トシコロのありのままの暮らし


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戦前の日本とドイツに見る仲間意識の暗部

2020-02-21 10:50:25 | 日記
「仲よく」みたいな言葉が羅列されていた教育勅語だが、要するに「日本人としての仲間意識を持ちましょう」と、戦前の天皇の名を借りて、呼び掛けていたわけである。でも、その結果、元々異なる民族である琉球とアイヌを日本人に同化させ、固有の文化を奪い、彼らの人権を迫害するまでに至った。後になり、朝鮮半島でも同じ事をして、特に第二次世界大戦中は「創氏改名」と、名前を日本人風にまで変えさせて、トラウマを与えたわけである。それから、日本人内でも。ハンセン氏病患者の強制収容は何だろうか。ハンセン氏病の人たちは仲間ではないと見える。また、多くの種類の障碍者も、戦後の1979年に至るまで「就学猶予」で学齢に達しても公立校に行く義務はなかった。権利も。79年までは養護学校を卒業しても「就学猶予」扱いにされていたわけである。


  話は戻るが、仲間意識は自分たちの近しい人たちにほど、情が行くものてある。遠い人たちには無関心になる。その結果、政治関係、経済関係、官僚、軍部とあらゆるところで「派閥」が生まれ、昭和初期(1925年以降)になり、大日本帝国は次第に機能しなくなった。巷では離婚が増えていった。更には、軍部も外国に無関心になり、戦争の道になった。確かに、人間は日本人だけではないし、「日本人としての仲間意識」を子供の時から国民が植え付けられれば、やがては戦争になるわけである。

   同じころのドイツのナチス思想も、当時の科学やキリスト教も利用しているが、根本は「ドイツ人の仲間意識」であろう。以上と同様に、ドイツ人以外の人権は全く考慮されておらず、特に利害が対立したユダヤ人とロシア人を大量に虐殺したわけである。ドイツ人内でも、障碍者は「仲間」と見なされず、虐殺された。ヒットラーは日本人とイタリア人は褒めたが、それは軍事的に利用するためのものであり、本心ではなかった。最初から見えていたのに、何故、日本やイタリアの政治家や軍人は気が付かなかったのか。おかしいと思う。

  若い時の僕の経験だが、多くの福祉会や身障会、キリスト教関係などを転々とした。僕のたまたま入った会はどれも仲間意識を会の支柱とするものだった。キリスト教関係も、愛と仲間意識の混同が特に牧師ほど、目立った。その結果、まず、会の中にしか関心を向けなくなるなど、メンバーの視野が狭くなり、次いで、心も狭くなっているから、メンバーの些細な意見の違いも許せなくなり、激しいケンカも多発して、会は潰れていった。「違いを認め合いながら、互いを尊重し、励まし合う」事が友情だろうが、そのような友情は育たないわけである。また恋愛や結婚の基礎の男女交際も、「違いの認め合い、互いの尊重」などが不可欠だが、それが乏しければ、恋愛や結婚もできないわけである。中には、「仲間意識から友情、恋愛、結婚縁ができる」と言っていた人たちもいた。後年の僕はそれははっきり否定したが、昔の僕は勉強不足でもあり、それに反論できなかったわけである。


  そう言えば、僕の行った教会関係で、レイプした一牧師を牧師会が隠ぺいした件。確かに、レイプされた人たちの傷は大きいし、人権も顧みられないが、「隠ぺい」は被害者ではなく、加害した一牧師に味方するものである。レイプされた少女たちは未洗礼で仲間ではない、一牧師は仲間だ、だから、一牧師に味方した面があるのだろうか?とも考えてしまうわけである。

   とにかく、まともな仲間意識があるとして、「違いはあっても、心を持つから人間は皆同じ」、または、「命を持つから、生物は皆同じ」という広いものだけだと思う。国単位だろうが、民族や何かの会だろうが、何かの障碍単位だろうが、仲間意識は持ってはならないと考えるわけである。どうせなら、広い視野を持ちたいものだ。