夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

竣工祭~理事会・評議員会

2013-03-23 10:07:30 | 私と福祉とであいの旅
3月22日(金)雨

 午後4時から作業棟にて「竣工祭」を開催。祭主は神明宮・宮司中道氏。参加者は初代から3代目までの理事長と、建設会社、幹部職員。
 昨年12月からたった3ヶ月間で何とか工期を終えた。48坪ほどの建物ではあるが、これからまた新たな福祉活動の歴史がここからも始まろうとしているのだ。

 午後6時から場所をあうんに移して、第4回平成25年度理事会・評議員会を開催。今回から評議員が1名新たに委嘱された。

 それにしても、法人の台所は火の車である。そしてそれがこの13年間の、借金の繰り返しの歴史でもある。
 とりあえずは今回の新規2事業の開始で、私の起こしたかった福祉システムがある意味でその原型が揃ったという印象を持つ。これからはこの事業それぞれの成熟と、質的な機能向上を若手が中心に推進してくれれば良いと考えている。
 4月から46名中76%の職員(パートを除く)が、正規職員として辞令を受けることも報告された。これから借金を返済しながら、如何に経営面で好転させられるか・・それが大きな課題でもある。
 
 

始まりと終焉への道

2013-03-22 07:03:30 | 私と福祉とであいの旅
 お彼岸だというのに、雪が真横に吹き飛んでいく。寒い!真冬日でもある。雪は朝起きると玄関先に10センチ近く積もっており、靴を履くのをやめた。今日は長靴・・・。

 人のこころはなんて変わりやすいものだろうと思う。ほんの僅かな天候の違いで、憂鬱になったり、希望を持ったり・・。毎朝の通勤で、目の前の交差点の信号に赤で止められたりすることが続くだけで、今日はついてないなんて思っている自分でもある。

 そんな一日の始まり。きょうは新任職員への、私からのお話をする日だった。「法人の沿革と理念」
 思えば今年の1月で、すでに19年が経つことになる。
 たくさんの出会いがあり、そしてその方々のその時々の親切を頂いて現在があること。その出会いは私達にとってかけがえのない財産にもなるということがどの程度、初めての職員に伝わっただろうか。単に運の良い人としか映らないとしたら、それは私の話し方が悪いせいだろう。
 福祉は建物ではないこと、人と人が創り上げるものだということを、熱く語ったつもりなのだが・・・。

 午後運営会議前に、7年ほど前学生だった仲良し二人組が訪ねて来た。本当は3人の仲良し組なのだが、きょうは一人欠けている。
 彼女たちは7年ほど前は学生で、一緒に福祉劇を演じた仲間なのだ。市民への福祉的思想を啓発する運動として、演劇を通して理解してもらうこと。それが、福祉の中身を感じ取ってもらえる一つの手法だと考えていた時代。
 私達の職場の職員、H学院大学の学生、そして市民、15名ほどの出演者が集まって1時間ものの演劇を5年間継続して、4つの障害問題の台本を書いた。一度標準語で書いた後、津軽弁に直してもらうのは、なかなか大変な苦労でもあった。

 二人のうち、Tさんは幼馴染と結婚するのだという。それも北海道の彼の勤務地について行くらしい。夏は暑く冬厳寒の地である。
 KさんもI県の発達障害の人達が多いという、施設職員である。美しい女性に変身していた。
 今まで障がい者施設の職員として頑張ってきた彼女たちは、もう27歳になるのかという感じ。
 私は次の若い樹のために、光が届くように譲らなければならない身なのだとあらためて思ったりしている。

 若き明日の力を生み出すために、この二人を象徴として幸せな人生であれと祈っている。

振り返り

2013-03-20 08:50:38 | つれづれなるままに


 良かったことその1 
 
 弘前城公園の「マラソンリレー」が6月16日に開催されるが、「チーム・オール弘前」に招待状が届いた。1チーム10名を作ることについて、I先生から市民ボラで2~3名をまとめて欲しいという依頼があった。弘前城公園の1週約2㎞のコースを、フルマラソンの42.195㎞をタスキリレーをするというのだ。
 一緒に野田村に行った「チームオール弘前」のメンバー、弘前大学+市民ボラ+野田村住民でこれを実現しようというプラン。一人は必ず1週以上を走ることがルール。4時間30分を制限時間としている。

 市民ボラのS氏と相談したが、市民ボラでマラソンをやっているという人は1名。それも今は東京に出向している県職員だけ。あとはいつ心臓麻痺で倒れてしまうかわからないシルバーばかり・・・。

 出来ないかもしれないけど、久しぶりに会える機会を作ろうということにして別れた。
 
 退勤時間近くに外に出かけていた職員が、事務室に集まってきた。その中の一人で、あうんでは一番若手のMさん(女性23歳)が通りかかった。
 彼女はあうんでは一番口数も少なく、内向的に見えるおしとやかな人。無理だろうなと思いつつも、彼女は高校時代にバスケの選手だったなと思い話しかけた。
 「ねえ、マラソン大会があるんだけど出てみないかい?」「ハイ、いいですよ・・・」
な、なんとOKかよ。詳しく内容も聞かないでその返事ってどういうことかなあ?でもでも、一人をゲットした。体力は自信あるらしい。続いて絶対に無理と言いそうなS部長に、「どう?と聞くと、「参加したいです」という返事、続いて来たI課長も「やります」という返事で、3名の枠がとりあえず埋まった。頭で考えていてばかりでは、なんにも実現できないし、わからないことが多いものだと思った。

 良かったことその2 
 
 新潟の友達夫婦2組が、5月の連休にまた弘前に遊びに来ることになった。さすがにこの時期は桜の方はソメイヨシノは散ってしまっているだろう。りんごの開花時期かもしれない。連休時期はどこの観光ホテルも満杯で、黒石の落合ホテルを予約したという知らせがあった。2泊も同じ宿では芸がないと思い、「北小苑」という穴場のコテージを思い起こした。温泉あり、バーベキュー後やあり、食堂あり。人があまり来ないという岩木山麓2合目の宿。「予約できる?」と聞くと、改装工事でしばらく休んでいたので、空いているという返事。早速予約をした。6人宿泊で朝食付き2万7千円は一人5千円もかからない安さ。

 昨年秋に岩木山サイクリングチームで交流会場に使ったが、結構気楽に過ごせて自然の中の宿という感じでよかった。

 良かったことその3

 いやあ3つの良かったことって難しい。
 新年度の事業計画書(案)がほぼ完成したことにしようかな・・・。22日が理事・評議員会なので、なんとかようやく間に合ったという感じ。

 よくなかったこと

 パン屋の技術水準が不出来で、外部のプロから見たら「不合格」ということ。I課長がカミさんに伝えてきた。少しショックで、昨夜は少しお酒に頼って眠った。
 でも、本当の実力を総評価してくれるというのは、むしろこの時期、良かったかもしれない。もう一度指導者養成を、真剣にしていく必要があるかもしれない。

一気呵成

2013-03-19 07:01:21 | つれづれなるままに
3月18日(月)10℃

 雨である。小椋佳の歌が頭を過ぎっている。

 「むなしさが 夕暮れと雨を連れてきて
  寂しさが 夕空と街を闇にぬり
  何だか涙も出やしない 出やしない
  春の雨はやさしいはずなのに
  全てがぼやけてくる
  どってことないんかな どってことないんかな」


 この日午前中は作業棟の消防設備を消防署の方が来て検査確認。午後は市役所の建築確認があり、無事通過。突貫工事の様相だった作業棟は、95%の出来で、まだペンキを塗っている職人さんがいたり、玄関スロープのの手すりがついていなかったり、本館との廊下の連結部分がふさがったままでもある。
 だが、なんとかクリアすべきものは、乗り越えている。

 これから引越し作業が1週間の予定で続く。新規事業が2つあり、そのほか拠点換え作業も加わり、慌ただしい。

 採用試験の最終確認作業を終え、候補者を絞った。
 採用された職員の実習が始まって、人だけがあふれているように見える。
 みんな新しい生活に戸惑いながら、やがて冬だったことも忘れているのだろう。

 

北極圏3000キロ大航海

2013-03-18 06:57:23 | つれづれなるままに
星野道夫著「旅をする木」を読んでいることもあるが、BSの「北極圏3000キロ大航海」という番組を何気なく見て、ホッキョクグマの親子の厳しい現実が気になった。

 北極の氷の大地がどんどん消えて行き、今まで熊の狩場だった氷原が少なくなってしまっている現実がある。氷原がないという事実は、即ホッキョクグマにとってはアザラシなどを餌にしているものにとっては、飢えという問題につながっているのだ。まして子どもを連れての日々は、その食を支えるためにどんなに厳しく大変なことだろう。この番組でも、死んだ鯨の肉が巨大な骨と一緒に海底に沈んでいて、ホッキョクグマが海中に潜ってこの死肉を求める姿があった。

 ホッキョクグマの身体は泳ぐための機能を備えているとナレーションにあった。
 頭は泳ぐときに水を切るために小さく、鼻も長く、首は息を吸いやすくするために長く、身体を覆っている毛皮は空気を保って水に浮くように進化してきたという。
 ホッキョクグマは時速10キロほどのスピードで上手に泳ぐことができるし、2分間は水中に潜っていることもできるらしい。餌を求めて200キロもの航海をすることもあるといういつかこの種のクマたちは、温暖化の犠牲で絶滅の道を辿ってしまうのだろうか。

 私達人間の便利さを求める生活が、地球上の動植物に与えている現実がここにもあった。

 日常生活に狭い視野しかないと、こういうことには全く気がつかないでいる自分がいる。

一寸引き

2013-03-18 06:34:39 | サイクリング
こういうことが最初の頃あったよ。
家に上る林道に大きな岩が顔を出しててジープがいつものりあげるんだ。
動かしたいけどどうにもならない。
畳一畳分位のでかい岩だったからね。
ある日、近所の平山君っていう農家の青年が遊びに来てて
彼に何気なく訊いてみたんだ。
オレにはどうにもならないんですけど、あんただったら
この岩どうします?って。
動かさにゃならんなら何とか動かすよって、平山君が
ボソッと言ったんで、どうやって!って思わず訊いたよ。
重機も何も無いんだぜって。
そしたら奴は一寸考えて、まずスコップで岩のまわりを
四方から丹念に掘り起こすってそう言ったんだ。
それから丸太を二本持ってきて一方を梃子(てこ)にして
ぐづぐづ上げるって言うんだ。
そしたら「一日に3センチ位動くんでないかい。
十日もやったら1メートルくらい動くべさ」
――――――!
これにはショックを通り越して感動したね。
思わず土下座して「先生っ!』
って叫んだよ。
一日3センチ、十日に1メートル!
これは俺たち都会人の思考ではもう
「動かない、無理だ」
って範疇のもんだぜ。
だけど、たしかに一日3センチも「動いた!」って
ことにちがいないんだよなぁ。
君たち分かるか?この衝撃が!
「一寸引き」って言葉があるんだって、その頃原住民の
ヨシオさんから教わった。
「一寸引き」ってのはね、こういうことなんだ。
とても手に負えない重いもの
たとえば太い木の根っ子とか大きい岩なんかを動かすには
一度にバッと動かそうとせずに時間をかけて
一寸ずつ動かせ。そうすりゃいつかは動く。
これはもう哲学だっておもったね。
文明はいまや即席の時代に入ってる。
すぐに結果をだすことを求めて、そのために
金やエネルギーを使う。
早く結果のでることが善で、時間のかかることは
避けなければならない。
果たしてそのことが正しいのかって、
生まれて初めて俺は考えたね。
たぶん、この頃からだと思うんだ。
人の生き方の「座標軸」ってものを
どっかで意識し始めたのは。



これは脚本家・倉本 聰さんの著書『獨白 (どくはく)』中の文章です。

 昨日の夜のテレビ番組で、倉本聰さん(78歳)と小山薫堂さんの対談「みんなこどもだった」を見ていて、この「一寸引き」という言葉を聞きました。
 諦めの基準といえばよいのか、希望の基準と言ったら良いのか・・・いずれにしても、Never give up!の基準なんだなあって思いました。

 山田太一さんや山田洋次さんと並んで今や一家言を言えるのは、こういう年代なんだなあって思います。
 

浅田次郎著「一路」上下巻

2013-03-16 10:50:04 | 私の本棚
久しぶりに浅田次郎著「一路」上巻・下巻を購入。中央公論社刊1,600円

 腰巻には「いざ、江戸見参の道中へー」「

 小野寺一路、十九歳。父の不慮の死を受け、御供頭を継いだ若者は、家電の「行軍録」を唯一の手がかりに、江戸への参勤行列を差配する。」と書かれている。

カラフルスプーン

2013-03-16 09:32:23 | 私と福祉とであいの旅
3月15日(金)

 この日は採用面接試験。1名の就労支援事業に必要な職員を募集したところ、5名の方が応募してきた。これまでの採用試験のやり方を変えて、「どう思うか?」方式から「どうしたか?」という過去の経験から、その方の能力を推し量る方式に変えてみた。

 これまでの「どう思うか?」方式では、「模範的な回答」は出やすいが、実際に採用後に行動「どうするか?」が伴うという保障はない。

 新たな質問方法は、あなたが過去に達成感を感じた活動を紹介して下さいという、「何をどうしたか?」という結果を掘り下げる方法。

 その方が過去に取り組んで達成したことへの問いなので、その方の実力を測りやすいし、すぐに回答できるものなので信頼しやすいという効果がある。
 実行(行動)力、責任感、表現力(自己PR)、企画力、コミュニケーション力、協調性、リーダーシップ、自己統制力などが推量できるのだ。

 それにしても、それに応えてくれそうな人材が、なかなか来訪しないのが実状でもある。

 写真のカラフルスプーンは昨日頂いたスプーンで、とても使いやすいからと頂いたスプーンである。とても使いやすい職員とかけて、並べてみた。