狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

集団自決訴訟 手榴弾での死亡者はいなかった!

2009-01-19 06:13:15 | ★集団自決

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「集団自決」訴訟の特徴は、最大の争点である「軍命の有無」に関する物的証拠は皆無であり、事件の生き残りの証言のみを証拠にして争うということにあるが、その証言も60数年前の事であり証言者の記憶にも曖昧な点が多い。

そんな中で、被告側が唯一「物的証拠」らしき物として主張するのが手榴弾の存在である。

軍の管理が厳しく、貴重な兵器である手榴弾で自決したのだから、「軍命なくして手榴弾での自決はありえない」というのが被告側の理屈である。

ところが物的証拠と思われる手榴弾にしても、数ある曖昧な「証言」の一つであり、その入手経路は伝聞のみで判然としない。

「手榴弾軍命説」を唱えた富山眞順氏については、次のエントリーで書いた。

「手りゅう弾軍命説」の破綻!兵事主任富山真順の悲しい嘘

強制された富山証言 旧軍人との交流を記す手記発見!  

                   ◇

■手榴弾で「自決した」住民は皆無■

当日記でも再三指摘してきたことだが、集団自決というと「手榴弾による自決」と短絡的に報じられているが、

実際は座間味島の場合手榴弾で死亡した一人のみで、不発の手榴弾を投げた場所に偶然居あわせた教員が誤爆により死亡した一例だけだという。

それも他人が誤って投げた手榴弾の誤爆による死亡であり、厳密な意味でいえば「手榴弾による自決」と言うには無理がある。

渡嘉敷島での手榴弾による死亡者も、金城重明氏の法廷証言によると「一人もいなかった」という。

金城氏の法廷証言については「 金城氏は罪の巨塊か」で詳述してあるが、手榴弾関連部分を以下に抜粋引用する。

 

<現代史家・秦郁彦氏が『現代史の虚実』で詳述しているので、関連部分を抜粋して以下に引用します。(太字強調は引用者)

しかし「集団自決」の生き残りとして内外マスコミ寵児となっていた金城牧師は、沖縄原理主義の運動家として進む以外に加害者責任から逃げる道はないと思い定めていたのだろうか
家永裁判で集団自決は「軍隊の存在と誘導」が原因で「直接的な命令は不必要」と宣言した金城氏は、07年6月2日の那覇シンポジウムでは「日本軍の強制・命令・抑圧」だとエスカレートさせていく。
それから三カ月後の9月10日、大江裁判の那覇出張法廷で金城牧師は支援デモ隊の先頭で気勢をあげてから出廷したが、松本・徳永両弁護士の鋭い反対尋問を浴びた。尋問記録は規則により11月に解禁されたので、要所を抜き出し質疑(QとA)の形で紹介しよう。

Q 軍の強制があった、という記述の削除を求めた文科省の検  定意見をどう思うか。

A 集団自決の体験者が軍の強制、命令があったと証言している。歴史教育の本質を否定してはならぬ。

Q 金城さん自身は、手榴弾を配布されたか。

A 私と同年輩の仲間は、誰ももらっていない

Q 自決命令は誰から聞いたか。

A 誰ということもなく噂が出た。村長が天皇陛下万歳と叫んだ。それが自決命令という認識なんですよ。

Q あなたは1995年の自伝で初めて万歳三唱のことを書いている。 なぜか。

A いや、とくに理由はない。

Q 村長の万歳を直接に聞いたのか。

A 聞いた。 強烈に残っている

Q 聞いているのに、書かなかったり、書いたりということか。

A そう言われたら否定できない。

Q 手榴弾での自決者は何人ぐらいか。

A 10人ぐらい。 死んだ人はいなかった。

(『現代史の虚実』秦郁彦著 2007年)>

 

手榴弾の入手経路は曖昧なまま、法廷では、「(自決命令は)だれというともなく噂」だったと、無責任な証言が法廷ではまかり通っているのだ。

その一方、琉球新報記事では「軍隊なしに集団自決は起こり得なかった。命令がなかったという意見があること自体おかしい」と発言を翻している。(琉球新報 2008年2月6日)

 

つまり、軍命令の根拠とされている手榴弾で死亡した住民は一人もいなく、軍の命令も「だれということもなく噂」であり、「天皇陛下万歳」が命令だと言う主張は金城氏の後付による推量であり、自分が行った「大量殺人」の責任転嫁だといわれても仕方ないだろう。

「集団自決は、軍の管理下にあった手榴弾で自決したのだから軍の命令なしでは考えられない」という主張は、マスコミが作り下げた神話であり、厳密な意味で手榴弾で「自決した」(死亡した)住民は一人もいなかったのだ。

曽野綾子氏が『ある神話の背景』を出版する二年前、渡嘉敷島の集団自決体験者に取材をし、その聞き取り調査をまとめて雑誌に発表していた沖縄の識者が、長い沈黙を破った。

沖縄在住の作家が「手榴弾命令説」に疑問を投げかけ、大阪地裁が評価した『鉄の暴風』のずさんな記述にも疑問を投げかけ、その疑念を自分の主唱する同人誌に発表していたのだ。

「軍命派」にあらずんば沖縄人にあらず、といった風潮の沖縄論壇では信じられないことだ!

(明日に続く)

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