中爺通信

酒と音楽をこよなく愛します。

深夜特急

2021-09-16 23:54:00 | 読書
 沢木耕太郎の「深夜特急」を読みました。友人が「一番好きな本番」として薦めてくれたのです。

 主人公が(と言ってもノンフィクションの旅行記なので著者の沢木さんなのでしょうが)ある時思い立って、所持金全てをトラベラーズチェックに替え、香港からロンドンまでバスで旅をするルポです。古くから「バックパッカーのバイブル」と称される古典的名著とも言える作品だそうですが、知りませんでした。

 これが普通の旅行記よりも圧倒的に面白いのは、ルートも宿も行き当たりばったり。着いた街を気に入れば何日でも逗留する。観光地を巡らずに、その町の普通の人々(下層の人々と行った方が良いかも)の暮らしにどっぷり浸かるところです。

 連れ込み宿のような、安かろう怪しかろうみたいな所を、さらに値切って泊る。そこに巣食う、観光では決して出会えないような人たちと仲良くなる。

 …これは真似できない。それだけに、擬似体験させてくれる文章に引き込まれるのです。

 とくにインドが良い。我々から見ると無秩序でしかない所に、人がひしめき合って、それでも逞しく生きている。そこに、割って入るというのは、なかなかできることではありません。ハラハラしながらも、面白いのです。

 これがヨーロッパに着くと、ちょっとつまらない。予想外のことが起きないのです。主人公もそうらしく、「ああ、自分の旅も終わりが近づいているのか」と自省し始めるのです。

 若い時の無茶な旅は、文中にもありますが、自分が属する社会の中にどっぷりと埋もれていくのを、しばし「猶予」してもらっている時間なのです。いずれ終わる。

 そもそも、人生もひとつの長い旅だと考えれば、行き先が定まらない、まだ定めたくない、だからこそ楽しいという、初期があるわけです。でも、それもいずれ終わりにしなければならない。

 一番印象的だったのは、インドなどの安いドミトリーで、何日もベッドにいるだけで、虚ろな目をして過ごしている旅行者の姿。旅行しているのはずなのに、どこへも行きたくない。「旅という沼」から抜け出せない、抜け出したくなくなってしまう誘惑があると著者は言います。

 引きこもりと同じです。「引きこもり」と「旅」に共通点があるというのは面白い。…でも、この本を読むと、そういうものかもしれないと思わされる。誰しも、社会の中できちんと生きるというベルトコンベアから、外れたくなる時があるものです。「旅」は、そういう気持ちを満たすものでもあるわけですね。

 …まあ、私のような根性なしには、国内の、しかも演奏旅行ぐらいがちょうど良いようです。この秋の旅行も、延期公演が実施されますように。

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