『そぞろ歩き韓国』から『四季折々』に 

東京近郊を散歩した折々の写真とたまに俳句。

読書感想237  海を照らす光

2018-06-30 01:09:59 | 小説(海外)

新品本/海を照らす光 上 M・L・ステッドマン/著 古屋美登里/訳

読書感想237  海を照らす光

著者      M・L・ステッドマン

出身      西オーストラリア

出版年     2012年

邦訳出版年   2015年

邦訳出版社   (株)早川書房

訳者      古谷美登里

☆☆感想☆☆

 第一次世界大戦の戦場から帰国したトム・シェアボーンは、多くの戦友が戦死するなか、自分が生き残ったことに深い罪悪感を抱いていた。これからは人命を助ける仕事をしたいと、灯台守としてオーストラリアの西南部の孤島、ヤヌス・ロックに赴任する。「ヤヌス灯台は、彼が1915年に軍隊輸送船に乗ってエジプトに向かっていたときに見た、オーストラリアの最後の目印だった。」三か月に一度、ヤヌス・ロックへは対岸のパルタジョウズから物資が運ばれてくる。そのパルタジョウズの町で兄二人が戦死したイザベルと結婚し、若い二人はヤヌス・ロックの島で二人きりで幸せに暮らしていたが、イザベルは流産を繰り返した。イザベルの三度目の流産の直後に島にボートが漂着する。ボートの中には若い男の死体と生後間もない赤ん坊が乗っていた。イザベルは赤ん坊に魅了され、本土に報告しようとするトムを説き伏せ、赤ん坊を実子として育て始める。男の遺体は島に埋葬され、赤ん坊はルーシーと名付けられ、トムとイザベルの生活を明るく照らすようになる。三年に一度与えられる休暇でパルタジョウズにもどったとき、トムはルーシーの母親ハナが生きており、赤ん坊と夫を捜していることを知る。トムは今こそルーシーをその母親のもとに返そうとするが、イザベルが強硬に反対する。やむをえず、トムは匿名の手紙でルーシーが無事でいることと父親が亡くなったことを知らせる。そして二度目の手紙にルーシーが持っていた銀のガラガラを添えて送る。それを見たルーシーの祖父が銀のガラガラの情報に多額の懸賞金をかける。事態は大きく動き出す。

 ルーシーのヤヌス・ロックでの幸せな生活の断片。

「ルーシーは嬉しそうにイザベルの後について卵を集めに行く。ときどき新しく孵る雛に魅せられている。自分の顎の下に雛を押し当て、その金色のふわふわした羽の感触を楽しむ。・・・のたくった線をいくつも描いては、それを自慢げに指差して、『これママ、これパッパ、これルルとうだい』と言う。・・・トムはルーシーとイザベルが『楽園の池』で水浴びをしているのを眺める。女の子は水しぶきと塩辛さと、自分で見つけた色鮮やかな青いヒトデに夢中だ。指でヒトデを捕まえると、まるで自分でそれをこしらえたかのように、興奮と満足感で顔を輝かせる。『パッパ、みて。あたしのヒトデ!』」

 パッパとママとヤヌス・ロックに帰ると言い張る四歳のルーシーを前に、実母のハナは現実のルーシーを受け入れられず、苦しむ。登場人物のなかで、イザベルが一番身勝手。現実感がないほど善良なのがルーシーの父、フランツ・レンフェルト。賢いルーシーの祖父セプティマスや優しい叔母のグウェン。

 ヤヌス・ロックの海や強い風、孤島の描写も魅力的だ。

本書は出版されるやベストセラーになり、映画化され「光をくれた人」の題名で日本でも公開された。 


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読書感想236  堕ちた天使 アザゼル

2018-06-23 17:41:56 | 小説(海外)

堕ちた天使 アザゼル

読書感想236  堕ちた天使 アザゼル

著者      アクーニン

生年      1956年

居住地     モスクワ

訳者      沼野恭子

出版年     1998年

邦訳出版年   2001年

出版社     (株)作品社

☆☆感想☆☆

 本書は日本文学者だったグリゴーリイ・チハルチシヴィリが超人気作家ボリス・アクーニンとしてデビューした小説であり、「エラスト・ファンドーリンの冒険」シリーズの第一作である。訳者によれば、ファンドーリン・シリーズは19世紀後半のロシアを舞台にし「古き良きロシア」へのノスタルジーをかきたてつつ、当時はトルストイやドストエフスキーといった作家が活躍したロシア文学の爛熟期にあたっていることから、著者はその同時代性を強く意識しているという。原書の裏表紙には「文学が偉大で、進歩をどこまでも信じることができ、犯罪がエレガントで趣味よくおこなわれたり発覚したりした19世紀の思い出に捧げる」とあるのも著者の意図をよく表しているという。ファンドーリン・シリーズにはさまざまな形で19世紀のロシア文学が取り込まれ、その芳香が感じられるそうである。私には19世紀のロシア文学の芳香はわからないが、19世紀のロシアへのノスタルジーは感じられる。また、ファンドーリン・シリーズは著者が各作品に性格づけをして読者が楽しめる「単なる文学」を提供したいという意図があるそうだ。これまでのロシア文学では社会性を問われたり哲学的だったりと「文学以上」のものを担わされてきたが、それを「欧米化」しようと試みているのだという。

 さて、「堕ちた天使 アザゼル」は、20歳のモスクワ警察に配属された文書係ファンドーリンと、悪ふざけが失敗して自殺した青年のことから始まる。1876年5月13日のライラックの花が咲き、チューリップが燃え立っているアレクサンドロフスキー公園で、一人の青年が初対面のうら若き令嬢に口づけを求めて断られると、ピストルをこめかみに当てて自殺したのだ。その青年は大富豪のモスクワ大学生で、遺書にはイギリス人の慈善家エスター男爵夫人に全財産を譲ると記されていた。

その自殺を伝える記事にはドストエスキーの「作家の日記」が引用されている。「魅力ある、善良で、誠実な人たち、いったいどこへ行こうというのか。この暗い、物言わぬ墓が、なぜにそれほどいとしくなってしまったのか。見たまえ、空では春の太陽が輝き、木々は芽吹いているというのに、あなたがたは生を謳歌することもなく疲れてしまったのか」こういう描写が19世紀後半の同時代性を感じさせているのであろう。

登場人物:うら若き令嬢のリーザンカ

     リーザンカのドイツ人家庭教師エンマ

     自殺したモスクワ大学生ココーリン

     ココーリンの友人のモスクワ大学生ニコライ

     正体不明の美女のアマリア

     アマリアを崇拝する伯爵ズーロフ

     イギリス人の慈善家エスター男爵夫人

     モスクワ警察特捜部のグルーシン警部

     侍従武官長直属特殊任務捜査官のイワン

     モスクワ警察特捜部文書係ファンドーリン


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