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寡黙堂ひとりごと

詩吟と漢詩・漢文が趣味です。火曜日と木曜日が詩吟の日です花も酒も好きな無口な男です。

唐宋八家文 柳宗元 梓人傳 (四の一)

2014-11-18 14:05:28 | 唐宋八家文
裴封叔之第、在光里。有梓人款其門、願傭隟宇而處焉。所職尋引規矩繩墨、家不居礱斵之器。問其能、曰、吾善度材、視棟宇之制、高深圓方短長之宜。吾指使而羣工役焉。捨我衆莫能就一宇。故食於官府、吾受禄三倍、作於私家、吾収其直太半焉。他日入其室、其牀闕足而不能理。曰將求他工。余甚笑之、謂其無能而貪禄嗜貨者。
其後京兆尹、將飾官署。余往過焉、委羣材、會衆工。或執斧斤、或執刀鋸、皆環立嚮之。梓人左持引、右執杖而中處焉。量棟宇之任、視木之能、擧揮其杖曰、斧。彼執斧者奔而右。顧而指曰、鋸。彼執鋸者趨而左。俄而斤者斲、刀者削。皆視其色、俟其言、莫敢自斷者。其不勝任者、怒而退之、亦莫敢慍焉。畫宮於堵、盈尺而曲盡其制、計其毫釐而構大廈、無進退焉。既成、書於上棟曰、某年某月某日某建。則其姓字也。凡執用之工不在列。

裴封叔(はいほうしゅく)の第(てい)、光徳里に在り。梓人(しじん)有りてその門を款(たた)き、隙宇(げきう)を傭(か)りて処(お)らんと願う。職とする所は尋引規矩縄墨(じんいんきくじょうぼく)、家に礱斲(ろうたく)の器を居(お)かず。その能を問えば、曰く「吾善く材を度(はか)り、棟宇の制、高深円方短長の宜(よろ)しきを視る。吾指使(しし)して群工役(はたら)く。我を捨つれば衆能く一宇をも就(な)すこと莫(な)し。故に官府に食(は)まば、吾禄を受くること三倍、私家(しか)に作せば、吾その直(あたい)を収むること太半なり」と。
他日、その室に入るに、その牀(しょう)足を闕(か)けども理(おさ)むる能わず。曰く「将(まさ)に他工に求めんとす」と。余甚だこをれを笑い、それ無能にして禄を貪り貨を嗜(この)む者なりと謂(おも)えり。
その後京兆の尹、将(まさ)に官署を飾(おさ)めんとす。余往きて過ぎるに、群材を委(つ)み、衆工を会(あつ)む。或いは斧斤(ふきん)を就(と)り、或いは刀鋸(とうきょ)を執りて、皆環立(かんりつ)してこれに嚮(むか)う。梓人左に引(いん)を持ち、右に杖を執って中に処(お)る。棟宇の任を量(はか)り、木の能を視て、その杖を挙揮して曰く「斧せよ」と。彼(か)の斧を執る者、奔(はし)りて右す。顧みて指さして曰く「鋸せよ」と。彼の鋸を執る者、趨(はし)りて左す。俄かにして斤者は斲(き)り、刀者は削る。皆その色を視、その言を俟(ま)ち、敢て自ら断ずる者莫(な)し。その任に勝(た)えざる者は、怒ってこれを退くも、亦た敢て慍(いきどお)る者莫し。
宮を堵(と)に画くに、盈尺(えいしゃく)にしてその制を曲尽(きょくじん)し、その毫釐(ごうり)を計って大廈(たいか)を構うるに、進退無し。既に成れば上棟に書して曰く「某年某月某日某建つ」と。則ちその姓字なり。凡そ用を執るの工は列に在らず。


梓人 大工の棟梁。 裴封叔 柳宗元の姉の夫。 第 邸宅。 隙宇 空き家。 尋引 ものさし。 規矩 差し金とぶんまわし。 縄墨 すみなわ。 礱斲 砥石と刃物。 棟宇の制 家屋の造り。 指使 指図。 官府に食む 役所から給金をもらう。 私家 個人の家。 直 値。 太半 大半。 闕 欠。 理む 修理する。 京兆の尹 都の長官。 飾 修繕。 過ぎる 立ち寄る。 嚮 向かう。 引 尋引、ものさし。 棟宇の任 建物の負荷。 挙揮 振り上げる。 堵 板。 盈尺 一尺四方。 制 構図。 曲尽 曲はくわしい、 毫釐 細かい寸法。 大廈 大建築。 進退 過不足。

棟梁の話
義兄の裴封叔の屋敷は長安の光徳里にある。一人の大工が空き家を借りて住みたいと言って来た。職業は、ものさし、定規、墨縄を使う大工だというが家に砥石や刃物の大工道具は置いていない。腕前を聞くと「わしは材木を見積もり、家の造り、高さ形、長さなどがきっちり納まるように細かく調べるのが仕事。わしが指図して多くの職人が働く、だから、わしが居ないと一軒の家も出来上がらない。役所の仕事では他の職人の三倍貰うし、個人の家でも半分以上はわしが貰う」と。別の日、その部屋に入ってみると寝台の脚が折れているが自分では修理ができず「ほかの大工に頼んでありますんで」と言った。私はこれを笑って『無能のくせに金だけ欲しがる手合いだ』と思った。
その後都の長官が官舎の修築をしようとした。私が現場に立ち寄ってみると、多くの材木を積み上げ、大勢の職人を集めていた。ある者は斧や手斧を持ち、ある者は小刀や鋸を手にして棟梁を囲んで立っている。棟梁は左手にものさし、右手に杖を持って環の中にいて建物の負荷、木の使い道を見定めてから、杖で指図して「斧で切れ」と言うと斧を持った職人が右に走って仕事に掛かった。「鋸せよ」と指図すると鋸を持った者が左に走って挽き出した。たちまち手斧の者は切り、小刀の者は削った。皆棟梁の顔色を窺い、その言葉を待って動き、勝手に自分で判断する者は居ない。へまをすれば、どなりつけられ止めさせられるが、腹をたてる者は居ない。建物の図面が一尺四方ぐらいの板に微細に書き込まれている。細かい寸法を測って、大きな建物を造るのに寸分の狂いもない。出来上がれば棟木(むなぎ)の上に「某年某月某日某建つ」と書かれた。それは棟梁の姓名であった。一緒に働いた者の名前は一人も無かったのである。

唐宋八家文 柳宗元 宋伝 (二ノ二)

2014-11-13 08:32:48 | 唐宋八家文

誠以是得大利、又不爲妄。執其道不廢、卒以富、求者衆、其應廣。或斥棄沉廢、親與交視之落者、不以怠遇其人。必與善藥如故。一旦復柄用、厚報。其遠取利皆類此。吾觀今之交乎人者、炎而附、寒而棄。鮮有能之爲者。世之言、徒曰市道交。嗚呼、市人也。今之交有能望報如之遠者乎。幸而庶幾、則天下之窮困廢辱、得不死亡者衆矣。市道交、豈可少那。或曰、非市道人也。柳先生曰、居市不爲市之道。然而居朝廷、居官府、居庠塾郷黨、以士大夫自名者、反爭爲之不已。非夫。然則非獨異於市人也。

清誠に是を以って大利を得れば、また妄(もう)と為さず。その道を執(と)りて廃せず、卒(つい)に以って富み、求むる者益々衆(おお)く、その応(おう)益々広し。或いは斥棄沈廃(せききちんはい)して、親と交とこれを視ること落然たる者も、清は怠を以ってその人を遇せず。必ず善薬を与うること故(もと)の如し。一旦復た柄用(へいよう)せらるれば、益々厚く清に報ゆ。その遠く利を取ること皆此に類す。
吾今の人に交わるものを観るに、炎にして附き、寒にして棄つ。能く清の為(しわざ)に類する者有ること鮮(すくな)し。世の言うもの、徒(いたずら)に市道の交と曰う。嗚呼、清は市人なり。今の交に能く報いを望むこと清の遠きが如くなる者有らんや。幸いにして庶幾(ちか)ければ、則ち天下の窮困廢辱(きゅうこんはいじょく)、死亡せざるを得る者衆(おお)からん。市道の交、豈少なしとすべけんや。或いは曰く「清は市道の人に非ざるなり」と。
柳先生曰く「清は市に居りて市の道を為さず。然り而うして朝廷に居り、官府に居り、庠塾(しょうじゅく)郷党に居りて、士大夫を以って自ら名づくる者、反(かえ)って争うてこれを為して已(や)まず。悲しいかな。然らば則ち清は独り市人に異なるのみに非ざるなり」と。

妄 でたらめ。 応 供給。 斥棄沈廃 見捨てられ落ちぶれる。 親と交 親戚と友人。 落然 冷ややか。 怠 おろそかにする。 柄用 権力を得て重用されること。 炎 盛んなとき。 市道の交 利害を念頭に置いた交り。 窮困廃辱 困窮し棄てられ辱しめられること。 庠塾 学校。 士大夫 人格者。

宋清はこうしたやりかたで大きな利益を得ているのだから、でたらめな商売とは言えない。この方法を守り続けて富み、薬の需要が益々増え、その供給も広くなっている。中には世間から見捨てられ落ちぶれ果てて、親戚や友人から冷淡にみられている人も、宋清はその人をぞんざいに扱わない。必ずもとの通り良い薬を出している。そんな人が一旦権力を得て登用されると、ますます厚く報いることになる。宋清が後になって利益を得るのはこのようなやりかたなのだ。
私が今の人の付き合いかたを見ると、相手が盛んな時には近づき、落ちぶれると見捨てる。宋清のようなやりかたのできる者はほとんど居ない。それでも世間では宋清のやり方をただ商人の交際と言う。
ああ、宋清は正に商人である。しかし今の人たちの交りで、宋清のように遠い先の利益を考えている者があるだろうか。もし宋清のやり方に近い交わりができたなら、天下の困窮者、棄てられ辱しめられた人で死なずに助かる人たちがもっと多いことだろう。それならば商人の交わりと見下すことはできない。そこで「宋清はただの商売人ではない」という人もいる。
柳先生は言う「宋清は商人の町に居て商人の生き方をしない。それなのに朝廷の高官、官庁の役人、学校の先生、地方に居て人格者と自負している者がかえって利己的な商人のように争って利益を追求し続けている。誠に悲しむべきことだ。それなら宋清はただ商人の中で特異な存在であるというだけではあるまい」と。


唐宋八家文 柳宗元 宋伝 (二ノ一)

2014-11-08 10:00:45 | 唐宋八家文
宋伝 (二ノ一)
宋長安西部藥市人也。居善藥、有自山澤來者、必歸宋氏。優主之。長安醫工、得藥輔其方、輒易讎、咸譽。疾病疕痬者、亦皆樂就求藥、冀速已。皆樂然響應。雖不持錢者、皆與善藥、積券如山、未嘗詣取直。或不識遥與券、不爲辭。歳終、度不能報、輒焚券、終不復言。市人以其異、皆笑之曰、蚩妄人也。或曰、其有道者歟。
聞之曰、逐利以活妻子耳。非有道也。然謂我蚩妄者亦謬。居藥四十年、所焚券者百數十人。或至大官、或連數州、受俸博、其餽遺者相屬於戸。雖不能立報、而以賖死者千百、不害之爲富也。之取利遠。遠故大。豈若小市人哉。一不得直、則怫然怒、再則罵而仇耳。彼之爲利、不亦翦翦乎。吾見蚩之有在也。

宋清は長安西部の薬市(やくし)の人なり。善薬を居(お)き、山沢より来る者有れば、必ず宋清氏に帰す。青優(あつ)くこれを主(やど)す。長安の医工、清の薬を得てその方を輔(たす)くれば、輒(すなわ)ち讎(う)れ易く、咸(みな)清を誉(ほ)む。疾病疕痬(しっぺいひよう)の者も亦皆楽(この)んで清に就いて薬を求め、速やかに已(い)えんことを冀(ねが)う。
清皆楽然(らくぜん)として響応(きょうおう)す。銭を持たざる者と雖も、皆善薬を与え、券を積んで山の如きも、未だ嘗て詣(いた)って直(あたい)を取らず。或いは識らざるもの、遥かに券を与うれば、清は辞するを為さず。歳(とし)終わりて、報ゆる能わざるを度(はか)れば輒(すなわ)ち券を焚(や)きて終に復た言わず。市人その異なるを以って、皆これを笑いて曰く「清は蚩妄(しもう)の人なり」と。或いは曰く「清はそれ有道者か」と。
清これを聞いて曰く「清は利を逐(お)いて以って妻子を活かすのみ。有道に非ざるなり。然れども我を蚩妄と謂うものも亦謬(あやま)れり。清薬を居くこと四十年、券を焚きし所の者百数十人なり。或いは大官に至り、或いは数州に連として、俸(ほう)を受くること博(ひろ)く、その清に餽遺(きい)する者、戸に相属(つ)ぐ。立ちどころに報ゆる能わず、而して賖(しゃ)を以って死せし者千百ありと雖も、清の富を為すを害せざるなり。
清の利を取ること遠し。遠きが故に大なり。豈小市人の若くならんや。一たび直(あたい)を得ざれば、則ち怫然(ふつぜん)として怒り、再びなれば則ち罵(ののし)りて仇とするのみ。彼の利を為す、亦翦翦(せんせん)たらずや。吾蚩(し)の在る有るを見るなり」と。


薬市 薬屋街。 帰す 頼る。 医工 医者 方 処方。 讎 売る。 疕痬 できもの。 
已 癒える。 楽然 気持ちよく。 響応 すぐに承知する。 券 借用書。 詣って 訪れて。 蚩妄 蚩はあなどる。妄はでたらめ。 連 連帥(節度使)。 餽遺 贈り物をする。賖 掛けで買う。 怫然 むっとする。 翦翦 わずか、翦はそぎけずる。在る有る 在は蚩にかかり、持っている。有るは居る。



 宋清は長安西部の薬屋街の商人で良い薬を置いていて、山村や沼沢より薬草を売りに来れば、必ず宋清を頼った。宋清はそんな人たちを手厚くもてなし、泊めてやった。長安の医者は宋清の薬で処方するとよく売れるので、皆宋清を誉める。病気やできものが出た者も薬を買い求め、早く治そうと願っている。宋清は誰にでも気楽にしてすぐに承知する。金を持っていなくても良い薬を与え、証文が山のように溜っても、代金を取り立てに行くことなどしない。見知らぬ人が遠くから証文送って薬を求めても宋清は断ったりしない。年末になって、借金を返すことができないとわかると、証文を焼いて、一切そのことを口にしない。街の商人たちは宋清のやりかたを笑って「宋清はおろかででたらめだ」と言ったり、あるいは「宋清は人徳のある人だ」と言っている。
 宋清はこれを聞いて「私は金を稼いで妻子を養っているだけです。徳がある訳ではありません、愚かでもありません。私は薬を商って四十年、証文を焼いた人の数は百数十人です。ですが、或いは高官になり、或いは数州に節度使になって俸給も多く、私に贈り物をして下さる方が我が家に絶えません。借金が払えず死んだ人も百人千人と居りますが、私の財産を損なうことはありません。 私は商売をするとき遠い先を考えます。遠い先だから利益は大きいのです。普通の商人とは違います。一度代金が取れなければむっとして怒り、二度重なると罵って仇となるだけです。これでは儲けは知れたものです。私にはそちら側に浅はかな人が居るように見えますよ」と言った。

唐宋八家文 柳宗元 蛇を捕うる者の説(二の二)

2014-11-04 09:30:04 | 唐宋八家文
捕蛇者説 (二ノ二) 
曩與吾祖居者、今其室十無一焉。與吾父居者、今其室十無二三焉。與吾居十二年者、今其室十無四五焉。非死而徙爾。而吾以捕蛇獨存。
悍吏之來吾郷、叫囂乎東西、隳突乎南北。譁然而駭者、雖雞狗不得寧焉。吾恂恂而起、視其缶、而吾蛇尚存、則弛然而臥。謹食之、時而獻焉。退而甘食其土之有、以盡吾齒。蓋一歳之犯死者二焉。其餘則熙熙而樂。豈若吾郷鄰之旦旦有是哉。今雖死乎此、比吾郷鄰之死、則已後矣。又安敢毒耶。
余聞而愈悲。孔子曰、苛政猛於虎也。吾嘗疑乎是。今以蔣氏觀之猶信。嗚呼、孰知賦斂之毒、有甚是蛇者乎。故爲之説、以俟夫觀人風者得焉。

蛇を捕うる者の説(二の二)
「曩(さき)に吾が祖と居りし者、今その室十に一も無し。吾が父と居りし者、今その室十に二三も無し。吾と居ること十二年なる者、今その室十に四五も無し。死せるに非ずんば徙(うつ)れるのみ。而るに吾は蛇を捕うるを以って独り存す。
悍吏の吾が郷に来るや、東西に叫囂(きょうごう)し、南北に隳突(きとつ)す。譁然(かぜん)として駭(おどろ)く者、鶏狗(けいく)と雖も寧(やす)ずるを得ず。吾恂恂(じゅんじゅん)として起き、その缶(ふ)を視て、吾が蛇尚お存すれば、則ち弛然(しぜん)として臥(ふ)す。謹んでこれを食(やしな)い、時にして献ず。退きてその土の有を甘食し、以って吾が歯(よわい)を尽す。蓋し一歳の死を犯すもの二たびなり。その余は則ち熙熙(きき)として楽しむ。豈吾が郷隣の旦旦(たんたん)に是れ有るが若(ごと)くならんや。今此れに死すと雖も、吾が郷隣の死に比ぶれば、則ち已に後(おく)れたり。また安(いずく)んぞ敢て毒とせんや」と。
余聞きて愈々(いよいよ)悲しむ。孔子曰く「苛政(かせい)は虎よりも孟し」と。吾嘗て是を疑えり。今蔣氏を以ってこれを観れば、猶お信なり。嗚呼、孰(たれ)か賦斂(ふれん)の毒、是の蛇より甚だしき有るを知らんや。故にこれが説を為りて、以って夫(か)の人風観る者の得るを俟(ま)つ。


曩 以前。 悍吏 荒々しい役人。 叫囂 やかましく騒ぎたてる。 隳突 つき進む。 譁然 やかましい。 恂恂 びくびくする。 缶 瓶。 弛然 ほっとする。 熙熙 和らぎ楽しむ。 旦旦 毎朝。 賦斂 税を割り当て取り立てる

以前うちのお爺さんが居た頃この村に住んでいたもののうち、今も残っている家は一軒もありません。親父の頃に住んでいたもののうち今もあるのは十軒に二三軒、私の代になって十二年、十軒に四五軒もありません。死んだのでなければ逃げ出したのです。ですが私だけは蛇捕りのおかげでこうして住んで居られるという訳です。
気の荒い役人が村に来るとあちらこちらでわめきたて突き進み、そのやかましく騒ぎ立てる様は鶏や犬さえもじっとしていられないほどですよ。ところが私はびくびくしながら起きだして甕を覗いて蛇が居れば安心して横になれます。気を遣いながら餌をやって、納める時期になると献上します。帰って家で採れたものをおいしく食べて寿命を保っている訳です。まあ一年に二度だけ命をかけるだけで、あとはうきうきと楽しむだけです。なんで隣近所が毎日税に苦しむのと一緒になりますか、今蛇捕りで死んだとしても近隣の死に比べればまだ長生きしたというものです。それをなんで苦痛と思いましょうか」
私はこれを聞いてますます悲しくなった。孔子が「苛政は虎よりも猛し」といったが、私はこれを疑っていた。今蔣さんの話を聞いて、納得することができた。
ああ苛酷な税の取り立ての毒がこの蛇の毒よりもひどいことを誰が知ろうか。だからこれを書いて彼らの状況を観察する役人の手に届けて政治の参考とするのを期待するのである。