「俺とマツは、幼馴染みだったんでさ」
と、邦衛は、前を見て車を走らせながら、話します。
由美は、そんな邦衛の横顔を静かに見ています。
「奴んところも、父親がいなくて、なんとなく境遇が一緒でやしてね。それで、いつの間にか仲良くなってたんでさ」
と、邦衛は静かに話します。
「母親が一生懸命働いてくれて・・・それで、俺達を食わしてくれて大きくしてくれた・・・それも一緒でね。母親に頭があがらねえ」
と、少し苦笑しながら、話す邦衛です。
「奴とはなぜか、ウマが合いましてね。小学校、中学校、いつも放課後は、一緒につるんでやした。興味を持つものも一緒で・・・」
と、思い出を思い出すように話す邦衛です。
「あいつ、子供の頃から、黄色が、好きでして・・・なんでも、黄色いモノ集めてましたよ。黄色いキャップ、黄色いTシャツ、黄色いレインコート・・・」
と、少し笑顔になりながら、言う邦衛です。
「あー、なるほど、そうか。だから、黄色いシビックが、マツさんの車だって、わかったのね!」
と、由美は、黄色いシビック事件の謎を解いています。
「ま、あいつは、昔から、おバカでしたからね(笑)」
と、笑う邦衛です。
「高校は別々になりました。俺は、商業高校へ、奴は工業高校へ行きました。あいつの行った高校は、グレてる奴が多かったですよ。おもしれえ奴が多かった」
と、邦衛はその頃に戻りながら話します。
「俺が高校二年の時、好きな女ができた・・・好美っておんなでしてね・・・ちょっと気が強いおんなでしたけど・・・人気があるおんなでした・・・」
と、邦衛は遠い目をしながら、話します。
「同じ頃、マツも、そのおんなに眼をつけてましてね・・・はじめて、本気で、争いました。まあ、好美をとりあったんでさ・・・本気で・・・」
と、邦衛は、静かな目をしながら、話します。
「殴り合いも、しましたよ。おんな取るために、本気でね・・・。でも、そんなことしても、意味ねえって、わかって・・・」
と、邦衛は、遠い目をしながら、話します。
「そして、好美は、俺を選んでくれたんでさ・・・もう、天にも登るつもりでしたよ・・・はじめてキスした日のことは、今でも・・覚えていやすねえ・・・」
と、邦衛は少し甘い感じで、話します。
「しかし、マツとの友情は、それによって、壊れちまった・・・間の悪いことに、ちょうどその頃、奴のところと、うちの高校が、抗争をはじめちまったんでさ」
と、邦衛は、真面目な表情で、話します。
「俺は、ある抗争の場で、奴と出くわしました・・・俺の方は傷を負ってた・・・奴は黙って俺を見過ごしてくれた・・・それが奴のやり方でした・・・」
と、邦衛は、静かに話します。
「そんな時でした。好美のお腹の中に、子供ができちまったんでさ・・・俺、実はあいまいにしか覚えてなかったんですが・・・酒に酔ってあいつを勢いで抱いちまったようなことがあって・・・」
と、邦衛は苦そうな顔で言います。
「でも、俺はそんな俺がいやになって、しばらくの間、好美と会わなかったんです・・・というより、会えなかった・・・そんなことをした自分が許せなくて・・・」
と、邦衛は、苦そうな表情で、話します。
「俺は、観念して、好美に会って、「俺は高校やめておめえたちのために、働く」って、言ったんでさ。そしたら、好美の奴、なんて言ったと思います?」
と、邦衛は、前を向きながら、由美に質問します。
「好美さん、なんて、言ったの?」
と、由美は、聞いてあげます。
「「ごめんなさい。この子は、あなたとの子じゃない。別のひととの子よ。だから、あなたは、関係ないの」って、しれっと言われたんでさ」
と、邦衛は、苦い思い出を、思い出しながら、話します。
「俺は、どうしたらいいか、わからなくなりやして・・・ちょうど工業高校との抗争があるってんで、勢いで、その場に出て、あっちのヘッドを、半殺しにしちまいましてね・・・」
と、邦衛は、静かに言います。
「好美が、妊娠していることも、学校に発覚して、俺は退学・・・それから、俺は、まともな道を歩けなくなったんでさ・・・」
と、邦衛は、自分が今の境遇にいる理由を話したのでした。
「好美さんは、その後、どうなったの?」
と、由美が、邦衛に聞きます。
「好美の両親と学校とで、話し合いの結果、好美は、退学したそうです。それから、かわいい女の子を生んだそうで・・・20歳の時、結婚しやした」
と、邦衛は、知っている限りの話をします。
「相手は、うちの高校の同じクラスで、学級委員をやってた奴で・・・珍しく大学にも行って・・・親父が手広く商売やってたんで、大学卒業後は、そこの社長に納まりやしたよ」
と、邦衛は、淡々と話します。
「要は俺は、捨てられたんすよ。将来望みのある奴のほうに、好美は、乗り換えてたんだ・・・それを知らなかった、俺も馬鹿だった・・・若かったって、ことす」
と、邦衛は、複雑な笑顔を由美に見せながら、少し寂しげにします。
「いいおんなだったんすけどね・・・とても、そんなことのできるような、おんなじゃなかった・・・やさしくて、俺思いの・・・」
と、邦衛は、その頃の思いに浸ります。
「だから、俺は、ショックで・・・。まあ、そんなこともあってか、俺も道を踏み外しちまったんでさ」
と、邦衛は、少し笑うと、普通に前を向いて、運転します。
「そういうことだったの・・・」
と、由美は邦衛の秘密を聞いたようで、少しビックリしています。
「で、実は・・・」
と、邦衛は、自分のバックから、封筒と数枚の便箋を出します。
「もう、何年にも、なりやすが・・・その好美から、手紙が、来ましてね。近くに来たら、寄ってくれって、書いてあるんでさ」
と、邦衛は、封筒と便箋を由美に渡します。
「超久しぶりだったすから、なんだか、うれしくなっちまいまして・・・」
と、邦衛は、うれしそうにします。
由美は、封筒の後ろを見てびっくりします。
「これ、秋田から、じゃない・・・じゃあ、その好美さんに会うために、日本海側を走っているの?」
と、由美は驚いています。
「いや、行こうとか、そう思っているわけじゃねえんですよ。ただ・・・好美の暮らしている、秋田って街がどんなだか、見てみたいだけでさ・・・」
と、邦衛は素直に言います。
「そう・・・その気持ちなんだか、わかるわ・・・」
と、由美も素直に言います。
「今は、会わねえほうがいい。どうせ、あいつは、しあわせに暮らしているにちげえねえ。お金持ちの奥様になって、しあわせに・・・」
と、邦衛は、静かに言うと、遠い目をするのでした。
「っと、いけねえ、ガソリンが、切れちまいそうだ」
と、燃料計に、赤ランプが灯っています。
と、由美は、素早く、自分の財布を確認すると、
「ねえ、邦衛、お金、もう、あまりないわよ。補充しないと、東京へたどり着けないわ」
と、素直に言います。
「ガソリン入れたら、終わりっすね・・・組に、電話しやしょう」
と、邦衛は言うと、最寄りのガソリンスタンドに、入っていきます。
「・・・・」
ガソリンスタンドから、紅色金魚組に電話する邦衛ですが、珍しく誰もでません。
「どういうこった・・・こんな大事なときに、誰も出ないなんて・・・」
と、邦衛は情け無い顔をしますが、どうしようもありません。
邦衛は少しの間だけ、考えます。
そして、ある考えが、浮かびますが、首を振って、その考えを忘れようとします。
「そりゃあ、やばいだろ・・・やっぱりよう・・・」
と、邦衛はつぶやきながら、それでも、考えるのをやめないのでした。
「仕方ない。これ以上、逃げさせるわけにも、いかんしな」
と、警視庁地域特別対策課、課長の克実大悟は、札幌署の会議室で、大きな決断をしていました。
「これより、公開捜査にする。容疑は誘拐。マスコミに全ての情報を流すんだ!」
と、克実警部は、部下にそう指示すると、どっかと自分の椅子に座り込みます。
「ったく、手をわずらわせやがって!」
と、強い口調で、言いながら、傍らにあるコーヒーを一気に飲み込みます。
「うわっちっちち!」
と、その熱いコーヒーを吐き出す克実警部なのでした。
邦衛は、考え事をしながら、車に戻ると、ちょうどガソリンが入れ終わったところでした。
「はい、ガソリン代」
と、スタンドの人間に代金を手渡すと、運転席に戻ります。
と、そこへ、トイレに行っていた由美も戻ります。
「邦衛、大変!わたし、あなたに誘拐されたことになっているわ!」
と、由美が邦衛に、そう告げます。
「え?なんですって?」
と、邦衛も驚きます。
「スタンドの待合室のテレビで、誘拐事件としてやっているのを見たのよ!」
と、由美もあわてています。
「ど、どういうこってすか!お嬢ちゃんの家族が、被害届でも、出したすか?」
と、邦衛は、由美に、聞きます。
「おかしいわね・・・そんなはずないはずだけど・・・」
と、由美は言うと、
「何か別の何かが、わたしたちを、追っているんじゃない?誘拐って、その方便なんじゃないかしら!」
と、言い切ります。
「別の何かが・・・ですかい」
と、邦衛は首をかしげますが、よくわかりません。
「と、とにかく、ここは、出ましょう・・・」
と、車を発進させる邦衛です。
「ところで、お金は、入金してもらえるの?」
と、由美は、お財布係として、邦衛に聞きます。
「いや、それが、うちの事務所、誰も出なかったんで・・・」
と、少し青い顔で、返す邦衛です。
「やくざの組事務所に、誰もいないなんて、そんなこと、ありえるの?」
と、由美が聞くと、
「いや、ありえねえっすよ。普通は・・・」
と、邦衛が言います。
「もしかして、あなたのところも、黒鮫組に狙われているんじゃないの?」
と、由美は推理します。
「そうかもしれねえ・・・なんだか、いろいろ大変だって、前に電話したとき、言ってたすから・・・黒鮫と抗争でも、勃発したか!」
と、邦衛は、本気で心配しています。
「でも・・・それより、お金、どうにかしないと・・・」
と、由美は、邦衛に相談です。
「ああ・・・それだったら、ひとつだけ、手がありやす・・・」
と、邦衛は、残念そうに、言います。
「ひとつだけ・・・」
と、邦衛は言うと、言葉少なになるのでした。
そんな邦衛を由美は静かに見つめるのでした。
「あいつ・・・好美の家に、向かうつもりだろうなあ・・・」
と、黄色いシビックを運転するマツは、ポツリとつぶやきます。
「え、なんですかい?その好美ってのは」
と、トミーが、そんなマツのひとりごとを、追求します。
「いや、いいんだ。単なる古い知り合いだ・・・」
と、マツは言うと、まずそうに、煙草を吸って、その煙を、まずそうに、吐くのでした。
黄色いシビックは、日本海側に向かって走っていくのでした。
(つづく)
と、邦衛は、前を見て車を走らせながら、話します。
由美は、そんな邦衛の横顔を静かに見ています。
「奴んところも、父親がいなくて、なんとなく境遇が一緒でやしてね。それで、いつの間にか仲良くなってたんでさ」
と、邦衛は静かに話します。
「母親が一生懸命働いてくれて・・・それで、俺達を食わしてくれて大きくしてくれた・・・それも一緒でね。母親に頭があがらねえ」
と、少し苦笑しながら、話す邦衛です。
「奴とはなぜか、ウマが合いましてね。小学校、中学校、いつも放課後は、一緒につるんでやした。興味を持つものも一緒で・・・」
と、思い出を思い出すように話す邦衛です。
「あいつ、子供の頃から、黄色が、好きでして・・・なんでも、黄色いモノ集めてましたよ。黄色いキャップ、黄色いTシャツ、黄色いレインコート・・・」
と、少し笑顔になりながら、言う邦衛です。
「あー、なるほど、そうか。だから、黄色いシビックが、マツさんの車だって、わかったのね!」
と、由美は、黄色いシビック事件の謎を解いています。
「ま、あいつは、昔から、おバカでしたからね(笑)」
と、笑う邦衛です。
「高校は別々になりました。俺は、商業高校へ、奴は工業高校へ行きました。あいつの行った高校は、グレてる奴が多かったですよ。おもしれえ奴が多かった」
と、邦衛はその頃に戻りながら話します。
「俺が高校二年の時、好きな女ができた・・・好美っておんなでしてね・・・ちょっと気が強いおんなでしたけど・・・人気があるおんなでした・・・」
と、邦衛は遠い目をしながら、話します。
「同じ頃、マツも、そのおんなに眼をつけてましてね・・・はじめて、本気で、争いました。まあ、好美をとりあったんでさ・・・本気で・・・」
と、邦衛は、静かな目をしながら、話します。
「殴り合いも、しましたよ。おんな取るために、本気でね・・・。でも、そんなことしても、意味ねえって、わかって・・・」
と、邦衛は、遠い目をしながら、話します。
「そして、好美は、俺を選んでくれたんでさ・・・もう、天にも登るつもりでしたよ・・・はじめてキスした日のことは、今でも・・覚えていやすねえ・・・」
と、邦衛は少し甘い感じで、話します。
「しかし、マツとの友情は、それによって、壊れちまった・・・間の悪いことに、ちょうどその頃、奴のところと、うちの高校が、抗争をはじめちまったんでさ」
と、邦衛は、真面目な表情で、話します。
「俺は、ある抗争の場で、奴と出くわしました・・・俺の方は傷を負ってた・・・奴は黙って俺を見過ごしてくれた・・・それが奴のやり方でした・・・」
と、邦衛は、静かに話します。
「そんな時でした。好美のお腹の中に、子供ができちまったんでさ・・・俺、実はあいまいにしか覚えてなかったんですが・・・酒に酔ってあいつを勢いで抱いちまったようなことがあって・・・」
と、邦衛は苦そうな顔で言います。
「でも、俺はそんな俺がいやになって、しばらくの間、好美と会わなかったんです・・・というより、会えなかった・・・そんなことをした自分が許せなくて・・・」
と、邦衛は、苦そうな表情で、話します。
「俺は、観念して、好美に会って、「俺は高校やめておめえたちのために、働く」って、言ったんでさ。そしたら、好美の奴、なんて言ったと思います?」
と、邦衛は、前を向きながら、由美に質問します。
「好美さん、なんて、言ったの?」
と、由美は、聞いてあげます。
「「ごめんなさい。この子は、あなたとの子じゃない。別のひととの子よ。だから、あなたは、関係ないの」って、しれっと言われたんでさ」
と、邦衛は、苦い思い出を、思い出しながら、話します。
「俺は、どうしたらいいか、わからなくなりやして・・・ちょうど工業高校との抗争があるってんで、勢いで、その場に出て、あっちのヘッドを、半殺しにしちまいましてね・・・」
と、邦衛は、静かに言います。
「好美が、妊娠していることも、学校に発覚して、俺は退学・・・それから、俺は、まともな道を歩けなくなったんでさ・・・」
と、邦衛は、自分が今の境遇にいる理由を話したのでした。
「好美さんは、その後、どうなったの?」
と、由美が、邦衛に聞きます。
「好美の両親と学校とで、話し合いの結果、好美は、退学したそうです。それから、かわいい女の子を生んだそうで・・・20歳の時、結婚しやした」
と、邦衛は、知っている限りの話をします。
「相手は、うちの高校の同じクラスで、学級委員をやってた奴で・・・珍しく大学にも行って・・・親父が手広く商売やってたんで、大学卒業後は、そこの社長に納まりやしたよ」
と、邦衛は、淡々と話します。
「要は俺は、捨てられたんすよ。将来望みのある奴のほうに、好美は、乗り換えてたんだ・・・それを知らなかった、俺も馬鹿だった・・・若かったって、ことす」
と、邦衛は、複雑な笑顔を由美に見せながら、少し寂しげにします。
「いいおんなだったんすけどね・・・とても、そんなことのできるような、おんなじゃなかった・・・やさしくて、俺思いの・・・」
と、邦衛は、その頃の思いに浸ります。
「だから、俺は、ショックで・・・。まあ、そんなこともあってか、俺も道を踏み外しちまったんでさ」
と、邦衛は、少し笑うと、普通に前を向いて、運転します。
「そういうことだったの・・・」
と、由美は邦衛の秘密を聞いたようで、少しビックリしています。
「で、実は・・・」
と、邦衛は、自分のバックから、封筒と数枚の便箋を出します。
「もう、何年にも、なりやすが・・・その好美から、手紙が、来ましてね。近くに来たら、寄ってくれって、書いてあるんでさ」
と、邦衛は、封筒と便箋を由美に渡します。
「超久しぶりだったすから、なんだか、うれしくなっちまいまして・・・」
と、邦衛は、うれしそうにします。
由美は、封筒の後ろを見てびっくりします。
「これ、秋田から、じゃない・・・じゃあ、その好美さんに会うために、日本海側を走っているの?」
と、由美は驚いています。
「いや、行こうとか、そう思っているわけじゃねえんですよ。ただ・・・好美の暮らしている、秋田って街がどんなだか、見てみたいだけでさ・・・」
と、邦衛は素直に言います。
「そう・・・その気持ちなんだか、わかるわ・・・」
と、由美も素直に言います。
「今は、会わねえほうがいい。どうせ、あいつは、しあわせに暮らしているにちげえねえ。お金持ちの奥様になって、しあわせに・・・」
と、邦衛は、静かに言うと、遠い目をするのでした。
「っと、いけねえ、ガソリンが、切れちまいそうだ」
と、燃料計に、赤ランプが灯っています。
と、由美は、素早く、自分の財布を確認すると、
「ねえ、邦衛、お金、もう、あまりないわよ。補充しないと、東京へたどり着けないわ」
と、素直に言います。
「ガソリン入れたら、終わりっすね・・・組に、電話しやしょう」
と、邦衛は言うと、最寄りのガソリンスタンドに、入っていきます。
「・・・・」
ガソリンスタンドから、紅色金魚組に電話する邦衛ですが、珍しく誰もでません。
「どういうこった・・・こんな大事なときに、誰も出ないなんて・・・」
と、邦衛は情け無い顔をしますが、どうしようもありません。
邦衛は少しの間だけ、考えます。
そして、ある考えが、浮かびますが、首を振って、その考えを忘れようとします。
「そりゃあ、やばいだろ・・・やっぱりよう・・・」
と、邦衛はつぶやきながら、それでも、考えるのをやめないのでした。
「仕方ない。これ以上、逃げさせるわけにも、いかんしな」
と、警視庁地域特別対策課、課長の克実大悟は、札幌署の会議室で、大きな決断をしていました。
「これより、公開捜査にする。容疑は誘拐。マスコミに全ての情報を流すんだ!」
と、克実警部は、部下にそう指示すると、どっかと自分の椅子に座り込みます。
「ったく、手をわずらわせやがって!」
と、強い口調で、言いながら、傍らにあるコーヒーを一気に飲み込みます。
「うわっちっちち!」
と、その熱いコーヒーを吐き出す克実警部なのでした。
邦衛は、考え事をしながら、車に戻ると、ちょうどガソリンが入れ終わったところでした。
「はい、ガソリン代」
と、スタンドの人間に代金を手渡すと、運転席に戻ります。
と、そこへ、トイレに行っていた由美も戻ります。
「邦衛、大変!わたし、あなたに誘拐されたことになっているわ!」
と、由美が邦衛に、そう告げます。
「え?なんですって?」
と、邦衛も驚きます。
「スタンドの待合室のテレビで、誘拐事件としてやっているのを見たのよ!」
と、由美もあわてています。
「ど、どういうこってすか!お嬢ちゃんの家族が、被害届でも、出したすか?」
と、邦衛は、由美に、聞きます。
「おかしいわね・・・そんなはずないはずだけど・・・」
と、由美は言うと、
「何か別の何かが、わたしたちを、追っているんじゃない?誘拐って、その方便なんじゃないかしら!」
と、言い切ります。
「別の何かが・・・ですかい」
と、邦衛は首をかしげますが、よくわかりません。
「と、とにかく、ここは、出ましょう・・・」
と、車を発進させる邦衛です。
「ところで、お金は、入金してもらえるの?」
と、由美は、お財布係として、邦衛に聞きます。
「いや、それが、うちの事務所、誰も出なかったんで・・・」
と、少し青い顔で、返す邦衛です。
「やくざの組事務所に、誰もいないなんて、そんなこと、ありえるの?」
と、由美が聞くと、
「いや、ありえねえっすよ。普通は・・・」
と、邦衛が言います。
「もしかして、あなたのところも、黒鮫組に狙われているんじゃないの?」
と、由美は推理します。
「そうかもしれねえ・・・なんだか、いろいろ大変だって、前に電話したとき、言ってたすから・・・黒鮫と抗争でも、勃発したか!」
と、邦衛は、本気で心配しています。
「でも・・・それより、お金、どうにかしないと・・・」
と、由美は、邦衛に相談です。
「ああ・・・それだったら、ひとつだけ、手がありやす・・・」
と、邦衛は、残念そうに、言います。
「ひとつだけ・・・」
と、邦衛は言うと、言葉少なになるのでした。
そんな邦衛を由美は静かに見つめるのでした。
「あいつ・・・好美の家に、向かうつもりだろうなあ・・・」
と、黄色いシビックを運転するマツは、ポツリとつぶやきます。
「え、なんですかい?その好美ってのは」
と、トミーが、そんなマツのひとりごとを、追求します。
「いや、いいんだ。単なる古い知り合いだ・・・」
と、マツは言うと、まずそうに、煙草を吸って、その煙を、まずそうに、吐くのでした。
黄色いシビックは、日本海側に向かって走っていくのでした。
(つづく)