花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

柴犬の見合い

2020-01-07 | 日記・エッセイ


飼い犬のまるを伴い、家族連れで某所に出向いた時のことである。用事が済み建物の外に出ると、外に待たせていた家族に初老の男性が何やら話しかけておられた。歩み寄れば、立派な雄犬だと褒めて下さっていて、さらには是非ともうちの犬と“結婚させたい”とのお申し出であった。なんとも急な展開に驚いていたら、御主人は此処で待っていて下さいと言い残してその場を去り、しばらくして近隣の御自宅から一匹の小柄な柴犬を率いて来られた。
 ところが、まるを見るなり“彼女”が吠えること吠えること。全身の毛が逆立つばかりに憤怒の気を漲らせ、踏ん張った足は絶え間なくぶるぶると震えている。相手の勢いに駆られて暴走させてはならないとすばやく手繰り寄せると、事態の急変に虚を衝かれたのか、まるは黙したまま足元で立ち尽くしている。

そのうちに今度は、うちの“愛嬢”に何をしたとばかりに、こわばった御顔の奥様らしき女性が早足で近づいて来られた。冤罪ですと申し上げたいものの、けたたましい鳴き声を心配なさり駆けてこられた心中は察するに余りある。最後にようやく誤解は解けたが、なんとも気まずい空気が漂う。お互い挨拶もそこそこに、そそくさと散会となった。
 最大の関門である御父上に気に入られようとも、肝腎の当人に嫌われたなら意味がない。それにしても一回り以上も小さい“彼女”が見せた気骨はなかなかのものである。守るべき領域への闖入者を撃退する行動であったのだろう。内なる恐怖をねじ伏せて一歩も引かずに立ち向かう姿勢は、種は違えども同性としてまことあっぱれと評したい。フレンドリーな愛玩犬が外飼いの番犬よりも多い時代であるが、”彼女”は彼女なりの立場を立派に貫いた。

さて家路を辿る道すがら、ひたすら吠えられ嫌われて傷心モードに陥ってやしないかと、過保護な飼い主はちらりと傍らを見た。全く無用の心配である。まるは何時もと何ら変わらぬ元気な足取りでどんどんと前へ進み行く。売られし喧嘩を買ふは時にとりて一興と思ふもあり、されど畢竟じて自他共に無益なり。晴天の霹靂の挑発にのらずにおまえは本当に偉かったぞ、などと思ったのは、何処までもお目出度い飼い主の贔屓目であった。