田東彦日銀総裁は29日に都内で講演し、4月に導入した異次元緩和によるデフレ脱却の効果が順調に浸透しているとの見方を示した。最大のリスク要因として海外経済の下振れを挙げる一方、財政への信認が重要である点も強調。消費増税が予定通りに来春以降実施されても、経済成長は大きく損なわれないとの見解を明確に示した。
<緩和効果で3つの好転、実質金利は低下方向>
黒田総裁は異次元緩和の導入直後、当初の狙いと逆に長期金利が上昇したことなどに言及。緩和効果についてさまざまな疑問が寄せられたと述べた。しかし、円安や株高など「金融の好転、期待の好転、経済・物価の好転」が見られており、狙い通りの緩和効果が表れている点を強調した。
金融の好転では、株価の年初来の上昇率が欧米を上回るなど「金融市場や企業金融が改善している」と述べ、実体経済が改善に向かう中で「株価などの金融市場は、実体経済の動きを反映していく」との見方を示した。
異次元緩和の導入を受けて一時乱高下した長期金利も、連動性の高い米長期金利が米連邦準備理事会(FRB)の資産買入縮小観測などで上昇しているにもかかわらず、足元では0.8%前後でほぼ横ばいの推移しており、日銀の巨額な国債買い入れとオペレーション運営の工夫が「効果を発揮している」と自信を示した。
期待の好転については、消費者マインドや企業の業況感の改善を指摘。日銀短観や家計、エコノミストを対象にしたアンケート調査などで「予想物価上昇率は上がってきている」と指摘。市場の予想物価上昇率を示すブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)も「年初と比較すれば明確に高まっている」との認識を示した。名目金利の上昇抑制と予想物価上昇率の高まりにより、日銀が重視している実質金利は「低下方向にある」と指摘した。
<物価2%目標の実現、短い道のりではない>
経済・物価についても、株価上昇による資産効果も含めて個人消費が底堅く推移しているとし、短観などを踏まえて設備投資も増加計画になっていると紹介。6月の全国消費者物価指数(生鮮食品除く、コアCPI)がプラスに転換転換しており、日本経済をデフレから脱却させる異次元緩和は「これまでのところ、うまく進んでいる。デフレ脱却に向けた道筋を着実にたどっている」と評価した。
ただ、日銀が掲げる2%の物価安定目標の実現までの道のりは「短いものではない」とも付言した。
経済・物価の先行きは「緩やかに回復していく」との見通しを示すとともに、物価目標の2%は、日銀が「経済・物価情勢の展望」で示している2015年度までの見通し期間後半にかけて「達する可能性が高い」との見方をあらためて示した。
<雇用・賃金の改善が重要、海外下振れが最大のリスク>
もっとも、こうした見通しを実現するには、雇用や賃金の改善という所得面の裏付けを伴った個人消費の増加が重要と強調。雇用・賃金環境が緩やかな改善傾向にある中で「雇用・賃金面の改善が続き、個人消費の増加を支えていくことを確認する必要がある」と語った。
日銀として「単に物価が上がれば良いと考えているわけではない」とし、企業の成長期待の高まりとともに、日銀の金融政策によってデフレマインドが好転すれば「賃金の決定も物価の上昇を前提としたものに変わっていくはず」と期待感を表明した。
最大のリスク要因として「海外経済の下振れ」を警戒。日銀では先行きの海外経済は持ち直していくと見込んでいるが、欧州債務問題や中国経済の動向、米緩和縮小観測に伴う国際金融市場への影響をリスクあげた。
このうち中国経済については、当局が成長のスピードよりも質を重視するスタンスを強めていることから、これまでのような高い成長率は見込めない可能性があり「巡航速度での成長にソフトランディングしていけるか、注意が怠れない」と指摘。
米緩和縮小では「新興国の資金への影響も含め、国際金融市場の動向は、引き続き注意深くみていく必要がある」とした。
<消費税率、予定通りの引き上げを期待>
さらに異次元緩和の効果は、成長戦略や財政の信認確保など「政府によるさまざまな取り組みと相まってこそ、最大限の効果を発揮する」と強調。
このうち財政については、日銀による大量の国債買い入れが財政ファイナンス(穴埋め)と受け取られれば「長期金利が上昇し、量的・質的金融緩和の効果が失われる可能性がある」と語った。
政府は2014年4月に3%、15年10月に2%の計5%の消費増税を計画しているが、計画通りに税率を引き上げても、増税を織り込んでいる15年度までの日銀見通しを踏まえて「日本経済の潜在成長率を上回る成長を遂げる見通しだ」と述べ、「成長が大きく損なわれることはない」と、政府による予定通りの消費税率引き上げの対応に強い期待感を示した。