中爺通信

酒と音楽をこよなく愛します。

戦争と一人の女(前)

2008-08-17 22:07:18 | 読書
 「夜の空襲はすばらしい。照空燈の矢の中にポッカリ浮いた鈍い銀色のB29も美しい。カチカチ光る高射砲、そして高射砲の音の中を泳いでくるB29の爆音。花火のように空にひらいて落ちてくる焼夷弾…」

 日本人にとってお盆は夏休みであると同時に、戦争について考え、平和に感謝するべき時ですよね。

 坂口安吾の「戦争と一人の女」は、彼の小説の中で一番印象深い作品です。戦争とその混乱は人の心をだめにしてしまう事がよくわかります。主人公は女郎として売られてきた女で、頽廃的に生きながら世の中を憎んでいます。

 「そこには郷愁があった。父や母に捨てられて女衒につれられて出た東北の町、小さな山に取り囲まれ、その山々にまだ雪があった汚らしいハゲチョロのふるさとの景色が劫火の奥にいつも燃え続けているような気がした。みんな燃えてくれ、私はいつも心に叫んだ。町も野も木も空も、そして鳥も燃えて空に焼け、水も燃え、海も燃え、私は胸がつまり、泣きほとばしろうとして思わず手に顔をおおうほどになるのであった。」

 彼女や周りの人達は日本がいずれ負けるだろうと気付いています。そうなれば、日本人はあらかた殺され、良くても奴隷として連れて行かれるだろうと信じているのです。敗戦まぎわの当時は、実際にそう信じていた人が多くいた事でしょう。そんな中で明るい希望を棄てずに生き続ける事を諦めてしまう気持ちを責めるのは、今の我々にはできない事だと思います。

 「私は憎しみも燃えてくれればよいと思った。私は火をみつめ、人を憎んでいることに気付くと、せつなかった。」

 純粋な魂の言葉だと思います…。そして傷ついてしまった魂は、たとえ体が無事で終戦を迎えても、元に戻らないのですね。そのあたりは、また明日にします。
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