本です。

満足度★★★★★

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