后見晉王、愕然曰、吾母子之命、皆託官家。王曰、共保富貴。無憂也。王即位。更名。
秦王廷美尹開封。改封齊王。昭封武功郡王。
遣使分行州縣、廉察官吏、第其優劣。罷軟不勝任、惰慢不親事、免官。贓吏配者、遇赦不敍。大理評事陳舜封、奏事口捷、擧止類倡優。問誰氏子。對以父爲伶官。上曰伶、汝眞雜類。豈得任望官。改授殿直。陳洪進來朝、獻漳・泉二州。 呉越王錢俶來朝。遂獻其地。
后(こう)、晋王を見て愕然として曰く「吾が母子の命は、皆官家に託す」と。王曰く「共に富貴を保(ほ)せん、憂うる無かれ」と。王、位に即く。名を(こう)と更たむ。秦王廷美、開封に尹(いん)たり。改めて斉王に封ぜらる。徳昭、武功郡王に封ぜらる。
使いを遣わして州県に分行して官吏を廉察(れんさつ)し、其の優劣を第せしむ。罷軟(ひなん)にして任に勝(た)えず、惰慢(だまん)にして事を親(みず)からせざるは、官を免ず。
贓吏(ぞうり)にして配せらるる者は、赦に遇うも敍(じょ)せず。
大理評事陳舜封、事を奏するに口捷(はや)くして、挙止倡優(しょうゆう)に類す。問う「誰氏(たれし)の子ぞ」と。対(こた)うるに父伶官(れいかん)たるを以ってす。上曰く「汝は真に雑類なり、豈清望の官に任ずるを得んや」と。改めて殿直を授く。
陳洪進(ちんこうしん)来朝し、漳(しょう)・泉二州を献ず。呉越王銭俶(せんてき)来朝す。遂に其の地を献ず。
官家 天子。 廉察 廉は調べる。 第 等級。 罷軟 罷は疲弊、軟は軟弱。 贓吏 収賄した官吏。 配 配流。 赦 赦免。 大理評事 刑罰を掌った裁判官。 倡優 役者。 伶官 楽人。 清望 人物が高尚であるという評判。 殿直 殿中の宿直役。 漳(しょう)・泉二州 共に今の福建省の地。
皇后は太祖のもとに駆けつけると、徳芳ではなく晋王が居るのを見て愕然として「私たち親子の運命はすべて晋王にお任せします」と言った。晋王は「お二人共に富貴を保つようにいたします、ご心配には及びません」と言った。
晋王が位に即いた。後に名をと改めた。弟秦王の廷美は開封の長官とし、改めて斉王に封じ、太祖の長男の徳昭を武功郡王に封じた。
太宗は使者を遣わして州や県に行かせて官吏の治績を視察させ、その優劣によって等級をつけさせ、疲弊軟弱で任務にたえない者や怠慢で自分から仕事をしない者は免官させた。賄賂を取った官吏で流罪になった者は、大赦になっても再び任官しないことにした。
大理評事であった陳舜封という者がある事を奏上したが、早口で動作が役者のようであったので、帝が「その方は何者の子であるか」と問うと「私の父は楽人でございます」と答えると帝は「そなたはまことに下賤の者である。とても人の望む要職に就けておくことができようか」と言って、殿中の宿直役に貶めた。
陳洪進が来朝し、漳・泉二州を献じた。呉越王銭俶が来朝して、とうとうその地を献じた。
秦王廷美尹開封。改封齊王。昭封武功郡王。
遣使分行州縣、廉察官吏、第其優劣。罷軟不勝任、惰慢不親事、免官。贓吏配者、遇赦不敍。大理評事陳舜封、奏事口捷、擧止類倡優。問誰氏子。對以父爲伶官。上曰伶、汝眞雜類。豈得任望官。改授殿直。陳洪進來朝、獻漳・泉二州。 呉越王錢俶來朝。遂獻其地。
后(こう)、晋王を見て愕然として曰く「吾が母子の命は、皆官家に託す」と。王曰く「共に富貴を保(ほ)せん、憂うる無かれ」と。王、位に即く。名を(こう)と更たむ。秦王廷美、開封に尹(いん)たり。改めて斉王に封ぜらる。徳昭、武功郡王に封ぜらる。
使いを遣わして州県に分行して官吏を廉察(れんさつ)し、其の優劣を第せしむ。罷軟(ひなん)にして任に勝(た)えず、惰慢(だまん)にして事を親(みず)からせざるは、官を免ず。
贓吏(ぞうり)にして配せらるる者は、赦に遇うも敍(じょ)せず。
大理評事陳舜封、事を奏するに口捷(はや)くして、挙止倡優(しょうゆう)に類す。問う「誰氏(たれし)の子ぞ」と。対(こた)うるに父伶官(れいかん)たるを以ってす。上曰く「汝は真に雑類なり、豈清望の官に任ずるを得んや」と。改めて殿直を授く。
陳洪進(ちんこうしん)来朝し、漳(しょう)・泉二州を献ず。呉越王銭俶(せんてき)来朝す。遂に其の地を献ず。
官家 天子。 廉察 廉は調べる。 第 等級。 罷軟 罷は疲弊、軟は軟弱。 贓吏 収賄した官吏。 配 配流。 赦 赦免。 大理評事 刑罰を掌った裁判官。 倡優 役者。 伶官 楽人。 清望 人物が高尚であるという評判。 殿直 殿中の宿直役。 漳(しょう)・泉二州 共に今の福建省の地。
皇后は太祖のもとに駆けつけると、徳芳ではなく晋王が居るのを見て愕然として「私たち親子の運命はすべて晋王にお任せします」と言った。晋王は「お二人共に富貴を保つようにいたします、ご心配には及びません」と言った。
晋王が位に即いた。後に名をと改めた。弟秦王の廷美は開封の長官とし、改めて斉王に封じ、太祖の長男の徳昭を武功郡王に封じた。
太宗は使者を遣わして州や県に行かせて官吏の治績を視察させ、その優劣によって等級をつけさせ、疲弊軟弱で任務にたえない者や怠慢で自分から仕事をしない者は免官させた。賄賂を取った官吏で流罪になった者は、大赦になっても再び任官しないことにした。
大理評事であった陳舜封という者がある事を奏上したが、早口で動作が役者のようであったので、帝が「その方は何者の子であるか」と問うと「私の父は楽人でございます」と答えると帝は「そなたはまことに下賤の者である。とても人の望む要職に就けておくことができようか」と言って、殿中の宿直役に貶めた。
陳洪進が来朝し、漳・泉二州を献じた。呉越王銭俶が来朝して、とうとうその地を献じた。