花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

人間は夢の如し│蘇軾「赤壁懐古」

2020-03-17 | 詩歌とともに


念奴嬌・赤壁懐古│「彩絵宗詞画譜」

  念奴嬌 赤壁懐古   蘇軾
大江東去 浪淘盡 千古風流人物
故壘西邊 人道是 三國周郎赤壁
乱石崩雲 驚涛裂岸 捲起千堆雪
江山如畫 一時多少豪傑
遥想公瑾當年 小喬初嫁了
雄姿英發 羽扇綸巾
談笑間 強虜灰飛煙滅
故國神遊 多情應笑我 早生華髪
人間如夢 一尊還酹江月


大江東に去り 浪は淘(あら)ひ尽くせり 千古の風流人物を
故塁の西辺人は道(い)ふ 是れ 三國 周郎の赤壁なり と
乱れし雲は 空を崩し 驚ける濤は 岸を裂き 千堆の雪を捲き起せり
江山 画けるが如し 一時 多少の豪傑ぞ
遥かに想う 公瑾の当年 小喬 初めて嫁し了(おわ)り 
雄姿 英發なりしを 羽扇(うせん) 綸巾(りんせん)
談笑の間に 強虜(きょうりょう)は灰と飛び煙と滅せり
故国に神(こころ)は遊ぶ 多情(のひと) 
応に我を笑うなるべし我が 早く 華髪を生ぜしを
人間(じんかん)は夢の如し 一尊 還(ま)た 江月に酹(らい)す

大江の水は東へ東へと流れゆき、波は千年の古人---自由不羈のすばらしい人々---のおもかげを洗いつくした。あの石垣の西の方、そこが三国のころの周瑜の古戦場、赤壁だと、ひとはいう。岩石は雲の峰のくずれたにもまがい、おどろしく、さかまく波がしらは岸をつんざき、雪の山にも似たしぶきを飛ばす。画をみるような山と川、あのひととき、ここに出あった英傑の数はいかばかりであったか。
 想いやれば、周瑜はそのとし、美しい小喬を迎えたばかりで、英雄のすがたいさましく、羽うちわと綸子の頭巾(をつけた諸葛孔明との)談笑のしばしのまに、強敵は灰けむりとなって、ついえ去った。ああ、故里へ魂ははせる。心ある人は、私が早くも白髪頭になったと笑うでもあろう。だが、人の世はまことに夢。まずはこの一本の酒を大江の月にささげるとしよう。
(中国詩人選集「蘇軾 下」, 126-130)

*「念奴嬌」:詞牌の名。
*「大江」:長江、揚子江。
*「公瑾」:周瑜の字(あざな)。孫権を補佐し赤壁の戦いで曹操軍を迎撃する。
*「小喬」:周瑜の妻。沈魚落雁閉月羞花の佳人、姉と合わせて二喬と称する。
*「酹」(ライ、そそぐ):その地の土主に酒をそそぐ祭儀。諸神の祭坐を連ねて祀り食を以てする祭祀が「餟」(テツ、まつる)、酒を以てするを「酹」という。(「字通」, p1582)
*版本による相違:
「乱石崩雲 驚濤列岸」(乱石は雲を崩し 驚濤は岸を裂き)
「乱石石穿 驚濤拍岸」(乱石は空を穿(うが)ち 驚ける岸を拍(う)ち)
強虜灰飛煙滅」(強虜は灰と飛び煙と滅びた) 強虜(きょうりょ):野蛮な強敵。
檣櫓灰飛煙滅」(檣櫓は灰と飛び煙と滅びた) 檣櫓(しょうろう):艦船の帆柱(檣)の上にある物見の台。ひいては軍船。
*「多情應笑我 早生華髪」:「應笑我多情」の倒句ととれば、感慨多端なこの私をどうぞ笑ってくだされ、さればこそ、雄姿凛々しい周瑜とは比べようもなく、このような白髪頭になるのだと、の意である。


赤壁2 決戦天下/Red Cliff II 呉宇森監督, 2009年公開

『三国志演義』では、周瑜は何度も怒気で矢傷を破り口吐鮮血(喀血)を繰り返した後に早世する。末期の言葉は「(天は)この周瑜を生まれさせながら、何であの諸葛亮(孔明)めまで生れさせたのか)」(「完訳三国志 四」, p219)、原文は「既生瑜、何生亮」である。怒りは肝を傷つけ(怒傷肝)、肝気鬱結、肝火犯肺を来し、灼熱の火邪は肺を焼灼して喀血に至る。『故事中医』《周瑜是吐血而亡嗎》は「周瑜只知兵家之事、帯兵打仗実為一員猛将、也不乏謀略、可以称為不可多得之将才。而孔明実乃一代師中之師才、他不僅上知天文、下知地理、中通人事、而且精通術数、熟読医理、深諳心理等、実不是周公瑾可比擬的。」(「故事中医」, p48-49)と周瑜と孔明を対比し、世に得難い将ではある周瑜、かたや森羅万象に通暁する孔明との器量の違いを述べている。『三国志演義』でのやたら怒りの沸点が低い将の姿とは全く異なり、映画「レッドクリフ PartII」の周瑜はまさに雄姿英発の快男子である。ラストシーンには、両者が友軍としてかわす最後の交感と、己がじしの道を進み行かんが為の別れが美しく描かれている。

参考資料:
汪氏編:「彩絵宗詞画譜」, 北京大学出版社, 2018
小川環樹編:中国詩人選集二集6「蘇軾 下」、岩波書店, 1962
白川静著:「字通」,平凡社, 1962
小川環樹, 金田純一郎訳:岩波文庫「完訳三国志 四」, 岩波書店, 2012
張景明主編:「故事中医」, 第四軍医大学出版社, 2015