蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

「食っちゃ寝、食っちゃ寝」の夏

2020年08月05日 | 季節の便り・虫篇

 7月30日、平年より11日遅れて梅雨が明けた。長い長い雨の日々だった。そして、いきなりの猛暑が殴り込んできた。

 その日から丸2日かけて、新しい植木屋さんが庭に入った。一軒隣りに越してきた、まだ若い植木職人である。これまで、父の代から半世紀以上面倒見てくれていたカミさんと同い年の植木屋さんが、梅雨前に松の剪定に来て、いきなり「今日で仕事辞めます。あとは誰か探してください」と言って、それ以来音信不通になった。
 植木屋さんが体調を壊して、この5年ほどお気に入りの松以外は放置したままだったから、鬱陶しいぐらい生い茂っていた。その庭が、見違えるほどスッキリと風通しがよくなった。思い切って刈り込んでもらったから、まるで違うお屋敷に来たみたいである。

 そして昨日、大宰府は36.2度を記録、「全国一」という有り難くない全国ニュースの話題になった。コロナなしでも、高齢者にとっては生きているのがやっとという過酷な暑さである。コロナと同時に熱中症の心配までしなければならない。親しい友人とも、濃厚接触どころか会うことも叶わず、カミさんと二人で、ひたすら「食っちゃ寝、食っちゃ寝」の毎日である。
 明日は広島原爆の日、そしてアメリカに住む次女の誕生日、さらに私の人工股関節置換手術2年目の定期検診日である。そして、その翌日には暦の上の秋が立つ。秋の気配など、どこにもない。クマゼミやアブラゼミは、テレビのボリュームを上げなければならないほど姦しく鳴き立てている。梅雨明け1週間で、もう夏バテ気味……これが歳を取るということなのだろう。

 蝶の成長記録を、カメラに残すのが何よりの楽しみである。取り敢えず写真だけのブログを続けた。10株のパセリを全て食い尽くして、5頭のキアゲハが育ち、蛹になり始めた。緑に黒い帯を何層も並べ、その上にオレンジを散らしたあの美しい終齢幼虫からは、想像もつかないほどに地味な茶色の蛹になった。背中に糸を掛けて、垂直な面に斜めに身体を止める。
 例年と異なって普通のスミレは少なく、殆どが大判のエイザンスミレばかりを集めたプランターで心配していたが、いつの間にか4頭のツマグロヒョウモンの幼虫が育ち、既に2頭が蛹になった。褐色の肌に不思議な黄金色の突起が並ぶ。この突起は、あの蝶のどの紋様に作用するのだろう?
 こちらの蛹は背中に糸を回さず、縁側の下やプランターの縁の下に尻尾だけでぶら下がる。同じ蝶でも、種類によって蛹の姿勢まで異なる。だから、自然と向き合うのはワクワクするほど楽しい。

 「もー、なしてかいね。頭のどげんかなってしまいよう。はようあの世に行かないかん!」
 西日本新聞7月紅皿賞をとった内野友紀子さんの一文である。88歳の祖母は……ここ数年で物忘れが急に進み、できないことが日に日に増えてきた。調子にも波があり、悪いときはできない自分にいら立つ。
 そんな時、私と母は「そうか、今日は『そういう日』かと思うことにしている。誰にだって波はあって当たり前。物忘れもわざとじゃない。どんなに頑張っても、できないものはできない。しょうがないじゃないか、人間だもの。それに、一番不安なのは祖母なのだ。
 だからやり過ごしてしまおう「えー?『忘れる』って大事なことよ。いやなことは早く忘れはほうがいいし、何回同じことをしても初体験になるなら、毎日新鮮に過ごせてお得やん。大切なことは代わりに覚えとくけん、安心して忘れていいよ!」

 何と優しい言葉だろう!やがて(既に?)我が身、いやなことばかりじゃなく、いい想い出さえ忘れがちな昨今、このお祖母ちゃんの気持ちは他人事じゃない。そのあとの言葉が更にいい。
 ……「ばあちゃん、「近々あの世に行くつもりやったと?ダメダメ、世の中がいろいろ大変なときやけん、今はやめときぃ」気付けば祖母も大笑い。よしよし、作戦大成功!……

 3世代が身近に暮らす、幸せなご家族なのだろう。

 さて、今晩は何食って寝ようか?……それだけの悩みしかない我が家も、それなりに幸せな家族なのかもしれない。
 油照りの午後である。
                        (2020年8月:写真:ツマグロヒョウモンの蛹)

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