梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

引けば破るる…

2008年11月08日 | 芝居
当月の歌舞伎座は、『吉田屋』の伊左衛門、『嫗山姥』の八重桐と、<紙衣(かみこ)>を着る代表的なお役が昼夜に登場しておりますのが、面白い偶然です。

文字通り、紙を継ぎはぎして仕立てた着物という意味の<紙衣>。普通の着物を着ることもできない、零落した、貧しい身の上の者が着るという設定の衣裳です。伊左衛門は勘当されて700貫目の借銭があり、八重桐は全盛の遊女から<文売り(代筆業)>稼業におちぶれています。

“紙”とはいえ、そこは歌舞伎の美学、縮緬や繻子などの生地を使っています。本物の紙を使っては、破れたり擦り切れたり、舞台上での演技が難しくなってしまいますからね。といっても、山城屋(藤十郎)さんは、かつて『けいせい仏の原』や『夕霧名残の正月』で、本物の紙衣を着用なさっていらっしゃいますが、耐性を強化するための工夫が施されていたそうです。

あくまでこれが<紙衣>だということを表現しているのが、生地に散らされた文字。伊左衛門は夕霧太夫からの手紙を使って仕立てたのでしょうか、また八重桐は、<文売り>商いの書き損ないを用いたのでしょうか。「あらあら」とか「つれづれに」、「恋しく」「夢にも」「めでたく」などの語句が散らばっておりますが、これが金糸銀糸の縫い取りで描かれているのが、理屈を越えた、美しさの表現です。

…写実に作ったら、みっともなくてしょうがないハズのものが、むしろなんともいえない色気と美しさをもった素敵なこしらえになる。先人が作り出した歌舞伎の表現方法は本当に素晴らしいですね。