夏の涼しさは東京の名物であったらしい。物理学者の寺田寅彦が随筆に書いている。<夏の夕べの涼風は実に帝都随一の名物であると思われるのに、それを自慢する江戸っ子は少ないようである>と▼今同じ自慢をする方は、どれほどいるだろう。寺田がたたえている帝都の涼しさは、熱をためるコンクリートやアスファルトに大都市が覆われる前のものだ。熱帯夜なる言葉も今ほどの気候変動への恐怖もない、八十年以上前である▼こちらの自慢めいた言葉はなんだろう。報道で今ごろ知ったことを白状しつつであるが、東京五輪招致の際の立候補ファイルは、この時期の東京を「温暖」な気候とうたっている。英語を見ると、マイルドとあった。「穏やかな気候」か。涼風が吹いていそうだ▼今大会で高温多湿にやられる選手が続出している。穏やかならざる事態だ。テニス女子のスペイン、バドサ選手はメダルを狙っていたが、熱中症とみられる症状でシングルス準々決勝を棄権した。競技をする暑さではないという声が出ている▼招致に成功しても、うまい対策は見つかっていないようだ。つけを払わされるのが選手では気の毒である▼この時期の開催は巨額の放映権料を払う米放送局の意向という。収入は大切だが、選手の健康や競技の質以上ではない。猛暑が名物とやゆされることになりかねない大会は今後も気がかりだ。
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