TSUNODAの経営・経済つれづれ草

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「NHKさかのぼり日本-経済大国の漂流-」を読む

2013-01-16 19:20:37 | 今週の一冊

 NHKテレビで放映された内容を書籍化した「さかのぼり日本史-経済大国-」を読みました。

 この本は、図書館で借りて1年前に読んだのですが、その時は読んだだけで書かれている内容がよくわかっていなかったということが、今回読みなおしてわかりました。

 そして、この本に書かれていることは以下のことだと理解しています。

 「吉田なき吉田路線のゆくえ」

 アメリカと日本は、太平洋戦争の対戦国どうしであり、一方が勝者、他方が敗者という関係でした。しかし、その勝者と敗者が手を携えてたどってきたのが、戦後66年だったと見ることができると思います。

 戦後の66年間という時間は、戦前に引き戻すと、明治維新から、満州事変を経て国際連盟を脱退するまでの期間に該当します。それだけ長い戦後の歴史を、もうわれわれは刻んできたということです。戦前の日本は、冨国強兵をスローガンとして、非西洋社会のなかで真っ先に西洋文明を学習し、それに並ぶ立つ存在になるという大きな成果を遂げました。しかし満州事変以後、日清、日露戦争当時の「強兵をもって血路を開く」という路線に視界が限定されて、大変難しい時代に突入していくことになりました。

 戦後の日本は「吉田路線」と「吉田なき吉田路線」のもとで、戦前の失敗に学んだ平和的発展の路線を採り、結果として世界第2の経済大国になるという大きな成果をあげました。しかし、その経済主義の高き峰に達したあと、失われた20年という現在に至る不振の時代に入っていきました。「漂流の時代」です。ある意味で、明治維新の66年後の昭和初期と同じように、難しい時代に迎えていると思うのです。

 そのようななかで、いかに21世紀の後悔、新しい出航を行うかということが課題となっているのだと思います。政治外交、経済、あらゆる局面において、はたして何を指針とするべきか。戦後66年をさかのぼって改めて思うのは。吉田路線をドクトリン化してはいけないということです。吉田の路線は70年代から「吉田ドクトリン」と評されているようになり、「不まの大典」と化してしたっまかのようです。それは戦後の「貧しい時代」に対応するためにつくられた路線です。それにより戦後日本は発展を遂げましたが、その成功だけにとらわれるいては、新しい時代の動きや激しく揺れ動く国際情勢にダイナミックに対応していくことができません。

 吉田にように強い信念と大局観をもってしかも柔軟に、新しい時代に対応していきたいものです。

 新政権の外交路線に反映している考え方ではないでしょうか。ちなみにこの本の著者は「五百旗頭真」です。