守信等頓首曰、陛下何爲出此言。天命已定。誰敢有異心。上曰、汝曹雖無異心、如麾下之人欲富貴何。一旦以黄袍加汝之身、雖不欲爲、其可得乎。皆頓首泣曰、臣等愚不及此。惟陛下哀衿、指示可生之途。上曰、人生如白駒過隙。所爲好富貴者、不過欲多積金錢、厚自娯樂、使子孫無貧乏耳。汝曹何不釋去兵權、出守大半藩、擇便好田宅、爲子孫計。多置歌童舞女、日飮酒相安、不亦善乎。皆拜謝曰、陛下念臣等至此。所謂生死而肉骨也。明日皆稱疾請罷。
守信等頓首(とんしゅ)して曰く「陛下何為れぞ此の言を出す。天命已に定まる。誰か敢て異心有らんや」と。上曰く「汝ら曹(ともがら)、異心無しと雖も、麾下の人の富貴を欲するを如何(いかん)せん。一旦黄袍(こうほう)を以って汝が身に加えば、為すを欲せずと雖も、それ得可けんや」と。皆頓首して泣いて曰く「臣等愚にして(ここ)に及ばず。惟陛下哀衿(あいきょう)して、生く可きの途(みち)を指示せよ」と。上曰く「人生は白駒(はっく)の隙(げき)を過ぐるが如し。富貴を好むを為す所の者は、多く金銭を積んで、厚く自ら娯楽し、子孫をして貧乏なる無からしめんと欲するに過ぎざるのみ。汝が曹、何ぞ兵権を釈(と)き去って、出でて大藩(たいはん)を守り、便好(べんこう)の田宅(でんたく)を択んで、子孫の計を為さざる。多く歌童舞女を置き、日々に酒を飲んで相安んぜば、亦善(よ)からずや」と。皆拝謝して曰く「陛下、臣等を念(おも)うて此(ここ)に至る。所謂(いわゆる)死を生かして骨に肉つくるなり」と。明日(めいじつ)皆疾(やまい)と称して罷(や)めんことを請う。
頓首 頭を地につけて敬意を示すこと。 麾下 麾は大将の旗、旗本。 黄袍 天子が着る上掛け。 哀衿 あわれむ。
守信等は頓首して「陛下は何ゆえこのようなことをおっしゃるののですか、天命はすでに定まっております。誰が敢て謀叛の心を起しましょうか」と言うと、帝は「そなた達に謀叛の心がなくても部下の者が富貴を欲したら何といたす。一たび天子の上掛けを着せられたら、そなた等が欲しなくともならずに居られまい」と言った。守信等は皆頭を垂れて、泣いて言うには「臣等は愚かにしてそこまで考えが及びませんでした。ただただ陛下には臣等を哀れと思し召されて、無事に生きる道すじをお示しください」と。そこで帝が「人生は白い馬が走り過ぎるのを板戸の隙間から覗くようなもので、その短い人生に富貴になりたいと思う者は多くの金銭を蓄えて、自ら楽しみ、子孫が貧乏にならないように願うだけなのである。そうとすればそなた達はどうして兵権など放り出して大きな藩の節度使として良い田地邸宅をえらんで、子孫繁栄を計ろうとしないのか。多くの歌舞童女を置いて毎日酒を飲んで安楽に暮らせたら、こんな良いことはあるまいに」と言うと、皆拝して謝し「陛下には臣等を深く思ってくださる。これこそ死者を生き返らせ、骨に肉を付けるというものです」と言った。翌日一同病気と称して辞職を願い出た。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます