蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

のちのおもひに

2013年06月13日 | つれづれに

 ホタルガが黒地の翅の縁の白線を車輪のように閃かせながら、庭木の間を舞った。梅の木陰を飛ぶユウマダラエダシャクが、例年になく多い。今朝は5羽が縺れるように舞っていた。
 鉛色の梅雨空が、早めの黄昏を引き寄せる。高湿度の大気が不快指数を煽り、昨日は遂に今年の最高気温32.4度を記録した。今日は4度も低く、28.5度までしか上がってないのに、滲み出る汗は昨日に勝り、半端ではない。少し体を動かすだけでも、全身に汗が滴ってくる。
 細い蔓が伸びはじめたオキナワスズメウリのプランターを玄関脇のフェンスの下に移して、7本の棒を立てた。俯いて作業する額から眼鏡の裏に落ちる汗に苛立ちながら、棒をフェンスに括り付ける。
 その傍らに野放図に蔓延るミズヒキソウの葉が、不規則な半円形に切り取られていた。ハキリバチの仕業である。どこか近くの庭石の下などの、自然の隙間に巣作りしているのだろう。暇に任せて数えてみたら、二十数枚の葉から165枚が見事に切り取られていた。勤勉な蜂にとっても、巣作りは決して楽ではない。一葉ごとの微妙に異なった切り口は、それなりの自然の幾何学模様である。

 ミズヒキソウ…油断すると庭中が乗っ取られそうな繁殖力だが、秋に真っ赤な小花をつけるこの花は嫌いではなく、適度に間引きしながら庭のあちこちにわざと蔓延らせている。「水引草」という名前に惹かれることもあるのだろう。そして、以前にも書いたように、立原道造の好きな詩に詠われた草花だから、余計に愛着がある。

      のちのおもひに      立原道造

    夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
    水引草に風が立ち
    草ひばりのうたひやまない
    しづまりかへつた午さがりの林道を

    うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
    ――そして私は
    見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
    だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……

    夢は そのさきには もうゆかない
    なにもかも 忘れ果てようとおもひ
    忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

    夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
    そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
    星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

 
 繁りすぎたキブシの枝を少し剪定する。庭先のアナバチの砂山は15個に増えた。梅雨の合間の、ささやかな造形の世界である。
                    (2013年6月:写真:ハキリバチの造形)