タカ長のタカの渡り観察

タカが好き、山が好き、花が好き、心はいつも旅もよう。日々移ろいゆく心もようを綴るナチュラリストのつぶやきです。

タカ長の山歩き

2008年07月24日 | タカの渡り観察
ゆっくり歩くのもウデのうちです~その2

 山登りをされない方には信じられないかも分かりませんが、山をゆっくりと歩くことは案外難しいのです。この場合のゆっくりとはA地点からB地点までの所要時間、つまり歩く速さのことですね。この速さを決めるのは案外難しくて奥が深いので後日また書かせて頂きます。



 私がゆっくり歩くのは案外難しい、と言うことにはもう一つの側面があるのです。



 何年か前に山で知り合った同じ町内のAさんはとてもファイトのある方でした。小柄な女性ですが百名山はほとんど登ったとか、お話の内容からはそれほど登山経験のある人とは思えなくて、私はある種の不安を持って話を聞いていました。

 そのAさんはいま、膝を痛めて町を歩くにも難儀をしている、と言う話を人づてに聞いたのは最近のことです。私のある種の不安は見事に的中していたのです。



 中高年の登山ブーム、と言われ始めてかなりの時間が経過しています。百名山ブームとも重なっているようです。

 確かにいまの世の中、ヒマとカネがあれば登山を始めたその日から百名山に登ることができます。いろいろなツアーがありますから、日本の百名山はおろか海外の山だって簡単に連れて行ってもらえます。私が本気で山を歩いた頃に比べると信じられないことです。

 私が山登りを始めたころには、高山に恵まれない広島でもいきなり県北の山には連れて行ってもらえませんでしたし、また連れて行ってくれと頼めないようなある種の暗黙の了解があったように記憶しています。ステップを踏まないでいきなり山らしい山に行けないある種の了解事項が山仲間の間にはあったのです。



 しかし、今日ではカネさえ出せばその日のうちに3000m級の山を歩くことが出来ます。夏山歩きをあおるような雑誌の記事や、素人登山者を山に誘うコマーシャルが満ち溢れていますが、ステップを踏まないでいきなり高山に登るのは如何なものかと言うような考えはどこにもない、とタカ長には思えるのです。

 定年後に山にはいってこられた人は、少しでも若いときに出来るだけ多くの有名な山に登ってみたいと思われるのでしょう。その気持ちは同じ山好きとして良く分かります。しかし、ものには順序・段階があるのです。

 何でもあるいまの時代ですからその段階をゆっくり上るのは難しいのです。しかし、何度も言っているように健康のために山を歩いて体を壊したのでは何のための登山かと言うことになるのです。
 
 頭では誰でも分かっているこのあたりの事情ですが、実際に実行するのは案外難しいのでしょう。それを実行するのも登山技術の一つだとすればゆっくり歩くのもウデのうちなのです。

 ここで紹介したAさんの例はいまの中高年登山ブームが持つ危険な一面が現れた典型的な例だと言えそうです。



 この写真は北アルプスの鏡池です。標高2300mの池ですが水面は文字通り鏡のようになっています。地上の木の枝先までが水面にそのまま映っていることを見れば、その水面の不思議さがお分かり頂けることでしょう。

 ここで紹介したように高い山に行けば、私たちの身の回りの低山では見ることの出来ない風景や花に遭うことが出来ます。そのような世界に一刻も早く身を置きたい気持ちは良く分かりますが、しかし、モノには順番があるのです。

 ゆっくり歩くのもウデのうちなのです。



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