映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

セントアンナの奇跡

2009年07月30日 | 映画(さ行)
イタリアでは祖国アメリカにいるより自由

            * * * * * * * *

1983年。ニューヨーク。
まじめに勤務していた老郵便局員が、ある日客として現れた男を射殺。
彼の部屋からは、行方不明になっていたイタリアの古い彫像の首が見つかる。
彼が心に秘めていた過去の物語とは・・・・・・・。


時は第二次世界大戦時までさかのぼります。
彼、へクターは、米国の黒人部隊“バッファロー・ソルジャー”の一員として
イタリア、トスカーナ地方に来ていました。
当時、アメリカではまだまだ人種差別が根強くあり、
黒人のアメリカへの忠誠心を試すかのように、黒人の入隊志願を募りました。
多くの黒人が、自分たちのアメリカでの地位向上を夢見て入隊したのです。
実は、白人だけでは兵の人員配置が苦しくなっていた・・・、
多分そういう事情であったろうと思われるのですが。

こういう事情は、とても良くわかるのです。
今、まだ途中ですが真保裕一の『栄光なき凱旋』という本を読んでいまして、
こちらは、アメリカ在住日系2世の話なのです。
同様に日系人の部隊が編成され、ヨーロッパに派遣されています。
いずれにしても、彼らは本国では白人たちにいわれなき差別を受けており、
都合のいいときだけ利用されているということも承知のうえで、
しかし、自らのアメリカ人としての立場を主張するために、
命を掛けて入隊した。
・・・そういうちょっと哀しく理不尽な歴史が実際にあったということですね。


へクターは戦闘の中で他の三人の仲間と共に、部隊からはぐれてしまいました。
そこで、ちょっと変わった少年と出会うことになります。

この地には様々な人たちが入り乱れています。
アメリカ軍の白人、黒人。
ドイツ軍。
地元イタリアの人たち。
ファシスト。
パルチザン。
しかし、その人種、国籍に関わらず、
信頼できる人、できない人が、またそれぞれにいるのです。
この混沌とした中で、
少年を救いたいという思いがリレーのように
バトンタッチされていく気がしました。
どんな立場であっても、
こうした思いでつながることができるというのは唯一の救いです。


黒人兵たちはイタリアの村で不思議な感覚を味わいます。
「今、自分たちはアメリカにいるよりも自由だ・・・」
イタリアの人たちにとっては、黒人も、白人もアメリカ人は単に「外国人」。
差別を知らないのです。
祖国では、店に入ってカキ氷を食べることもできなかったのに・・・。

でも、このような思いの果てのずっと未来に、オバマ大統領がいて。
なんだか感慨深いですね。

チョコレートの巨人こと、トレインも、とてもいいキャラクターでした。
彼は知能が低いわけではないと思うんです。
心は誰よりも純真。
まあ、戦争には不向きですね。
リーダー格スタンプスと、女好きのビショップ。
4人それぞれの個性もきちんと丁寧に描かれていて、
飽きることがありません。

40年を経て、へクターが使った銃は、
あの時、ドイツ軍将校から手渡された銃ですよね。
因縁というか、運命というか、これも奇跡の一つなのでしょう。
ラストシーンでは、泣かされました。
160分と結構長かったのですが、全然長く感じませんでした。
この長さは、実際必要な長さです。
これもオススメの感動作! 

2008年/アメリカ・イタリア/160分
監督:スパイク・リー
出演:デレク・ルーク、マイケル・イーリー、ラズ・アロンソ、オマー・ベンソン・ミラー


映画『セントアンナの奇跡』予告編


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「終末のフール」 伊坂幸太郎

2009年07月29日 | 本(その他)
終末のフール (集英社文庫)
伊坂幸太郎
集英社

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この本には特異な舞台装置があります。
それは、地球に小惑星が衝突し、人類の滅亡が間もないということ。
それは8年前に予告されました。
人々はパニックになり、自暴自棄になって
どこかへ逃げ出そうとしたり、人を傷つけたり、自殺したり。
それから5年、つまり地球の滅亡まであと3年となっている時点でのストーリー。
なぜか、人々は平穏な小康状態にある。
余命3年となった、仙台の団地、ヒルズタウンの人たちの話です。


短編集なのですが、どれもこの団地の人々の同時期の話なので、
一度登場した人物が後でまた顔を出したりする。
こういうところはちょっぴり楽しいのです。

ここまで生き残った彼らは、この後3年をどのように過ごそうとしているのか。
何をよりどころにそれまで生き続けるのか・・・?


「太陽のシール」では、これまで、不妊治療をうけていたのに、
子どもは授からず・・・、
しかしこの期に及んでこんな時に、妊娠してしまった夫婦のストーリー。
3年先に命を落とすことになることを承知の上で、子どもを産むことの是非・・・。
特に普段から優柔不断で、『決断』が苦手な富士夫君の決心とは・・・?

「冬眠のガール」 父の残した膨大な本をひたすら読み続け、
すべて読みつくしてしまった美智。
さあ、あと3年は何をしよう・・・。彼女は、最後のときを共に過ごす、恋人を探すことにしますが・・・。

「演劇のオール」 1人暮らしの老婆の家へ行き、話し相手やお世話をし、孫娘の役を演じる倫理子。
また時には、ある女性の姉の役、ある兄妹の母親役・・・。
それぞれに欠けた家族を演じているうちに・・・。


いつもの伊坂ワールド、淡々とした会話ながらそこはかとなくユーモアが漂う。
こんな終末の世界でありながら、
生きようとする人々の思いはことのほか豊かです。
考えてみたら私たちも普段から「限られた命」を宣告されているようなものです。
この本の場合は、それがすべての人に等しく残り3年、となっているだけ。
もう、老後のたくわえは必要なく、大金を残しても意味はない。
この金銭の呪縛から開放された人々は、
本当に自分のしたいことをするのです。
そんな中で、でもやっぱり淡々とお店を開いたり、仕事を続けていく人もいて。
人が何を大切に考えるかが、モロにわかってしまいますね。
大変興味深いところです。
もし私なら・・・、やっぱり映画を見続け、本を読み続けるかなあ・・・。

ユニークで、楽しめて、考えさせられる一冊です。

満足度★★★★☆
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サンシャイン・クリーニング

2009年07月27日 | 映画(さ行)
頑張っても頑張ってもダメなときに・・・

           * * * * * * * *

この作品は「リトル・ミス・サンシャイン」のスタッフが再結集し作ったもので、
だからやはり、家族の再生がテーマです。

ローズはハウスクリーニングの仕事で生活を立てているシングルマザー。
高校生の頃はチアリーダーとして、
皆にもてはやされる華やかな存在だったのに、
今では子どもを抱えて生活するのがやっと。
昔の恋人と不倫をしているさえない日々・・・。

その息子オスカーは変わり者で、小学校を退学させられる始末。

妹ノラは、気分にムラがあって、アルバイトをしてもすぐにクビ。
未だに実家の父と同居。

また、その父は一攫千金を夢みているけれど、いつも失敗。


なんともさえない家族なのですが・・・・・。
ローズは、オスカーの私立学校入学の資金のために、
儲けが大きいと聞いた事件現場の清掃の仕事を始めます。
さあ、この仕事はうまくいくのでしょうか・・・?


この姉妹が、どこか自信なさげに見えるのは、
母の死が彼女たちに影を落としているのだということがわかってきます。
まだ二人が無邪気な子どもの頃のこと。
これもなかなか切ない。

けれど、二人は次第に清掃のノウハウを身に付け、
ドシロウトからプロへと前進していきます。
清掃というのは実際、仕上がると気持ちがいいものです。
人の役に立って、お金にもなる。
こういう成果がはっきりと見える仕事って、時々うらやましくなるんです。
事務の仕事では、なかなかこういう風には行きません。

けれど頑張っても頑張ってもダメなこともある。
そんなときに、また立ち上がる勇気をくれるのは、やはり家族なのだなあ・・・。

そもそも、完璧な人生や家族なんてありっこありません。
もと花形のチアリーダーも、ふがいない自分に落ち込んでしまう。
清掃業という仕事。
結婚もしていなくて、不倫・・・。
そんなローズに、私たちはとても共感を覚えてしまいます。
彼女が不倫相手に別れを告げるシーン。
なかなか良いです。
相手の彼にもそこはかとなく愛情が感じられる・・・。
でも、流されず、自立に向けて懸命に意思を通そうとする。
けれど悲壮でも、怒りでもない、不思議と柔らかな表情なんですよ。
つい、涙を誘われてしまいました。

そしてラストがいいです。
希望が見えます。
そうですよ、いつまでも落ち込んでなんかいられない!
元気を分けてもらうような気にさせられる、おススメの作品です。

2009年/アメリカ/92分

監督:クリスティン・ジェフズ
出演:エイミー・アダムス、エミリー・ブラント、アラン・アーキン、ジェイソン・スペベック、クリフトン・コリンズ・Jr


映画「サンシャイン・クリーニング」予告


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「栄光なき凱旋 中」 真保裕一

2009年07月26日 | 本(その他)
栄光なき凱旋〈中〉 (文春文庫)
真保 裕一
文藝春秋

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さて、2巻目となりました。
いよいよ物語は佳境に入ります。

日本軍の真珠湾攻撃により、
アメリカで暮らす日系人たちが苦境に立たされています。
日系二世、3人の青年の選んだ道は・・・。
結局みな米軍に入り、日本軍と闘うことになるんですけどね。
それぞれ目的は微妙に異なる。


マット・・・<元気印!>
ハワイで生まれ育った2世です。
リーダー性あり。
南国の陽気さタフさを持っていて前向き。

ヘンリー・・・<悩み多きインテリ>
ロサンゼルス出身。
銀行の就職が決まっていたのに、戦争のためにフイに。
婚約者も亡くし、強制収容所に収容されていた。

ジロー・・・<ロンリー・ウルフ>
ロザンゼルス出身。
ヘンリーとは同郷。
ある大きな秘密を持つ。
日本語能力が特に優れているため、いち早く語学兵として、軍隊に入る。


それぞれの個性も、よりはっきり出てきました。
上巻ではハワイ陣、ロス陣、会うことはなく、
それぞれ別個にストーリーが進んでいましたが、
この巻ではまずマットとヘンリーがミシシッピ州の軍のキャンプで出会います。
この二人の出会いはなかなかいい。
陽のマットと陰のヘンリーは、お互いに良い影響を与え合います。
いつも集団からは一歩身を引くヘンリー。
いつも輪の中心にいるマットですが、
彼は、輪の外のヘンリーにもきちんと反応し、次第に輪の中へ引き込んでゆく。

さて、そのマットもまた、日本語の能力を乞われ、語学兵となります。
ある特命を受け、フィリピンに向かいますが、
そこでコンビを組むのががジロー。
日本軍に占領されたフィリピン、つまり敵地に潜入し、
ある極秘文書を米軍が見たと気づかれないように日本軍に戻す、という任務。
スパイであります。
どこから見ても見た目は日本人の二人。
日本人になりきってこの危険な任務を果たすことができるのか・・・。
いよいよ高まる緊張感。
ジローは愛想がなく言うことも辛辣。
でも、マットは、彼に対して興味を抱いていくのですね。
もしかすると、ジローの孤独をマットが救うことができるのでしょうか・・・・。
残念ながら、その答えはまた来月、ということになります。

それにしても、同じ日本人の血を引く2世たちが、
アメリカ人として、日本人に銃を向けなければならない。
しかし、アメリカの中でも彼らは差別を受け、決して楽な立場ではない。
そのアメリカのために、命を掛けることができるのか・・・・・・。
様々な自己矛盾、迷い。
こうしたことがとてもきめ細やかに描かれています。
そうして、エンタテイメント性もあり。
待たれる次巻!

満足度★★★★☆
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「切れない糸」 坂木司

2009年07月25日 | 本(ミステリ)
切れない糸 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M さ 3-4)
坂木 司
東京創元社

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少し前に読んだのが、「シンデレラ・ティース」で、
歯医者さんが舞台でしたが、
この作品の舞台は、クリーニング屋さんです。
いろいろ職業にまつわる薀蓄があるのもちょっと得した気分ですね。

さて、この本のツカミがいい。
主人公が子どものときから、どうもいろいろな生き物が転がり込んでくるというのですね。
犬やネコはもちろん鳩、スズメ、イグアナ、フェレット・・・。
迷子か捨てられたのか良くわからないけれど、なぜか困った顔で目の前にいる。
自分は特に動物が好きなつもりはないけれど、
見捨てることはできないのでつい、拾って帰る。
しかし良くしたもので、獣医さんの協力もあって
そのうち引き取り手が現れ、
動物たちは振り返りもせずに、さっさと出て行くのだそうな・・・。
こういう語り口がいかにも自分は優しくなんかない、
と露悪的に書かれているのですが、
いやいや、自分ではそのつもりでも、
これってかなりのお人よしのおせっかい焼き
・・・と、バレバレに見えてしまうのもいい。


そうして、この主人公、和也が大学生というところで、
いよいよ物語がスタート。
彼の家はクリーニング店です。
卒業も間もないという頃、父親が急死。
店のあとを継ぐなんて、それまで考えてもいなかったのに、
周りの期待を一身に受けてしまうと、断るにも断れず(・・・やっぱり!)、
急遽、後を継ぐことになってしまったのです。
クリーニングの知識も何もなく、一から勉強。
お客さんへの対応。
商店街の人たちとの付き合い。
これでもなかなか大変ですね。
そんな和也の息抜きの場所が、ある喫茶店。
そこでは和也の友人沢田が店長代理でバイトをしていて
いろいろグチも聞いてくれる。

・・・と、このような背景がありまして、
そこでようやく、いつもの日常の謎に入るわけです。
クリーニング店のお客にまつわるいろいろな疑問、謎。
それをするすると解くのが、喫茶店の沢田くん、というわけです。


この本のメインは、謎を解いていくことよりも、
徐々にこの和也と関わった人たちが、
つかず離れずのいい隣人関係を気づいていくところなんです。
沢田は、親身に謎を解いてはくれるけれど、
どこか傍観者的で、いつも皆から一歩引いていているところがある。
そんな彼が、心のよりどころとなる、人との「切れない糸」を見つけていきます。
謎解きの後ろに、こういうバックボーンがあって、
とても愛すべき一冊に仕上がっていますよ。
そのバックボーンはおざなりなんかではない。
なにしろ題名がそのものなんですから。


商店街は小さなプロフェッショナルの集まり。
作品中にそんな言葉があります。
近頃は大型スーパーが多いけれど、
こういう商店街もいいもんだなあ・・・と思いました。
・・・そうそう、私がなりたかったのは
こういう商店街の中にある本屋さんのおかみさん。
しかし、う~ん、考えてみたらうちのご近所にはそんな商店街もありゃしない。
ちょっとさみしいですね。

満足度★★★★☆
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ダーティ・ハリー・ポッター?

2009年07月24日 | インターバル
ダーティハリーの映像を探していたら、こんな変なものを見つけてしまいました。
TV番組のようです。
ダーティ・ハリーの二代目がダニエル・ラドクリフで、
魔法を駆使しつつ事件解決、なーんていうのもいいかも。

ただし、ロンは相棒にならないほうがいい。
命がいくつあっても足りません。


ダーティ・ハリー・ポッター


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ダーティハリー 

2009年07月22日 | クリント・イーストウッド
ダーティハリー 特別版 [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ

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ガンマンから刑事への転身

* * * * * * * *

さあ、いよいよダーティハリーですね!
あのねえ、字幕で見てなんだか違和感感じてしまったんだけど・・。
それね、ダーティハリーの声は山田康男じゃないと、ってことでは?
それです。それ!
刷り込みですよね~。ダーティハリーってほとんどテレビの洋画劇場かなんかで見てたので、
強烈に山田康男の声のイメージが強い。
この間からずっと、本物のクリント・イーストウッドの声を聞いているのにね・・・。
これだけは吹き替え版で見たい気がしてきました。


さて、これはシリーズ5作あるうちの第一弾。
サンフランシスコで無差別狙撃事件が起きる。
大胆な犯人は10万ドルをよこさなければ、次の犠牲者を狙うと宣告。
そこで乗り出したのが、サンフランシスコ市警、ダーティハリーことハリー・キャラハン刑事。
ここで、相棒になったのはチコ(レニ・サントーニ)。
この時点ですでに、ハリーと組んだ相棒は怪我をしたり死んだりするという設定になってましたね。
勇気あるパートナーです。


この作品では一度犯人が逮捕されるのに、ハリーの暴力と証拠不足で、釈放になってしまうんだよね。
容疑者の人権という問題。
今、冤罪が話題になっているけれども、それと表裏一体でこのように過度な容疑者への保護の問題もあるよね。
まあ、映画を見ていれば犯人は明らかだけれど、現実はそうは行かないから・・・。
ある意味、やはりこの釈放は正しいんだよね・・・。
ま、そういうことを真剣に考えるという質の作品ではないんだけどね。

それはさておき、犯人の指示で、公衆電話を渡り歩き、走り回り、ふりまわされる刑事。
こういう光景は、その後の映画やTVでも多用されてますね。
この作品がハシリだったんでしょうね。
バスジャックされたスクールバスの上に陸橋から飛び降りるハリー。
おお、アクションだ。
どちらかというと、ニヒルに構えていたそれまでの刑事モノから、アクションする刑事モノへの変遷の出発点なんじゃないでしょうか。
これがもっと過激になると、ダイ・ハードになる。
そういうことですねえ。


この時代のヘアスタイルって、なんだか独特のものがありますねえ・・・。
皆さんやや長髪気味。微妙に時代色があるなあ。
いっそ西部劇なら、そういうのを感じないんですけどね。
ほとんど40年前の作品で、今と同じというのが無理です!

昼食のホットドックか何かをほおばりながら、
銀行強盗を捕まえてしまう。
口をもぐもぐさせながら、言うセリフがカッコイイ。
ここは、今は亡き山田康男さんの吹き替えでご覧ください。
結局この映画でも、彼はガンマンでした!

1971年/アメリカ/102分
監督:ドン・シーゲル
出演:クリント・イーストウッド、レニ・サントーニ、アンディ・ロビンソン、ハリー・ガーディノ


ダーティハリー 山田康雄 吹替版


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恐怖のメロディ

2009年07月21日 | クリント・イーストウッド
恐怖のメロディ 【ザ・ベスト・ライブラリー1500円:2009第1弾】 [DVD]

ジェネオン・ユニバーサル

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私にミスティを聞かせて・・・
           
           * * * * * * * *

これはクリント・イーストウッド、初監督作品ですね。
はい、まあ、そのお祝い(?)の意味か、ドン・シーゲル監督がバーテンダー役で友情出演してるんですよ。
あ、そうなの、ちっとも知らなかった。
ここではクリント・イーストウッドは、ラジオの人気DJ、デイブ。
やっと、銃と縁が切れたんだね。
しっとりと、詩を読んだりしながら、リクエスト曲をかける。まあ、ガンファイトには絶対ならないよね。
いつも、同じ女性がリクエストの電話をかけてくるんだよね。
「“ミスティ”をかけて」、と。
そう、それでこの作品の原題が"PLAY MISTY FOR ME"なんだけど、原題の方がおしゃれだよね。
そうだね。けど直訳だと、邦題としてすわりが悪いということか・・・。
今なら、そのままカタカナにしちゃうだろうね。
さて、話をもどして、ある夜、バーで知り合った女が、そのいつもの電話の女性であるイブリン。
デイブは、心に決めた恋人トビーがいるにもかかわらず、イブリンと関係を持ってしまうんだね。
さて、そこまでは良くある単なるプレイボーイの浮気話。問題はここから。
イブリンが異常になれなれしく付きまとってくるんだね。
愛だの、恋だのじゃない。一夜限りの関係と割り切っていたはずなのに。
つまりこれってストーカー?
そうだね、でもこれは1971年の作品で、その頃まだ「ストーカー」という言葉はなかったね。
言葉はなくても、そういう人はいるわけだ。
別れ話を持ち出せば自殺を図る。
突然切れて、暴れる。
だんだんそういう狂的な部分が見えてくるんですよ。
恋人とは別れたくないし、・・・次第に追い詰められていくデイブ。
心理的に、ちょっぴり怖いストーリーでした。

でもさ、もとはといえば、恋人がいながら浮気したデイブが良くないんだよね。
その通りです。男性諸氏は肝に銘じるように。
“ミスティ”という曲の名前は何度もでてくるのだけれど、映画中ではずっとその曲は流れないよね。
そうそう、一体どんな曲だっけ???と思わせる。
それが、最後の最後にかかるんだよね。ここの演出がなかなかしゃれていました。
で、結局、この初監督作品ってどうなの?
う~ん、そう手放しにいいとは言いがたいかなあ。
これまでの豪快なガンマンが、1人の女に振り回される役・・・というのは、いいんだけどなんか違和感あるし。
本人がイメージ変えたいという気持ちもあったんだろうねえ。
途中、デイブとトビーの不必要に長いラブシーンがあったりして、あまりテンポも良くない。
まあ、やっぱり初監督作品なんでしょう。
ほんの出発点、ということか。

1971年/アメリカ/103分
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ドン・シーゲル、ジョン・ラーチ、ジェシカ・ウォルター


恐怖のメロディ (1971)予告編 PLAY MISTY FOR ME Movie Trailer


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サイモン&ガーファンクル 公演

2009年07月19日 | コンサート
サイモン&ガーファンクル 公演

7月18日(土) 札幌ドームにて

サイモン&ガーファンクルは1964年に結成されたフォーク・ロックデュオ。
私くらいの年代の方なら、もう説明するだけヤボ。
ポピュラーに興味のない人でも、
このグループの歌声を聴いたことがない、なんていう方はいないでしょう。
そのサイモン&ガーファンクルの来日。
しかも札幌に来るというので、早々とチケットを入手。
昨日、行ってまいりました。
札幌ドームは、
サッカー(コンサドーレ…は道外の方にはあまりなじみがないかな?)や、
野球(むろん、日ハム)の試合観戦で何度か行っていますが、
コンサートで行くのは初めて。
私の身の回りではSMAPで行っている人が多いのですが。
広い会場が、どんどん人であふれていく。
わくわくしてきますね。
予想どおり、周りはほとんど私と同年輩のかたがたです。

サイモン&ガーファンクルは1970年にいったん解散しているのですが、
その後も時折再結成をして、ツアーをしています。
初来日は1982年。
今回はその後16年ぶりの来日で、
もちろん札幌は初めて。
しかし、彼らの年齢も考え合わせると、
多分日本公演はこれが最後だろうといわれています。


サウンド・オブ・サイレンス、スカボロフェア、ミセス・ロビンソン、アメリカ、明日に架ける橋、コンドルは飛んでゆく・・・・・・・・・

どれもみな美しく懐かしい。

ふと思ってしまったのです。
これらを発売リアルタイムで聞いていたのは、私が小学校~中学校くらいの頃。
その頃、40年もあとで、この札幌で生S&Gを聞くだなんて
夢にも思っていなかったですね。
仕事を持って、結婚して、母になって・・・、
そんな自分すら想像もつかなかった。
ただただ、将来については漠然と不安と期待を持っていた、少女の私。
それから40年が過ぎているなんて。
まるで夢のようです。
40年前の少女の私が夢なのか。
いま、ここに座っている私自身が夢なのか。
懐かしいメロディに身をゆだねながら、
不思議な感覚の中に浮遊していました。

タイムスリップをありがとう。
サイモン&ガーファンクル様。


こちらは、若き日のS&G。やっぱり、若いのがいいな。

サウンド オブ サイレンス


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猫のつもりが虎

2009年07月18日 | 本(エッセイ)
猫のつもりが虎 (文春文庫)
丸谷 才一
文藝春秋

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丸谷才一氏は、大正14年生まれの小説家、文芸評論家。
エッセイストとしても名を馳せています。
この本は知的好奇心をくすぐる、大人のエッセイ。
しかもこの本は、和田誠氏のカラーイラストもたっぷり。
お得な一冊です。

まず、丸谷氏の文章の特徴は、旧仮名遣いであること。
・・・といふ。
・・・でせう。
・・・やうな気がする。
始めはやはり違和感を覚えたのですが、
最後の方ではもうほとんど気にならなくなっていました。
慣れ、なんですね。
むしろ何か古風で、やはらかい感じ(?)。
素朴な味が出ます。


冒頭、「ベルトの研究」。
ベルトというのは5000年以上も前からあるけれど、
ズボンを締めるのに使うのは、この80年間に過ぎない、というのです。
ではその5000年前は何のためにベルトを使っていたのか。
そもそもローマ人などでは、ズボンははいていませんね。
まずは、ベルトというのは装飾であり、呪術的な性格のものだったらしい。
古代人は、ベルトの呪力を信じていた。
現代人もまた、古代的迷信にとらわれて、ズボンにベルトをする。
そもそも、大抵の場合ズボンにベルトをしなくても、
ズボンは落ちてきたりはしない・・・・と。
なるほど、なるほど。

このように、氏のユニークな考察が繰り広げられています。
丸谷氏はほとんどうちの父と同じくらいのご年配です。
こういう知的興味を満たす頭脳の働きは、元気の基になりそうですね。

満足度★★★☆☆

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「風が強く吹いている」 三浦しをん 

2009年07月17日 | 本(その他)

風が強く吹いている (新潮文庫)
三浦 しをん
新潮社


この本は竹青荘というボロアパートに住む10人の学生が、
箱根駅伝出場を目指す、というストーリーです。

実のところ、私、お正月に箱根駅伝があることくらいは知っていますが、
駅伝もマラソンも似たようなもの、くらいの認識しかなかったですね・・・。
この本を読んで、駅伝というのがどんなに過酷で、
どんなにチームワークが大切かということが良くわかりました。

このメンバー10人が主人公といっていいと思いますが、
メインとなるのは、まさに走るために生まれてきたと思われる、走(カケル)。
彼はとにかく走っていさえすれば幸せなのですが、
高校のときチーム内で暴力沙汰を起してしまったため、退部。
その後、自分でトレーニングは続けていたけれど、
どこにも所属はしていなかったのです。
気持ちは純粋で自由。
いわゆる体育会系の上下関係、
押し付けがましい集団の規範、
そういうものが大嫌いなのですね。
そんな彼だから、
普通の大学の駅伝のためのクラブではやっていけなかったでしょう。

さて、もう1人、灰二(ハイジ)。
彼も以前から走ることがすべてという生活を続けていたのですが、
足の故障のため、しばらく走っていなかった。
このハイジが竹青荘の他の9人に呼びかけるのです。
箱根駅伝に出てみないか---?
しかし、実のところ走以外はみなほとんどド素人。
市民マラソンではあるまいし、
出たければ誰でも出られるというものではないです。
厳しい予選を勝ち抜かなければならないし、
もちろんそのためには日々の練習も半端なものではダメ。
みなとんでもない・・・と思いながらも、
ハイジの統率力にうかうかと載せられてゆく・・・。

このメンバー10人がそれぞれに個性豊かで楽しいですよ。
双子や黒人留学生、漫画オタク。
みな冗談じゃないとぼやきながら、確実に力を身に付けてゆきます。

スタート前のシーンなどでは緊張感がひしひしと伝わってきます。
応援団であり、またマネージャー的役割の葉菜子は
走り出したみんなを見て思います。

「走る姿がこんなに美しいなんて、知らなかった。
これはなんて原始的で、孤独なスポーツなんだろう。
誰も彼らを支えることはできない。
・・・・・・・あのひとたちはいま、
たった一人で、体の機能を全部使って走り続けている」

彼女の感動に引き込まれまして、
このシーンでは私も、
例によって通勤バスの中でしたが思わず涙がこぼれてしまいました。
(ハズカシイ・・・!)
走ることは確かに孤独でありながら、駅伝では皆がつながっているのです。
1人1人の最大限の努力が確実に皆に伝わっていく。
こういうところがいいですね。

最後の実際の箱根駅伝のシーンでは、
たすきを掛けた一人ひとりの思いが第一走者から順にじっくり語られていて、
読み応えたっぷり。
まさに満足感たっぷりの青春小説です。
ウィークデイ就寝前の読書は、
さほど進まないうちに寝入ってしまうことが多いのですが、
このシーンは、あまりにも面白くて、
最後まで読みきってしまい寝不足になってしまいました。
走は9区を走ります。
素晴らしいシーンが見られますよ。


本なんか読んでる場合じゃない。
私も、外に行って風を受けて走ってみたい!
そんな気にさせられるのでした。
いえ、やりませんけどね・・・。
100メートルも走れば息も絶え絶えでしょう。
運動不足もいいところ・・・。
しかし、今度のお正月の箱根駅伝はもっと、
興味を持ってみることができそうです。

すでに映画化されていて、この秋公開だそうな。
これは多分映像的にもいいだろうなあと思います。
是非みたいですね。
「風が強く吹いている」三浦しをん 新潮文庫
満足度★★★★★
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ノウイング

2009年07月15日 | 映画(な行)
映像は驚異的ですが・・・・・・・・

* * * * * * * *

えー、なんといえばよいのか・・・。
ニコラス・ケイジ出演作は、ここのところ2流どころ止まり、という気がします。
予告編は面白そうだけれど、
実際に見てみると、な~んだ・・・、という感じ。
この作品も、たぶんそうだろうとの予測で、
あまり気が進まなかったのですが、
スケジュール的にちょうどよくて、見たいものがほかになかったので・・・。
とは、あまりにも消極的かな?

まあ、そうダメダメというわけでもないんですよ。
マサチューセッツ工科大学、宇宙物理学者のジョン。
彼は息子ケイレブの小学校の記念式典で、
50年前のタイムカプセルが開かれるのを見ました。
その中の手紙の一つが、ケイレブの手に渡ったのですが、
そこにはびっしりと数字が書き並べられている。
一見無意味な数字の羅列に見えるのですが、
ジョンは見ているうちに、
年月日を表している数字部分があることに気がつきます。
その年月日をパソコンに打ち込んでみると、
なんとそれは大きなテロや事故が起きて、多くの犠牲者が出た日。
そして、犠牲者の人数、そのものの数字であることがわかってきます。
しかもその年月日というのは、それが書かれた50年前より以降のこと。
年月日は次第に現在に近づき、最後の方は、未来の日付になっている。

この予言の書は、誰が書いたものなのか。
どうして未来を知ることができたのか。
そして、最後の日付の後に、犠牲者数は書かれていないけれども、
それはなぜ???


ミステリアスな謎。
衝撃的で、迫力のある映像。
美しい宇宙船。
父子の心の絆。
う~ん、実際悪くないんですけどね。

地球の破滅というテーマが、今やありきたりなのでしょうか。
以前、「地球が静止する日」を見たときにもちょっと思ったのですが、
今や世界はかなり狭いんですよ。
自宅にいても、世界中の情報をリアルタイムで得ることができる、
というグローバルな時代。
今、世界の破滅というテーマを扱おうとする時に、
いくらアメリカ映画だからといって、
アメリカ、しかも単に個人というミクロ的な視点だけで話が進んでゆくことに、
どうもリアティが感じられないのですね。

ウイグル自治区で暴動が起これば全世界が反応する。
マイケル・ジャクソンが亡くなれば全世界が悲しむ。
地球温暖化だって、今や全世界の共通の課題。
こういう時代には、こういう時代の地球の破滅、人類の危機を
描いて欲しいものです。

だから、今のこの手の映画では、「すごいなあ」・・・とは思うのですが、
「怖いなあ」とは思えない。
それなので、「クローバーフィールド」のように、
情報の混乱を描きつつ、
個人の視点はあくまでも個人のビデオ記録として描き出した手法は、
成功なわけです。

今後の映画に期待したいところです。

2009年/アメリカ/122分
監督:アレックス・プロヤス
出演:ニコラス・ケイジ、ローズ・バーン、チャンドラー・カンタベリー、ララ・ロビンソン



『ノウイング』予告編<7.10(金)全国ロードショー>


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ミーシャ/ホロコーストと白い狼

2009年07月14日 | 映画(ま行)
野生を身にまとい生き抜く少女

* * * * * * * *

1942年、ベルギー、ブリュッセル。
ユダヤ人少女ミーシャは、学校へ行っている間に、
両親がナチスに連行されてしまいます。
しばらくは善意の人の家においてもらうのですが、次第に邪魔者扱い。
確かに、ユダヤ人を匿っていると知れれば罪になるのですから、
無理もありません。
両親が東の方へ連れて行かれたと聞き、
ミーシャはただ1人磁石を頼りに東へ東へと歩き始めます。

以前に見た「ディファイアンス」という作品も、
ホロコーストを逃れてユダヤ人が山にこもる話でしたが、そちらは集団。
このストーリーでは少女がたった一人です。

1人旅立ちを決意した少女の目は、もう大人の目をしていました。
誰にも頼れない。
一人で生きていく。
こういう覚悟をしたときに、人は大人になるんですね・・・。
そもそも、周りの人間をも彼女は信じることができないのです。
他人がすべてナチスに自分を売り渡そうとする敵に見えてしまう。
だから、自分で生きていく他なかった。

敵はナチスだけではないのですよね。
その時代を包む大きな魔物のような何か。
人々はそれに突き動かされていた。
だからこの時代の数々の悲劇が未だに語られ、物語にされるのでしょう。


さて、この映画で驚くべきなのは、
このミーシャ役のマチルド・ゴファールの演技です。
少女は、人と交わらず山や荒野をさまよううちに次第に野生化していくのですが、
その過程が恐ろしいほどにしっかり表現されています。
あのような極限の状況では、
空腹だけが頭を支配し、生き延びることだけが命題となるのだなあ
・・・というのが、切実にわかります。
時折民家に忍び込んで盗みもする。
虫を食べ、生肉をすする。
時に描写は生々しすぎて目を背けたくなるほどです。

唯一の救いが、白い狼と出会ったこと。
孤独な彼女に、ほんのひと時の温もりとなったのです。
もうそのとき彼女は本当に、人の姿をした狼でした。

この汚れ役、良くやり遂げたなあ・・・と、感動してしまいます。

犬好きの私は、あの白い狼にも感動しちゃいましたが。
・・・あの、「お父さん犬」より迫力がありつつ、かわいいですよ。

2007年/フランス・ベルギー・ドイツ/119分
監督:ベラ・ベルモン
出演:マチルド・ゴファール、ヤエル・アベカシス、ギイ・ブドス、ミシェル・ベルニエ
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「きつねのはなし」 森見登美彦

2009年07月12日 | 本(その他)
きつねのはなし (新潮文庫 も 29-2)
森見 登美彦
新潮社

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森見作品にしては、他のものとテイストがやや異なっています。
氏の作品はどちらかというと
ほっこり・ほんのりの味わいのものが多いのですが、
これは暗くひんやりした肌触り。
しかし、よく見れば、もちろん京都が舞台、学生が語り手。
京都に巣くう得体の知れないものの不思議・・・。
やはり、これも森見ワールドに違いありません。
語り手が自分を卑下し、おどけて語るか、
シビアに語るかの違いだけなんですね。

この本には4つの短篇が収められており、それぞれ独立しているのですが、
共通の部分も含んでいます。

芳蓮堂という古道具屋。
胴の長いケモノ・・・・・・。


冒頭の「きつねのはなし」は語り手の「私」が、
古道具屋「芳蓮堂」でバイトをしたときの話です。
女主人ナツメさん。
時々店の用事で訪ねる得体の知れない天城さん。
気のいい常連客の1人須永さん。
どうやらこの三人には、底知れない因縁があるようなのですが・・・。

古の都に住み続けている人ではないナニモノか。
京都ならそんなものがいてもおかしくないような気にさせられます。
人工的な明かりでは照らしきれない、暗がりに潜んでいるもの・・・。
現代では少なくなってしまった闇の片隅。
そこに追いやられてしまった何ものかが、
しかし、今もじっと身を潜めながら、様子を伺っている。

その正体は、もしかすると最後の「水神」に語られるものなのでしょうか。
暗い地下水路。
そこを流れる水。
そうした暗くて冴え冴えとした冷たさが、終始付きまとう一冊です。
夏にはいいですね。

満足度★★★★☆
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「レキシントンの幽霊」 村上春樹

2009年07月11日 | 本(その他)
レキシントンの幽霊 (文春文庫)
村上 春樹
文藝春秋

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さて、今、村上春樹は「1Q84」が大ベストセラーですね。
いまさらとても恥ずかしいのですが、私、村上春樹はあまりなじみがありません。
「ノルウェーの森」も読んでいないというのは、
本好きにはあるまじきことかも・・・。
ミステリ専門の時代が長かったもので・・・。

でも近頃は、むしろミステリでないほうが面白く感じています。
そこで、よし、ぜひ「1Q84」を読もうと思うのですが、
その前にまずエキササイズ。
まずは、小手調べで、この短篇集と行きましょう。


冒頭の「レキシントンの幽霊」。

ある古い屋敷で留守番をすることになった「僕」は、
夜中にふと目が覚めます。
どうも階下の居間から、ざわざわと大勢の人々の声が聞こえる。
何か、パーティーをしているようなのです。
上品でゆったりとしたパーティーの雰囲気。
しかし、そんな夜中にパーティーなどあるはずもない。
階下に行くと、
きちんと戸締りをし、開け放っておいたはずの居間のドアは硬く閉ざされ、
そのあちら側から確かに大勢の人のさざめきが聞こえる。
しかし、「僕」は居間のドアを開けて確かめてみることができないのです。
・・・まさにこれは怪談で、怖ろしくもあるのですが、
なにやら物悲しく懐かしい空気が漂う不思議な一篇です。
結局、その屋敷にまつわる怪しげな言い伝えも、
屋敷の持ち主の悲劇もありません。

"ひどく遠い過去に、ひどく遠い場所で起こった出来事のように感じられる"

と、この話は締めくくられています。
確かにそういった印象を残す作品で、この手触りは、なかなかいい。
それにしても、居間のドアを開けてみたら、どうなっていたんでしょうね・・・?


「七番目の男」

これも、ある意味怪談ではあるのですが、1人の男が昔語りをします。
少年の頃、大きな台風がきて、その台風の目に入った時に友人と海辺に出た。
信じられなく穏やかな海は、
しかしその直後、突如牙を向き、恐ろしい大波が押し寄せてくる。
友人はその波に飲まれ、自分はかろうじて助かった。
しかしそのとき少年は、波の中から口が裂けるほどに大きく口を開き、
ニヤリとこちらに笑いかける友人を見てしまった。
この恐怖。
自分だけが助かった罪悪感。
男はこのトラウマを背負い40年間を過ごしてきたのですが、
そうしてやっと得た答えとは・・・。
強烈な印象を残す作品です。


怪談めいた作品ばかりの紹介になってしまいましたが、
他のストーリーもどれも楽しめます。
村上春樹の空気を若干理解したことに気を良くして、
次には「ノルウェーの森」に行きたいと思います。

満足度★★★★☆

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