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寡黙堂ひとりごと

詩吟と漢詩・漢文が趣味です。火曜日と木曜日が詩吟の日です花も酒も好きな無口な男です。

十八史略 髀肉の歎

2011-10-11 10:36:32 | 十八史略
老のまさに至らんとするに、功業建たず
車騎將軍董承、稱受密詔、與劉備誅曹操。操一日從容謂備曰、今天下英雄、唯使君與操耳。備方食。失匕筯。値雷震詭曰、聖人云、迅雷風烈必變。良有以也。備既被遣邀袁術。因之徐州。起兵討操。操撃之。備先奔冀州。領兵至汝南。自汝南奔荊州。歸劉表。嘗於表坐。起至厠。還慨然流涕。表怪問之。備曰、常時身不離鞍。髀肉皆消。今不復騎。髀裏肉生。日月如流、老將至、功業不建。是以悲耳。

車騎将軍董承(とうしょう)、密詔を受くと称し、劉備と曹操を誅せんとす。操一日従容として備に謂って曰く、「今天下の英雄は唯使君(しくん)と操とのみ」と。備方(まさ)に食す。匕筯(ひちょ)を失っす。雷震に値(あ)って詭(いつわ)って曰く、「聖人云う、迅雷風烈には必ず変ず、と。良(まこと)に以(ゆえ)有り」と。
備既に遣(つか)わされて袁術を邀(むか)う。因(よ)って徐州に之(ゆ)き、兵を起こして操を討つ。操之を撃(う)つ。備先づ冀州(きしゅう)に奔(はし)る。兵を領して汝南に至る。汝南より荊州(けいしゅう)に奔り、劉表に帰す。嘗て表の坐に於いて、起って厠に至る。還って慨然として涕(なみだ)を流す。表怪しみて之を問う。備曰く「常時身鞍を離れず、髀肉(ひにく)皆消す。今復た騎(の)らず。髀肉生ず。日月流るるが如く、老の将(まさ)に至らんとするに、功業建たず。是を以って悲しむのみ」と。


使君 州の長官である刺史あるいは郡の長官の太守の尊称。 匕筯 匙と箸。値 あう、遭に同じ。 聖人 孔子。 迅雷風烈には・・論語郷党篇にある。
良 まことに。 髀肉 ももの肉。
 

車騎将軍の董承が、献帝から内密の詔を受けたとして、劉備と謀って曹操を討とうとした。ある日曹操は悠揚として劉備に語りかけた「さしあたって今、英雄といえるのは貴君とこの操だけであろうな」と。ちょうど食事中の劉備ははっとして箸を取り落とした。そのとき雷鳴が轟いたので、「あの孔子さまでさえ雷や烈しい風には顔色を変えたと言われますが、まことにもっともであります」ととりつくろった。
やがて劉備は袁術を迎え撃つために派遣されることになった。それを機に徐州に行き、そこで曹操討伐の兵を挙げた。曹操はこれを撃ち破り、劉備はまず冀州に逃れ、兵をまとめて汝南郡に行き、汝南から荊州に逃げ、劉表のもとに身を寄せた。ある日、劉表と同坐していたとき、厠に立ったが、帰ってくると嘆き悲しみ、涙を流したので、劉表はいぶかって訳を聞くと、劉備が答えた。「これまでは戦場に在って鞍から身を離すことがなく腿の肉はそげ落ちていましたが、このところ馬に乗る機会が無くなって、腿に肉が付いてきました。月日の経つのは早いもので、老いが迫っているというのに未だ功業が立ちません。それが悲しいのです」と。


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