花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

ある夏の思い出

2016-02-16 | 日記・エッセイ
大阪大学総合学術博物館にはじめて伺う機会を得たのは、高橋京子教授御主催の第7回特別展「漢方今昔物語~生薬国産化のキーテクノロジー」が2014年に開催された時である。江戸時代の薬草政策にかかわった森野旧薬園の事跡から二十二世紀に避けて通ることの出来ない生薬資源をめぐる諸問題までを踏まえ、今後の漢方医学が見据えておかねばならない方向性を明確に御教示下さった展示であった。
 その後に常設展示室を一巡し、湯川秀樹博士が揮毫なさった「天地有大美而不言、四時有明法而不議、萬物有成理而不説、聖人者原天地之美、而達萬物之理」の書を拝見した。『荘子』知北遊篇からの一文で、天地は優れた働きを遂げながら言葉では語らず、四季は明確な法則を持ちながら議論をせず、萬物は理を有しながらそれを説かず、聖人というものは天地の雄大なる働きを根拠として萬物の理に通暁しているという意味を示している。湯川博士は中間子理論でノーベル物理学賞を受賞された理論物理学の大家であるが、人間の叡智を傾けて萬物を貫く真理を追究してこられた博士が、大美あるも言わず、明法あるも議せず、成理あるも説かずの言葉にどのような思いを込めて筆を揮われたのだろうか。その書の前でしばし小さく佇んでいたのは、大暑に差し掛かった蝉しぐれが喧しい日であった。