トシコロのありのままの暮らし


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断片的な知識と話の恐ろしさ

2019-07-16 10:37:37 | 日記
あれからいくつか、例が思い付いたので書いていきたい。


  僕が知る限り、一番恐ろしい例はヒットラーのユダヤ人関係の知識かもしれない。僕が見た限りでは、ヒットラーの書いたものや演説自体も断片的な話のつなぎ合わせに感じられて仕方ない。更に、「ユダヤ人の経済支配」なるものも一面的な見方に過ぎない。それをせず、学問や芸術に打ち込んだり、庶民としてひっそり暮らしたユダヤ系の人たちも多いのに。更に、経済支配みたいな事をしたユダヤ人も、元はヨーロッパの人たちから強い社会差別を受けて、就職できず、ヨーロッパ人がやらない金融業に手を出したという歴史的因縁もあるわけだし。我々も旧約聖書さえあれば簡単にわかるが、「詩編」などには素晴らしい恋愛詩が載っているなど、素晴らしい文化も古くから築いてきた。キリスト教もその土台の上に生まれたものであり、本当はヨーロッパ文化にもユダヤ文化は流れ込んでいるわけである。ユダヤ文化否定はヨーロッパ否定にもつながる。もし、ヒットラーが、また、当時のドイツ社会が多面的な見方を見る事が出来たら、ホロコーストは生じたのか?と思ってしまう。


  僕の見聞から。ハンセン氏病差別について、元患者たちは一人一人違った事を言っていた。「顔が醜いから、嫌われる」、「感染を恐れられたこと」、「古来から遺伝性の病気と誤解され、その病気が出た一族は厳しく差別されたこと。菌が発見され、遺伝性ではない事が明らかになり、ハンセン氏病差別はすでに解決されている」、その他にも元患者たちは諸説を唱えていた。彼らの人生経験から出たものであり、貴重な声にしろ、断片的である。もし、療養所外の友人なり、サポーターやボランティアが断片的にそのような声を世間に伝えたら、断片的な知識ばかり広めかねない。その場合、新たな偏見が作られるわけである。また、偏見以前に、断片的に世間に広めても、多くの人たちは理解もできないわけである。今の僕が思うに、ハンセン氏病関係も、医学や法律面の説明は別として、差別などの正しい理解は小説方式にして、主人公の人格理解から入っていく方法しかない気がする。又、医学説明は医者、法律説明は弁護士などの法律専門家以外は考えられない。

  詳しい医学や法律説明は余り必要としなかった例のS園の件も同様だった。ボランティアの中には、しきりにS園の状況を世間に話そうとした人たちもいたが、理解してもらえず、悲しく感じた例も多い。ボランティアや福祉関係者同士でも、S園の事を知らない人たちにはいくら話しても伝わらないわけである。「啓蒙はムリだ」と言い出したボランティアもいた。また、僕が聞いた所でも、大人園生の話も一人一人違い、戸惑った。僕が口頭で話しても理解してもらえなかった。文で説明しても。悩んだ。やっと「断片的な話し方だから、ダメ」と気が付き、小説形式に変えたわけである。そうしたら、色々な事が盛り込め、多角的な事も書けているわけである。

  脳性まひ差別の説明も、断片的な事しか言えず、行き詰まった例をたくさん見てきた。理解してもらえず、悲しく感じて、強い酒に走り、体を壊して早くに他界された旧友もいる。思い出しても、心痛む。

  80年代の日本では、ミニコミが流行ったようである。僕も誘われたが、何故か、やる気がしなかった。それどころか、その活動に何故か嫌悪感を持った。変だったと自分でも思う。これもS園の影響。ミニコミはその性格上、断片的な事しか書けないが、当時の僕はS園の説明が断片的にしかできず、人から相手にされず、挫折感を持っていたためである。そこに、断片的な事しか書けないミニコミ。「何を書けばよいのか。何を書いても相手にされないじゃないか。書き物はもう沢山だ」と思ったわけだと。近年もブログ関係でS園の事を書いていき、同じ挫折に出会ったわけである。他の事でも。政治や経済、ハンセン氏病などの差別の事でも、断片的な事しか書けないせいか、非常に早くミニコミは日本から忘れられたようである。(80年代、しなくて良かったと思うし、ミニコミしても僕は何も書けなかったはずである)

  最後に、1973年秋の石油危機から、断片的な経済知識から「トイレットペーパーがなくなる」と思った人がいたらしく、そのような人たちが口コミで話を広め、日本中がその買い占めが起き、大変な事になった事があった。当時でさえそうだったから、インターネット社会では断片的な話が横行し、時々おかしなことも起きているようである。著名人のブログの炎上とかも。断片的な知識の横行は大騒動を起こしたり、新たな偏見を作るので、気を付けたいものである。