蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

時よ、止まれ―脱・日常を探して(その5)

2010年01月11日 | 季節の便り・旅篇

 山岳時間に進めたユタ州Zionの深い渓谷の底でも、まだ日差しは明るい。ハードなアップ・ダウンに少し凝り始めた太ももを労わりながらシャトル・バスでモーテルに戻った。
 独り留守番のPark Town散策を、手馴れた「かたこと度胸英語」でそれなりに楽しんだ様子の家内を拾い、娘の車でZion National ParkのSouth Gateをはいった。入り口の係員に、アメリカ全土の国立公園共通のパス・カードを提示する。自然保護を大事にする大変いい制度だが、分別せずに広大な砂漠に無造作に生活ゴミを廃棄し続けることとの矛盾は、いったい何なんだろう?毎年捨てられるクリスマス・ツリーから出るメタンガスが問題視されたり、川や湖の汚染拡大が急速に進んでいる事実を、どれだけ深刻に捉えているのだろう?……訪米の度に感じる疑問である。
 閑話休題(それはさておき)……木立に囲まれたZion Lodgeに車を停めてVirgin Riverを渡り、Lower Emerald Pool Trail(往復1.2マイル、約2キロ)を歩いた。木々の梢は秋色濃く、メープル系の色とりどりの落ち葉が樹間に散り敷き、その絨毯を踏みながら野性の鹿が歩いている。短いTrailを楽しむ家族連れも多く、小さな上り下りを重ねる緩やかな散策路である。やがて着いたLower Emerald Poolは、その名の通り水溜りのような小さな淀みだったが、雨期には頭上の崖から滝が迸り、散策路は水のトンネルとなる。乾期を迎えた今は水量も乏しく、細い流れが滴り落ちるだけだった。

 Zion最後の夜は、「Pointed Dog」というレストランでのディナーとなる。赤ワインのカベルネにラム、レッド・サーモン、シュリンプ、ポテト・サラダで、渓谷の夜の団欒を楽しんだ。ワインも料理も、そしてサービスも、いずれも満足のいく内容だった。いつものように「別腹」を持つ家内は、パンプディングのデザートで締めくくってご満悦。この「別腹」という特殊臓器は、残念ながら男にはない。はち切れそうなおなかを抱えて、疼き始めた脚をやや持て余しながら、夜風の中をモ-テルに戻った。

 26日9時10分、モーテルを発つ。B&B(ベッドとバス…要するに素泊まり)だが、この大自然の中で、1人1泊3千円は安い。景観だけでも遥かにこの価値を超える。園内をひと回りして別れを告げ、娘が「どうしても食べさせたい!」という不思議なランチを摂って、East Gateへのワインディング・ロードを走った。
 眩しい日差しの中を、自然がとてつもない時間をかけて刻んだ巨大な岩のアーチを見て長いトンネルを抜けると、景色が一変した。East Zionに娘が用意してくれていた次のサプライズは、光と影。縦、横、斜め、サークルと、岩肌に刻まれた模様が織り成す景観の美しさは、荒々しいというより、寧ろ優しく温かかった。豪快で険しい渓谷とは全く趣を変えた景色を喜び、路傍に車を置いて岩肌をよじ登って歓声を上げ、岩肌に寝転んで真っ青な空を突き刺す飛行機雲に見とれ、時を忘れた。このあと、今夜のアリゾナの宿までの長いドライブが待っているというのに、「大丈夫だよ。ゆっくり楽しんでいいよ」と娘が言ってくれる。
 此処にも、探していた「脱・日常」があった。寝そべった身体を秋の日が優しく包み、疼きを増す太ももに柔らかな温シップを施してくれる。「永遠に時を止めたい」と思うのはこんな時だ。

 去り難く後ろ髪を引かれながらZion National Parkに別れを告げ、R9号を東に向かった。この時、この先にこの旅最大のサプライズが待っていようとは思いもよらず、ただ移りゆく景色の中を陶然と車に身を委ねていた。
              (2010年1月:写真:East Zionの岩肌)

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2 コメント

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広すぎる大地 (蟋蟀庵ご隠居)
2010-01-15 17:58:23
わさびさん
 せせこましい日本と違い、あまりにも広大な故に見るべきものが見えなくなってしまう……それがアメリカの現実でしょう。でも、その広い大地の汚染が、もう目を逸らすことが許されないほどに、急加速で進んでいます。環境問題、もう折り返せる限界を踏み切ってしまった人類に、どんな未来が待っているのでしょう?
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Unknown (わさび)
2010-01-15 17:07:35
>娘が「どうしても食べさせたい!」という不思議なランチ
どんなランチだったのかな?興味津々(^^;)    
別腹、残念ながら私もありません~
性格が男っぽいから(^^;) 

>自然保護を大事にする大変いい制度だが、分別せずに広大な砂漠に無造作に生活ゴミを廃棄し続けることとの矛盾は、いったい何なんだろう?
こういう側面もあること、驚きました。
人間はどこの国の人間も愚かな者なんですね~!
中国なんてその最たる国ですね。
河原はゴミ捨て場、紫禁城の側の池に、ボート上で食べた昼食のゴミをポンポン捨てるのですから・・・プラスチックが浮かんでました(涙)
もう10年も前のことですが。 
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