観測にまつわる問題

政治ブログ。政策中心。「多重下請」「保険」「相続」「農業」「医者の給与」「解雇規制」「国民年金」を考察する予定。

所有者不明土地問題と公共の福祉論

2018-06-09 12:29:53 | 政策関連メモ
自民党ホームページ:「所有者不明土地等に関する特命委員会 とりまとめ」~所有から利用重視へ理念の転換 『土地は利用するためにある』~

土地所有権が利用権に比べて過剰なほど保護され、所有者の責任が軽視されてきたと指摘していますね。日本国憲法12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」の規定では権利には努力が伴い濫用してはならず、常に公共の福祉のために利用する責任があると規定されており、自民党はこのことを言っているようです(1P)。

憲法29条には「第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。○2財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。○3私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」との規定があり、私有財産は正当な補償の下に公共のために用いることができると自民党は指摘しています(2P)。

土地基本法((土地についての公共の福祉優先)第二条 土地は、現在及び将来における国民のための限られた貴重な資源であること、国民の諸活動にとって不可欠の基盤であること、その利用が他の土地の利用と密接な関係を有するものであること、その価値が主として人口及び産業の動向、土地利用の動向、社会資本の整備状況その他の社会的経済的条件により変動するものであること等公共の利害に関係する特性を有していることにかんがみ、土地については、公共の福祉を優先させるものとする。)も民法(第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。)も憲法同様に公共の福祉を重視しているようですが、所有権が重視されてこうした規定は言わば有名無実・空文化して、近隣環境や地域の景観を悪化させ、所有者不明土地が利用されなかった原因になってきているとも指摘しています(2P)。

所有者不明土地問題は誰しも問題と思うでしょうし、やはり所有権を過剰に認めて放置を是とするのではなく、憲法や民法・土地基本法の本来の規定・理念通り、放置された空き家は周辺の環境や景観を悪化させる訳ですから、所有者に本来の責任を果たすように促していくことが大切だと考えられます。日本の土地の所有権が強いのは恐らく先祖代々の土地を守ってきた伝統によるのであり、憲法やそれに基づく法の方があるいは外来で異質なのかもしれませんが、旧習・悪習の類に固執するばかりが政治ではないと考えられます。

公共の福祉は寧ろ左派が支配する法律の世界では、嫌われてきたように思います。どうもこれは個人の権利を尊重することを重視して、社会の利益を軽視する考え方によるもののようです(例:中高生のための憲法教室 第9回 <「公共の福祉」ってなんだろう?>(法学館憲法研究所))。具体的な根拠規定は憲法13条「すべて国民は、個人として尊重される。」になるようですが、続いて13条には「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」とあります。現行憲法の規定の上ではみんなは尊重されていません。尊重されているのは個人です。特定の集団において多数意見に従わない個人がいたとして、適切な手続きに従わず、みんなを個人に優先させるのはそもそも憲法違反なんですね。それはそうとして、だからと言って個人の権利が何処までも守られるという訳ではありません。そうだとしたら公共の福祉規定なんて存在しない訳です。この辺はどうしても程度問題で個別の問題を適切に見ていくしかありません。13条が何処まで所有者不明土地問題に援用できるか文面からは判然としないところはありますが(財産と書かれていません)、先に指摘されたように29条に正当な補償があれば公共のために用いることができると明記されているのですから、何処までも土地の所有権が守られる訳ではないことは自明だということになります。公共の名の下に何をやっても許されると主張したい訳ではありませんが、社会の要請に従って土地の所有権を一定程度制限するのは、寧ろ日本国憲法の素直な読み方であるように筆者には思えます。失敗も絶対にないとは言えないかもしれませんが、そうした事例があるというならば、裁判で解決するのが本来の筋であろうと思います。

左派野党・マスコミ中心に抵抗も強かった自民党の憲法改正草案(現在は4点に絞って憲法改正は提案されています)「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に変更しようと提案されています(日本国憲法改正草案Q&A(増補版) Q14 13p)。その理由は公共の福祉を人権相互の衝突として解釈しようとする学説を明快に否定し分かり易くするためのようです。良く分かりませんが、公共を個人に分解しようとしているように見える珍説が大手をふるって歩いているとしたら、確かにこれは問題であって、おかしな解釈を捏造しているかのような憲法学者の方々を牽制する必要はあるのかもしれません(裁判所が判決しなければ学説は意味がありませんが、有力学説が悪い影響をもたらす可能性がないとは言えません)。公共が集団を表すことに誤解の余地はないと思いますが、福祉あたりが個人個人に分解しようとするアクロバティックな解釈に燃料を与えているのでしょうか?確かに公益や公の秩序なら個人の権利に分解しようとする勢力はやりづらくなるだろうと思います。それが嫌だから左派中心の法律の世界・学問の世界中心に強固な反対があるんでしょうね。しかしながら、日本は日本人のものであって、左派業界団体のものではありません。

まぁ公共の福祉との文言のままではどうしても困るということはありませんが、公共の福祉論が広く国民で議論されることは結構重要ではないかと筆者は考えます。更に指摘するならば、こうした議論をしたら負けることが分かっているから、議論から逃げて護憲の旗を掲げ、必要な議論から逃げているんじゃないですかね?違うと言うなら、象牙の塔から出てくればいいのに。自民党も今は4案ですが追加案があってもいいと筆者は思いますよ。左派的で加憲を主張する公明党さんがどう出るかが分かりませんが。維新でも希望でも憲法に関してこうしたらいいという考えがある政治勢力はドンドン意見を出して議論をすればいいのであって、それが中々進んでいないことは非常に残念なことだと思います。結局発議するのは議会であり、最終的に決めるのは国民ですから、そこのところを信用せねば何も進まないことは確実です。護憲即悪ぐらいに筆者は思っていますが、悪即斬になっていないのは法に則っている訳です。

ともあれ日本国憲法にあるように公共の福祉は重要です。土地所有者不明問題の放置が良いはずはなく、空き家野放しが良いはずもありません。空き家が多いのは地方かもしれませんが、自民党はどちらかと言うと地方に強い地盤を持つ政党で、地方バラマキだと批判されてきた方の政党です。地方再生をするにあたっても使えない土地がそこかしこにあって上手くいくはずもありません。土地の供給が増えれば地価が下落しないのかな、デフレ脱却に逆行しないのかなという心配が筆者には当初無かった訳でもないのですが、勿論何時までも放置できない問題ですし、自民党がやるというなら是非もありません。残念なのはこうした硬派で重要な問題が、中々注目されない(?)ことだと思っています。国の基本法である憲法の問題は戦後長らく広く議論されてきませんでしたが、それは惰性に過ぎません。憲法改正の重要性を皆が認識し、問題点が議論され、必要な改正が行われる日本になってほしいと思っています。国会議員の仕事ではあるのですが、硬性憲法の高いハードルを越えなければならず、最初の一歩はとりわけ国民の皆様の協力が必要です。空き家問題でもゴミ屋敷問題でも何でもいいのですが、そうした身近な問題をきっかけとして憲法の議論は進む可能性もあります。放置でいいと思う人は(空き家の主やゴミ屋敷の主以外に)あまりいないと思いますが、現在は空き家の主やゴミ屋敷の主の権利が良く守られている状態だと考えられます(現状では残念ながらそうしたものに手を出す方が違法すなわち悪だと言えます。そうした状態を変えるために立法がある訳です)。法律の世界は一般に左だと言われますが、法の世界においても常に左が正しいということにはなりません。


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