花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

将たる者とは│「六韜」論将篇

2020-03-01 | 日記・エッセイ


混沌の全体像がようやく明らかになり成行きを見極めた後に、事態は当初より予測可能で十分対処し得たと嘯く後出しの結果論が世に溢れる。真に先見の明があったならその折に当機立断な行動に繋げた筈なのだ。火の粉をかぶろうが石を投げられようとも、内に省みて疚(やま)しからずんば、夫れ何をか憂え何をか懼れんである。畢竟、為すべき行動を為せなかったとすれば、誰の所為でもなく、全ておのれの不徳の致すところである。義は勇の相手にして裁断の心なり。道理に任せて決定して猶予せざる心をいふなり。時宜を逸せば、従容として己が慙愧の念を生涯携えてゆく以外、残された節義の道はない。
 中国の兵法書『六韜』(りくとう)に、太公望が武王に御指南申し上げる、将たる者を任命する際に考慮すべき負の条件「十過」及び各々の十過を有する敵将を如何に攻め落とすかという計略のくだりがある。漢字の原意は白川静博士著『字統』、『字通』、『字訓』を参照した。

一 勇而軽死者可暴也(勇にして死を軽んずる者は暴(さら)すべきなり)
命を軽んじ蛮勇の戦をする者は、挑発して暴発させる。
「暴」:原意は骨肉を原野にさらす

二 急而心速者可久也(急にして心速かなる者は久しくすべきなり)
先走りの早合点をする者は、持久戦に持ち込み苛立たせる。
「久」:屍を後ろから木で支える形。

三 貪而好利者可賂也(貪にして利を好む者は賂(まいな)うべきなり)
強欲に利益ばかりを貪る者は、賄賂で抱き込む。
「賂」:元来は賄賂性のものではなく、人に遺贈するもの。

四 仁而不忍人者可労也(仁にして人に忍びざる者は労すべきなり)
周りを労り忖度しすぎる者は、振り回して疲弊させる。
「労」:かがり火を組んだ形。聖火を以て耒(すき)を祓ってから(農具を清める儀式)農耕がはじまる。

五 智而心怯者可窘也(智にして心怯なるもの者は窘(くるし)むべきなり)
知力があるが臆病で決断が下せない者は、策を練り袋小路に追い込む。
「窘」:穴中の狭隘に苦しむこと。

六 信而喜信人速者可誑也(信にして喜んで人を信じる者は誑(あざむ)くべきなり)
頭の中がお花畑である者は、易々と人を信じるのに付け入り嘘偽りの言葉で騙す。

七 廉潔而不愛人者可侮也(廉潔にして人を愛せざる者は侮(あなど)るべきなり
かくあるべしと人を高みから断罪する者は、侮辱して怒らせ分別を失わせる。

八 智而心緩者可襲也(智にして心緩なる者は襲うべきなり)
知力はあるがやるべき行動が鈍い者は、寸暇を置かずに攻撃する。

九 剛毅而自用者可事也(剛毅にして自ら用うる者は事とすべきなり)
自らを恃むあまり人に任せない者は、多事に奔走させて消耗させる。
「事」:もと祭事、のに政事の万般を言う。

十 懦而喜任人者可欺也(懦(じゅ)にして喜んで人に任じる者は欺(あざむ)くべきなり)
自らを恃めずに人に丸投げする者は、意気地がなく臆病なのに付け込み計略にかける。
「欺」:仮面を被って人を劫(おびや)かすこと。