『そぞろ歩き韓国』から『四季折々』に 

東京近郊を散歩した折々の写真とたまに俳句。

翻訳  四角い記憶1 

2023-04-18 19:25:26 | 翻訳

趣味のハングル講座で勉強した短編小説「四角い記憶」の翻訳です。あくまでも学習目的で翻訳したものです。営利目的はありません。

ユン・ソンヒの画像

著者   : ユン・ソンヒ(尹成姫)

生年   : 1973年

出身地  : 韓国 京畿道 水原市

出身大学 : 清州大学哲学科  ソウル芸術大文芸創作科

代表作  :「ある夜」 多数の文学賞受賞

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 手術をしている間チョンミンは亡くなった父親に会った。幼いチョンミンは風呂屋で父親の背中をあかすり手拭いで擦っていた。夢の中だったけれど、チョンミンはそこがどこかわかった。日曜日ごとに行っていた長寿風呂屋だった。カウンターに白髪のお婆さんが座っていた場所。父親は幼い時に耕運機から落ちて脊髄を痛めた。そのことでびっこをひくようになったが、またそのおかげで大学に行くことができた。びっこだから、勉強でもしなければ一人前にならないと言って、祖母が祖父の反対を押し切って大学に送ったのだ。四男四女の兄弟姉妹の中で大学に行ったのは父親だけだった。チョンミンの父親は、息子が背中を擦ってくれる時はいつもその話をした。「その時怪我していなければ公務員にもなれなかったし、またお母さんに会うこともできなかっただろう。もちろん背中を擦ってくれる息子もいないし。人生塞翁が馬なんだよ。」幼いチョンミンは父親の背中を擦るのが怖かった。ぼこっと飛び出た背骨は触るだけでも壊れそうだった。チョンミンは怖くて塞翁が馬という言葉を呪文のように呟きながら背中を擦った。それがどんな意味なのかもよく分からずに。入浴を済ませた父親はパンツ姿で脱衣室の木製の寝台に座って足の爪を切った。その横でチョンミンはバナナジュースを飲んだ。パチン、パチン、パチン。父親の足の爪が四方に飛んだ。その中の一つがチョンミン額に命中したりした。足の指は十本だったが父親は足の爪を切り続けた。変だね、チョンミンが呟くと父親が言った。「こいつ、お父さんの足の指は百本だ。」それでチョンミンは夢の中で百個の足の爪を切る音を聞かなければならなかった。麻酔から目覚めてからもその音は消えず、その後チョンミンは二十年以上偏頭痛に苦しむようになった。

 事故は翌日の朝のニュースで報道された。乗用車が軽食屋に突っ込んだ。運転手は父親の車をこっそり引っ張り出した中学生だったが、左回転をしながら速度調節ができず、四つ角にある軽食屋に突っ込んだのだ。チョンミンは一学年先輩のミンジョンとトッポッキを食べていた。チョンミンはミンジョンを人文学部の売店の前で見てから好きになった。それで漫画に関心もないまま、ミンジョンが副会長の漫画サークル四角四角(ネモネモ)に加入した。事故が起きたその日、サークル新入生の歓迎会があった。学校の前にある居酒屋ベルリンで生ビールを飲んだ。ジョッキが長靴模様だった。「僕の時は本当に靴に酒を注いで飲んだ。」ある先輩が言った。酒席が終わるころ会長がチョンミンを指差しながら言った。「新入生❕君がミンジョンを家に送ってやってくれ。」チョンミンは自分を指差してくれた先輩がとてもありがたく別れる時に、愛している、先輩、と挨拶したりした。ミンジョンの家は学校からバス停三つの所にあった。そこが学校の前より家賃が安いと、歩きながらミンジョンが言った。「歩くのにちょうど良いこともあるし、家から学校の人文学部までぴったり五千歩なの。」それをどうしてわかったのかチョンミンが訊ねると、ミンジョンが万歩計を取り出して見せてくれた。そこには八千三百という数字が刻まれていた。「今日はたくさん歩いたわ。家に行けば一万歩をはるかに超えられる。」チョンミンは万歩計を初めて見た。昨日が僕の誕生日だったので僕にも一つ買ってください、万歩計。」 チョンミンが勇気を出して言った。そして聞こえるか聞こえないかという声で呟いた。「ミンジョンとチョンミン。名前から運命が同じじゃないですか?」チョンミンの言葉が終わるや否やミンジョンが大声で言った。「まだ閉店していなかったわ。トッポッキを食べて行こう。ここが世界一美味しい店よ。」最後の客だと言っておかみさんが鉄板に残ったトッポッキを全部くれた。そうしてチョンミンを指しながら恋人かと訊ねた。「後輩です。」ミンジョンが答えた。「後輩だけど僕が三月生まれだから何か月の差にもならない。」チョンミンが素早く返事をした。チョンミンはミンジョンの誕生日を知らなかったけれど、星座が射手座だということを知っていた。サークル室のミンジョンのロッカーの扉に射手座模様の星のステッカーが貼ってあったからだった。「じゃ、友達ね。」おかみさんが紙コップにおでん汁を入れてミンジョンに差し出しながら言った。その時道を歩いていた誰かが、おっ、と大声で叫んだ。その声にチョンミンが後ろを振り向いた。そして乗用車が軽食屋に突っ込もうとする瞬間、ミンジョンが立っている側に体を傾けた。

 背骨と二本の足の骨が折れたチョンミンは二か月以上入院した。腕にギブスをしたミンジョンが三日に一回ずつお見舞いに来た。チョンミンの母親はミンジョンが帰ってしまうと悪口を言った。欠点をあげつらってしまうと、チョンミンは母親を憎まないようにいつも同じ場面を思い浮かべなければならなかった。父親が亡くなって一週間位経った時だった。チョンミンは小学校五年生だった。チョンミンが学校から戻ると母親が居間で体を丸めたまま泣いていた。なぜ泣くのかと、チョンミンが訊ねると、                        母親が掌を開いて見せた。そこに三日月模様に切られた足の爪があった。「お前のお父さんの足の爪。掃除していてソファの下から出てきた。」チョンミンは父親の足の爪を触ってみた。水虫にかかって黄色く変色した親指の爪。チョンミンは泣いている母親を抱きながら言った。「僕が幸福にします。二度と泣かないでください。」その言葉を聞いて母親がさらに悲しく泣いた。退院した日、チョンミンは母親にその足の爪をどうしたのか訊ねてみた。「どんな足の爪?」母親は初めて聞く話だと言った。「夢を見たんじゃない?」母親が訊き返した。その日ミンジョンは退院祝いだと言って万歩計を買ってきた。そして事故当時119救急車を待つ間、チョンミンが言った言葉を聞かせてくれた。「あなたが私の胸を指しながら、血、血が出ている。その言葉を言って気絶した。気絶したあなたの頬を叩きながら私が言ったのよ。トッポッキの汁だと。」チョンミンは笑った。入院してから初めて声を出して笑った。チョンミンが笑うとミンジョンも一緒に笑った。「ありがとう。今日から先輩と呼ばずにミンジョンと呼んで。」ミンジョンが言った。チョンミンは、ミンジョンに父親が亡くなってからソファの下で見つけた足の爪の話を聞かせた。その感触をまだ感じる。そんな話をしてからチョンミンが言った。「先輩、寝ていた間によくよく考えてみると、先輩は僕の理想のタイプではありませんでした。」ミンジョンが帰ってからチョンミンはトッポッキ屋のおかみさんが言っていた最後の言葉を思い浮かべた。じゃ、友達ね。リハビリを終えて学校に戻るとミンジョンに初めてその言葉を言おうと決心した。しかし、チョンミンは再び学校に戻らなかった。六か月治療したけれど、右足が少しびっこを引くようになって、徴兵免除になった。軍に行かなくなると時間を儲けた気分になった。チョンミンは浪人し、リハビリ中に忍耐した時間を考えて勉強をしたのでソウルにある大学に合格できた。 


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