朝礼の話題

見たり読んだりして、感じたことを朝礼で話しています。この頃は仕事の話は少なくなりました。

イジメ・カラカイを考える

2006-10-24 09:44:03 | マスコミ批判
カラカイが過ぎるテレビ番組 2006/10/24
 中学2年生を自殺させた担任教師は「からかい易い生徒だったから、カラカッた」と新聞記者に言ったそうです。
 「先生も生徒が程度の同じ、メダカの学校だ。せめてすずめの学校であって欲しい」とのコメントもありました。

 私も反省していることですが、自分の子供とどう接してよいか分らないまま、
からかったり、ふざけたりしていて、これが親子の親密さだなどと考えていたようでした。

 テレビでは、サンマやビートたけし・所ジョージ・たもり・古館伊知郎など
フザケ・カラカイ・失敗させて笑いものにする番組が主流の人気番組です。
 政治評論でも、揚げ足取り・馬鹿扱い・悪ふざけ・悪事のばらしなどで、
芸能番組となっています。
 これらの番組の横行で、現代日本の他人との接し方は、フザケ・カラカイが、
愛情表現の一つと考えることが、常識となっていないだろうか?

 学校の先生も同級生も、罪悪感もなく、カラカイ・フザケているように感じられます。
 他人からの批判・悪口・カラカイは、言った本人はすぐ忘れ大したことではないと意識もせず、記憶にも残らないけれど、言われた方はずしっと応え、いつまでも忘れられないものです。

 喧嘩やいじめが暴力行為に発展すると、形の残る危害として大きく罰せられるから、口頭によるいじめは罪一等減ぜられ、軽く考えられているようです。

 いじめ・子供の自殺は、これからも減らず、エスカレートする気がします。
 善悪・倫理として、いじめを無くそうとするより、人間関係・他人との接し方・他人を尊敬する気持など考えさせ、教育することが必要と感じます。

 いい学校に入れ、高給取りになれ、管理され易い人になれ、マニュアルを覚えよと、親も先生も認める成績だけの競争教育は、行き詰っています。
 スポーツ・家庭科・趣味・学業全ての面で、成績発表する競争教育が必要な時代になったと感じます。
 テレビを規制し、教育方針を変えることが、次の時代のために必要です。