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寡黙堂ひとりごと

詩吟と漢詩・漢文が趣味です。火曜日と木曜日が詩吟の日です花も酒も好きな無口な男です。

唐宗八家文 柳宗元 黔之驢

2014-12-11 08:57:26 | 唐宋八家文
黔無驢。有好事者、船載以入。至則無可用、放之山下。虎見之、尨然大物也。以爲神。蔽林窺之、稍出近之、憗憗然莫相知。他日、驢一鳴、虎大駭遠遁。以爲且噬己也、甚恐。然往來視之、覺無異能者、習其聲。又近出前後、終不敢搏。稍近狎、蕩倚衝冒。驢不勝怒、蹄之。虎因喜計之曰、技止此耳。因跳踉大噉、斷其喉、盡其肉、乃去。
 噫、形之尨也類有、聲之宏也類有能。向不出其技、虎雖猛、疑畏卒不敢取。今若是焉。悲夫。
 
黔(けん)の驢(ろ)
 黔に驢無し。好事者有り、船に載せて以って入る。至れば則ち用うべき無く、これを山下に放つ。虎これを見るに、尨然(ぼうぜん)たる大物(だいぶつ)なり。以って神と為す。林間に蔽(かく)れて窺(うかが)い、稍(ようや)く出でてこれに近づくに、憗憗然(ぎんぎんぜん)として相知る莫し。
 他日、驢一たび鳴けば、虎大いに駭(おどろ)きて遠く遁(のが)る。以って且(まさ)に己を噬(か)まんとすと為し、甚だ恐る。然れども往来してこれを視て、異能無きものと覚り、益々その声に習(な)れたり。
 また近く前後に出ずれども、終に敢て搏(う)たず。稍く近づきて益々狎(な)れ、蕩倚衝冒(とういしょうぼう)す。驢怒りに勝(た)えず、これを蹄(け)る。虎因(よ)って喜び、これを計りて曰く「技此に止まるのみ」と。因って跳踉(ちょうりょう)して大いに噉(か)み、その喉を断ち、その肉を尽して乃ち去る。
 噫(ああ)、形の尨(たか)きことは有徳に類し、声の宏(おお)いなるは有能に類せり。向(さき)にその技を出ださざれば、虎猛しと雖も、疑い畏れて卒(つい)に敢て取らざらん。今是(かく)の若し。悲しいかな。


黔 黔州、今の四川省彭水県の地。 尨然 むくむくと大きい。 憗憗然 つつしむ様。 蕩倚衝冒 すりよったり突いたりする。 跳踉 飛びかかる。 

 黔州には驢馬がいなかった。物好きな人がいて、船に載せて連れてきた。ところが使いようが無いので、山の麓に放した。虎がこれを見つけるとあまりの立派さに神ではないかと疑った。林の隙間から窺って恐る恐る近づくと、ゆうゆうと気にもとめない様子であった。別の日に驢馬が一声いななくと虎は大層驚いて遠くに逃げ、自分を噛むつもりだと恐れたのだ。それでも往きつ戻りつして観察しているうちに大した能力はないぞと思い、いななきにも慣れてきた。近づいて前や後ろに近寄っても敢て攻撃してこない、いよいよ近づいてすり寄ったりつついたりした。驢馬は我慢できなくなって虎を蹴った。虎は反って喜び、驢馬の技を推し計り「技はこれだけか」といいざま飛びかかって喉を裂き肉を食いつくして立ち去った。
 ああ、外見が立派だと徳を備えているようだし、声の大きいのも能力がありそうだ、あのとき技を出さなければ虎は猛々しいといっても、疑い畏れて敢て喰わなかっただろう。ところが今はこの有り様だ。なんと悲しいことだ。

唐宋八家文 柳宗元 三戒 序

2014-12-06 08:50:55 | 唐宋八家文
吾恆惡世之人、不知推己之本、而乘物以逞。或依勢以干非其類、出技以怒強、竊時以肆暴。然卒迨于禍。有客談麋驢鼠三物。似其事、作三戒。

臨江之麋
 臨江之人、畋得麋麑。畜之入門、羣犬垂涎、揚尾皆來。其人怒怛之。自是日抱就犬習、示之使勿動、稍使與之戲。績久、犬皆如人意。麋麑稍大、忘己之麋也、以爲犬良我友、抵觸偃仆狎。犬畏主人、與之俯仰甚善。然時啖其舌。三年麋出門、見外犬在道甚衆、走欲與爲戲。外犬見而喜且怒、共殺食之、狼藉道上。麋至死不悟。

三戒 序
 吾恒に世の人の、己の本(もと)を推すを知らずして、物に乗じて以って逞しゅうするを悪(にく)む。或いは勢いに依りて以ってその類に非ざるを干(おか)し、技を出して以って強を怒り、時を竊(ぬす)みて以って暴を肆(ほしいまま)にす。然れども卒(つい)に禍いに迨(およ)ぶ。客有りて麋(び)驢(ろ)鼠(そ)の三物を談ず。その事に似たれば、三戒を作る。

臨江の麋(び)
 臨江の人、畋(こう)して麋麑(びげい)を得たり。これを畜(やしな)いて門に入れば、群犬涎(よだれ)を垂らし、尾を挙げて皆来る。その人怒りてこれを怛(おどろ)かす。是より日々抱きて犬に就きて習(な)れしめ、これに示して動くこと勿(な)からしめ、稍(ようや)くこれと戯(たわむ)れしむ。
 久しきを積み、犬皆人の意の如し。麋麑稍く大にして、己の麋なるを忘れ、犬は良(まこと)に我が友なりと以為(おも)いて、抵触し偃仆(えんぶ)して益々狎(な)る。犬主人を畏れ、これと俯仰すること甚だ善し。然れども時にその舌を啖(くら)う。
 三年にして麋、門より出で、外犬の道に在るもの甚だ衆(おお)きを見、走りて与に戯れを為さんと欲す。外犬見て喜び且つ怒り、共に殺してこれを食らい、道上に狼藉(ろうぜき)たり。麋は死に至るまで悟らず。


畋 狩り。 麋麑 馴れ鹿(トナカイの類)の子。 偃仆 ころげる。 俯仰 俯くことと仰ぐこと、ここでは起居動作を一緒にする。 舌を啖う 舌なめずりする。 狼藉 とり散らかす。

三戒 序文
私はいつも世の中の人が、自身の本分をわきまえないで、他を頼り気ままに振舞っているのを憎んでいた。或る人は勢いに乗じて親しくもない人のところにおしかけたり、稚拙な能力を過信して、優れた人に腹を立てたり、あるいは隙を窺って乱暴の限りをつくす。しかし結局は禍いに遭ってしまうのだ。
 客が来て馴れ鹿と驢馬と鼠の話をしていった。その三者が世の人の様に似ているので戒めとした。

臨江の馴れ鹿
 臨江の人、狩りをして馴れ鹿の子を連れ帰った。これを飼おうとして門を入ると犬たちが涎を垂らし尾を振って寄ってきた。その人は犬たちを叱りつけて手出しをしないよう厳しく言い聞かせた。それからはこの小鹿を抱いて、犬たちと慣れさせた。やがて犬たちも主人の命令を守るようになり、鹿も大きくなって鹿であることを忘れて犬たちと同じと思い、戯れ転げまわるようになってじゃれて転げまわっていた。犬たちは主人をおそれて鹿と一緒に遊んだ。しかしときおり舌なめずりをするのであった。
 三年経って馴れ鹿が門の外に出たとき、よその犬が道にたくさんいるのを見て遊びたいと思って走り寄った。その犬たちはこれを見て喜びかつ猛りたってこの馴れ鹿を殺して道の上に喰い散らかした。馴れ鹿は死ぬまでどうしてこうなったか理解することができなかった。

唐宋八家文 柳宗元 梓人傳 (四の四)

2014-12-02 11:55:42 | 唐宋八家文
或曰、彼主爲室者、儻或發其私智、牽制梓人之慮、奪其世守、而道謀是用、雖不能成功、豈其罪耶。亦在任之而已。余曰、不然。夫繩墨誠陳、規矩誠設、高者不可抑而下也。狹者不可張而廣也。由我則固、不由我則圮。彼將樂去固而就圮也、則巻其術、默其智、悠爾而去、不屈吾道。是誠良梓人耳。其或嗜其貨利、忍而不能捨也。喪其制量、屈而不能守也。棟撓屋壞、則曰非我罪也、可乎哉、可乎哉。余謂梓人之道類於相。故書而藏之。梓人蓋古之審曲面勢者。今謂之都料匠云。余所遇者、楊氏、濳其名。

或るひと曰く「彼(か)の室を為(つく)るに主たる者、儻(も)し或いはその私智を発して梓人の慮を牽制し、その世守(せいしゅ)を奪って道謀(どうぼう)を是れ用うれば、功を成す能わずと雖も、豈その罪ならんや。亦たこれに任ずるに在るのみ」と。
余曰く「然らず。夫れ縄墨誠に陳(の)べ、規矩誠に設くれば、高きものは抑えて下(ひく)くすべからざるなり。狭きものは張りて広くすべからざるなり。我に由(よ)れば則ち固く、我に由らざれば則ち圮(やぶ)れん。彼将に固を去って圮(ひ)に就くを楽しまんとするや、則ちその術を巻き、その智を黙して悠爾(ゆうじ)として去り、吾が道を屈せず。是れ誠に良梓人のみ。それ或いはその貨利を嗜(この)み、忍んで捨つる能わず。その制量を喪(うしな)い、屈して守る能わず。棟撓(たわ)み屋壊るれば則ち吾が罪に非ずと曰うも可ならんや、可ならんや」と。
余謂(おも)えらく、梓人の道は相に類すと。故に書してこれを蔵す。梓人は蓋(けだ)し古の曲・面・勢を審(つまびら)かにする者なり。今はこれを都料匠(とりょうしょう)と謂うと云う。余の遇(あ)いし所の者は、楊氏、潜はその名なり。


儻 もし。 私智 自分ひとりの浅い智恵。 世守 代々受け継いだもの。 道謀 道行く人の意見。 曲面勢 曲直、表裏、形勢。 都料匠 都は統べる、料はおしはかる。 

ある人はこう言う「施工主がもし自分勝手な考えを押し付けて棟梁の方針を無視し、その代々伝わる手法を封じて素人の考えを押し付けたとしたら、仕事を完成させることができないとしても、それは棟梁の罪ではないだろう。大事なのは仕事をやりおおせることだ」と。
私は言った「いやそうではない。墨縄を引き、定規をきちんと使えば、高い所を低くすることはないし、狭い所を引っ張って広くすることもできないのである。棟梁の手にかかれば堅固に仕上がるし、そうでなければ壊れてしまうだろう。
施主が勝手に堅固を捨てて破壊に至るのを楽しむようなものだから、棟梁は持てる技能を引込め、その知恵を黙って遠くに退いて自分のやりかたを枉げない。これが本当の棟梁というものだろう。
もし財貨や利益を欲し、我慢して仕事を捨てずに自身の設計を捨て、施主に屈して自分の方法を守ることが出来なければ、棟がゆがみ、屋根が壊れても私のせいではありませんと言えるでしょうか。本当にそれでよいのでしょうか」と。
私は思った、棟梁のやり方は宰相に似ていると。だから文書にしてこれを留める。棟梁はおそらく古代の曲直、表裏、形勢すなわち建築の極意をわきまえている者である。今ではこれを都料匠と呼ぶとか。私が遇った棟梁は楊氏、名は潜という。


唐宋八家文 柳宗元 梓人傳 (四の三)

2014-11-27 09:38:51 | 唐宋八家文
能者進而由之、使無所。不能者退而休之、亦莫敢慍。不衒能、不矜名、不親小勞、不侵衆官、日與天下之英材、討論其大經。猶梓人之善運衆工、而不伐藝也。
夫然後相道得而萬國理矣。相道既得、萬國既理、天下擧首而望曰、吾相之功也。後之人循跡而慕曰、彼相之才也。士或談殷周之理者、曰伊傅周召。其百執事之勤勞、而不得紀焉。猶梓人自名其功、而執用者不列也。
大哉相乎、通是道者、所謂相而已矣。其不知體要者、反此。以恪勤爲公、以簿書爲尊、衒能矜名、親小勞、侵衆官、竊取六職百役之事、听听於府廷、而遣其大者遠者焉。所謂不通是道者也。猶梓人而不知繩墨之曲直、規矩之方圓、尋引之短長、姑奪衆工之斧斤刀鋸以佐其藝、又不能備其工、以至敗績用而無所成也。不亦謬歟。

能者は進めてこれを由(もち)うれども、徳とする所無からしむ。不能者は退けてこれを休(や)むれども、亦た敢て慍(いきどお)る莫(な)し。能を衒(てら)わず、名を矜(ほこ)らず、小労を親(みずか)らせず、衆官を侵(おか)さず、日々に天下の英才と、その大経(たいけい)を討論す。猶お梓人の善く衆工を運(めぐ)らして芸を伐(ほこ)らざるがごときなり。
それ然る後に相の道得て、万国理(おさ)まる。相の道既に得て、万国既に理まれば、天下首(こうべ)を挙げて望んで曰わん「吾が相の功なり」と。後の人、跡に循(したが)い慕って曰わん「彼の相の才なり」と。士の或いは殷周の理(まつりごと)を談ずる者は「伊・傅・周・召」と曰う。その百執事の勤労して、而も紀するを得ず。猶お梓人自らその功を名のりて、用執る者を列せざるがごときなり。
 大なるかな相や、是の道に通ずる者は、所謂相のみ。その体要を知らざる者は此に反す。恪勤(かくきん)を以って公と為し、簿書を以って尊と為し、能を衒(てら)い名を矜(ほこ)り、小労を親(みずか)らし、衆官を侵し、六職百役(りくしょくひゃくえき)の事を窃取(せっしゅ)し、府廷に听听(ぎんぎん)として、その大なるもの遠なるものを遺(わす)る。所謂是(こ)の道に通ぜざる者なり。猶お梓人にして縄墨の曲直、規矩之方円、尋引(じんいん)の短長を知らずして、姑(しばら)く衆工の斧斤刀鋸を奪って、以ってその芸を佐(たす)け、またその工を備うる能わずして、績用を敗りて成る所無きに至るがごときなり。亦た謬(あやま)らずや。


徳 恩恵。 大経 礼記・左氏春秋。因みに中経は詩経と儀礼と周礼、易経・書経・春秋公羊伝・穀梁伝を小経という。伊・傅・周・召 伊尹(いいん)殷の賢人・傅説(ふせつ)殷の賢相・周公 周公旦・召公、周の武王の弟、奭。 恪勤 職務を忠実に勤める。 窃取 ぬすみ取る。 六職百役 前出。 听听 犬のように吠え合う。績用 手柄。

 才能のある者を登用しても、宰相の恩恵によるものだと思わせてはいけない。また才能の無い者を辞めさせても、逆恨みさせぬようにする。能力をひけらかさず、名をほこらず、小さい仕事に手を出さず、多くの官職に口を出さず、毎日天下の英才と政治の要諦を討論する。これも棟梁が多くの大工を指揮して働かせ、自ら技術を誇らないのと同じである。
 このようであってこそ宰相の在り方が確立され、天下が治まる。宰相の在り方が確立され天下が治まれば、天下万民が仰ぎ見て「われらの宰相の功績だ」と言うだろうし、後の人が宰相の足跡を追慕して「あの宰相の力によるものだ」と言うだろう。士のある者で、殷周の政治を議論する者は「伊尹や傅説ら殷の賢相、周公旦や召公のような聖人に匹敵する」と言うだろう。部下の百官がそれぞれの仕事をしても名を留めることが無い。すなわち棟梁が自分の名を残し、他の者の名が記されないのと同じである。
偉大なる宰相―この道理を心得ているのはここで言う宰相だけである。政治の要諦を知らない者はこの反対で、職務を忠実に勤めることのみ大切と考え、帳簿書類を尊重し、能力をひけらかして名誉を誇り、小さい仕事に手を出て一般の官職に口をはさみ、大臣の職務や百官の仕事を取り上げて役所で大声を挙げわめいている。大切な事や遠い将来のことをそっち退けにしている。これは道理を心得ていないものである。丁度棟梁でありながら墨縄の曲直、定規の円や角、物差しの長短を知らずして大工の斧や鋸を取り上げて、彼等の仕事の手助けをする。またそのため優秀な大工を備えることができずに、仕事の出来を悪くし、完成することができない事態になるようなものである。これは間違っているだろう。

唐宋八家文 柳宗元 梓人傳 (四の二)

2014-11-22 09:17:45 | 唐宋八家文
余圜視大駭、然後知其術之工大矣。繼而歎曰、彼將捨其手藝、專其心智、而能知體要者歟。吾聞勞心者役人、勞力者役於人。彼其勞心者歟。能者用而智者謀。彼其智者歟。是足爲佐天子相天下法矣。物莫近乎此也。彼爲天下者、本於人。其執役者、爲徒隷爲郷師里胥。其上爲下士、又其上爲中士爲上士。又其上爲大夫爲卿爲公。離而爲六職、判而爲百役。外簿四海、有方伯連率、郡有守、邑有宰、皆有佐政。其下有胥吏、又下皆有嗇夫叛尹、以就役焉。猶衆工各有執伎以食力也。
彼佐天子相天下者、擧而加焉、指而使焉。條其綱紀而盈縮焉、齊其法制而整頓焉。猶梓人之有規矩繩墨以定制也。擇天下之士使稱其職、居天下之人、使安其業。視都知野、視野知國、視國知天下。其遠邇細大、可手據其圖而究焉。猶梓人畫宮於堵、而績於成也。

余圜視(かんし)して大いに駭(おどろ)き、然る後にその術の工(たくみ)なるを知りぬ。継いで歎じて曰く「彼将(は)たその手芸を捨て、その心智を專(もっぱら)にし、而して能く体要を知る者か。吾聞く『心を労する者は人を役(えき)し、力を労する者は人に役せらる』と。彼はそれ心を労する者か。能者は用いられ、而して智者は謀(はか)る。彼はそれ智者なるか。是れ天子を佐(たす)け天下に相たるの法と為すに足れり。物、此より近きは莫(な)きなり」と。
彼(か)の天下を為(おさ)むるものは、人に本(もと)づく。その役を執(と)る者は徒隷(とれい)たり、郷師・里胥(りしょ)たり。その上は下士たり、またその上は中士たり、上士たり。またその上は大夫たり、卿たり、公たり。離れて六職(りくしょく)と為り、判(わか)れて百役(ひゃくえき)と為る。外は四海に簿(いた)るまで、方伯(ほうはく)・連率(れんすい)有り、郡に守有り、邑に宰(さい)有り皆政(まつりごと)を佐くる有り。その下に胥吏有り、またその下に皆嗇夫(しょくふ)・叛尹(はんいん)有りて、以って役に就く。猶お衆工の各々伎(ぎ)を執って以って力に食(は)む有るがごときなり。
彼の天子を佐(たす)けて天下に相たる者は、挙げて加え、指さして使う。その綱紀を条して盈縮(えいしゅく)し、その法制を斉(ととの)えて整頓す。猶お梓人の規矩縄墨有って、以って制を定むるがごときなり。
天下の士を択(えら)んで、その職に称(かな)わしめ、天下の人を居(お)いて、その業に安んぜしむ。都を視て野を知り、野を視て国を知り、国を視て天下を知る。その遠邇細大(えんじさいだい)、手ずからその図に拠(よ)って究むべし。猶梓人の宮を堵(と)に画(えが)きて、成(せい)に績するがごときなり。


圜視 目を見張る。 体要 本体のかなめ。 能者 技能者。  徒隷 使い走り。 里胥 村役人。 六職 治・教・礼・兵・刑・事(工芸)。 百役 多くの官職。 四海 天下。 方伯 諸侯の旗頭。 連率 連帥、いくつもの藩の節度使。 嗇夫 村の訴訟や税を担当する役人。 叛尹 戸籍係の役人。 綱紀を条して 国の法と規則を条目にする。 盈縮 広めたり縮めたり。 遠邇細大 遠近大小。 成に績する 績は仕事。

私はこれを見て大変驚き、そして棟梁の能力の高さを知った。そこで感歎してつぶやいた「彼は手先の実技を捨てて智慧だけを働かせ、物事の本質を知ることができた者ではなかろうか。わたしは『心を働かせる者は人を使い、体を働かす者は人に使われる』と聞いている。彼こそ心を働かせる者であろう。技能ある者は使われ、考える者は計画を立てる。さすれば棟梁は考える者であろう。天子を補佐し宰相となるべき者の手本とするにこれほどふさわしいものはないであろう」と。
およそ天下を治める場合は人民を根本とすべきであり、その仕事をする者は下役人であり、郷の長や村役人である。その上は下士で、さらに上は中士であり上士である。またその上には大夫があり、卿があり、公がある。仕事は分かれて六職となり多くの官職に至る。朝廷の外では四海の果てに至るまで諸侯の旗頭があり、郡に太守あり、県に長官が居り、みなその下に政治を助ける役人が居り、またその下に村の訴訟や税を担当する係りが居、戸籍係が居てそれぞれに仕事をしている。ちょうど大工がそれぞれの技術を使って労力で生活しているようなものである。
あの天子を補佐して宰相になる者は、能力ある者を登用して地位を与え、指図して使う。国の大法と規則を条目をたてて拡げたり、縮めたりしてその法を整える。ちょうど棟梁が物差し、定規、墨縄を持って図面を決めるようなものである。
天下の有能の士を択んでその職に適合させ、天下の民をそれぞれの持ち場に置いて、その仕事に安心して就かせる。都の状態を見て農村の状況を知り、農村を見て国々を知り、国を見て天下を知る。その遠近大小は、自分の手で図面によって見極めることができる。丁度棟梁が設計図を板に画いて、仕事を完成させるようなものである。