映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「この本を盗む者は」深緑野分

2023年08月10日 | 本(SF・ファンタジー)

本の呪いによる冒険

 

 

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“本の街”読長町に住み、書物の蒐集家を曾祖父に持つ高校生の深冬。
父は巨大な書庫「御倉館」の管理人を務めているが、深冬は本が好きではない。
ある日、御倉館から蔵書が盗まれたことで本の呪いが発動し、
町は物語の世界に姿を変えてしまう。
泥棒を捕まえない限り町が元に戻らないと知った深冬は、
不思議な少女・真白とともにさまざまな物語の世界を冒険していくのだが……。
初めて物語に没頭したときの喜びが蘇る、胸躍るファンタジー!

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敬愛する深緑野分さんの物語ですが、これは純然としたファンタジー。

本の街、読長町に住み、書物の蒐集家を曾祖父に持つ高校生の深冬が、
膨大な蔵書を誇る「御倉館」で、
謎の物語世界に迷い込んで冒険するストーリー。

 

私はどうも、虚構の上に虚構を積み重ねるような話は苦手なのです。

戦争など動かしがたい重い現実の上に立つ架空の出来事なら、
大いにのめり込み感動を得ることができるのですが・・・。
そして、この著者はそうした物語に非常に力を発揮できる方だと思っていたものですから・・・。

私には現実味の薄いこの物語世界にあまり没入できず、
読み進むのがやや苦痛でもありました。
残念。

ただし、こういう向きの物語が好きな方もいらっしゃると思うので
全否定というわけではありません。

 

「この本を盗む者は」深緑野分 角川文庫
満足度★★☆☆☆


「空のあらゆる鳥を」チャーリー・ジェーン・アンダース

2021年08月30日 | 本(SF・ファンタジー)

地球と人類の破滅目前に

 

 

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魔法使いの少女パトリシアと天才科学少年ローレンス。
特別な才能を持つがゆえに周囲に疎まれるもの同士として友情を育んだ二人は、
やがて地球と人類の行く末を左右する運命にあった。
しかし未来を予知した暗殺者に狙われた二人は引き裂かれ、別々の道を歩むことに。
そして成長した二人は、人類滅亡の危機を前にして、
魔術師と科学者という対立する二つの秘密組織の一員として再会を果たす……。
ネビュラ賞・ローカス賞・クロフォード賞受賞の傑作SFファンタジイ。

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SFファンタジーですね。

少女パトリシアは魔法の才能を持ち、少年ローレンスは天才的な科学の頭脳を持つ。
しかし、その才能があまりにも人と違い特別であるが故に、
二人は周囲になじめず、いじめの対象となり、そして親にさえも疎まれる。
孤独な二人は互いに寄り添い、友情を育みます。
しかしやがて二人は引き裂かれ、別々の道を歩むことに。
そして成長した2人が出会うところから、物語は大きく動き始める。

 

この2人の生きる時代設定が、ユニーク、
というかユニークなんて言っている場合ではないのかも知れません。
地球の環境破壊が進み、各地で大災害が多発。
人が安心して暮らせる場所が次第に限られたものになっています。
こうなると各地・各国間の諍いはますます過激なものとなり、
余計に安全な生活が遠のいていく。

ローレンスは科学の力で、パトリシアは魔法の力で、
この地球の、そして人類の危機を乗り越えようとしているのです。
2人は個人としては互いに好意を持ち続けているのですが、
でも2人は組織の一員として活動しているわけで、
その組織は互いに相容れるものではありません。
この2人の揺れ動く気持ちが、なかなかリアルなラブストーリーになっていて、
そういう点でも楽しめます。

 

また、SNSと連動した人工知能は、もともとローレンスが構築したものですが、
それに命を吹き込んだのはパトリシアだった。
独自に密かに成長を続けていたそれは、やがて大きな救いをもたらすものとして登場します。
このあたりのストーリーに、ワクワクさせられました。

 

最近頻発する水害や土砂崩れ、異常な暑さ・・・。
日本だけではなく、地球上の各地からも聞こえてきます。
本当に、そう遠くない将来、このストーリーのような
人類の危機的状況に陥るのではないかと思えてしまうのが恐い・・・。

 

さてしかし、本作のように現時点では現実味のない「科学の力」は、
言ってみれば魔法と同じですよね。
そもそも、元々私は「魔法」の出てくるストーリーはちょっと苦手。
でもまあ、ここで言う「魔法」というのは、もともと「自然」が持つ力、という含みもあるのか。
科学VS自然という構図だと思えばわかりやすいでしょうか。
魔法というのはやっぱりご都合主義に思えてしまえて、
私としてはモヤモヤしてしまうのです・・・。

 

<図書館蔵書にて>

「空のあらゆる鳥を」チャーリー・ジェーン・アンダース 市田泉訳 東京創元社

満足度★★★☆☆

 


「金春屋ゴメス 異人村阿片奇譚」西條奈加

2021年05月07日 | 本(SF・ファンタジー)

時は近未来、日本領土内「江戸国」の続編

 

 

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ときは近未来、ところは日本領土内、鎖国状態の「江戸国」。
上質の阿片が海外に出回り、江戸国は麻薬製造の嫌疑をかけられる。
極悪非道で知られる長崎奉行ゴメスは、異人たちが住む麻衣椰(マイヤ)村に目をつける。
辰次郎が想いを寄せる女剣士朱緒の過去が絡み合い、事態は思わぬ展開を見せるが――。
「日本ファンタジーノベル大賞」大賞受賞作の続編、待望の文庫化!
『芥子の花―金春屋ゴメス―』改題。

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西條奈加さんの「金春屋ゴメス」シリーズ第2作です。

月に人が移住して住んでいるという近未来。
そうした近代文明に背を向けて、
江戸時代同様の生活を送ろうという人々が集まり建国した「江戸国」。
前作で、日本からこの「江戸国」にやって来た辰次郎は
そのまま長崎奉行ゴメスの元で働いています。

 

そんなところに起きた事件は、
江戸国が麻薬製造の嫌疑をかけられたため、その麻薬の流出元を探ろうとする物語。
これが驚きのスペクタクルな展開を見せまして、
もう、私的にはやんややんやの喝采状態。
なんて痛快なストーリーでありましょう!

 

続編というのは大抵前作の二番煎じで期待ほど面白くないということも多いのですが、
今作については断然一作目よりこちらの方が面白いです。
まあ、前作は、この物語の設定自体を説明していかなければならないし、
何しろ著者のデビュー作でもある、ということで仕方ないのですけれど。
そしてシリーズものは、舞台設定も登場人物もしっかり把握済みなので、
すんなりストーリーに入っていけますし。

単行本にはなかった「ゴメスおまけ劇場」というのが文庫版には付加されているので、
それもお得です。
ゴメスのむちゃくちゃぶりがなんとも楽しい!

 

しかし本作2006年にでて、残念ながらその続きは出ていないのですね。
続きが読みたいな~。

 

「金春屋ゴメス 異人村阿片奇譚」西條奈加 新潮文庫

満足度★★★★★

 


「金春屋ゴメス」西條奈加

2021年05月04日 | 本(SF・ファンタジー)

「江戸国」と流行病

 

 

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近未来の日本に、鎖国状態の「江戸国」が出現。
競争率三百倍の難関を潜り抜け、入国を許可された大学二年生の辰次郎。
身請け先は、身の丈六尺六寸、目方四十六貫、
極悪非道、無慈悲で鳴らした「金春屋ゴメス」こと長崎奉行馬込播磨守だった!
ゴメスに致死率100%の流行病「鬼赤痢」の正体を
突き止めることを命じられた辰次郎は――。
「日本ファンタジーノベル大賞」大賞受賞作。

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西條奈加さんのデビュー作にして日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
ファンとしてはやはりこれは読んでおかなくては、と思いまして。
ファンタジーということで、何やら型破りな設定なのです。

 

近未来の日本で、「江戸」が独立したという・・・。
その昔の「江戸」が土地ごとタイムスリップしてきたというのではなく、
近代文明を拒否した人々が、電気のない江戸時代の生活をしようと
「江戸国」を立ち上げたと言う。
そんな物好きな・・・とも思いますが、
例えばアメリカにおけるアーミッシュのように、
昔ながらの自給自足の生活に憧れるというのはわかります。
テーマパークなら観光客で賑わうところですが、
この「江戸」は鎖国体制を敷いていて、
ごく特別な許可を得たわずかな人しか出入国はかないません。

 

と、説明ばかり長くなりましたが、
本作は大学生の辰次郎が入国を許可され、江戸入りするところから始まります。
彼はこの江戸で生まれたのですが、幼少時に大病を患い、
江戸内では治療が難しいと、泣く泣く両親が江戸を離れて日本へ移住していたのでした。
江戸を一度離れると再び入国できないという決まりがあったのです。

実はその幼い辰次郎がかかった病が問題で、
なんと近年江戸でまたその病が発生したという。
致死率ほぼ100%。
なのになぜ辰次郎は生き残っているのか。
そういう謎を解いていく物語です。

ところで、題名の「金春屋(こんぱるや)ゴメス」というのはお奉行様のこと。
辰次郎はこのお奉行の元に世話になることになったのですが、
巨大で横暴でほとんど怪物めいた人物。
大丈夫なのか、辰次郎・・・・。

 

なんともこれがデビュー作とは信じられない、楽しい作品なのでした。
ファンタジーにして時代小説でもある。
なるほど、西條奈加さんのいかにもこれは原点なのですね。

 

本作には続編もありまして、さっそく読むことにしましょう!

「金春屋ゴメス」西條奈加 新潮文庫

満足度★★★★☆

 

 


「三途の川で落とし物」西條奈加

2021年04月29日 | 本(SF・ファンタジー)

あの世から、「生きる」ことを考える

 

 

 

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大きな橋から落下し、気づくと三途の川に辿り着いていた小学六年生の叶人は、
事故か自殺か、それとも殺されたのか死因がわからず、そこで足留めに。
やがて三途の渡し守で江戸時代の男と思しき十蔵と虎之助を手伝い、
死者を無事に黄泉の国へ送り出すための破天荒な仕事をすることになる。
それは叶人の行く末を左右する運命的なミッションとなった。

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西條奈加さんのファンタジー。
小学6年の叶人は気がつくと三途の河原にいます。
どうやら死んでしまったらしい・・・。
しかし、橋から落下したということはわかっているけれど、
それが事故なのか、自殺なのか、それとも他殺なのかわからないということで、
そこで足留めされてしまうのです。
そして、三途の川の渡し船の手伝いをすることに。
死者たちの中にはあまりにも生きていたときの念が強すぎるものもいて、
時には叶人は、相棒の十蔵、虎之助と共に生者の世にもどり、
死者の思いを解きほぐすことも・・・。

 

そんな中で、十蔵や虎之助自身の生前の出来事を知るようになり、
そしていよいよ叶人自身の死の事情へと話が進んでいくのです。

戦争では何十人を殺しても罪にはならず、むしろ英雄視されるのに、
戦争でないところで殺人を犯せば大罪なのは何故なのか。
地獄に送られた人の本当の責め苦とは・・・。
死をテーマにすることはすなわち、生をテーマとすることでもあるのでした。

地獄の事務処理もパッドで行う、今のあの世。
豊かなイマジネーションも楽しめます。

 

「三途の川で落とし物」西條奈加 幻冬舎文庫

満足度★★★☆☆

 


「風と行く者」上橋菜穂子

2020年11月24日 | 本(SF・ファンタジー)

生々しい、ジグロ!

 

 

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つれあいのタンダとともに、久しぶりに草市を訪れたバルサは、
若い頃に護衛をつとめ、忘れ得ぬ旅をしたサダン・タラム“風の楽人”たちと再会、
その危機を救ったことで、ふたたび、旅の護衛を頼まれる。
シャタ“流水琴”を奏で、異界への道を開くことができるサダン・タラム“風の楽人”の頭は、
しかし、ある事情から、ひそかに狙われていたのだった。
ジグロの娘かもしれぬ、この若き頭を守って、ロタへと旅立つバルサ。
草原に響く“風の楽人”の歌に誘われて、
バルサの心に過去と現在とが交叉するとき、
ロタ北部の歴史の闇に隠されていた秘密が、危険な刃となってよみがえる。

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上橋菜穂子さん「守り人」シリーズの外伝、
今のところこれが最終巻となっています。

本巻では、本編後のタンダとバルサが草市を訪れるところから始まります。
相変わらず仲がよろしいようで、結構なことです。
ですがバルサは、そこで出会ったサダン・タラム“風の楽人”たちに護衛の仕事を頼まれ、
タンダとは別れてサダン・タルムとともに旅をすることになります。
実は昔、バルサが16歳の頃、
ジグロとともにこのサダン・タルムを護衛して旅をしたことがあったのでした。
それで、この旅の合間にバルサは昔の旅のことを回想して行くのです。

 

それは、前巻「炎路を行く者」の中の「十五の我には」の続きの物語、といってもいいのです。

この中で、ジグロが彼を追ってきた刺客を倒すシーンがあります。
その刺客というのはかつてジグロの信頼した朋友・・・。
国を裏切って出てくる事になってしまったジグロには、
かつての仲間たちが刺客として送り込まれてきて、
自分が生きるために彼はかつての友を倒さなければならなかった・・・。
これまでの物語の中ではそうした説明はあったのですが、
本作中で初めてその具体的な描写がなされたのでした。
あまりにもつらいので、私はこのシーンは読みたくはなかったのですが・・・。

そんな場面を目の前で何度も見てきたバルサにも、つらいことであったでしょう。
だからバルサは、ジグロにそれをさせたくない、
せめて自分自身が刺客を倒したい、と思うわけなのですね。

 

さて、本作でまた注目すべきは、
ジグロと、当時のサダン・タルムの女頭サリとが良い仲であったと言うこと。
ほほう、そういう生臭い話でしたか。
今の頭はその娘、エオナ。
つまり、エオナは、ジグロの娘なのかもしれない???

驚きの隠し球。
まあ、正解はどうなのか言及はありません。

 

・・・ということで、実に興味深いストーリーなのでした。
あ、でも本作の目玉は、過去の旅、現在の旅、
どちらにもスリルあふれる護衛としての働きがある、というところです。

 

<図書館蔵書にて>

「風と行く者」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★☆

 

 


「炎路を行く者」上橋菜穂子

2020年11月23日 | 本(SF・ファンタジー)

 ヒュウゴ、そしてバルサの過去

 

 

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『蒼路の旅人』、『天と地の守り人』で暗躍したタルシュ帝国の密偵、ヒュウゴ。
彼は何故、祖国を滅ぼし家族を奪った国に仕えるのか。
謎多きヒュウゴの少年時代を描いた「炎路の旅人」。
そしてバルサは、養父と共に旅を続けるなか、何故、女用心棒として生きる道を選んだのか。
過酷な少女時代を描いた「十五の我には」
―やがてチャグム皇子と出会う二人の十代の頃の物語2編。

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上橋菜穂子さん「守り人」シリーズの外伝となります。
本巻は、タルシュ帝国の密偵・ヒュウゴと、
ジグロと共に旅を続けていた15歳のバルサ、
ふたりの物語が収められています。

 

ヒュウゴは、ヨゴ皇国の名門の家に生まれます。
しかしタルシュ国侵攻により、ヨゴ皇国はタルシュの支配下となってしまうのです。
その際、ヒュウゴは家族を失い、自身は辛くも生き延びましたが、
身分を明かすことはできず、酒場の下働きをしてなんとか食いつないでいくのでした・・・。

武家としての誇りも何も役には立ちません。
こんな、タルシュを最も憎むはずの彼が、なぜその国に仕えることになったのか・・・。
その壮絶な運命を興味深く読みました。
それは彼が「戦争」の本質を悟ったからなのかもしれません。

「ヨゴ皇国を滅ぼしたのはタルシュではなく、
自分の思惑で動いていた皇族をふくめ、指導者たちかもしれない」
と彼は思うのです。
まさに、そういうことなのだろうなあ・・・。

 

 

そして、15歳のバルサ。
最も多感な時期です。
もう自分は大人だと思いたいけれども、まだ未熟。
ジグロの足手まといにはなりたくないと思うのに、
しかしまだ、そうはなれていない。
経験のない自分はまだまだ何もかもが思慮不足・・・と、もどかしく思う。

これまでの物語で、いつもバルサは落ち着いていて思慮深い存在だったので、
こういう成長途上の彼女を見るのはとても喜ばしいのです。

こんな時もあったわけですね・・・。

 

<図書館蔵書にて>

「炎路を行く者」上橋菜穂子 

満足度★★★★☆

 


「流れ行く者 守り人短編集」上橋菜穂子

2020年11月12日 | 本(SF・ファンタジー)

初々しい、少女バルサの日々

 

 

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王の陰謀に巻き込まれ父を殺された少女バルサ。
親友の娘である彼女を託され、用心棒に身をやつした男ジグロ。
故郷を捨て追っ手から逃れ、流れ行くふたりは、
定まった日常の中では生きられぬ様々な境遇の人々と出会う。
幼いタンダとの明るい日々、賭事師の老女との出会い、
そして、初めて己の命を短槍に託す死闘の一瞬
―孤独と哀切と温もりに彩られた、バルサ十代の日々を描く短編集。

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守り人シリーズの番外編、短編集です。
本編を読んだ後では、なんだかゆったりと安心して読むことができます。
本巻には4篇が収められていますが、最後のはまあ、おまけみたいなもの。
いずれにしても、バルサ10代、
まだジグロと共に修行しつつ各地を流れ歩いていた頃の話となります。

あとがきで、著者・上橋氏が元々番外編など書く気はなかったのに、
あるとき突然、本巻中の「ラフラ」のストーリーが浮かんできた、とおっしゃっています。
ですが、残念ながらわたしにはこの話がいちばんピンと来なかったかな・・・? 
サイコロを使う「ラフラ」というゲームが想像上のものということもあってか、
いまいち入り込めない。
ただ、ここに登場する賭事師である老女の心境については、しみじみと味わいました。

 

「流れ行く者」では、ジグロとバルサが用心棒の仕事をしています。
バルサはまだ13歳で、修行の途上。
そういえば、ジグロについてはこれまで話にだけは出てきましたが、
実際に登場したことはなかったのですよね。
ストーリー自体は、彼の没後から始まっているので。
(若干、生身ではないジグロの登場シーンはあったのですが。)
だから、ここで生身のジグロが登場して、ちゃんとバルサと会話をしているのを見るのは、
この上ない喜びでした。
そして、本編中では始めから自立した強い女性であったバルサの、
未完成なところ、ジグロに守られているところを垣間見るのも楽しいのです。

 

ジグロとバルサはときおり呪術師トロガイの家を訪ねてしばらく滞在していく。
それを心待ちにしていたのがタンダ。
ラストの小篇は、ホント、ほっこり来ます。

こんな風に子どもの頃から親しんで信頼で結ばれている2人の絆。
まさしく、ファンにはとーっても嬉しい一冊なのでした。

 

私、ふと思いましたが、グインサーガの続きは上橋菜穂子さんが描くべきだったのでは・・・?と。

 

<図書館蔵書にて>

「流れ行く者 守り人短編集」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★.5

 

 

 


「天と地の守り人 3 新ヨゴ皇国編」上橋菜穂子

2020年10月17日 | 本(SF・ファンタジー)

怒濤のスペクタクル!!

 

 

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戦乱と、異界ナユグの変化にさらされる新ヨゴ皇国。
帰還したバルサ、そしてチャグムを待っていたものとは…。
壮大な物語の最終章『天と地の守り人』三部作、ここに完結。

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いよいよ最終巻。
タンダのいる新ヨゴ軍とタルシュ軍の戦闘の火蓋が切られます。
しかしこの筆力が半端ないですね。
今まで見た多くの歴史物やファンタジー映画の戦闘シーンを彷彿とさせます。
しかしこの場にはまだチャグムもバルサも間に合わない。
タンダの負う過酷な運命は・・・。

 

本巻では、チャグムはロタとカンバル共同軍を率いて新ヨゴ国へ。
そしてバルサは、大洪水のことを知らせに呪術師オロガイへの元へと向かい、別行動になります。

 

まもなく新ヨゴ国へ入ろうとするチャグムのシーン。

「そして、ロタとカンバルの騎馬兵をひきい、
磨き上げられたカンバル風の胴当てをまとっている戦闘の騎馬武者は、
なんと、ヨゴ人だった。
しかも、若い。
まだ二十歳にもなっていないように見える。
目のわきに刀傷があるその若者から見おろされたとき、
ガシェは、思わず背を伸ばした。
・・・そうせずにいられぬなにかが、その若者にはあった。」

これはあえて、チャグム側ではなく、
その騎馬隊と行き会った新ヨゴ国の避難民の立場からの目線となっているのです。
私たちの慣れ親しんだチャグムが、こんなにも立派になって威厳さえも身につけてここに登場する。
うわ~っ、カッコイイ!!

なんて効果的な描写なのでしょう。
参りました。
しかも実はこの難民たちの群れは、バルサの提案で町を抜け出してここに来ていたのです。
この絶妙な関係性のバトンリレーがまた、なんとも言えない。

 

本作中でいちばんの問題となっていたチャグムと父親の関係も、実にいい落としどころでした。
いくら何でもチャグムに親殺しはさせられない。
しかし、この父王が生きている限り、新ヨゴ国は破滅の道しかない、
というところだったのですが。

 

さて、巻末に著者のあとがきがありまして、
このシリーズはここまでのストーリーを見通して書かれたものではない、とのこと。
いやいや、実のところ本作を読むと、
これまでのストーリーこそまさにこの3部作のためにあった、
と、ほとんど確信してしまうくらいなのです。
すべてのエピソードや人物たちが本作につながっています。

けれど著者は、ストーリーはなぜか突然に降ってきた、という。
栗本薫さんがよく、グインサーガのストーリーについて、そのようにおっしゃっていましたね。
そういうことがあるもんだなあ・・・。

全く、怒濤の展開に一気読み必至であります。

 

<図書館蔵書にて>

「天と地の守り人 3 新ヨゴ皇国編」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★★

 


「天と地の守り人 2 カンバル王国編」上橋菜穂子

2020年10月15日 | 本(SF・ファンタジー)

チャグムの奮闘・・・そして、少年から青年へ

 

 

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再び共に旅することになったバルサとチャグム。
かつてバルサに守られて生き延びた幼い少年は、苦難の中で、まぶしい脱皮を遂げていく。
バルサの故郷カンバルの、美しくも厳しい自然。
すでに王国の奥深くを蝕んでいた陰謀。
そして、草兵として、最前線に駆り出されてしまったタンダが気づく異変の前兆
―迫り来る危難のなか、道を切り拓こうとする彼らの運命は。
狂瀾怒涛の第二部。

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本巻は嬉しいチャグムとバルサの二人旅。
バルサの故国、カンバルに踏み込みます。

実はチャグムは故国新ヨゴでは「死んだ」ことになっています。
だから、皇太子ではありながら、ヨゴ国の全権を委任されているわけでもなく、
ロタやカンバルと同盟を結びたくとも結ぶことはできない。
そこでチャグムはまずロタとカンバルの同盟を結ばせ、
この両軍にヨゴの援助をしてもらおうと考えたわけです。

こんな戦争へ慌ただしい動きがある中、
また別に大変なことがヨゴ国を襲おうとしています。

それはこの物語の根幹を貫く、ナユグとサグの二重世界のこと。
ナユグに春が訪れ、そのことがこの世界“サグ”にも影響を与えて温暖化している。
そして今、高地の氷河が溶け始め、ヨゴの平野部を大洪水が襲おうとしている・・・!

この二重苦を、チャグムは救うことができるのか・・・?

 

一方気になるのはタンダのこと。
彼はヨゴの草兵として、最前線となるであろう地へ送られていたのです。
・・・ど、どうなるの?

急ぎ第3部へ、GO!!!

「天と地の守り人 2 カンバル王国編」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★☆


「天と地の守り人 1 ロタ王国編」上橋菜穂子

2020年10月14日 | 本(SF・ファンタジー)

シリーズ最終章のはじまり

 

 

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大海原に身を投じたチャグム皇子を探して欲しい
―密かな依頼を受けバルサはかすかな手がかりを追ってチャグムを探す困難な旅へ乗り出していく。
刻一刻と迫るタルシュ帝国による侵略の波、ロタ王国の内側に潜む陰謀の影。
そして、ゆるやかに巡り来る異界ナユグの春。
懸命に探索を続けるバルサは、チャグムを見つけることが出来るのか…。
大河物語最終章三部作、いよいよ開幕。

* * * * * * * * * * * *

いよいよシリーズ最終章。
しかも3部作のボリューム。
わくわくします。

 

ストーリーは、もちろんあの、夜の海に飛び込んだチャグムのその先のことが語られるわけですが、
本作は「守り人」なので、まずはバルサ中心のところから話は始まります。

チャグムから最後の手紙を受け取ったシュガが、
バルサにチャグムの捜索を依頼するのです。
ロタ国へ向かったと思われるチャグムの行方。
しかしいきなり海賊に捕らえられたらしい・・・
というような事になって、始めから波乱含み。

せっかく夜の海を泳ぎ切ったその先が、さっそく苦難の道。
あ~、チャグムはどうなってしまったのでしょ・・・? 
と私たちはバルサと共にドキドキと心配しなければなりません。
そしてなんとかチャグムの足跡を追い始めるバルサですが、
いつも後追いで、なかなか遭遇できない。
この「じらし」も、にくいですね~。

でも、これはもうお約束のようなもの、
巻末でいよいよ二人は感動の再会を果たします。

さてそれにしても、迫り来るタルシュ軍、ロタ国は内乱寸前。
カンバルはまだ遠い・・・。
チャグムは、故国ヨゴの危機を一体どのように救うことができるのだろう・・・?
まだまだ前途多難。
でも、チャグムとバルサがいればなんとかなりそうな気もしてきますね。

 

続きへGO!!

 

「天と地の守り人 1 ロタ王国編」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★☆

 


「蒼路の旅人」上橋菜穂子

2020年10月09日 | 本(SF・ファンタジー)

孤高の魂を持つ青年へ

 

 

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生気溢れる若者に成長したチャグム皇太子は、
祖父を助けるために、罠と知りつつ大海原に飛びだしていく。
迫り来るタルシュ帝国の大波、海の王国サンガルの苦闘。
遙か南の大陸へ、チャグムの旅が、いま始まる!
―幼い日、バルサに救われた命を賭け、己の身ひとつで大国に対峙し、
運命を切り拓こうとするチャグムが選んだ道とは?
壮大な大河物語の結末へと動き始めるシリーズ第6作。

* * * * * * * * * * * *

「守り人」シリーズ第6作。
「旅人」とあるので、新ヨゴ皇国皇太子・チャグムを中心とした物語です。

 

これまでの本の中でも度々その名前だけは出てきていた、南の大国・タルシュ帝国。
本巻ではいよいよその姿を現します。
タルシュ帝国は、近隣の小国を手中にしながらますますその勢力を強め、
新ヨゴ皇国やロタ王国をも支配しようとその触手を伸ばしているのです。
先にチャグムが旅をした多くの島からなるサンガル王国は、今ほとんどその支配下に置かれています。

 

祖国の宮中にあっても、チャグムは父王とは全くなじめず、
その考えの違いから反目し、罠と知りつつサンガルへの軍船に乗り込むこととなり、
ついにはタルシュ帝国の虜囚となってしまう・・・。
先の旅で共にいてくれたシュガはおらず、読み手としてもなんとも心細い・・・。

 

でもさすがチャグムなのです。
苦難の中で、彼は故国を守り抜くこと、
皇室ではなくそこに生きる人々を守るために生きる決意を固めていきます。
おお・・・!! 
少年の成長の物語は大好きです。

 

私、これまでバルサの「守り人」の物語の方が好きだと思っていましたが、
ここへ来て、すっかりチャグムのファンになり、
「旅人」の物語もいいなあ・・・と思えてきました。
特に本巻のラストがすごいのですよ・・・。
夜の海を一人泳ぐチャグム・・・。
これぞ、孤高の魂。
その勇気に胸が熱くなります。

これ、リアルタイムで読んでいた方は、続きが待ちきれずに悶絶したのではないでしょうか。
私はすぐに続きに行けるのでよかった~。

 

物語は、国と国の大きな歴史の渦というスケールの大きなものへと変わっていきます。
即、続きへGO!

 

図書館蔵書にて

「蒼路の旅人」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★★

 


「神の守り人 下 帰還編」上橋菜穂子

2020年09月30日 | 本(SF・ファンタジー)

本人の心が結局は問題 

 

 

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南北の対立を抱えるロタ王国。
対立する氏族をまとめ改革を進めるために、怖ろしい“力”を秘めたアスラには大きな利用価値があった。
異界から流れくる“畏ろしき神”とタルの民の秘密とは?
そして王家と“猟犬”たちとの古き盟約とは?
自分の“力”を怖れながらも残酷な神へと近づいていくアスラの心と身体を、
ついに“猟犬”の罠にはまったバルサは救えるのか?
大きな主題に挑むシリーズ第5作。

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いよいよ、核心部となる下巻。

怖ろしい力を秘めた少女・アスラを利用しようとするシハナの企みによって、
大惨事が起きようとしています。
バルサは、それをくい止めることができるのか・・・?

結局は、アスラ自身の心の問題。
彼女は自分自身で正しい答えを見つけ出します。
でもそれは、それまでに彼女と関わった人々が、
彼女の心に「美しくて強い」心を植え付けていたから。

力だけでは人を守り切ることはできない。
自らを律する筋の通った心と信頼がなければ・・・。
そういうことなのかもしれません。

 

それにしても、巧みに人の心を操ろうとするシハナは、ちょっとオソロシイ・・・。
結局企みが失敗し、姿を消してしまったのですが、
この先の物語でまた姿を現すのかもしれません・・・。
いや、私としてはもう出てきてほしくないのですが。

巻末に「バルサとシハナは似て非なる女」ですね、といわれたことがあると
著者が述べていますが、いやいやいや、
双方女性で強いというだけで、全然似ていませんから。
と、私は思う。

 

ともあれ、興味の尽きない物語でした。
満身創痍のバルサにしばしの平穏なる日々が訪れますように・・・。

 

図書館蔵書にて

「神の守り人 下 帰還編」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★☆

 


「神の守り人 上 来訪編」上橋菜穂子

2020年09月29日 | 本(SF・ファンタジー)

怖ろしい力を秘めた娘・・・

 

 

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女用心棒バルサは逡巡の末、人買いの手から幼い兄妹を助けてしまう。
ふたりには恐ろしい秘密が隠されていた。
ロタ王国を揺るがす力を秘めた少女アスラを巡り、“猟犬”と呼ばれる呪術師たちが動き出す。
タンダの身を案じながらも、アスラを守って逃げるバルサ。
追いすがる“猟犬”たち。
バルサは幼い頃から培った逃亡の技と経験を頼りに、
陰謀と裏切りの闇の中をひたすら駆け抜ける。

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上橋菜穂子さんの「守り人」シリーズ5巻目です。
初めての上下巻。

「守り人」なのでバルサの物語。

本作は一作ごとに、新たな国が舞台になります。
今回は新ヨゴ皇国の西隣となるロタ王国が舞台です。
始まりは、バルサがタンダと共に新ヨゴ国のロタ国境付近で行われる草市を訪れています。
この2人が一緒にいるとなんだかほっとしますね。

バルサはそこで、人買いの手から幼い兄妹を助け出すのですが、
そのことで国を巻き込む大きな災いに巻き込まれることになるのです。
いつもながら、見てみないふりができない「正しい心」を貫こうとするバルサ。
もうこれは仕方ありません。

 

ロタ国は南北の人々がいがみ合っているほか、
辺境の地に「タルの民」という少数民族がいて、
なぜかロタの人々に疎ましがられ、差別されているのです。
この人買いに売られようとしていたのは、タルの民の兄チキサと妹アスラ。
ところがそのアスラは恐ろしい力を秘めていた・・・。

ということで、そのアスラを利用しようという陰謀があり、
4人はアスラとバルサ、そしてタンダとチキサという風に離ればなれになってしまい、
それぞれが苦難の道を行くことになります。
バルサは果たしてこの少女を真に救うことができるのか・・・?

 

国内のいざこざや、伝承、そしてやはりあちら側「ナユグ」とのつながりのこと。
一体どうしたらこんな物語を紡ぐことができるのやら、感嘆するばかり。
まあ、とにかくひたすら楽しむのみです。
それにしても毎度毎度、けがの絶えないバルサ。
それでも生き抜く・・・。
心だけでなく体も強いなあ・・・。

<図書館蔵書にて>

「神の守り人 上 来訪編」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★☆

 

 


「虚空の旅人」上橋菜穂子

2020年09月19日 | 本(SF・ファンタジー)

チャグムが成長していく・・・

 

 

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海にのぞむ隣国サンガルに招かれた、新ヨゴ皇国の皇太子チャグム。
しかし、異界からの使いがあらわれたことで、王宮は不安と恐怖につつまれる。
呪いと陰謀のなかで奔走するチャグムを描く、シリーズ第4作。

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「精霊の守り人」から始まるシリーズ第4作目。
でも今回は“守り人”ではなく“旅人”となっていまして、
つまり“守り人”は用心棒バルサ中心の物語、
“旅人”は皇太子チャグム中心の物語、ということになります。

 

チャグムは新ヨゴ皇国の皇太子。
となればそもそもそう気軽には旅にはでられないわけなのですが、
本巻ではヨゴ皇国の隣国、サンガル王国の「新王即位ノ儀」に招かれ、
国を離れてはるばるやって来たのです。
チャグム14歳。
学問係として先にも登場しているシュガが付き添っています。
本来なら手厚くもてなしを受ける外交訪問のはずですが、
折しもその時、サンガル王国の主権を狙おうとするタルシュ帝国の陰謀が・・・。

そしてまた、ここでも「サグ」と「ナユル」のような直接的には見ることのできない二重世界があり、
そのために1人の女の子が犠牲になろうとしているのです。

そんなことについ巻き込まれてしまうチャグム。

見ても見ないふり、知らないふりをすれば済むことではありました。
でもそうできないのがチャグムなのです。
将来一つの国を治めるべき自身の立場からすれば、むしろ立ち入るべきではない。
けれど、自ら危険を冒しても「正しい」と思える方に進む。
こうした為政者のあり方だってあるのではないか・・・と考え始めるチャグム。

よいですねえ・・・、少年は立派に成長しつつあります。
バルサなしでも立派にやっていける。

というところで、今後のシリーズもますます楽しみになるのでした。

 

図書館蔵書にて

「虚空の旅人」上橋菜穂子  軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★☆