花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

紫苑(シオン)│不忘草

2022-08-16 | 漢方の世界

五十 紫苑 河原撫子 男郎花]│「四季の花」秋之部・壱, 芸艸堂, 明治41年

「紫苑」は、キク科シオン属の多年草シオン(紫苑)、学名Aster tataricus L.f.の根と根茎から得られる生薬である。花期は8~10月、淡紫色の散房花序の花を咲かせる。薬性は苦、辛、温、帰経は肺経、効能は潤肺下気、化痰止咳である。紫苑を含む方剤には、射干麻黄湯、紫苑散、そして新型コロナウイルス感染症に関する「新型冠状病毒肺炎診療方案」(現在は第九版)に提示された清肺排毒湯(射干麻黄湯の方意を含み、効能は宣肺解表、疏散清熱、利尿祛湿、健脾化飲、化痰止咳)などがある。

兄弟二人萱草紫苑語二十七│「今昔物語」三十一
 今昔、□ノ国□ノ郡ニ住ム人有ケリ。男子二人有ケルガ、其ノ父失ニケレバ、其ノ二人ノ子共恋ヒ悲ブ事、年ヲ経レドモ忘ル事無カリケリ。  昔ハ失ヌル人ヲバ墓ニ納メケレバ、此ヲモ納メテ、子共祖ノ恋シキ時ニハ打具シテ彼ノ墓ニ行テ、涙ヲ流シテ、我ガ身ニ有ル憂ヘヲモ歎ヲモ、生タル祖ナドニ 向テ云ハム樣ニ云ツヽゾ返ケル。
 而ル間、漸ク年積テ、此ノ子共公ケニ仕へ私ヲ顧ルニ難堪キ事共有ケレバ、兄ガ思ケル樣、「我レ只ニテハ思ヒ可□キ樣無シ。萱草ト云フ草コソ、其レヲ見ル人思ヲバ忘ルナレ。然レバ彼ノ萱草ヲ墓ノ辺ニ殖テ見ム」ト思テ、殖テケリ。
 其ノ後、弟常ニ行テ、「例ノ御墓ヘヤ参リ給」ト兄ニ問ケレバ、兄障ガチニノミ成テ不具ズノミ成ニケリ。然レバ弟、兄ヲ「糸心踈シ」ト思テ、「我等二人シテ祖ヲ恋ツルニ懸リテコソ、日ヲ暗シ夜ヲ曙シツレ。兄ハ既ニ思ヒ忘レヌレドモ、我ハ更ニ祖ヲ恋ル心不忘ジ」ト思テ、「紫菀ト云フ草コソ、其ヲ見ル人心ニ思ユル事ハ不忘ザナレ」トテ、紫菀ヲ墓ノ辺ニ殖テ、常ニ行ツヽ見ケレバ、 弥ヨ忘ルヽ事無カリケリ。

 此樣ニ年月ヲ経テ行ケル程ニ、墓ノ内ニ音有テ云ク、「我レハ汝ガ祖ノ骸ヲ守ル鬼也。汝ヂ怖ルヽ事無カレ。我レ亦汝ヲ守ラムト思フ」ト。弟此ノ音ヲ聞クニ、「極テ怖シ」ト思ヒ乍ラ、荅ヘモ不為デ聞居タルニ、鬼亦云ク、「汝ヂ祖ヲ恋ル事、年月ヲ送ルト云ヘドモ、替ル事無シ。兄ハ同ク恋ヒ悲テ見エシカドモ、思ヒ忘ル草ヲ殖テ、其レヲ見テ既ニ其ノ験ヲ得タリ。汝ハ亦紫菀ヲ殖テ、亦其レヲ見テ其験ヲ得タリ。然レバ我レ、祖ヲ恋フル志懃ナル事ヲ哀ブ。我レ鬼ノ身ヲ得タリト云ヘドモ、慈悲有ルニ依テ、物ヲ哀ブ心深シ、亦日ノ内ノ善悪ノ事ヲ知レル事明カ也。然レバ我レ、汝ガ為ニ、見エム所有ラム、夢ヲ以テ必ズ示サム」ト云テ、其ノ音止ヌ。弟泣々ク喜ブ事無限シ。
 其ノ後ハ日ノ中ニ可有キ事ヲ夢ニ見ル事違フ事無カリケリ、身ノ上ノ諸ノ善悪ノ事ヲ知ル事暗キ事無シ。此レ祖ヲ恋フル心ノ深故也。
 然レバ、喜キ事有ラム人ハ紫菀ヲ殖テ常ニ可見シ、憂ヘ有ラム人ハ萱草ヲ殖テ常ニ可見シ、トナム語リ伝ヘタルトヤ。
(馬淵和夫, 国東文麿, 稲垣泰一校注訳:日本古典文学全集「今昔物語4」, p559-561, 小学館, 2015)

*二十四孝に匹敵する孝行譚である。祖(おや)の逝去後、墓の亡骸を守る鬼が生前と変わらぬ孝養の心を哀(あわれ)み、身の上に起きる諸々善悪の事を夢に見る予知能力を弟に授けた。一文は「さればこそ、喜(うれし)い事のある人は紫菀(紫苑)を植えて常に見るべし(その思いを忘れない為)、憂いのある人は萱草(かんぞう)を植えて常に見るべきだ(その思いを忘れる為)」と締められている。
 さて知るべくもないが、泉下の御祖は何を願っておられただろう。忘草や不忘草に依らんとする、何処となく心が脆く優しき揺れがちな子供たちである。
-----あらゆる桎梏や軛を解き放ち、今在る自分の本然に徹して生き抜いて欲しい。私ならばそう望むかもしれない。








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