電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

秋は深まる

2016年09月28日 06時07分30秒 | 季節と行事
我が家の庭に彼岸花が咲き、イヌサフランがニョキニョキと芽を出してきました。毎年、今の季節になると、忘れずに出てきます。その律儀さをほめてあげたいけれど、たぶん「アンタのためじゃない」とすげなく言われてしまうのではないかと思いまする(^o^;)>poripori

写真は、ヤブランとヒガンバナです。台風の影響でしょうか、なんだか妙に気温や湿度の高い日もありますが、庭に咲く花をみると、秋の深まりを感じます。

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いわゆる「インク沼」に陥らない理由

2016年09月27日 06時04分14秒 | 手帳文具書斎
万年筆や文具の愛好家の中には、「インク沼」という言葉があることを知りました。メーカー各社が発売している多彩なインクをたくさん収集し、あれこれ悩みつつ使っている状態を言うのでしょう。その意味では、当方が「インク沼」に陥る懸念はごく少ないようです。

というのは、中心となるのがプラチナ社の古典ブルーブラックのボトルインクという明確な基準と言うか指標があり、これにモンブランの「ロイヤルブルー」が加わる、という構成だからです。他のインク、例えばパイロットの色彩雫シリーズの「朝顔」などは、一時この色にハマりましたが、ロイヤルブルーは裏抜けしないのに「朝顔」は盛大に裏抜けすることに気づいてから、使う場面が減ってしまいました。その点、「紺碧」はまだ色の独自性から使う場面がありますが、使用頻度は上位二種にくらべて相対的に少ないです。むしろ、最大の問題は、最も使用歴が長く書きやすい万年筆であるパイロット「カスタム・グランディ」が、インク選択の自由度とインク容量とが相反する状態になっていることでしょう。こういうインクをふんだんに使って書きたいという基準が明確になってきたとき、同時に万年筆の仕様に対する要求も厳しくなってくる、ということでしょうか。

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秋の盛岡

2016年09月26日 06時16分07秒 | 散歩・外出・旅行
先の週末は、盛岡でした。まだ秋の気配が濃厚に漂うところまではいきませんでしたが、間違いなく季節は秋で、さすがに日中は上着を脱ぎましたが、朝晩は上着でちょうどよいくらい。写真ではたまたま人気が少ないですが、盛岡駅周辺は人出も多く活気がありました。駅ビル内の「さわや書店」で本を探していたら、店長さんが本を出しているのだそうな。思わず「へ~」と驚きましたが、よく考えてみれば、お菓子屋さんがお菓子を作って売るのは珍しくもないのですから、本屋さんが本を出すのはあまり意外ではないのかもしれません。

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通勤の音楽に選ぶということは

2016年09月25日 06時05分37秒 | クラシック音楽
最近の通勤の音楽は、あの(*1)アイアランド、美人ピアニストに曲を献呈したのに彼女が離れていったら献呈を取り消すと騒いだ潔くない作曲家(^o^;)の、ピアノと弦楽による三重奏曲です。このCDを購入してから、すでに一年以上が過ぎて(*2)おります。不思議なもので、はじめは特別な印象を持たなかったのに、時間をおいて何度か聴いているうちに、通勤の音楽として車内に持ち込むことになりました。車内に持ち込めば、何度も繰り返して聴いているうちに、いやでも聴きなじんでしまいます。ロードノイズの大きさに負けるほどにppが連続する曲は不向きですが、ピアノ三重奏のような編成ならば、それほどダイナミックレンジは大きくありませんので、まずは大丈夫。もしかしたら、私の小規模なLPやCD等のライブラリに未聴のものが少ないのは、通勤の音楽に使うという習慣のせいなのかもしれません(^o^)/

(*1):アイアランド「ピアノ協奏曲」を聴く~「電網郊外散歩道」2015年10月
(*2):外出時に単行本とCD3枚を購入する~飯嶋和一、ハイドン、アイアランド~
「電網郊外散歩道」2015年8月


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近頃、書店で購入した文庫本

2016年09月24日 06時03分17秒 | 読書
不定期にある土曜出勤の日の帰り道や、たまにある出張先で、書店に立ち寄ることがあります。先日も、次の二冊を見つけて購入しました。

  • 宮城谷昌光『呉越春秋・湖底の城(五)』(講談社文庫)
  • 宇佐江真理『通りゃんせ』(角川文庫)

『湖底の~』についている帯には、「これが孫子の兵法だ!戦わずして勝て!敵の意表を衝け!」というような言葉が躍ります。まだ呉王が楚を攻略する前の話が中心です。『通りゃんせ』のほうは、現代の若者が天明の大飢饉の直前の時代にタイムスリップする話だそうです。いずれも、面白そうです(^o^)/

帰り道に書店に立ち寄るということは、都会に住む人にとってはごく日常的なことかもしれませんが、田舎では必ずしもそうではありません。通勤路の近くに書店があるというのは、かなり恵まれた環境でしょう。通常は、休日にわざわざ街に出て、書店でお目当ての本を探すというやり方が多いのでは。某密林などの通販が繁盛するわけです(^o^;)>poripori

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カクノ白軸とCON-70と古典ブルーブラック

2016年09月23日 06時01分08秒 | 手帳文具書斎
カクノ白軸で、パイロットの大容量コンバータCON-70が使える場合があるとの情報を得て、使えるかどうか、判定してみました。方法は、カクノの同軸の空洞に、パイロット社のインク・カートリッジを逆に入れてみる、というものです。

  • すっぽり下まで入る‥‥使える
  • ぎりぎり入るくらい‥‥使えない

結果は、大丈夫、CON-70が使えるようです。さっそく行きつけの文具店で注文し、過日、届いたとの連絡がありました。560円+税44円で、計604円也。




あいにく、カクノ白軸にはまだCON-50内に同社の「色彩雫」シリーズ中の「紺碧」が残っています。できれば、プラチナ社の古典ブルーブラック・インクを使いたいのだけれど、さてどうするか? 考えていたら、ひらめきました。カクノのグレー軸では、空のカートリッジに古典ブルーブラックをスポイトで注入して使っています。それならば、カートリッジの代わりに今回のCON-70を接続し、胴軸のみ、白軸のものを使えばよいのでは?いや、むしろキャップも白軸のものにして、首軸のみグレー軸のものとすげ替えれば良いのではないか?

  • 今まで古典BBインクを空カートリッジに入れて使っていた灰色カクノの首軸にCON-70を接続し、新型の白色カクノの胴とキャップを組み合わせる
  • 今までCON-50に「紺碧」で使っていた白軸カクノにグレーの胴とキャップを組み合わせる

という形です。要するに、カクノの白軸とグレー軸の互換性を利用して、CON-70を使える白軸の胴と交換する、というわけです。

この組み合わせで、サイズ的には適合するようで、一応の成功をみました。まずは良かった(^o^)/
ただし、これで全く大丈夫かというと、一抹の不安が残ります。どうも、首軸とコンバータの間に空気の層ができてインクが首軸まで落ちて行かないという、いわゆる「棚つり」現象が発生しやすいようなのです。もちろん、ちょっと振ってやれば空気層とインク層の上下が交代しますが、このあたりは疎水性のプラスチックの管の長さが設定時の想定よりも長くなっていて、表面張力や濡れ角などの関係か、「棚つり」現象が頻発するのかな、と想像しています。たんに使い始めの時期だけに見られる現象なのかもしれませんが、もしずっと同じ傾向を示すのであれば、メーカーが公式にCON-70対応をうたっていない理由も理解できます。

このあたりは、マイスターシュテュック149やTWSBIダイヤモンド580のような、もともと大容量の製品とは違って、カクノ+CON-70という「むりやり大容量」な製品の弱点であろうかと見ているところですが、これから使い込んだ時にインクフローがどういった挙動を示すか、観察していきたいと思います。

もう一つ、CON-70でなんとか大容量化に成功しただけに、キャップにクリップがないという弱点が再びクローズアップされてきます。ゴムバンドが伸びてゆるくなったカバーノートと一緒に持ち運ぶときなど、どうも落っことしそうで不安です。

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結局は使わなかった手帳のこと

2016年09月22日 06時01分47秒 | 手帳文具書斎
高校生の頃に、生徒手帳に各種日程を書き込むようになって以来、実に半世紀近く、様々な手帳を途切れずに使いつづけてきました。どんな手帳を使ってきたかという歴史とは逆に、入手はしたものの、結局は使わなかったものもあります。それは、例えば1970年代の島津製作所の手帳であるとか、1990年代の角川書店の手帳であるとか、年末あるいは年度末にお年玉がわりにいただいたものでした。島津製作所の手帳は、クリーム色の紙質が魅力で、万年筆での筆記に適したものでした。どうして使わなかったものか、記憶にありませんが、たぶん当時は「能率手帳」の継続性にこだわり、毎年のように手帳が変わることを嫌って、貰ったけれども結局は使わずに終わったのだろうと思います。

その後、システム手帳を使うようになって、「使わない手帳」というのは少なくなりましたが、2013年に試しに購入(*1)してみたダイアリー・リフィルは、まだ無意味に残っています。未使用の過去のダイアリーほど無意味なものも少ないと思いますが、なぜか保管してしまうのは、手帳好きの悪しき習性なのでしょう(^o^;)>poripori

綴じ手帳とシステム手帳と、両方を使った経験があると、逆に両方の長所と短所がわかりますので、毎年のように手帳を代えたいという誘惑にかられます。今は重たいシステム手帳を使っていますので、綴じ手帳の手軽さ、スリムさに惹かれます。逆に、綴じ手帳を使っていた頃は、このシステム手帳さえ持っていればたいていの用事は足りる、という安定感をうらやんだものでした。

手帳など持たずにすむ身軽な立場に憧れながら、逆に何も用事がなくなった生活に残り少ない人生の黄昏の寂しさを感じるような、秋の始まりです。

(*1):来年のダイアリー・リフィルは~「電網郊外散歩道」2013年11月

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TWSBIダイヤモンド580ALラヴァーの筆記量

2016年09月21日 06時01分42秒 | 手帳文具書斎
8月末に到着し、ピストンを1回だけ上下してモンブラン「ロイヤルブルー」を吸入したTWSBIのダイヤモンド580ALラヴァー(*1)が、毎日の使用によって着実にインクが消費され、目視ではほぼゼロに近づきました。ここまでの筆記量を、例によってA5判のノートのページ数で集計してみると、


という具合で、別のノートに書いた1頁分を加えると、12日間で21頁を書いた計算になります。初めてのインク吸入量が、満タンには程遠かったことを思えば、さらに何割か増の筆記量になることは確実で、これまで調べたマイスターシュテュック149の20頁(*1)やカスタム・グランディ(*2)の11頁という筆記量を大きく越えることが予想されます。

実際に、胴軸のインクタンク内にインクの流れが目視で確認できなくなった時点でインクを使い切った状態と見なし、キャップを付けた状態で重さをはかってみました。

すると、デジタル秤りの目盛は30gと31gの間を行ったり来たりします。どうも、この台所用デジタル秤りは1g単位で、0.1g単位では測れないみたい。
そこで、上皿天秤で測定してみました。

(1) インクを使い切った状態では、30.7g



(2) ピストンを何度も上下し、インクを満タンまで吸入


(3) 満タンにした状態では、32.3g




その差は1.6gで、これがインクの吸入量ということになります。

インクの密度はどのくらいかは不明ですが、水(1.0g/mL)と大差なかろうと考えれば、約1.6mLということになり、まあ妥当な値だろうと考えました。ここからの正味の筆記量がどうなるか、興味深いところです。

(*1):ツイスビー(TWSBI)の万年筆ダイヤモンド580ALラヴァーが到着する~「電網郊外散歩道」2016年9月

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井沢省吾『エピソードで読む日本の化学の歴史』を読む

2016年09月20日 06時01分03秒 | -ノンフィクション
秀和システム社から2016年1月1日に刊行されたばかりの新刊で、井沢省吾著『エピソードで読む・日本の化学の歴史』を読みました。著者は1958年生まれで、自動車部品会社でプラスチックの成形加工技術の研究開発に従事したという経歴を持つ人のようで、多方面にわたる博学を披露しています。光触媒によるセルフ・クリーニングなど、随所に光関係の記述が見られて、興味深いものです。

本書の構成は、次のようなものです。

第1章:黄金の国ジパングに錬金術はあったのか?~江戸時代前の日本の化学
第2章:花のお江戸に化学者がいた!~江戸時代の日本の化学
第3章:成功するまで、根性で実験をやり続けた偉人たち~明治~第二次世界大戦の日本の化学
第4章:元気をくれたノーベル化学賞受賞者の奮闘~戦後の日本の化学
第5章:ユネスコ無形文化遺産に登録された日本の伝統化学技術~和紙と和食の化学
第6章:注目される未来の化学~日本がリードする光化学など

江戸時代の蘭学者の活動をもって、江戸時代の日本に化学があったとするのは、いささか評価が甘すぎるのではないかと思いますが、明治~大正期の黒田チカ、丹下ウメさんらの記述はたいへん詳しくかかれています。特に、同年に東北帝国大学理学部に入学した女子は3名であった(*1)こと、もう1人の牧田らくさんは、数学科を卒業後に画家の金山平三と結婚し、彼の画業を支えたことは、本書で初めて知りました。

金山平三画伯(*2)といえば、昭和20年、以前からスケッチのためにたびたび訪れていた山形県北村山郡横山村の村長をつとめた寺崎家に疎開しており、その縁で大石田町や天童市などに金山平三画伯の絵が残されているらしいことは承知しておりました。寺崎家とわが家は姻戚関係がありましたので、画伯が梨の花が好きでよくスケッチしていたことや、夫人が才媛で理学博士であったことなどを伝え聞いておりましたが、まさか日本初の女子帝大生3名のうちの1人であったとは、初めて認識しました。実に興味深いご縁です。



本書には、実験室の歴史に関する記載はありませんでしたが、「2050年の化学はどうなるのか?」という未来予測がおもしろかった。とくに、

中国をはじめとする東アジアの諸国は著しい経済発展を遂げ、科学分野にも進出して来ますが、ノーベル賞級の独創的な研究はあまり発展しないと予測されます。その理由として、独創的な成果を生むには自由闊達な研究環境が必要とされるのに対して、東アジアの儒教的な上下関係や中国の専制的な政治体制が災いするとしています。(p.255~7)

という見方が、本質的で興味深いところです。

(*1):これまで、化学科の大先輩であった黒田チカさん、丹下ウメさんの二人だけだと勘違いしておりました。
(*2):金山平三~Wikipediaの解説

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パブリック・ドメインになった録音の中でも~チャイコフスキー「交響曲第4番」を聴く

2016年09月19日 06時04分21秒 | -オーケストラ
昔のステレオ録音がパブリック・ドメインになり、ありがたいことに自由にダウンロードして楽しむことができる時代になりました。とはいえ、実際には見境なくダウンロードしているわけではなく、興味関心のある方面にかたよる傾向があるようです。

私の場合、指揮者でいえばジョージ・セルを筆頭に、フリッツ・ライナー、ピエール・モントゥー、ラファエル・クーベリック、ユージン・オーマンディなどが関心の方向で、一般に「激遅・情念系」は敬して遠ざける傾向があります(^o^)/
概して、速めのテンポで軽やかなリズムと明晰な表現を好む、というほうでしょうか。

最近のダウンロード例で言えば、昔はレギュラープライスでしかお目にかかれなかったように記憶している、ピエール・モントゥーのステレオ録音が興味深いものがあります。例えばチャイコフスキーの交響曲第4番(*1)。
弦がピツィカートで奏する第3楽章のテンポは颯爽としていて、ボストン交響楽団の響きもクリアーです。1959年4月のステレオ録音。



チャイコフスキーの交響曲第4番といえば、ジョージ・セルがロンドン響を振ったデッカ録音もありました(1962年4月,425 972-2)。セル生前には発売の許可が出なかったものではなかったかと記憶していますが、どこが不満だったのだろうと不思議なほどの演奏です。こちらは、セルとしては身振りの大きめな、圧倒的な緊張感と推進力とが特徴的。

素人音楽愛好家の蛮勇を発揮して想像していたのは、たぶんAR社の大型ブックシェルフ・スピーカを床に直置きしていたセル、低音がだぶつく音に不満で、許可を出した録音は高域に偏る傾向があったのではないか。エピック社のディレクターもエンジニアも、実際はおっかないセルに物申すことができなかったのでは。そんな事情は知らないデッカ社の担当は、ふつうにマスタリングした録音を届けてしまい、当然のごとくセルはダメを出したのではないか、というような、笑っちゃう推理です(^o^)/

これについては、実際にはジョン・カルショウの著書『レコードはまっすぐに』(*1)に記載があり、ロンドン交響楽団が世代交替期で最高の状態とはいえない時期にあり、編集によっても改善できないミスがあったために、セル自身は発売を拒否したものだそうです。しかし、これほどの演奏解釈は、演奏の不備を補って余りあるという理由で未亡人が発売を許可した、といういわくありのものだそうな。

うーむ、そうなのか。思わずうなってしまうような真相です。素人音楽愛好家には想像もつかない、実に厳しい世界でした(^o^)/
付け加えれば、併録されているベートーヴェン「エグモント」の音楽がまたほんとに素晴らしいものです。

■ピエール・モントゥー指揮ボストン交響楽団
I="17'31" II="8'10" III="5'12" IV="8'29" total="39'22"
■ジョージ・セル指揮ロンドン交響楽団
I="17'41" II="8'41" III="5'33" IV="8'45" total="40'40"

(*1):ジョン・カルショウ『レコードはまっすぐに』を読む~「電網郊外散歩道」2005年8月
(*2):ネルロ・サンティとN響でチャイコフスキー「交響曲第4番」を聴く~「電網郊外散歩道」2006年7月

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アドエアやフルタイドの吸入のしかたは

2016年09月18日 06時01分05秒 | 健康
ぜんそく、あるいは咳喘息の治療に、ステロイド剤の吸入薬として、フルタイドやアドエア(気管支拡張剤との合剤)を処方されたとき、その吸入のしかたを説明されると思います。
私の場合、呼吸器科で「思い切り強く深く吸い、一分程度じっと息を止めた後に、ゆっくりはいて、うがいをする」と指示されました。これは、一回で効率的に吸入し、微粉末状の細かな粒子も患部に沈降し、好酸球によって攻撃された炎症を抑える、というねらいを持ったものと思います。

ところが、「思い切り強く」吸入すると、のどが荒れてガラガラ声になってしまうと感じます。微粉末状の吸入薬とはいえ、細胞の大きさと比較すればずいぶん大きな粒子でしょう。それが毎回猛スピードで激突すれば、ダメージを受けるのは必定、と考えました。もしかすると、物理的な損傷ではなくて、ステロイドによる変化の可能性もありますが。

では、「ゆっくり深く吸う」やり方ではどうなのか? これだと、それほど激しい衝突にはなりにくいでしょう。幸いに、非喫煙者ですので肺活量は維持しています。たぶん、薬剤の吸入量が不足することはなかろうと考え、ガラガラ声を防止することができるかどうか、試しているところです。こんなやり方でも良いのか、専門家の意見も伺ってみたいところです(^o^)/

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万年筆のキャップを外して使う習慣

2016年09月17日 06時00分48秒 | 手帳文具書斎
モンブラン・マイスターシュテュック149を使うとき、これまでは日頃の習慣で、キャップを尻軸にはめて使っていました。ところが、途中でぐらぐらしてきて、外れそうになることが多く、どうも国産万年筆のほうが使いやすいと感じておりました。
もう一つ、パイロットの「コクーン」万年筆も、アルミのボディは後ろにキャップをさしてもすぐに外れてしまいます。これも、どうも案配が悪いと感じておりました。

この点、このたび購入したツイスビー(TWSBI)のダイヤモンド580ALシリーズは、回転吸入式の機構のため、はじめからキャップを外して使うという想定で作られている、ということを知って、目から鱗でした(^o^)/

そうか、マイスターシュテュックやコクーンも、キャップを外して使うという想定だったのかと、あらためて気づいた次第。大型の万年筆、とくに回転吸入式の機構を持つ製品の場合は、キャップを外したら手近な場所に立てて使うというのが流儀なのかも。つい、キャップをポストして使おうとするのは、昔の小型ポケット万年筆や細身のスリム万年筆などの習慣によるのかもしれません。まだ、キャップを外して使う方が使いやすいとまでは思いませんが、もう少し慣れるまで、使ってみたいと思います。

また、ツイスビー万年筆のメカニカルな仕組みは、理系のハートをくすぐります。同社のインクボトルや、プランジャー式の万年筆なども、興味深いものです。

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真夏の車内に常備したパワータンク・ボールペンのその後

2016年09月16日 06時00分31秒 | 手帳文具書斎
給油記録など各種のメモ用に、マイカー内にボールペンを常備することとしました(*1)。とくに、夏場の猛烈な暑さでインクがどうなるのかが焦点で、若い頃に油性ボールペンのインクがもれて、はさんでいたノートが大変なことになった経験もあります。候補としたのは、三菱ユニのパワータンク(PowerTank)スマート(0.7mm)です。

青空駐車だった昔と違い、今は自宅でも職場でも屋根付きの駐車場ですので、真夏の直射日光が直接に降り注ぐ環境ではありませんが、それにしても買い物などで屋外に数時間駐車するというのはわりにあることです。ひと夏を過ぎて、車内に常備したパワータンク・スマートは:

まるっきり変化なし

でした。

加圧式の油性ボールペンですので、内部の気体が多少膨張しても問題がないのか、あるいは粘度が温度によって変化しにくい材料を使ったインクなのか、いずれにしろ昔の油性ボールペンとは全く違う結果です。



こんどは逆に、真冬の低温下ではどうかを観察してみましょう。これは、寒冷条件での筆記テストをクリアしているわけですので、おそらく問題はないものと思いますが。

(*1):車内用のボールペンの候補は~「電網郊外散歩道」2016年7月

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新型マツダ・デミオXDの夏場の燃費は

2016年09月15日 06時00分15秒 | 散歩・外出・旅行
毎日、快適に通勤で利用している新型マツダ・デミオXDですが、エアコンを多用し、お盆休みで近場のチョイ乗りが多くなる夏場は、燃費というか、燃料消費率が低下する傾向があります。

コクヨの野帳にずっと書き留めている給油記録によれば、

  • 平成27年:年間平均 22.3km/L
  • 平成27年:8月・9月 21.4km/L
  • 平成28年:8月・9月 21.6km/L

となります。春と秋には、エアコンも使わず、冬の降雪時のノロノロ運転もありませんので、23km/L以上というような値を示しますが、明らかに夏場は下がる傾向がデータの上でも現れています。

昨年よりも今年のほうが平均値が良いのは、運転に慣れたこともありましょうし、通勤時間帯を早めにシフトするように心がけているからでしょう。それにしても、800km前後の走行距離を目安に満タン給油して千円札4枚でお釣りが来るというのは、たいへん有難いところです(^o^)/

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石臼にスイレンの花が咲いた

2016年09月14日 06時04分12秒 | 季節と行事
いつ頃、誰が植えたものか、石臼にスイレンの花が咲きました。切れ込みのある葉の形からみて、たぶん睡蓮で間違いないものと思いますが、葉の陰にひっそりと白い花が咲いています。花鉢がわりの石臼は、私が子供の頃には外便所の手水鉢がわりに使っていたはず。屋根から下げた手水入れの容器の下部をちょいと押し上げると水が出るので、これで手を洗いますが、流下した水を受けるものが、大きな丸い石臼でした。



たしか私がまだ幼い頃、祖父がまだ元気で亡父も若かった頃に木製の臼を入手し、餅に石の破片が入ってしまう古い石臼を廃止することにしたのだったと思います。で、長く外便所の入り口に置かれ、手水鉢として使われたものです。このときに、すでに睡蓮が植えてあったものかどうか、残念ながら記憶にありません。屋内トイレの水洗化にともない、不要になっていた外便所を解体して埋め立ててカーポートを作ったときに、この石臼を現在の場所に移動したのは亡父の指示によるもので、こちらは記憶があります。



日当たりの良い今の場所が適していたためか、夏場に水が枯れないように水やりをしているせいか、睡蓮が花を付けているところを見つけるようになりました。いや、昔から花を付けているのに、以前は慌しい生活の中で見つけられなかっただけなのかもしれません。夏の終わりに、白いスイレンの花が可憐です。

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