夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

俳句 冬

2007-03-15 08:26:53 | 創作(etude)
 ・おんおんと叫び耳にす雪女

 ・山もまた遊んでいるか雪まろげ

 ・温かき日差し居り子等雪まろげ

 ・お日様の投げ入る部屋の雪鏡
 
 ・葉牡丹の添いて咲きたる色違い

 ・隣宅の雪かきの音吾もまた掻く

法人設立準備委員会

2007-03-15 07:11:26 | 私と福祉とであいの旅
 1994年3月に私は特別養護老人ホームの主任生活指導員を辞し、同年4月に岩木山の嶽温泉で無認可施設「生活リスムセンターノーム」を開設した。この時私とは殆ど面識のなかった岩木町で、民間車検場を経営するMさんが、私の決断に感動したと言って、私の自宅の郵便ポストに10万円を投げ入れて行った。Mさんのお嬢さんは私と同じ老人ホームで寮母さんをしていたのだったが、それだけがご縁で、Mさんは私の後援会長に就任してくださった方である。
 そして、1996年。「生活リズムセンターノーム」を開設して3年目の年に、それまでの後援会組織から一歩進んだ形の「法人設立準備委員会」が提案された。ノームは小規模であり、どこからも補助金が出るわけでもなかったので、運営は全てボランティアの協力と、様々な理解ある方々の寄付、そして後援会という年会費でまかなわれていた。運営が苦しいこともあり、私は開設と同時に、岩木町の主任児童委員や福祉専門学校の非常勤講師、あちこちの自治体社会福祉協議会などが主催する講演会や、県が主催する福祉夢プラン21のメンバーとして、少しでも活動を行なって我々の活動を支援してほしいと思って活動をしていた。
 福祉専門学校の社会福祉学科長は私の現在の法人初代理事長を務めてくださったI氏で、彼女は県の女性では初めての障害福祉課長も歴任された方だった。私は1995年に県知事が募集した福祉日本一の公約実現に登用する「福祉夢プラン21」のメンバーの一人に選ばれ、「小規模共同作業所」の地域で果たす役割をアピールした。その結果、それまで10人以上でなければ認められなかった作業所の補助金が5人に引き下げられることになった。I氏とは1996年「青森県重症心身障害児(者)を守る会」発足記念の「全国心身障害児福祉財団」主催の「社会福祉セミナー」で、県知事を岩木町にお招きして祝辞をいただいたことがあったが、その時以来のお付き合いになるだろう。
 I氏が後援会総会で「現状の無認可施設を継続しても将来において不安材料しか生まれない。優秀なスタッフがいても、生活保障ができないために他の法人施設に行っててしまう。後援会費だけで運営していけないだろう。今から社会福祉法人を立ち上げる準備をしましょう」と提案してくださったのである。総会でようやくその後の目標が確認され、設立準備委員会の代表にI氏が就任してくださったのだ。それは法人設立まであと4年のことだった。