私の人生には、いつも川。
父と遊んだ楽しい時間も、
継母と諍い、バイト疲れの重たい体と心で、
逃げるように犬の散歩に出たときも。
家を出て、さまよったときも.....いつも川。
そして、今も。
昨日はここで、タヌキを見ました。
先日のことだった。
この時期になると、すでに扇風機の手放せないゴンザが、
私の目の前にあったそれを移動させようと、ひょいと手を伸ばした。
.....と。
取っ手の高さがちょうど、顔の位置にあったのだが、
ゴンザの手が迫った瞬間、
私は、びくっとして首をすくめ、目をつぶった自分に気づく。
虫や動物をあまり恐がらないのは、
そこに楽しい記憶がいっぱいあるから。
その宝物が、いつも私を支えてくれたから。
それはちょうど、子供の頃、
父にぶたれたときと同じような反応で.....
その恐怖が、今も消えていないことに、
私は自分で驚く。
これほどゴンザに大切にされ、
彼が手をあげることなど決してないと.....
ましてや、談笑していた真っ最中に、そんなことがあるはずなどないと、
わかっていながら。
私が小さな頃、母は今と、ある意味別人で、
植物を育て、漬けものを漬け、余ったご飯を乾燥させては、
揚げて、砂糖をまぶしたあられを作ってくれ......
妹の服を縫い、父とプロレスごっこに興じていた。
怒声も笑い声も、矛盾も変化も、激しかった家。
あれからはるかな時間が流れ、
晩年の父自身は、
私にあれほど手をあげていたことすら、
覚えていなかったのに。
私は忘れていなかった。
記憶というより、体が、忘れきれていなかったのだ。
これは何か、現在ゴンザに心を許しきっていることに、
関係があるのだろうか。
それとも、「父がそれを忘れてしまっていたこと」を知ったあのときに、
私の心に何かが起こったのか?
片翼の折れたバリケンのいる川沿いは、小さなころ、父と、
年中登った小山への道につながっている。
肥後の守ひとつで、いろいろ作ってくれて、
危険なものや、植物や、動物について教えてくれた。
鳥の獲り方や、絞めかた、食べる方法も。
.....日々どこかで耳にする、ため息や、大きな音、声、舌打ちが、
そのたび私の心臓をきゅっと止めそうになるのはずっと同じでも。
加えて、なぜ私は、ゴンザの手を恐れたのだろう。
あの、迫る影を。
.....私は間違えることを恐れる。
子供の頃、
漢字の書き取りをしていて、書き順を間違えば、
大きな手が容赦なく頭に飛んできて、
食事をしていて、米粒一粒でも食べこぼそうものなら、
途端に「ちっ!」っと舌打ちが聞こえ、
大きな手の影が、頭の上に見えた。
着替えや歯磨きが手間取ったといっては、外にひきずり出され。
出て行った母と内緒で会ってばれたときは、
延々と叩かれ続け、
近所の人が、
「erimaちゃんが酷くぶたれてかわいそうだから、もう会わないであげて」と、
母に懇願してくれたほどでも。
それを忘れてしまったまま死んだ父が、私は許せないのか?
『泣けば「まだ泣くか!」と、泣きやむまで叩かれ、
呼吸が出来ないほど苦しかったのに.....』
と。
私の中では声がする。
「父は忘れてしまいたかったから、忘れたのではないのか」
「八つ当たりや、感情任せの日々を後悔するあまりに」と。
そして、同時にもうひとつの声がする。
「もしかして彼は、忘れていなかったのではないか」
「後悔のあまりに、あんなことになったのでは?」
「彼を追いやったのは私なのではないか」と。
16歳で何もかも捨て、体ひとつでさまよった頃より。
母のもとで、世の中の、あらゆるひずみを見た頃より。
私は確実に臆病に、弱虫になった。
.....それは、今が幸せだから、なのだろうか。
それとも、ただの甘えなのか。