山クジラの田舎暮らし

岩手県北の田舎に生息する「山クジラ」です。定年後の田舎暮らしや趣味の山行きのことなど、発信していきます。

滞在2日目の孫

2014-05-22 19:50:47 | 日記

おばんでがんす。カナダから一時帰国の次男一家の滞在2日目。今日は八戸方面で買い物をしたらしい。女性たちが買い物に熱中している間、夫である次男は子どもの世話。横に開く自動ドアが珍しいらしく、前にたって開閉を繰り返したらしい。夕方次男夫妻と義妹の3人プラス孫が帰ってきた。さて今晩は、ということで先日群馬を訪問した時にいただいた水沢うどんを湯がき、タラボ、コゴミの山菜と輸入品のえび、マイタケのテンプラを作った。次男は少なくとも10代の終わりまで岩手にいたので山菜の味は覚えている。次男の妻は名古屋人なので、かなりこの辺りとは違うと思う。上州人の私がこの土地の味になじみ、ほとんど自分のものにするには30年以上の歳月がかかっていることを考えれば当然である。夕食の時、食べ終えた孫はまわりにアピールするポーズをとってくれた。なにはともあれ「可愛い」の一語に尽きる。


『剣豪将軍義輝』(上・中・下)=宮本昌孝著

2014-05-22 10:19:20 | 読書

宮本昌孝著の『剣豪将軍義輝』上・中・下計3巻を田植えの準備やら田植えやらの忙しい中で読み終えた。この本に先立って『海王』という本を読んで面白かったので、その前編が『剣豪将軍義輝』であることを知って、いつか読もうと思っていた。それで、過日書店を訪れた際、今回は全部新書で購入しておいた。足利義輝は足利幕府末期の将軍で、松永弾正らに攻められ殺された将軍であること位の知識はあったが、その後、織田信長に担がれれ将軍の座につき、最後の将軍足利義昭は戦国時代の小説でしばしば登場するので知っていたが、義輝についてはそれ以上の知識はなかった。足利将軍家に生まれた義輝が剣の道に志し、塚原卜伝に学び将軍という位にあるものとしては異例の剣の達人であったということ、この物語の中では卜伝らが将軍を辞して剣の道を志してはどうかと婉曲にすすめるが、それはかなわないことであった。権謀術策の渦巻く下剋上の時代を生きて、松永弾正らの襲撃に倒れる義輝が、数十本の名剣をふるって、最後には日の中に倒れていく。側室である小侍従は処刑されるが、その腹にいた義輝の子は、風筝の秘法によって助けられ、名を「海王丸」と名づけられ、明人・梅花らによって育てられる。この子が続編にあたる『海王』の主人公なのである。もちろん歴史を題材にしているが、史実をそのまま書いているわけではない、宮本昌孝の手によって膨らませた世界なのである。いずれ2作とも大変面白く読んだ。


お赤飯を炊く

2014-05-22 07:20:09 | グルメ

おはようがんす。次男夫妻は「夜泣きをする」というので、公共宿泊施設「グリーンヒル」の宿泊した。それで、今日の朝食は宿での食事なのだが、妻はなぜか「お赤飯」を炊いた。小豆は市販のものだが、もち米は昨年わが家で取れた「カグヤモチ」である。塩サバ、コマツナの辛し和え、キンピラゴボウ、キュウリのからし漬け、そして味噌汁はシジミ。身体によさそうな食品が並んだ。次男たちの日程は、今日は八戸方面でお買い物だそうである。子供服などなかなかカナダでは好みに合うものがないらしい。夕方に戻ってきて会食をし、今晩も「グリーンヒル」泊まり。明日は盛岡泊まりで友人たちでも会うのだろうか。そして東京に出て、姉たちとあっていよいよカナダへ戻るという日程のようだ。彼の勤めている企業は大手なので3年間の海外赴任中、2回の一時帰国が認められている。日本の企業というより、世界で動いている企業になっているのだろう。私たちが働き始めた1970年台と比べて隔世の感がある。

今日は雨天なので、農作業はお休み。久々の「骨休め」とする。そうはいっても週1で発行している「民報ひろの」の編集と印刷はしないとならない。終わったら、新山根温泉「べっぴんの湯」にでもつかってこようかなどと考えている。先日「しんぶん赤旗」日刊紙にこの温泉お記事が掲載されたのでご存知の方もあるかと思うが、久慈市から岩泉町安家に向かって進み、滝ダムの脇を通ってさかのぼるとこの温泉がある。冷鉱泉で加温はしているが泉質が素晴らしく良いので機会があったら訪れてみてほしい。