蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

黄金色の煌き

2016年09月15日 | 季節の便り・虫篇

 10回以上カリフォルニアの次女の家にロングステイを重ねて、いつの間にかアメリカンスタイルが身に着いた。わが家では5月から9月は湯船に浸ることが稀である。いつでも何度でも浴びるシャワーの生活に慣れてしまうとむしろ快適で、たまに行く温泉三昧が一段と楽しみになる。
 43度の熱いシャワーを浴びた後、冷水を浴びる。これを2度繰り返すと、だらけていた身体がシャキッと引き締まる。夏の暑熱で大地までが温まり、水道の水がぬるま湯のようになっていたのが、いつの間にかピリッとした冷気を感じるようになった。10月から4月の浴槽での入浴の後も、最後のシャワーの習慣は変わらない。真冬になれば、縮み上がるような冷たい水を浴びることになる。

 ツクツクボウシの声も遠く微かになり、代わりに夜の庭にすだく虫の音が一段と冴えわたるようになった。秋雨前線が毎日のように湿った残暑を演出する中で、爽やかな秋晴れは当分望めそうにない。

 そんな午後、最後のスミレを茎まで食べ尽くしたツマグロヒョウモンが、仏間の雨戸の戸袋の下で蛹になった。はるばる旅したキアゲハの幼虫とは異なり、鉢の真上1メートル足らずの手近な場所を選んだのが何となく可笑しい。
 あの、黒地に赤い斑点を散らしたけばけばしい毛虫からは、想像がつかない不思議な姿である。黒地の背中にキラキラと輝く黄金色の突起が並ぶ。羽化する際に何かに変容するのか、それとも天敵に対する威嚇が目的なのか、いつものように首を傾げながら蹲ってカメラを向けた。
 背中に糸を掛けて支え、頭を上にして斜めに固定するキアゲハの蛹とは違って、尻尾だけを固めて頭を下にぶら下がるスタイルである。指でそっと触れると、クネクネと身体を揺すり、日差しに黄金色が煌めいた。やっぱりこれは、威嚇目的の姿なんだろうか?
 このまま冬を越すのか、それとも秋晴れの中で羽化して、もう一度伴侶を探して大空に飛び立つのか……数日前にも、少し弱ったツマグロヒョウモンの雌が庭で産卵したげに舞っていたが、もう我が家の庭にスミレは一株も残っていない。
 蝶の中では珍しく雌雄の紋様の差がはっきりしており、しかも人間も含めた動物世界の中では、珍しく雌の方が派手で美しい蝶でもある。温暖化に伴い、この蝶の生息圏も徐々に北上している。
 食べ尽くされて根まで消えてしまったスミレのプランターに、日本水仙の球根を植えた。早春の香りを漂わせる、新年の祝い花になることだろう。

 お昼を食べたら、いつの間にかソファーで眠っていた。うたた寝の多い時節である。晩夏と初秋が微妙に混じり合い、夏の疲れが身体に滲む時節……若ぶっていた気持ちが、ともすれば挫けそうになる。
 溜まっていたマイレージを使い、歌舞伎座・秀山祭を観に行くことにした。長い入院生活で少し後ろ向きになりかけている家内をひと押ししようと、横浜の長女にエスコートを頼んで、好きな歌舞伎に浸らせてやるつもりだったが娘の都合が付かず、95%回復の家内を一人で行かせるわけにはいかないから、私が同行することにした。
 折あしく、その日直撃のコースで台風16号が南の海から迫っている。航空券の切り替えは可能だが、既に発券された歌舞伎座のチケットは、もう解約できない。米軍合同台風情報センター、日本気象庁、国連加盟国国家中枢センター、香港天文台、大観民国気象庁、台湾中央気象局、フィリピン大気地球物理天文局……7つの情報を総合すると、「19日から20日頃九州地方(鹿児島県)に接近・上陸する可能性大」という。19日敬老会、20日上京して歌舞伎座夜の部、21日歌舞伎座昼の部を観て、夕方の便で帰福……もう、祈るしかない状況である。

 ラニーニャ現象で、今年の冬は寒さが厳しいという。蛹になって、眠りながら春を待ちたいな……などと他愛もないことを考えながら、ツマグロヒョウモンの蛹をつついて遊んでいた。
                    (2016年9月:写真:ツマグロヒョウモンの蛹)

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