阪神淡路大震災の震災記念日に寄せて
今日1月17日は阪神淡路大地震の震災記念日です。
我が家も、あの朝、少なからぬ災害を受けました。
恐怖の記憶は、今も癒えません。
亡くなられた御霊の安らかなることを祈り、
震災へ備える気持ちを新たにしましょう。
ホームページの関連記事をご覧ください。
http://sky.geocities.jp/kama_trip/syashinntannka7syou04.html
名にしおはば一差し舞えよ都鳥
祇園舞妓は縁なき吾なれば
先日京都の祇園界隈を散策しました。
舞妓さんにも会いましたが、所詮、舞妓遊びには縁遠い身の程。
艶やかな舞を見ることもできません。
近くの鴨川でユリカモメ(都鳥)の舞を見て、ひと時を過ごしました。
我に寄り何を語るや都鳥
加茂の流れか都の風か
私がいるのにおかまいなく、一羽のユリカモメが近くへ来ました。
「お前は何を語りたいのだ?
加茂川の流れはに込められた
悠久の歴史か?京都の雅か?」
(ユリカモメは、京都では都鳥が似合います。鴨川もあえて加茂川としてみました。)
HPへリンク→鎌ちゃんの写真短歌、かまちゃんの思い出写真集、掲示板
都鳥とは実際どんな鳥なのか調べたこともありませんでしたから
1)チドリの一種 2)ユリカモメの雅称 と出ていました。
俗称に対する雅称 ユリカモメの雅称なんですね。
何だかとてもすてきなものを見つけた気分です。
その都鳥の飛翔を舞妓さんの舞いに重ねられての短歌、綺麗ですね。
ちょっと切なくもありますが、舞妓遊びには私も一生縁がなさそうです。
鎌ちゃんに寄ってきた都鳥、何を語ってくれたのでしょうね。
阪神淡路大震災では、鎌ちゃんのお宅も被害に遭われたのですね。
記憶と教訓、忘れてはいけませんね。
わが家でも、大きな家具は一応とめてあるものの、
吹っ飛んで凶器になりそうなものがゴロゴロしています…
辞書まで引いていただいて。
その辞書の例として、在原業平の
和歌も出ていませんでしたか。
「名にしおはばいざ言問わん都鳥
我が思う人はありやなしやと」
この和歌を思い出しての、今日の短歌です。
舞妓さんの写真も撮りたかったのですが、
さすがに頼めませんでした。
明日の朝、恐怖の夜明けの時間がやってきます。
京都の舞妓さん、この歳になってもいつかやってみたいと思います
だって、あれだけ白く塗られたら 歳なんていくらでもごまかせそう・・??は甘いかも知れないけど
やっぱり着物が好きだからあんな豪華な着物を着てみたいと思うのです
そして京都の町を散策してみたいな~♪
それらしい方々が出ていますので、
10日、12日のも見てくださいね。
白く塗ったらどうなるか、
想像つく写真もありますよ。
鳥類は、動きが可愛い
カラスでも見とれる事がありますよ
阪神淡路大震災では、神戸に夫の妹がいて
被害にあいましたよ
2ヶ月程、我が家で暮らし
子供達もこちらの学校に通っていたんです
その二人も、働く年になっています
我が家も、東海地震が危険な地域です
人事では有りません
だから訪問者がいっぱいだと納得です。
それなのに、私までも相手にしてくださって感激です。
正直言って、PCにずいぶん時間を費やしてらっしゃることでしょう。
私はそのことが今課題なので、ごめんなさい、ちょっと気になって・・・
今の季節、小鳥の姿をよく見ることができますが、
写すとなると難しいですね。
しっかり撮りたいのですが。
せいぜい、このような中型の鳥しか撮れません。
ご主人の妹さんや子どもさんたち、
大変だったのですね。
あの悲しみは、癒されるものではありません。
日本列島、どこで揺れるかもしれませんね。
心配です。
無理はできないのです。
30分位ずつはって、4時間以内に
抑えるように心がけています。
文字入りの写真を作るのに、時間がかかりますか?
古典的で生き生きとして艶があります。お見事。
阪神淡路大震災にあわれたのですね。知りませんでした。後で行ったのですが、その時は想像を絶するものだったのでしょう。子どもたちに語り継ぎ、万全の備えをしなければなりませんね。
ひびが入るし、中は惨憺たるもので、
まだ、その爪あとは残っています。
精神的にも、奥の深いところで、
残っているようで、あの時の画面が
出てきたりすると涙が出てきます。
有難うございました。