中爺通信

酒と音楽をこよなく愛します。

魔王

2009-05-31 07:52:30 | 雑記
 「巻貝の貝殻を耳にあてると、海の音が聞こえるよ」
と子供の時に母親から言われて、素直にやってみると本当に波の音が聞こえるのでびっくりしました。
 「なんで?なんで海の音が聞こえるの?」
 「ずっと海に住んでたからでしょ」
貝殻ってなんて不思議なんだろう…感動しました。

 「なんで?なんで海の音がきこえるの?」
 「耳にある蝸牛という器官の中で液体が揺れ動いている音が貝殻に拡大されて聞こえる、自分の耳の音なんだよ」
と言われたら、「ふーん、よくわからないけど耳の音なのか。」で終わっちゃいますよね。正確な知識は感動的じゃありません。

 
  「唯物史観」
 もしいかなる小説家もマルクスの唯物史観に立脚した人生を写さなければならぬならば、同様にまたいかなる詩人もコペルニクスの地動説に立脚した日月山川を歌わなければならぬ。が、「太陽は西に沈み」と言う代わりに「地球は何度何分回転し」と言うのは必ずしも常に優美ではあるまい。  (芥川 龍之介)

 「感じる」ことよりも「知る」ことの方に重きが置かれすぎているような気がします。安易に理屈や分析(アナリーゼ)に頼りすぎることは、静かに自分の心に耳を澄ます機会をなくしてしまうこともあるでしょう。その結果できたものは、人の心を動かすことはできないのだと思います。

 
 さてさて、今日はこれから山形Qの練習です。「説得力のある演奏」に必要なものは何なのかと考えているのです。自分できちんと感じないと、子供を救うことができません。

 「お父さん!お父さん!きこえないの?魔王がぼくになにかいうよ」
 「落ち着きなさい、枯葉が風にざわめいているだけだよ」   (ゲーテ 「魔王」より)
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朝顔の露

2009-05-30 08:12:22 | 旅の空
 青森から見た、陸奥湾です。爽やかな朝の穏やかな海…気持ちの良い季節と良い天気…。潮風を受けながら手すりにひじをかけると、無数の落書きが…。
 「○○参上!!」
 「弘前大4年 ○○○○ H17.9.14」
 「たかのり&ゆき LOVE LOVE」  ……

 景勝地なので、公衆トイレと違って卑猥なのはあまりなし。その代り、自分(自分達)の名前と日付けを書き付けたものがすごく多いです。こういうのって何なんですかね?「記念」にする意味なんでしょうか?誰に見て欲しいんでしょうか?

 そう言えば、少し前にイタリアかどこかの歴史的な名所で、日本から観光に来た大学生が文化遺産である建物に落書きをして、ニュースになりましたね。日付けやら大学名やらフルネームをきちんと書いたわけですから、それはバレるに決まってます。それでも書きたかったということですね。そして偽名では意味が無いのでしょう。

 「生きるということはこの世に自分の名前を書き付けようとすることである」という言葉を何かの本で読んだのですが、誰の何という本かどうしても思い出せません(老化かな…ちょっと悔しい)。つまり実名を刻み付けるからこそ意味があるのです。しかもそれを自分が死んだ後もずっと残る(ような感じがする)史跡みたいなものに書き付ける。こういう衝動はどこから来るんでしょうかね。

 「歴史に名を残したい」という気持ちも、そうした衝動と関係があるかも知れません。歴史に名前が残っても、死後の自分はそれを味わって楽しむことができないし、確認することすらできない。考えてみれば不思議なことです。

 「人の一生などは、朝顔の上の朝露のようにはかなく、あっけなく消えてしまうものだ」と鴨長明が「方丈記」のなかで言ってますが、それをわかっているからこそ「自分がいたという証拠を何か残したい」という衝動にかられるのかも知れませんね。

 僕は自分の名前を落書きしたこともありませんし、「歴史に名を残したい」とも思ったことはありません。が、子供に少し物心がついてきたときに何か、ホッとしたような気がしたことがあります。例えば自分が明日死んでも(急性アルコール中毒とかで)、「いつも酒ばかり飲んでいた俺の親父…酔っ払った時はよく遊んでくれたな」みたいに、この子の記憶に残っていられるだろうという、わけのわからない「安心感」みたいなものです。

 
 などと朝、ホテルの周りをウォーキングしながら考えました。旅行は太りますからね…。やっと昨日山形に戻ってきましたが、来週は新潟。飲み歩きもいいけど、あんまりすぐに死んでしまわないように、そこそこ健康に気を配りながら行きますか。

 
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幻の珍味

2009-05-28 09:10:16 | 旅の空
 青森にいます。昨日はむつの方まで行きました。青森県もけっこう大きいですね…。

 陸奥湾沿いを車で走っていると「貝の王様 ホタテ」など、ホタテの看板がすごく多い。名産なんですね。ということで、昼は道の駅で「ホタテフライ」を食べました。でかい…だけではなく、貝の味が濃い感じがしました。新鮮なものはやっぱり良いもんです。

 帰り道にホタテの看板にまざって「幻の珍味フジツボ」と書かれているのを見つけました。「美味しいらしいよ」ということは、車内でも話題になっていましたが、フジツボってあの、船とか岩にゴリゴリくっついてて、踏むと痛いやつですよね。食べる所なんてあるんでしょうか?たぶん中身なんだろうけど。なんか固そうだな…。

 などと思っていたら、居酒屋にありました。写真が珍味「フジツボ」でございます。こんなに大きいのは初めて見ました。この写真は実は食後ですが、カキの貝殻のような手触りと厚みの「殻」です。

 お味は、貝のようなカニのようなカニみそのような感じで、食感もそんな感じです。海の香りが良い逸品でした。が、美味しいけどやっぱり食べる所が少ない…(そして高い)。そんな人はいないでしょうけど、「今日はフジツボをお腹いっぱい食べるぞー」みたいなことをしたら、どれだけかかるんだか…。たしかに「幻の珍味」ですな。
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食べ歩き

2009-05-26 08:21:30 | 旅の空
各地で美味しいものを食べて回るのは「食べ歩き」ですよね。歩きながら物を食べることは何て言うんですか?「歩き食べ」「歩き食い」でしょうか。一度だけ旅行で行ったパリでは、歩きながら物を食べている人が多くて驚きました。それがまたなぜか颯爽とした感じなんです。はしたない、行儀が悪い感じがしない。フランス人だからですかね。フランスパンだからでしょうか。見た目が良いと得です…。

さて、今週は山響のスクールコンサートで東北を回ります。無茶な移動距離だったりもするのですが、「わーい、遠足だー」と割り切って楽しむことに致します。結局、「食べ歩き」「飲み歩き」になってしまうんですけどね。

ということで、昨日の本番は福島の磐梯だったので、終演後は喜多方に寄り道して喜多方ラーメンを。一口に「喜多方ラーメン」と言っても、お店によってずいぶん違うものです。昨日は名店「坂内食堂」にて、塩系のをいただきました。ラーメン通ではないので語りませんが、絶品でした。
そして北上して北上へ。ほくじょうしてきたかみへ、です。漢字で書くとだじゃれみたいですね。着くやいなや駅前の居酒屋へ。

メニューに「本日の刺身」とあったので何なのかきいてみると
「イカとシカとカツオとホタテと…」
…ん?何か変なのが混じってたような…。

「あのー、シカって?」 「シカです。歩くシカ」…この説明は変ですよね。このあたりではこんな風に「説明するまでもない」感じで、普通に「シカ刺」を食べる習慣があるんでしょうか?もちろん注文。

というわけで、上の写真が「シカ刺」でございます。馬刺を淡白にしたような味で、あっさり。名物なのかどうかはわかりませんが、なかなか美味でした。

今日は遠野で演奏してから青森へ行きます。
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舞子さん

2009-05-25 06:42:44 | 山形
 もうそろそろ山形に来て11年になります。ということはそのころ11歳の小学生はもう22歳の社会人なんですね…。自分では大して感じてなくても、子供が大人になるぐらいの年月が経ったということです。困ったな。

 昨日は山形Qの練習を早めに切り上げて、男山酒造の飲み会へ。酒米の田植えから始まってオリジナルの酒をつくろうという会です。昨日は昼の部が田植えで夜の部が飲み会でした。当然夜の部のみ参加。実はこの会に入ってもう5年目になりますが、植えたり刈ったりしたことは一回もなし…だってほら、初心者が邪魔してもよくないし。

 飲み会にはここ何回か舞子さんを呼んでいます。コンパニオンとかよりも日本的で良いですね。踊りの良し悪しはまったくわかりませんが、雰囲気です雰囲気。日本酒の会ですから「和風」でないと。

 二人来ていたうちの若い方の舞子さんと話しました。「お仕事は何してらっしゃるんですか?」と訊かれたので素直に「山響です」と答えると、「ああ小学生の時に学校に来てくれて聴きました」と。村山の戸沢小の出身だそうです。さすがに山響でそろそろ12年目になりますから、県内の学校は名前を言われただけで道順から校舎の様子、喫煙できる場所などがするするっと頭に浮かびます。ちなみに戸沢小は古くて、懐かしいようなのどかな感じが好きです。

 「戸沢小?ああ何回も行ったことある。いい雰囲気の学校だよね」
 「私が小学生の時もいらしてましたか?」
 「いや、それはないでしょう。僕は山形に来てまだ11年だから」
 「私、いま22歳なんで、その頃まだ小学生でした。じゃあ、あの時来てくれてた人なんですね!なんかうれしい!」
 
 
 なんか、うれしくない…。

 

 
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歌あれこれ

2009-05-24 06:41:28 | 音楽
 山形市のマークです。 

 実家がある目黒では、夕方5時になると「目黒の歌」が流れます。各学校とか公共施設のスピーカーから流れるので、目黒区じゅうどこにいても聞こえます(たぶん)。流れるのは単音のメロディだけなので、歌詞は知らないし、歌ったこともありませんが。山形ではそういう時報的な、そろそろ家に帰んなさいみたいな放送はないんでしょうか?聞いたことがありません。

 先週は毎日、山形市内の小学生のための山響スクールコンサートがありましたが、オープニングに「山形市民の歌」を歌います。私も山形市民になってからもう11年になりますが、スクールコンサートで子供達が歌う伴奏をしている時以外、この歌を聞いたことがありません。しかし子供達は結構歌えてる…。不思議です。(ちなみに家の息子は歌えない…謎です)。

 歌の感じは、伴奏しながらなのであまり聞き取れていませんが、「蔵王」とか「月山」とかの言葉が入った、校歌みたいな感じの歌で、目黒の歌よりは良いと思います。

 ところで、自分が通っていた学校の校歌、歌えますか?一生懸命思い出そうとしましたが、小学校のしか覚えてません。6年間だから、一番長いからという理由でしょうか?大学は5年行ったしオケで伴奏もしたのに全然思い出せない…。やはり古い記憶の方が定着するものなんでしょうね。

 もともと「校歌」というものは、没個性的で、覚えやすいとは言えません。もちろんあまりに斬新では「歌いにくい」とか、「式典にふさわしくない」とかいろいろな制約があるんでしょう。だから童謡と昔のアニメソングと軍歌を、たして3で割ったみたいな感じになってしまうんでしょうね。

 そんな中では、どこの学校でしたか、佐藤敏直氏や村川千秋氏が作曲した校歌はよくできていると思います。何となく「気持ちの伝わる」珍しい校歌でした。小学校の校歌は「一生もの」ですから、良い歌であるに越したことはありません。
…別に自分の母校の校歌をけなしているわけではありませんよ。

 

 
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レクイエム2

2009-05-22 07:07:56 | クァルテット
 メンデルスゾーンの姉、ファニー・メンデルスゾーンの若い頃の肖像です。今度山形Qの定期で演奏する「弦楽四重奏曲第6番」は、このファニーの死の直後に書かれたもので、ファニーへのレクイエムであると言われています。メンデルスゾーン自身も姉の死の悲しみから癒えることなく、半年後に亡くなってしまったことは、以前に書いた通りです。「仲の良い兄弟」という以上のつながりがあったんでしょうね。

 ところで、「電子メールというものができた」と聞いた時、これほど普及するとは思ってませんでした。だって、電子とか言っても手紙でしょ?手紙なんて書く機会ありますか?年賀状と御礼状ぐらいを「仕方なく書く」程度が普通なんじゃないですか?僕はそれでも億劫なのに、世の中の人がそんなに手紙好きだとは思えませんでした。

 「手紙」といっても作文であることには変わりないですよね。個人的には、上手下手は別として、作文に苦手意識はありませんが、「作文が好きです」という人は今まで見たことがありません。みんなどうして「電子~」だとできるようになるんですかね?僕はこのブログだって、コンピューターで入力するのと原稿用紙に手書きするのと、労力もかかる時間もたいして違わないのに。マイナスの意味で。


 「ゲーテのところへ行ったら、目と耳を全開にするんですよ。そう忠告しておくわ。それからあなたが帰ってきてゲーテが言ったことを一言残らず話してくれなかったら、私達の間柄もこれっきりだと思いなさい。どうか忘れずにゲーテの家をスケッチするのよ。私も楽しめるから。それが実物そっくりに上手に描けたら、それを私の音楽の記念帳にきれいに写してくれなければだめよ。…

 …さようなら、私のハムレットちゃん。私が十六になる時に、私のことを思い出してよ。もう一つ、心の中で私の回復を祈ってワインを一口飲まなくてはだめよ。くれぐれもお願いよ。」  

 メンデルスゾーンが、師のツェルターに連れられてゲーテに会うために旅に出た時に、旅先に宛ててファニーが描いた手紙です。この時メンデルスゾーンは12歳、ファニーは文面からもうすぐ16歳なんでしょうね。まさに内容的には封書の手紙よりも「メール」にぴったりのような文面です。演奏旅行が多かった弟に宛てた手紙は生涯で279通、姉を含む家族へのメンデルスゾーンからの返信は900通以上もあるそうです。こういうのを今の世の中では「メル友」って言うんですか?(使い方合ってますか?)「家族割」が必要でしょうね。

 電話が無い時代、仲の良い家族はこんなに手紙をやりとりしていたんですね。逆に「家族割」がある今以上なんじゃないでしょうか。

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 レクイエム
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持ってます

2009-05-21 06:44:01 | 雑記
 うちの庭です。…嘘です。ゴールデンウィークに行った「花夢花夢」のチューリップ畑です。文翔館の庭もきれいですし、良い庭はそこらじゅうにあります。

 家はマンションなのでもちろん庭などはありません。が、「もし広々とした庭を持っていたら、何するだろうなー」と考えてみると、何もしそうもないということに気づきました。畑を作って何かの作物を植えたりとか、きれいにガーデニングしたり…しないだろうな。「まめさ」が足りないんです。

 何もしないでほっぽらかしとくような人は、庭なんか持ってない方が良いに決まってます。荒れ放題で蚊がわいたり、ヘンな花粉を飛ばす雑草がはびこったりして、近所にも迷惑ですからね。つまり自分にとって「庭を持っている」ことの良さは、咲く花を見て季節を感じたり、草のにおいをかいで広々とした気持ちになることですから、庭を「僕が持っている」必要はないわけです。


 「わたしはいったい何を持っているだろうか!と考えることがあります。たとえばわたしはチャーリー・ミンガスやマル・ワルドロンのモダン・ジャズのレコード。あまりスポーティーではない何枚かのシャツやセーター。都心の安アパートや古いボクシング雑誌、まわらなくなったコーヒー挽き機械を持っています。なかなか標準語化しない青森訛りも持っているし、病歴も、アダムスやスタインベルグの漫画本も持っています。
 だが『持っている』といっても、いつも手に持っているわけではない。
 おもうときに、おもうように自由にできるから『わたしのもの』だというふうに考えている、というという程度のことなのです。

 だが、おなじような意味でなら、わたしは広い空全体も持っているし、東京の町も持っている、ということもできるのです。つまり『思う時に使用しても、文句を言われない』という意味でなら、わたしの所有の範囲はぐんと広まるのであって、…とくに『わたしのもの』と主張しなくても、わたしは先にあげた以外の数え切れない多くのものを『もって』おり…、言葉をかえていえば、かなりの財産家である、ということもできるのです。」 
 (寺山 修司 「家出のすすめ」より)


 そう考えるとやっぱり自然は一番貴重な財産でしょうね。
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はじまりはじまり

2009-05-20 06:49:02 | 山形交響楽団
 年が明けて正月休みが終わり、山形に帰ってきた時よりも、五月の連休やお盆休みが終わってまた山響の仕事が始まった時よりも、「また一年が始まった…」という感慨に浸るのが、その年度の「スクールコンサート」の初日です。

 昨日から山形市民会館で、山形市内の小学校のスクールコンサートが始まりました。今シーズンは1~3年生が対象ですから、家の息子は来ません。早いもんですね…。

 午前中は今週の曲の他に、今年度新たに(再び)演目に入った曲のリハーサルをして、午後から本番でした。ステージに出て行って、小さいお客さんで埋め尽くされてガヤガヤしている客席を見ると、「今年もまた一年が始まった」という感じがします。日常に戻ってきたという、ホッとするようなガッカリするような、晴れがましいような気が抜けるような、新鮮なような懐かしいような、独特な気持ちになります。

 今年もまたこれから、暑くて気が遠くなりそうになる時期を経て、寒くて手がかじかむようになる頃まで、あちこち動き回って演奏します。今年度は特にまた移動が多いようです(北海道とか)。

 良いシーズンになりますように…。
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白孔雀

2009-05-19 00:12:42 | ヴァイオリン
 「するとどこからやって来たか、突然彼の前へ足を止めた片目すがめの老人があります。それが夕日の光を浴びて、大きな影を門へ落とすと、じっと杜子春の顔を見ながら、
 『お前は何を考えているのだ』と、横柄に言葉をかけました。
 『私ですか。私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです』
老人の尋ね方が急でしたから、杜子春はさすがに目を伏せて、思わず正直な答えをしました。
 『そうか。それはかわいそうだな』
老人はしばらく何事か考えているようでしたが、やがて、往来にさしている夕日の光を指さしながら、
 『では、おれがいいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中に立って、お前の影が地に映ったら、その顔にあたる所を夜中に掘ってみるがよい。きっと車にいっぱいの黄金が埋まっているはずだから』
 『ほんとうですか』
杜子春は驚いて、伏せていた目をあげました。ところがさらに不思議なことには、あの老人はどこへ行ったか、もうあたりにはそれらしい、影も形も見当たりません。そのかわり空の月の色は前よりもなお白くなって、休みない往来の人通りの上には、もう気の早いこうもりが二、三匹ひらひら舞っていました。」 
 (芥川 龍之介 「杜子春」より)


 宝くじ売場の前を通るといつも迷ってしまいます。宝くじでも当たらないかぎり楽器や弓を買い換えたりできませんからね。特に弓は良いやつが何本かあって、弾く曲によって使い分けたりできれば理想的なんですが…。ただの木の棒のように見えても、良いものはびっくりするぐらい高いですからね。夢のまた夢です。どっかでこんな老人に声をかけられたいもんです。

 いやいや、楽器以外にだってお金はいくらでも必要ですから、「宝くじでも当たればなぁ」と思う事はよくあります。まあ、言えば切りがないんですけどね。でもお金(特にあぶく銭)なんてあったらあったで、ろくな使い方しないで終わっちゃうものかも知れません。

 「大金持ちになった杜子春は、すぐに立派な家を買って、玄宗皇帝にも負けないくらい、ぜいたくな暮らしをはじめました。蘭陵の酒を買わせるやら、桂州の竜眼肉をとりよせるやら、日に四度色のかわる牡丹を庭に植えさせるやら、白孔雀を何羽も放し飼いにするやら、玉を集めるやら、錦を縫わせるやら、香木の車を造らせるやら、象牙のいすをあつらえるやら、そのぜいたくをいちいち書いていては、いつになってもこの話がおしまいにならないくらいです。」

こういう贅沢は別に、してみたいとは思いませんけど。でも楽器なんかに何億も払うのは、興味が無い人から見れば白い孔雀を飼うよりつまらないかも知れません。むなしいと言えないこともないです。

「『いや、お金はもういらないのです』
『金はもういらない?ははあ、では、ぜいたくをするにはとうとう飽きてしまったとみえるな』
老人はいぶかしそうな目つきをしながら、じっと杜子春の顔を見つめました。
『何、ぜいたくに飽きたのじゃありません。人間というものに愛想がつきたのです』
杜子春は不平そうな顔をしながら、つっけんどんにこう言いました。
『それは面白いな。どうしてまた人間に愛想がつきたのだ?』
『人間はみな薄情です。私が大金持ちになった時には、世辞も追従もしますけれども、いったん貧乏になってごらんなさい。やさしい顔さえもして見せはしません。そんなことを考えると、たといもう一度大金持ちになったところが、何にもならないような気がするのです』」
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カリ2

2009-05-17 07:30:48 | 山形交響楽団

 小川未明の童話に「二度と通らない旅人」というのがあります。

 人里はなれた山奥に一軒の家があって、父と母、兄と幼い妹の四人家族が住んでいました。妹は水を飲ませると死んでしまう病気(そんなのあるんですかね?)で寝込んでいるのですが、「のどが渇いた」と言って泣くので家族は辛い気持ちでいます。
 あるひどい嵐の晩に「こんばんわ、こんばんわ」と言って戸をたたく音がしました。聞き覚えのない声だし、夜中にこんな山奥に訪ねて来る人などめったにいないので、不審に思って家族は寝たふりをしてやり過ごそうとします。
 しかし哀れな声で何度も「お願いです、開けて下さい」と言うので、父と息子は仕方なく何の用かと尋ねます。すると外の男は、自分は道に迷った旅人で、嵐と暗さでもう進めないので一晩泊めて欲しいと言います。しかし父親は、知らない者を家に泊めることはできないと言って男の願いをはねつけます。まあ、重い病気の子供がいると気持ちに余裕がなくなりますからね。
 男は何度も頼みますが断られて、せめて水を一杯飲ませて欲しいと言います。しかし水音をさせると病気の娘が水を欲しがって泣くので、それもできないと断るのです。すると旅人は旅の途中で手に入れた名薬を渡したいというので、少しだけ戸を開けると、丸薬をくれました。
 さすがに水だけでも飲ませてやろうかと躊躇してから戸をあけてみると、旅人の姿はもうなくなっていました。
 それから妹の病気は重くなる一方で、医者にも見離されてしまいます。その時に旅人がくれた薬のことを思い出して、ダメもとで飲ませてみると驚いたことに全快したのです。
 家族は妹が健康に美しく成長していく姿を見るたびに、旅人に薄情であったことを思い出して恥ずかしく思う、という話です。

 「一期一会」みたいなテーマですね。どんなふとした出逢いが、その後の人生を左右するかわからないということです。迷惑に感じられるものが、結果的には自分を豊かにしてくれることは、確かにけっこうありますからね。拒絶してしまうことは、もったいないことなのでしょう。


 さて、昨日は山響の定期。メインプログラムはカリンニコフの「交響曲2番」です。リハーサルが始まるまでもちろん「知らない曲」でした。しかも音が多くて「ちょっと迷惑」な曲です。できれば寝たふりしてやり過ごしたい…。開けてくれと言われても、戸を開けたくない…。

 しかし「一期一会」、せっかくの機会です。精一杯演奏しなければ、もったいないですから。自分を豊かにしてくれるかも知れませんしね。

 聴きに来てくれたお客さん達はどうだったんでしょうか?今日もう一回とあと東京公演もありますから、まだまだ頑張ります。


 写真は山響定期終演後の山形テルサです。…うーん、ちょっとイマイチだな。「夜景モード」どいうのもあるらしいんですけど、どこを押せばよいのやら。覚悟を決めてカメラ機能をいろいろいじってみるかな…。

 
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軟弱

2009-05-16 08:11:07 | お酒の話し(山形県)
 人は良いものにはすぐに慣れてしまうものです。先日我が家もテレビが壊れてしまったので、仕方なくデジタルのやつに買い換えたのです。初めは「確かにきれいだけどわざわざ買い換えるほどの違いかな?」と思いましたが、しばらくしてからそば屋かなんかで普通のテレビを見たら、「こんなに粗くてちらちらしてたんだ」と驚きました。大した贅沢でもないとは思いますが、贅沢に慣れてしまうと普通のもので喜べなくなるわけですから、ちょっと不自由が増えてしまうような気もします。

 先日、またまたビール券を頂いたので、今度は一撃で使ってしまわないで「ちょっとした贅沢」を小分けにすることにしました(セコい…ですよね、やっぱり)。

 ということで、ここ何回か「ごうじょっぱり」を飲んでます。普通にお店で買える、県産の米焼酎の中では一押しです。本当にスッキリした、透明な味の焼酎です。サラッとし過ぎてて、「味もそっけもない」と感じる人もいるとは思いますが、飽きないし料理が美味しくなります。

 それが無くなったので、この間久しぶりに「定番」の焼酎に戻りましたが、愕然…。こんなに雑だったかな?明らかに「ランクが低い」感じで、余計な臭みが強い…。

 甘やかされると弱くなるものですね。

 
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円満

2009-05-15 12:52:30 | 雑記
 暑くもなく寒くもなく、少し涼しい感じで過ごしやすいです。季節が良いのでどこかに出かけたくなりますが、そんな時間も無いので寄り道程度。

 近所の神社にある「夫婦欅(めおとけやき)です。この神社には子供を遊ばせるために何回か来たことがありますが、境内をよく観察したことはありませんでした。確かにかなり大きいけやきの木が二本並んでいます。「夫婦円満」のご利益があるらしいですよ。…思わず参拝。

「めおと〇〇」というものって結構ありますよね。茶碗とか…。大きい方が夫ということなんでしょうけど、この二本のけやきはどちらも同じくらいのサイズ。 どちらかが枯れるまでどっちが夫かわかりませんね。(もちろん先に枯れるのが夫に違いなし)

 
 「夫人 『さっきから、たわいのないことばかり、せっかくふるい立たせた勇気を御自分で突きくずすようなもの。さ、早くその手から罪のしるしを洗いおとして。どうしてその短剣を持っていらしたのです?あの部屋においておかなければなりません、返していらっしゃい、そして、あの二人の護衛に血を塗り付けてくるのです。』
 マクベス 『もう行くのはいやだ。自分のやったことを、考えただけで、ぞっとする。それをもう一度見るなどと、とてもできない。』
 夫人 『ふがいのない!短剣をおよこしなさい。眠っている人間や死人は人形同然。子供ででもなければ、誰が絵に描いた悪魔をこわがるものですか。血を流していたら、その血で護衛の顔を化粧してやる、どうしても二人の仕業と見せかけなければ。』」   (シェイクスピア 「マクベス」より)


 …さすがシェイクスピア。円満な夫婦の力関係をよくわかってます。(再び参拝)
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五月

2009-05-14 07:52:25 | 山形交響楽団
 真夜中の文翔館です。さすが新携帯、暗くても前のやつよりよく写りますな。画質も選べるみたいですけど、まだ選べないので「普通」のモードらしいのですが、それでも違うもんです。

 別に有り余る「画素」を試したくて夜中に出歩いているわけではなくて、山響でお祝い事があって、飲み会の帰り…いわゆる「午前様」でございます。昔は山響のメンバーで最後まで飲むと、店を出る頃には遠くの空が明るくなっているのが普通でしたが、最近はちゃんと「夜」の間に終わります。進化なのか退化なのかはわかりませんが…。

 おめでたいお酒はいいものです。何はともあれ、祝ご結婚!



 なんと目ざめるばかりに 
 自然の照りはえていることよ!
 なんと太陽の輝いていることよ!
 なんと野原のはなやぎ笑っていることよ!

 枝という枝から
 花がきそって咲き出でる。
 茂みの中からは
 数知れぬ歌ごえが。

 胸という胸からは
 よろこびがわき溢れる。
 おお大地よ、おお太陽よ!
 おお幸福よ、おお楽しさよ! 

 …………            (ゲーテ  「五月の歌」 より)


 良い季節ですね。

 
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ケンさん

2009-05-12 08:38:49 | 音楽
 「うちで、勉強をしていると、にぎやかな音が聞こえてきた。
  のんちゃんと、わたしは、顔を見合わせた。あわてて窓にかけよった。
  『わっ』
  『わっ』
  二人とも、大声を上げた。
  ちんどん屋が、家の前を通る。
  テレビで見たことはあるけれど、本物は初めてだ。
  早く行かなけりゃ、通り過ぎてしまう。
  のんちゃんもわたしも、ドタドタと階段をおりた。お上品におりていたら、間に合わない。
  きれいな色の着物を着て、顔におしろいをぬった人たちが、かねやたいこ、三味線やラッパを、
  チンチンドンドン
  チンドンドン
  プカプカプカー
  と鳴らして通って行く。
  『すごい!』
  『すごい!』
  のんちゃんも、わたしも、目をかがやかせてさけんだ。
  体が、勝手におどりだすみたい。」  (灰谷 健次郎 「ふたりはふたり」より)

 そういえば、最近はもうすっかり「ちんどん屋」を見なくなりましたね。どんな宣伝もインターネットのホームページでする世の中になりましたから、当然といえば当然です。僕が小学生の頃は「ばーかーかーばーちんどんやー、おまえのかーさんでーべーそ」などとよく言ったものですが、今の子には意味がわからないでしょうね。ああいう歌のような、はやし言葉のようなのは本当に耳にしなくなりました。良いことなのか悪いことなのかわかりませんけど。

 ちんどん屋という言葉は馬鹿にするような文脈で使われていましたが、商店街なんかで実物を見かけると子供達は興奮して、みんなついていく人気者でした。時代劇みたいな格好のせいでしょうか、すぐに通り過ぎてしまうのが惜しいような気がするので、ついて行ってしまうんです。そんなことありませんでしたか?

 僕がいた町によく来ていたちんどん屋は、3人組で声担当と太鼓担当と、あとはクラリネットでした。「マツケンサンバ」の「マツケン」のような扮装でクラリネットを吹いているのですが、全然ミスマッチながら妙にカッコ良かった。だから僕が初めて聴いたクラリネットの生演奏(?)は、その「マツケン」だったんです。

 オーケストラのプレーヤーを軽く馬鹿にした言い方で「楽隊屋」という言葉がありますけど、その言葉を聞くといつもあのクラの「マツケン」を思い出してしまいます。だから彼に対して、変ですけど「同業者」としての親しみを感じてしまうんです。業務内容は近い部分もありますからね。


 さて、ゴールデンウィークも終わって、今日から山響定期のリハーサル。張り切って行きますか。

 
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