映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

ともしび

2019年03月31日 | 映画(た行)

人生の根幹を見つめ直す

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う~む、終始キビシイ話でした。



ベルギーの地方都市。
アンナ(シャーロット・ランプリング)は夫(アンドレ・ウィルム)と共に慎ましく暮らしてきましたが、
なんとここに至って、夫が刑務所に入ることになってしまったのです。
一人取り残された彼女は、必死にこれまで同様の日々の生活を守ろうとしますが・・・。

 

暗い表情のアンナをカメラが執拗に追い続けます。
夫の罪というのは明確にはされませんが、どうも性犯罪らしいのです。
本人は否定していますけれど。
アンナは、夫を信じたいとは思うけれど、
裁判の結果がすべてを物語っているような気もする。
そんなわけで、夫が刑務所に赴く前夜のシーンから始まるのですが、
とてつもなく寒々しい食事風景なのでした。

彼女はある家の清掃を請け負っていて、
趣味として演劇教室に通い、時にはプールで運動したりもする。
そんな日常を頑なに続けているのですが、当然それを楽しんではいない。
信じていたというより疑ったこともなかった夫。
けれどそれが根幹から崩れてしまった。
年齢から見ても、彼女の結婚生活イコール彼女の人生であったことでしょう。
特別に仲は良くなかったかもしれないけれど、このまま穏やかに人生を終わるはずだった。
いったい自分のこれまでの人生は何だったのだろう・・・、
そう問わずにいられない気持ちがよくわかります。
彼女の気持ちを表すセリフも解説も何もないのですが、
地下鉄の中で、裏切られた恋人を罵倒する女性の言葉が、彼女の本心を代弁しているのです。



そしてある時、アンナはニュースで浜辺にクジラの死骸が打ち上げられていることを知り、
つい足が向いて見に行ってしまいます。
そこで彼女が何を思ったのか。
作中ではそれも語られませんが、
おそらく、彼女はこのクジラと自分を重ね合わせたことでしょう。
ここで為すすべもなく腐臭を放ち横たわる死体・・・。



ラストの地下鉄ホームに佇むアンナの姿には実にハラハラさせられましたが・・・。
シャーロット・ランプリングの深く悲しみに満ちた眼差しは実に印象的です。


それにしても、こんな形で人生の意味を突きつけられるのはキツイ・・・!
せめてぐちを聞いてくれる女友達の一人くらいいなかったのか
・・・と私など思ってしまうわけですが。
そんな人がいるのならこの作品は成り立たない・・・。
でも、女の強かさをもって、開き直って生きていくことだってアリなわけですよね。
そう期待します。
すぐに別の犬を飼って!

<シアターキノにて>
「ともしび」
2017年/フランス・ベルギー・イタリア/93分
監督:アンドレ・パラオロ
出演:シャーロット・ランプリング、アンドレ・ウィルム、ステファニー・バン・ビーブ、シモン・ビショップ、ファトゥ・トラオレ

やりきれなさ★★★★☆
満足度★★★.5

 


「百年の女 『婦人公論』が見た大正、昭和、平成」酒井順子

2019年03月30日 | 本(解説)

現代婦人の卑属にして低級なる趣味を向上せしめる

百年の女 - 『婦人公論』が見た大正、昭和、平成 (単行本)
酒井 順子
中央公論新社

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〈女人全開〉の歩みに驚愕、呆然のち爽快
――面白く、ためになる異色の近現代史。
大正の「非モテ」、女タイピストの犯罪者集団、
ウーマン・リブとセックス、専業主婦第二職業論……
トンデモ事件から時代を揺るがせた論争まで。
人気エッセイストが、『婦人公論』(1916年創刊)の主要記事やトピックを取り上げながら、
日本女性と社会の変遷を丹念に追った、トリビア満載の労作。
祖母たち、母たちの100年分の知恵がここに!

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大正5年に創刊された「婦人公論」は、
平成28年(2016年)で、創刊100週年を迎えていたそうです。
本作は評論家酒井順子さんが、「婦人公論」100年の歴史をひも解き、
日本女性がいかに生きてきたのかを振り返ります。

まず巻頭に、100年の冊子の中から多くの表紙をカラーで紹介してあるのが嬉しい。
昭和初期あたりから東郷青児があったり、昭和22年で藤田嗣治、
昭和27年に小磯良平があったりします。
豪華!! 
昭和30年代では女優さんなどの写真。
最近では市川海老蔵さんとか氷川きよしさんなど男性も表紙に載っているのですね。


・・・と気を良くしたところで、いよいよ本題。
大正5年の創刊時の綱領というのがもう、思いっきり衝撃的かつムカつきます。

「高尚にして興味豊かなる小説読み物を満載して
以て現代婦人の卑属にして低級なる趣味を向上せしめ・・・」

女性の好むものなど、全て卑属で低級と思われていたということですね・・・。
まあ無理もない、当時は女性の権利などないと同じ。
選挙権、被選挙権どころか、政治的集会に参加する権利もない。
財産を持つこともできず、離婚に際しての財産分与を請求する権利もない。
つまり女性は経済的に自立することができず、夫の管理下で生きる他なかった。
既婚女性が他の男性と通じれば姦通罪。
逆の場合は何ら問題なし。
要するに女性は「人間」じゃなかったのです。
男性からは下等生物と思われ扱われていた。
体力ではもちろんですが、知能も劣ると思われていたようです。
それだからこその前述の文章で、
平塚らいてうが「原始女性は太陽であった。でも今は病人のような蒼白い顔の月。」
と言ったのも頷けます。
まあ、そんなことで出発した「婦人公論」ですが、
この平塚らいてうさんも多く寄稿し、「新しい女」のあり方を説いていくわけです。
しかしそれについても、男性著名人からの揶揄のような文章も多々。
・・・まあ、世の中はそうすぐには変わるものではありません。


それでも、わずかずつではあるけれども女性も社会へ出ていくような流れが見られてきます。
ところがそれを押し留めたのが昭和期の戦争。
国力を増すために「産めよ増やせよ」と言われる時代、
女性はただただ「産む機械」にされてしまった。
とにかく生きるのに精一杯で、女性のあり方がどうのこうの
などと言っている場合でもなかったのでしょう。
ところが戦後になって突然今までになかった女性の「権利」が降ってきます。
そこから本当に女性が男性と肩を並べて生きていくまでには長い道のりがあり、
今に至ってもまだ道半ばという気はしますけれど・・・。
そのあたりのことは、この本を読むまでもなく、我が人生と重なり合うところでもあります。

素晴らしく具体的な生きた女性史を学ばせていただきました。
名著だと思います。


図書館蔵書にて
「百年の女 『婦人公論』が見た大正、昭和、平成」酒井順子 中央公論新社
満足度★★★★☆


チャイナタウン

2019年03月29日 | 映画(た行)

探偵モノの王道

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往年の名作。
1974年作品ですが、舞台はそれをさらにさかのぼった1930年代のロサンゼルス。
アメリカ西海岸最大の近代都市としての様相を整えつつあるところ。


私立探偵ジェイク・ギテス(ジャック・ニコルソン)のもとに、
ミセス・モーレイと名乗る婦人が夫の浮気調査の依頼にやってきます。
モーレイ氏は、ダム建設に携わるトップの一人。
ところが間もなくモーレイ氏は事故死。
そこへまた、ミセス・モーレイ(フェイ・ダナウェイ)が訪ねてくるのですが、
なんと先の依頼人とは全く別の人物。
ギテスは、これはダムに関わる利権が絡む殺人事件ではないかと睨み調査を続けますが、
そんな彼に災難が降りかかる・・・。


多くの圧力や妨害にもめげず、真理を追求。
女性とのラブアフェア。
しかし本当に信じられる女性や否や。
苦い真実・・・。
アン・ハッピーエンド。
探偵モノの王道を行く作品。

ロスの街は砂漠に街を作ったようなもので、水不足で大変だったように伺えます。
そこで、ダムの建設が必要不可欠だったのだけれど、
地盤の関係でダム決壊の事故もあったらしい。
街の歴史は水を得る工夫の歴史・・・とくれば、なんだかブラタモリを思い出します。
タモリさん、今度はロサンゼルスへも行ってみては・・・?

チャイナタウン 製作25周年記念版 [DVD]
ロバート・タウン
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン



<WOWOW視聴にて>
「チャイナタウン」
1974年/アメリカ
監督:ロマン・ポランスキー
出演:ジャック・ニコルソン、フェイ・ダナウェイ、ジョン・ヒューストン、ペリー・ロペス、ベリンダ・パーマー

ミステリ度★★★★☆
満足度★★★☆☆


「鍵のない夢を見る」辻村深月

2019年03月28日 | 本(その他)

心の闇を否応なく照らし出す光

鍵のない夢を見る (文春文庫)
辻村 深月
文藝春秋

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第147回直木賞受賞作! !
わたしたちの心にさしこむ影と、ひと筋の希望の光を描く傑作短編集。5編収録。
「仁志野町の泥棒」誰も家に鍵をかけないような平和で閉鎖的な町にやって来た転校生の母親には
千円、二千円をかすめる盗癖があり……。
「石蕗南地区の放火」田舎で婚期を逃した女の焦りと、
いい年をして青年団のやり甲斐にしがみ付く男の見栄が交錯する。
「美弥谷団地の逃亡者」ご近所出会い系サイトで出会った彼氏とのリゾート地への逃避行の末に待つ、
取り返しのつかないある事実。
「芹葉大学の夢と殺人」【推理作家協会賞短編部門候補作】大学で出会い、霞のような夢ばかり語る男。
でも別れる決定的な理由もないから一緒にいる。そんな関係を成就するために彼女が選んだ唯一の手段とは。
「君本家の誘拐」念願の赤ちゃんだけど、どうして私ばかり大変なの?
一瞬の心の隙をついてベビーカーは消えた。

* * * * * * * * * *

辻村深月さんの直木賞受賞作。
短編集ですが、『鍵のない夢を見る』という題名の短編があるわけではありません。
5編が収められていますが、言ってみればどれも、心にストンと落ちるような
「正解」が示されているわけではない。
何やらもやもやした思いが残る座りの悪い作品群とでも申しましょうか・・・。
それをして「鍵のない」というのは素晴らしい表現であります。

例えば巻頭の「仁志野町の泥棒」
<私>が小学生だった時の話。
同じクラスに転校してきた律子の母親には盗癖があり、
当時誰も家の鍵をかけるような習慣がなかった近所の家から、
わずかばかりのお金をかすめとることを繰り返していた。
そういう現場を家の住人に見つかることもしばしば。
でも人々はあえて警察に知らせたりもせず、
近隣では周知の事実となりながらも腫れ物に触るようにしてきたわけです。
<私>はさぞかし律子は肩身が狭かろうと同情します。
ところがある日、<私>は律子自身の万引きの場を目撃してしまった。
その場で彼女を咎めた<私>はその後律子とは絶交状態になり、
やがて高校時代に再会することになりますが・・・。


自己顕示欲というか自意識過剰というか・・・。
自分が思うほどに人は自分の言ったことやしたことなど気にもとめないものなのか・・・。
善悪の意識というのも人により著しく差があるのかもしれず・・・。
正義感を持って行った自分の行動は正しかったと思いながら、
どこか言わなくてもいいことを言ってしまったという後悔もあり、
しかし、自分の一言を律子はずっと引ずっているはずと思えばそれも裏切られ・・・。
言いようのない思いがうずまきます。


人は心の中に、自分でも見たくないもの、見えないように蓋をしてあるもの、
無意識的に暗がりに追いやってあるものがあるのだと思います。
しかし著者はあえてそういうところに強烈なスポットライトを浴びせかけて
白日のもとに引きずり出すのです。
私はそれが怖い。
つまり正しいものや美しいものだけ見たいという、
私の精神性は多分お子ちゃまなんだろうな・・・。
そういうこともさらけ出されてしまう気がして、ホント怖い。

図書館蔵書にて(単行本)
「鍵のない夢を見る」辻村深月 文藝春秋
満足度★★★.5


ヒトラーに屈しなかった国王

2019年03月27日 | 映画(は行)

孤独と重圧の中で

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私、なんだかんだと言って、この時代の物語が好きなんですねえ・・・。
戦争の物語は、人間性を問われる場面が多くて、つい熱が入ってしまいます。
二次大戦終了後から70年以上にもなるのに、未だに語り継がれているわけですよね。

1940年4月9日。
ノルウェー首都オスロにナチスドイツが侵攻。
ノルウェーは一応中立国ということになっていたのに、
そんなことはお構いなしでドイツ軍が乗り込んできた。
ノルウェー軍も交戦しますが、ドイツの圧倒的な軍事力で主要都市が次々と陥落していきます。
ドイツ軍はノルウェーに降伏を要求。
ドイツ国王・ホーコン7世とドイツ公使の交渉の場が持たれます。
国王は、ナチスの要求に従うか、抵抗を続けるか、決断を迫られるのです。

王なのだから、最後の決断を下すのは当然・・・と思われるかもしれませんが、
このときのノルウェーは議会による民主政治が敷かれています。
ホーコン7世は議会制民主国家に招かれた国王だったのですね。
そのため王自身は、民意を得ずに自分の独断で物事を決めるのは良くないと信じ、
これまでもそう務めてきたのです。

しかしヒトラーの意により、あくまでも国王が即刻判断を下すべし!と迫ってきた。
国を愛するがゆえに、簡単にドイツなどに屈したくはない。
しかし突っぱねた場合、国土と国民にどれだけの被害が及ぶことか・・・。
その決断の重圧と、誰にも頼ることができない孤独・・・
こんな立場にはつくづく立ちたくありませんねえ・・・。

ここに登場する外交官も、長くオスロで務めていたわけですから、
軍部の動きを苦々しく思いながら、なんとか平和裏にことを収めたいと必死なのです。
この頃はヨーロッパ中が、多かれ少なかれこんな試練を乗り越えていたわけですね。
それぞれの国の事情を知ることもまた勉強になります。

ヒトラーに屈しなかった国王 [DVD]
イェスパー・クリステンセン,カール・マルコヴィクス,アンドレス・バースモ・クリスティアンセン,ツヴァ・ノヴォトニー,カタリーナ・シュットラー
TCエンタテインメント

 

<WOWOW視聴にて>
「ヒトラーに屈しなかった国王」
2016年/ノルウェー/136分
監督:エリック・ポッペ
出演:イェスパー・クリステンセン、アンドレス・バースモ・クリスティアンセン、カール・マルコビクス、カトリーナ・シュトラー、ツバ・ノボトニー
歴史発掘度★★★★☆
信念度★★★★☆
満足度★★★.5


ビリーブ 未来への大逆転

2019年03月25日 | 映画(は行)

現代の女性の立場を支える一人

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後に米最高裁判所判事となるルース・ベンダー・ギンズバーグの実話を基にしています。



貧しいユダヤ人家庭に育ったルース(フェリシティ・ジョーンズは)、
努力の末ハーバード法科大学院に入学します。
ようやく女性の入学が認められて間もない頃で、女子学生はほんの僅か。
彼女は夫マーティン(アーミー・ハマー)の協力のもと大学院を主席で卒業します。
しかし女であるルースを雇う法律事務所は皆無。
やむなく大学教授となったルースですが、男女平等の講義に力を入れます。
ある時、ある訴訟記録を見たルースは、
それが歴史を変える裁判になると信じ、自ら弁護を買って出ます。
それは、独身男性が親の介護の税控除を受けることができないという事案でした・・・。

ルースの大学院入学が1950年代。
法科に女性が入るということだけでもすごいと思うのですが、
彼女が結婚していて子供までいる、ということで驚いてしまいました。
それというのも、夫マーティンの協力があったからこそ。
何しろ当時は、男は外で仕事をし、
女は家庭にいて家事・育児をするのが当たり前と思われていたのです。
男性はもちろん、女性自身も。
しかるに彼は自身もまだ学生でしたが、
ルースの能力を信じていて、自ら料理をし、ルースの後押しに余念がない。
この彼の男女差意識に縛られない思想こそがルースを育てた・・・これは間違いありません。



憲法ではあらゆる人の平等がうたわれているわけですが、
まあそんな時代なので、細かな法令の一つ一つを見れば
歴然と女性が差別されていたわけです。
しかし、女性が家庭にいることが当たり前とされ、それが優遇される社会では、
逆に家庭にいる男性の差別を生み出しているという切り口を
ルースは見つけたわけなのですね。


世の中はどんどん変わっている。
それなのに、裁判では数十年前の明らかに女性差別の判例を頑なに踏襲している。
これからを生きる若い世代に向けて、
こんなことでいいのかと訴える彼女の主張は、誰もの心を捉えたのでした。

 

私この時ちょうど酒井順子さんの
「百年の女 『婦人公論』が見た大正、昭和、平成」という本を読んだところで、
女性差別の意識の歴史は日本もアメリカも殆ど変わらないなあ、という意を強く持ちました。
二次大戦後ですね。
ようやく女性が社会へ進出し始めたのは。
今も、差別意識は根強く残っていますが、
ルースのような先人たちがいたからこその今であるというわけで、とても感慨深い作品です。

それにしても返す返すも、夫のマーティン、素敵でしたー。
背が高くイケメンで包容力があって、何よりも妻をしっかりバックアップするその態勢。
でもちょっと出来過ぎだと思うのです・・・。
実際にこんなふうだったのか、それともストーリー上かなり話を盛っているのか、
そんなところを知りたいと思ったりして・・・。



<シネマフロンティアにて>
「ビリーブ 未来への大逆転」
2018年/アメリカ/120分
監督:ミミ・レダー
出演:フェリシティ・ジョーンズ、アーミー・ハマー、ジャスティン・セロー、キャシー・ベイツ、サム・ウォーターストン

女性史度★★★★☆
満足度★★★★★


「また、桜の国で」須賀しのぶ

2019年03月24日 | 本(その他)

戦う大使館員

また、桜の国で
須賀 しのぶ
祥伝社

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1938年10月1日、外務書記生棚倉慎はワルシャワの在ポーランド日本大使館に着任した。
ロシア人の父を持つ彼には、ロシア革命の被害者で、シベリアで保護され来日した
ポーランド人孤児の一人カミルとの思い出があった。
先の大戦から僅か二十年、世界が平和を渇望する中、
ヒトラー率いるナチス・ドイツは周辺国への野心を露わにし始め、緊張が高まっていた。
慎は祖国に帰った孤児たちが作った極東青年会と協力し戦争回避に向け奔走、
やがてアメリカ人記者レイと知り合う。
だが、遂にドイツがポーランドに侵攻、戦争が勃発すると、
慎は「一人の人間として」生きる決意を固めてゆくが……

* * * * * * * * * *

須賀しのぶさん、私にははじめての作家です。
最近、直木賞ノミネート作品に狙いをつけて、読み始めました。

本作は、1938年、ポーランドの日本大使館に着任した
外務書記生・棚倉慎(たなくらまこと)の物語。


さて、ここでまずポーランドと日本の関係。
1920年(大正9年)、シベリアの地に革命と内乱で親を失ったポーランド人の子どもたちが大勢いました。
その子達56名は日本人の手で保護され、しばらく日本の施設で手厚く療養を受けた後に
故国ポーランドへ送り届けられたという出来事があったのです。
そのため日本とポーランドはかなり友好的な間柄にあった。
なぜシベリアにポーランド人が?と思うわけですが、
それについてもポーランドの悲惨な歴史の一端が伺われるのですが、作中に説明があります。
ぜひ読んで確かめていただきたい。

慎は子供の頃、このポーランドの子供のうちの一人とわずかの間ではありますが
時をともにし、互いの秘密を打ち明け合うほどに親しみを覚えたのです。
そのため、この度のワルシャワ着任は存外の喜び。
どこかであのときの子供、カミルとの再会を期待していました。
ところがこの時期のポーランドは極めて危険な状況に差しかかるところだったのです。
やがてナチス・ドイツの侵攻が始まり、ワルシャワの人々の苦難が始まります。
そしてまた、ポーランドに住むユダヤ人についてはさらなる苦難が・・・。


平和をのぞみ、ポーランドの人々やユダヤの人々をなんとか助けたいと思う慎ですが、
事態は悪化の一方。
ついには、日本とドイツが同盟を結び、自分はポーランドの人々と敵対する立場に置かれてしまいます。
そして、ブルガリアの大使館へ異動となってしまう。
ポーランドの受難をただ外から見ているだけで何もできない慎は、
ついにある決断をしますが・・・。


日本とポーランドとの関係も知らなかったことではありますが、
それよりもポーランドの幾度も他国からの支配を繰り返してきた歴史にも驚きます。
ドイツのポーランド侵攻はよく映画などにも出てくる事柄ではありますが・・・。
このときのドイツ軍の勢いがまた、信じられないほどすごかったようなのですね。
そして期待していたフランスやイギリスの助けは得られず、
ソ連の赤軍は余計にたちが悪そうだ・・・。
島国日本は、こういう驚異をほとんど体験しないまま近代へ突入したわけで、
国家とか民族の考え方がヨーロッパとは異なるのは無理もない事かもしれません。

そうそう、カミルとの思いがけない再開というのがまた驚きでした。
言われてみれば予想はつきそうなものだったのに、油断しました!

ともあれ、人の人間性が問われる戦争というもの。
心震える物語です。
これを読むと、深緑野分さんのストーリーはなんだか子供っぽい気がしてきました・・・。

読書の海は果てしなく広く、そして深い・・・!!

図書館蔵書にて
「また、桜の国で」須賀しのぶ 祥伝社

満足度★★★★★


ラプラスの魔女

2019年03月23日 | 映画(ら行)

並外れた予想能力で

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温泉地で硫化水素中毒で死亡した男性が発見されます。
温泉地が安全かどうか現場調査を依頼された青江修介(櫻井翔)のもとに、
中岡刑事(玉木宏)が現れ、計画殺人の疑いはないかと問います。



複雑な地形で気象条件も安定しない屋外で、
計画的に中毒死を起こそうとするのは不可能、と修介は答えます。
しかし数日後、別の地でまた同様の死亡事故が・・・。
もしこれが殺人事件だとすると、複雑な自然現象を予測する力が必要だが・・・。
そんな時、修介の前に謎の女性、円華(広瀬すず)が現れる。

「科学」を扱う東野圭吾さんらしい作品です。
しかしちょっとトーンが暗すぎるような気も。
この手の謎解きとしては、ガリレオシリーズの湯川のカリスマ性を思い浮かべるのですが、
それに比べるとこの修介さんは凡庸。
いっそもっとドジな感じにして狂言回しに務めたほうが楽しめたか・・・。
キャスト的には豊川悦司さんが、始めほんのちょい役のように見えて、
実は彼こそが重要人物という運びとその重み、納得の布陣でしたね。

余談ですが、実際にこんな予測ができる魔女のような人がいたとしたら、
気象予報士になるべきだと思う。
大災害が事前に予測できれば、素晴らしいのにな・・・。

ラプラスの魔女 DVD 通常版
櫻井翔,広瀬すず,福士蒼汰
東宝

<WOWOW視聴にて>
「ラプラスの魔女」
2018年/日本/116分
監督:三池崇史
原作:三池崇史
出演:櫻井翔、広瀬すず、福士蒼汰、玉木宏、リリー・フランキー、豊川悦司

満足度★★.5

 


まく子

2019年03月22日 | 映画(ま行)

そして少年は大人になる。

* * * * * * * * * *


西加奈子さん原作の映画化です。


小さな温泉街。
小学5年のサトシ(山崎光)は、体が大人になっていく変化に戸惑っています。
そんな頃、不思議な雰囲気を持つ美少女・コズエ(新音)がサトシと同じクラスに転入してきます。
実はコズエはある秘密を持っていて・・・。

ファンタジーめいたこの作品は、子供から大人へ体が変化すること、
そしてまた、年老いてやがて死にゆく生命のことを、
サトシが理解していく成長の様を描いています。
思春期の始まりのところで戸惑う男の子っていうのがいいですよねえ。



サトシの父親(草なぎ剛)は女好きで、
浮気をしていることは町の人々や妻にまで周知の事実となってしまっています。
サトシはそれが嫌でたまらない。

周りを見れば、父親を代表として、ばかみたいな大人ばかり。
だから大人になんかなりたくない。
このままがいい、と思うわけです。
ほんの一時の少年の汚れない硬質な美しさ。
・・・好きだわあ♡ 
でもそんな時はあっという間に変化してしまう。
けれど、変化することの素晴らしさ、
消えてしまう命ではあるけれどでもそれは再生への入り口であること・・・、
大切な気づきをコズエが与えてくれるのです。



草なぎ剛さん演ずるところのダメ父は、
ダメ父ではありながらサトシが一歩歩み寄ってみれば、いいところもある。
ラストのシーンはなかなか良かったぞ! 
料理人であるサトシの父の作ったホカホカ湯気の立つおむすびは美味しそうだったなあ・・・。

舞台となっていた四万温泉は群馬県にあるんですね。
町の人皆が顔見知りくらいの感じの人々の温度感がなんかいいなあと思いました。

<ディノスシネマズにて>
「まく子」
2019年/日本/108分
監督:鶴岡慧子
原作:西加奈子
出演:山崎光、新音、須藤理彩、草なぎ剛、つみきみほ

初恋度★★★★★
満足度★★★★☆


「高く孤独な道を行け」ドン・ウィンズロウ

2019年03月21日 | 本(ミステリ)

ニールの“転”機

高く孤独な道を行け (創元推理文庫)
Don Winslow,東江 一紀
東京創元社

* * * * * * * * * *


中国の僧坊で伏虎拳の修得に余念がなかったニールに、
父親にさらわれた二歳の赤ん坊を無事連れ帰れ、という指令がくだった。
捜索の道のりは、ニールを開拓者精神の気風をとどめるネヴァダの片隅へと連れ出す。
不穏なカルト教団の影が見え隠れするなか、決死の潜入工作は成功するのか?
悲嘆に暮れる母親の姿を心に刻んで、
探偵ニール、みたびの奮闘の幕が上がる。
好評第三弾。

* * * * * * * * * *

ドン・ウィンズロウの探偵ニールのシリーズ、第3作。
私、前作でドン・ウィンズロウ色が出てきたなどと書きましたが、
いやはや、本作はますますその気配濃厚。
心底ゾッとさせられるシーンがあったりします。

前作までの流れから、中国山奥の僧坊で伏虎拳の修得など試みつつ暮らしていたニールに、
次なる仕事が舞い込みます。
父親にさらわれた二歳の赤ん坊を連れ帰れ、と、
例によって実に簡単そうな話ですよね。
しかし、実はこれが命がけの大変な仕事であるというのがこれまでのパターンです。
敵はあのナチスの白人至上主義の流れを汲むカルト教団で、
しかも武力によって世を支配しようという物騒な集団。
そこへ、ニールが潜入。
ニールが父と慕うジョー・グレアムやエド・レヴァインをも巻き込み、
超危険な任務となっていきます。

ズキーンとくるのが、ニールがこの見知らぬネヴァダの地で、
親切にしてくれたスティーブ・ミルズの一家や、
親しくなったカレンを裏切る事になってしまうこと。
ニールは彼らが敵対する組織の一員であることが知られてしまうからです。
もちろんそれは「潜入捜査のため」だと口にはできません。


前作で、ニールは「本当の愛を得られない、どこかで女性に裏切られることを期待している」
という話がありました。
巻末の解説で穂井田直美さんが言っています。
このシリーズ全5巻は「起承転結・句読点」の関係になっている、と。
本作は3巻目なので「転」に当たるのです。
だから最後はフラれるのが定番のニールが、
ここでは命をかけた苦難を乗り越えたことでマザコンから脱却。
一人前の男となる。
それが西部劇風のこの舞台で行われるというのがなんとも象徴的。
ということで、ここでニールは愛を失うことはないのです。
・・・スバラシイ!!

ニールが雪の中を馬に乗り敵から逃げるシーンが、またすごい緊迫感と疾走感。
彼を乗せたミッドナイト号は死力を尽くして走り続け、
その人馬一体の姿に胸を熱くし、その終焉のシーンでは思わず泣いてしまいました・・・。
まさか本作で泣かされるとは。
そして実際目を背けたくなるような描写のシーンもあるのですが、
映画なら目をそらせても、本は目をそらすと前へ進めない・・・。
どーしてくれるのよ、ドン・ウィンズロウ。
一作読むたびにドキドキ・ハラハラ、涙して、そして最後は笑顔にさせてくれる、
このシリーズ、大好きです。
日本では1999年に刊行されたもので、もとよりのファンの方なら何を今更、
とおっしゃると思いますが、でも私は出会えてよかった~と思っております。

「高く孤独な道を行け」ドン・ウィンズロウ 東江一紀訳 創元推理文庫
満足度★★★★★


モーリス

2019年03月19日 | 映画(ま行)

麗しのヒュー・グラント

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1987年作品ですが、2018年、制作30週年を記念し
4Kデジタル修正版としてリバイバル公開されました。
何しろヒュー・グラント出演なので、私はその時ぜひ見たかったのですが、
見逃してしまい、この度ようやく拝見。

20世紀初頭、イギリス。
ケンブリッジ大学の学生モーリス・ホール(ジェームズ・ウィルビー)は
良家の子息クライヴ・ダーラム(ヒュー・グラント)と互いに惹かれ合いますが、
プラトニックな関係のまま学生生活を終え、
それぞれ別の道を進みながらも交流を続けていました。
ある時、クライヴは学生時代の別の友人が同性愛と世間に知られたことで、
罪人となり、地位も名誉も失ったことを目撃し、
自分の秘密について激しい不安を覚えます。
そのため、さっさと女性と結婚してしまうのです。
裏切られ傷ついたモーリスは、ダーラム家の猟場番の若者、アレックと関係を結びますが・・・。

えーと、ヒュー・グラント27歳です! 
「ノッティングヒルの恋人」が1999年なので、なるほど、若いはずだわ~。
お肌がシワひとつなくつるつるツヤツヤ・・・。
なんて美しいのでしょう! うっとり♡
しかし本作では、まるで根性なしの男でした。

イヤそもそもやはり時代が時代なんですよね。
同性愛は犯罪。
汚らわしく、唾棄すべきもの。
モーリスは女ばかりの家庭に育ったという設定になっていまして、
「男の生理」についても進学のために寮に入る直前に、
心配した教師から簡単な説明を受けていただけ。
そんなことが同性愛の原因・・・?
と匂わせてはいますが、まあ、それだけではないでしょうね。

モーリスはこの性癖は病気なのかと思い、密かに医師の診断を受けます。
医師はなんとかこれを“矯正”しようと、催眠療法を試みたりする。
今なら考えられないことですが、確かにそういう時代があったのですねえ・・・。
87年の公開時でも、世間的にはかなりの抵抗があったのでは?と想像します。

アレック役のルパート・グレイブスもなかなかの美青年でした。
下層階級の粗野さがまた魅力的ですよね。
彼はプラトニックがどうのこうのなんて言わない。
一直線に肉体関係に進みます。
初めて知る本当の愛・・・。
美しいラブストーリーを見たなあ、と、マジで思いました。

モーリス 4Kレストア版 [DVD]
ジェームズ・ウィルビー,ヒュー・グラント,ルパート・グレイヴス
KADOKAWA / 角川書店


<WOWOW視聴にて>
「モーリス」
1987年/イギリス/141分
監督:ジェームズ・アイボリー
原作:E・M・フォースター
出演:ジェームズ・ウィルビー、ヒュー・グラント、ルパート・グレイブス、デンホルム・エリオット、サイモン・キャロウ

同性愛度★★★★★
満足度★★★★.5


二人の女王 メアリーとエリザベス

2019年03月18日 | 映画(は行)

対決した間柄ながら、唯一わかり会える存在

 

* * * * * * * * * *


16歳でフランス王妃となるも、間もなく王フランソワ2世が崩御。
18歳で未亡人となったメアリー(シアーシャ・ローナン)が
故郷のスコットランドに帰国、再び王位の座につきます。
しかし当時、プロテスタントの勢力が増していて、女性君主は神の意に反するとする反対勢力も。
メアリーは家臣の陰謀や内乱で何度も王座を奪われそうになります。

一方イングランドの女王エリザベス(マーゴット・ロビー)は、
美しく、結婚して子供を生んだメアリーに複雑な思いをいだきます。
二人は従姉妹の関係で、王位継承権を巡るライバル同士でもあったのです。

本作の原題は“Mary Queen of Scots”ということで、主にメアリーの方に焦点を当てたもの。
エリザベスについての圧倒的な人生についてはまた別の名作がありますしね。



メアリーは結婚して子供も生んだと聞けば、
幸福なときもあったのだろうと思うわけですが、
本作を見ればそんなことは幻想に過ぎないとわかります。
彼女が妊娠に至る経緯というのがもう、
ロマンチックとは程遠い、とにかく妊娠すればよいのだというなりふりかまわなさ。
しかも女王の行動はお付きの者たちに筒抜け。
これはもう、したたかでなければ生きていけません。



女性が王位につくことは、好ましくないと考える輩がやはり多かったのですね。
それだから、周りの男達は女王を王位から引きずり下ろして自分が王位につくことを夢見てしまう。
そういう思いは、やはり断然男性の方が強いのです。
何かと互いに目障りな存在でありながら、
女王として生きることの重圧と孤独をわかりあえるのは互いにこの二人しかいない。
そうした思いの詰まった二人の邂逅シーンは素晴らしかった。



それにしても、メアリーの最期にはまた、心おののかされますね・・・。
真紅の衣装で・・・。
こんな血筋に生まれなければ、
それこそ幸せな結婚をして穏やかな家庭を築いたかもしれないのに・・・。
でも、メアリーが生んだ子供こそが現イギリス王室の血につながっている
というのがまたドラマチックですね。

紐解けば悲惨な話に枚挙がない、王族の歴史・・・。

 

<ディノスシネマズにて>
「二人の女王 メアリーとエリザベス」
2018年/イギリス/124分
監督:ジョージ-・ルーク
出演:シアーシャ・ローナン、マーゴット・ロビー、ジャック・ロウデン、ジョー・アルウィン、デビッド・テナント
歴史発掘度★★★★☆
満足度★★★★☆


アルカディア

2019年03月17日 | 映画(あ行)

私達は“未知”が恐ろしい

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カルト集団で自給自足の生活を続ける村「アルカディア」を
10年前に脱走した兄弟、ジャスティンとアーロン。
幼少時から特殊な環境で生活していた彼らは、
街での生活にうまく馴染めず、清掃の仕事で食べていくのがやっと。
友人も恋人もいない孤独な日々を過ごしていました。
そんなある日、アルカディアからビデオテープが送られてきたことから、
二人は再び村を訪れてみることにします。
10年ぶりの村の人々は優しく彼らを受け入れましたが、
なぜか10年前と少しも変わらず若々しいのです。
そして二人は村で起こる超常的な出来事を目撃することになる・・・。

私達は「未知」のものを一番恐ろしいと感じる・・・と、冒頭で文章が示されます。
そういった意味では、この村で起こるのは「未知」のことばかり。
人知を超えた“何者か”がこの村を支配しているようなのです。
月が2つ・・・いえ、後には更に増えて3つ。
その3つ目の月が満月になったときに何かが起こる?



その“何者か”は、最期まで姿を表しません。
そこがミソですよね。
どんなにおぞましい姿であったとしても、
それが姿を表した途端に「怖さ」は激減してしまうでしょうから。
そしてその「何者か」の意図が全くわからない、
というところがまた、恐ろしいのです。
およそ人間的な「感情」は汲み取れない。
極めて残酷でもあり、そのことが何かの利益を生むとも思えないのに・・・。

この兄弟は極めて仲が悪くて性格も真逆・・・のように見えたのですが、
結局はやはり似ているのでした。
この村の怪しさに対しての疑惑、その対処。


なんと本作、その兄弟役の二人が監督なんですね。
そして名前もそのまま。
極めてユニーク。


わからないことはわからないままに、そっとその場を立ち去るのがいいのかもしれません。

アルカディア [DVD]
ジャスティン・ベンソン,アーロン・ムーアヘッド,キャリー・ヘルナンデス,テイト・エリントン,リュー・テンプル
TCエンタテインメント

 


<WOWOW視聴にて>
「アルカディア」
2017年/アメリカ/111分
監督:アーロン・ムーアヘッド、ジャスティン・ベンソン
出演:アーロン・ムーアヘッド、ジャスティン・ベンソン、キャリー・ヘルナンデス、リュー・テンプル、ジェームズ・ジョーダン

不可解さ★★★★★
不気味さ★★★★☆
満足度★★★.5


「東京帝大叡古教授」門井慶喜

2019年03月16日 | 本(その他)

人はなぜ学問をするのか

東京帝大叡古教授 (小学館文庫)
門井 慶喜
小学館

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物語の主人公・宇野辺叡古(うのべえーこ)は、東京帝国大学法科大学の教授である。
大著『日本政治史之研究』で知られる彼は、法律・政治などの社会科学にとどまらず、
語学・文学・史学など人文科学にも通じる"知の巨人"である。
その知の巨人が、連続殺人事件に遭遇する。
時代は明治。
殺されたのは帝大の教授たち。
容疑者は夏目漱石!?
事件の背景には、生まれたばかりの近代国家「日本」が抱えた悩ましい政治の火種が。
日本初! 文系の天才博士が事件を解決。
事件の真相は、まさに予測不能。
ラストは鳥肌モノの衝撃。
第一五三回直木賞候補作、待望の文庫化!

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門井慶喜さんは本作で直木賞候補となり、「銀河鉄道の父」で直木賞受賞となりました。
その肝心の「銀河鉄道の父」はまだ読めずにいるのですが、
先にすぐに借りられたこちらを・・・。

本作は明治38年、熊本から東京へやってきた高等学校生"阿蘇藤太"が、
東京帝国大学法科教授・宇野辺叡古(うのべえーこ)と出会い、
様々な事件に出会いながら、当時の揺れ動く日本を
その中心から見聞する機会を得るという物語です。


熊本の五高で、以前校長をしていた嘉納治五郎の教えを受け継ぐ柔道を身につけた藤太が、
単身新橋の駅へ降り立ち、そこから電車に乗ろうとする。
・・・というのが冒頭のシーン。
おお、既視感ありまくり。
NHK大河ドラマ「いだてん」の金栗四三ですな。
時期が近い!!


彼が東京へ着いた翌日に早速殺人事件に遭遇し、
その謎を解くのが叡古教授というミステリ仕立てのストーリーではありますが、
本作の面白いのはそんなことよりも、この時代背景の緻密さ。
日露戦争の終結に向かっての為政者の考え、学者の考え、そして一般庶民の考え、
それぞれの軋轢が藤太の視点から語られていきます。

そもそも、"阿蘇藤太"というのは、本名ではありません。
叡古教授が殺人事件に巻き込まれそうになった藤太を、
後に困らないようにと、とっさにこの名前をつけたのです。
そしてその後も一向に本名が明かされません。
それで、多分彼は実在の著名な人物で、最後の最後に正体が明かされるに違いない、
という予想は立ちました。


それで、実際そのとおりだったのですが、
残念ながら歴史には疎い私、知らない人物でした・・・。
でも、調べてみるとなるほど、日本近代史の中でもひとかどの人物。
何よりも、劇的な人生! 
この方が、帝大入学前のひととき、こんな夏を過ごしたかもしれない・・・
というストーリーを紡いだ著者の力量に拍手!!


また、叡古教授のいかにも信念の教育者たる風格が素敵でした。
「人はなぜ学問をするのか」という問いに教授は言うのです。
「自分でものを考えるためだ」と。

「誰もがノーという日にイエスという。
誰もが感情に身をまかせる日に冷静になる。
それは口で言うは易いが、おこなうは絶望的にむつかしいことなのだ。
勇気がいるし、闘志がいるし、何よりも高い見識がいる。」

自分の間違った行いに深く恥じ入った藤太には、
この言葉が骨の髄まで染み込んでいきます。
素晴らしい物語でした。


こうなるとやはり、「銀河鉄道の父」もぜひ読まなくては!!


図書館蔵書にて(単行本)
「東京帝大叡古教授」門井慶喜 小学館
満足度★★★★★


サムライマラソン

2019年03月15日 | 映画(さ行)

豪華キャストの無駄遣い

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もちろん、佐藤健さん目当てで見ました。
「超高速!参勤交代」のようなコミカルな内容を予想していたのですが、これが思いの外重い・・・。

日本のマラソンの発祥と言われる「安政遠足(とおあし)」のエピソードを元にしています。



外国の脅威が迫る幕末。
安中藩主・板倉勝明(長谷川博己)は、
藩士を鍛えるため15里の山道を走る「遠足」
(「えんそく」ではなくて、「とおあし」と読む)を開催することにします。

公儀隠密として密かに藩の動向を徳川家に伝える役を代々受け継いできた唐沢家の甚内(佐藤健)。
しかし彼の手違いで、安中藩取り潰しを狙う刺客が、
遠足で藩士不在の城下に送り込まれてしまいます・・・。
藩の危機を知った甚内は、計画を阻止すべく走り出しますが・・・。

優勝者にはのぞみの報奨が与えられる遠足ということで、
八百長を仕掛けてみたり、近道を走ろうとしたりと画策を巡らすものがあらわれる。

そしてまた安中の姫(小松菜奈)は、家出で関所を通り抜けるために男装して出場する・・・など、
あまりリアリティを感じさせない部分があり、
そうであるならば、いっそもっとコミカルに仕立てたほうが良かったのではないかと思えるのです。

 

姫との結婚を狙う辻村平九郎(森山未來)は、途中で駕籠に乗ったり近道したりと、
コスいヤツなのですが、いざ、藩の危機が迫れば本気で殿を守ろうとする。
そうした切り替えを際立たせたいならば、やはり前半はもっとすっとぼけた感じにするべきだった。

せっかくの長谷川博己さんも終始難しい顔だし・・・。
甚内も実は割と粗忽者・・・、
しかし自分の役割と藩への愛との板挟みに悩んだ挙げ句の最後の行動・・・、
と、もっとジタバタもがく人物像が欲しかった。
本作中では何を考えてるのかよくわからない。
クールではあるけれど、魅力がない。



・・・ということで、豪華キャストの無駄遣いな作品。
残念です。

<シネマフロンティアにて>
「サムライマラソン」
2019年/日本/104分
監督:バーナード・ローズ
原作:土橋章宏
出演:佐藤健、小松菜奈、森山未來、染谷将太、青木崇高、竹中直人、豊川悦司、長谷川博己
満足度★★☆☆☆