イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

OKEY(オケイ)

2009-01-22 00:06:01 | イズミル暮らし・イズミル案内

お天気がよかったのでやっぱりKAHVALTIは庭で。

アンネ(義母)とアパートで隣同士のテイゼ(叔母)夫婦、エニシュテ(テイゼの夫)の定年退職と共にイズミルから西へ60キロあまりの海辺の街チェシュメアルトゥに小さな家を借りました。気ままな借家生活で飽きたらすぐに引っ越せるようにと。アナアンネ(アンネとテイゼの母親、私の夫の祖母)のお墓にも近いのでお墓参りがてらに時々皆で出かけます。イズミルよりも更に漁港に近いので「新鮮な魚を買ったから食べにおいで」と声がかかります。そして「どうせ来るなら朝からKAHVALTIもうちで」と言うことになり結局1日がかりです。




家のすぐ前が、それぞれの家の桟橋になっています。エニシュテ、船買って~。

夏の間はYAZLIK(ヤズルック=サマーハウス)族がやってきて大賑わいのチェシュメアルトゥですがシーズンオフは静かな静かな海辺の寒村。なーんにもないので、テイゼ夫婦はご近所づきあいに精を出します。そしてそこで登場するのがこのOKEY(オケイ)と言うゲーム。

4人集まるとすぐに誰かが「OKEYをしよう!」と言い出し、影響されたアンネや義妹の間でもちょっとしたブームになっています。

OKEYは、もともと14世紀に中国と関係のあったイラン人が中国人にドミノを教えられ(ドミノの起源が中国だと言うことにもびっくり)、少し形を変えてイラン人の間で「El Turaft」と言う名前のゲームになったのだそうです。15世紀から16世紀にかけてアラブ人からトルコ人へと伝えられ17世紀には宮廷の中にまで浸透、しだいに現在のOKEYの形になっていったようです。名前も「互いの札を知る」と言う意味の「Ol Kıraat-ı」に変わり、それが庶民の口承や外国語の影響を受けていつのまにか「OKEY」と呼ばれるようになったそうです(トルコ版Wikipedia、Vikipediより)。

 
106枚の札。同じ数を集める場合は色違いで、連続数を集める場合は同色で。
写真は「世界遊戯博物館」と言うサイトからお借りしました。

1から13までの数字が記された4色の札2セットと、「OKEY」の文字が書かれた札2枚の合計106枚を使用します。配られた14枚の札を使って、3枚以上同色の連続した数の札、3枚以上の違う色の同じ数の札の組み合わせを作ります。私はまだ初心者なので自分に来る札を見て揃えるだけで精一杯ですが慣れると、相手がどの札を集めているか、どの札を持っているか等を想像しながら遊ぶのが楽しいようです。




左の手はアンネなのですが、アラビア語風に右から左へ並べるので私は混乱。

4人で遊ぶこと、よくゲーム台の上を緑のクロスで覆うことなど、日本の麻雀に似ているように思えるのですが(麻雀知らないけど)、この電動式OKEY台を見ると、考えることはどこの国でも一緒なんだなあと思いませんか?

 
左が電動式自動OKEY台、右が家庭用のOKEYセット。

    
穴の中で札がかき混ぜられて、並べられて出てくるようです。



この日は、姪っ子ビルテンが山のような宿題を家に置いたまま出かけてきてしまいました。日が暮れると「早く帰ろう~」「もう間に合わない~」「ドキドキしてきた~」と悲壮なビルテンの声のおかげで訪問の目的だったはずの肝心の魚はあわてて食べるわ、写真も撮り忘れるわで、ゆったりとした一日の最後は大慌てでドタバタと終了したのでした。






宿題は早めに終わらせましょう!
       






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