うたのすけの日常

日々の単なる日記等

ひぐらし食堂 二幕

2014-10-05 13:12:34 | ひぐらし食堂

二幕

 

 

 

 一幕から五年ほどの歳月が流れた。飢餓の恐怖も消え、街は復興の槌音も高らかに庶民

の暮らしも向上の一途を辿っている。紗幕の中の、此処、謙三の店も建て直されたのか、

店も広く取られてどうやら二階建てのようである。店は午の賑わいか客が出入りし、そして立ち働く邦夫綾子の睦まじそうな姿、よねが笑顔で客に対している。全て無言で音もなく進行して行く。そんな中、春の日差しを真っ向に浴び、下手より乳母車を押した謙三が、表戸の端に腰をかがめて赤子をあやす。その姿はまさに好々爺といった風情そのものである。やがてナレーションが淡々と流れる

 

N   邦夫が太井一家からリンチを受け、傷の手当てを受けた夜、明日朝又来ると言って帰った英輔は現れなかった。英輔が太井の腕を切り落とし、警察に自首したというニュースはたちどころに街中に走り、人々の耳目は警察の動きに注目した。警察、役所の行動は、GHQの後ろ盾もあって素早かった。傷害事件の捜査は二の次に、英輔の事件を待ってましたとばかりに、駅前のバラックは強制退去、取り壊し、整地、住民への地所返還。矢継ぎ早の太井組の集中手入れ、太井組は壊滅に追いやられた。街は復興へと歩み始めている。

 

紗幕が上がり、音声が入る。下手より男一人中折れを目深に被り、周囲の気配を気にするように店に近づき、暖簾越しに店内を覗いている。それに気付いた謙三立ち上がる。

 

謙三  あのう、あんた?

英輔  (謙三に気付き足早に近寄る)小父さん、驚かしてすまない英輔だよ。

謙三  英さん、英さんだよな。間違いねえや、何で知らせてくんなかったんだ。指折り数えて待ってたんだぜみんなしてよ。さっ、入ってくれ。

英輔  小父さん、俺はみんなの元気な姿を見るだけに寄ったんだ。会うつもりはない、これで良いんだよ。おう、邦夫の子供だね(乳母車を覗き込み)ふふっ、そっくりだ邦夫に、目元は綾ちゃんかな…小父さんも小母ちゃんも元気そうだ。それさえ確かめりゃあこの土地には用はない。

謙三  そりゃああんまりだ英さん、面会に行ったって一度も会おうともしねえで。せめて邦夫だけにも……あいつは堅気に戻れたのも英さんのおかげと……

英輔  それだよ小父さん、よく聞いてくれ、邦夫に会ったらあいつのことだ、恩義だ仁義だとか振り回すに違いない。俺というやくざな風に触れさせて、眠っている子を無理矢理に起こすことはねえ、邦夫には今が一番大事な時だ。しっかりと根っこをおろすまでは会っちゃいけねえんだよ。

謙三  英さん……

英輔  分かってくれ……清ちゃんも遠いアメリカで元気なようだし……俺の来たことは皆に内緒だぜ、いいね。小母ちゃんにやさしくな……小父チャン……(追い縋る謙三の手を振り切って足早に去って行く。店の戸が開き、邦夫夫婦が出て来る)

 

よね  (暖簾から顔を出し)あんた誰かいるのかい?話し声がしてたようだけど……

謙三  誰もいやしないよ。

綾子  おとうさん!今、駅の方へ行った人、だれ?

謙三  知るかいそんなこと!単なる通行人よ。(そそくさと乳母車を押して上手へ去る)

 

綾子一人残り、英輔の消えた道を凝っと見てしばし佇ずみ、やがて肩を落として店に入

る。と同時に上手から久子血相変え飛び出してくる。すっかり堅気の風である。

 

久子  (舞台中央に足を止め、振り返り腰を屈め)小父さーん…ありがとーう……英さん待って…(駅への道をスカートの裾を翻して駆けて行く)

 

 



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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
最終回ですね (志村建世)
2014-10-07 23:10:59
最終回、前作と少し変りましたね。英輔の未来に余韻を残したのでしょうか。
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最終回ですね (うたのすけ)
2014-10-08 08:24:44
英輔が少し憐れになりました。
久子ともっと絡めばと反省しています。
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